夏冬華【2】

続きです。後半全然姉ちゃん出てきません。

俺が目を覚ましたのは、よく見慣れた自分の部屋だった。
もう日は傾きかけている。
起き抜けで頭が働かず、少しの間ボーッと白い天井を見つめていた。



が、朝の事を思い出し、勢いよく跳ね起きる。



バッと自分の格好を見れば、コートや靴こそ脱いでいるものの、
朝のまま、制服であった。

俺は、手が急激に熱を失っていくのを感じた。
カタカタと、小刻みに腕が震える。



夢、



そう、あれは夢。



きっとそうだ。




下に降りれば、いつも通り
かーちゃんとなっちゃんがおやつでも食べてる。


「早くしないと冬弥の分もたべるよ~」



なんて言って、



いつも通りふにゃっと笑う。





俺は、掛かっていた羽毛布団をはぎ取り、
畳みもせず階段を駆け下りた。
一段飛ばし、二段飛ばし、
とにかく急いだ。
何度も踏み外しそうになった。


こんなに速く走ったのは、いつぶりだろうか。



階段を下ったすぐの曲がり角を、
滑りそうになりながらも曲がる。
そこで俺は足を止めた。


曲がったすぐそこが居間。
しかし、2人がいるなら聞こえるはずの笑い声や話し声が、全く聞こえてこない。
今聞こえているのは、
走って息の上がった俺の呼吸だけ。


_こういう時には、人間、悪い方にしか考えがいかない。



俺は、おぼつかない足取りで、突き当たりにある八畳間に向かった。



「(まさか…まさかな)」



本当は、自然とそちらへ動く自分の足を、
力一杯踏みつけてやりたかった。
引きちぎってでも止めたかった。


嫌だ、


嫌だ、嫌だ、嫌だ


信じたくない


嫌だ


そんな俺の願いは、




神様には通じなかった。




八畳間には灯りがついていなかった。
しかし、背中を丸めたように座り込む人影が、磨りガラスの向こうに見える。
その人影は、ピクリとも動かない。

その人影の向こうからは、
微かに啜り泣く声が聞こえた。
その声には聞き覚えがある。



俺は、戸を壊す勢いで、
磨りガラスでできた境界を開いた。



なっちゃんは、眠っていた。


頭や首に包帯を巻かれ、頬にはガーゼをつけていた。


でも、それ以外は何も変わりない、いつものなっちゃん。


でもかーちゃんは、なっちゃんが眠る布団に顔を伏して泣いていた。
きつく握られた布団には、シワが出来ている。
とーちゃんは、慌てて帰ってきたのかスーツのままで、
まるで魂が抜けたかのように、呆然と虚空を見つめて座り込んでいた。
幸せそうな顔をして眠るなっちゃんとは、


全てがあまりに対照的だった。



俺は、



俺は初めて、


「絶望」という言葉の意味を知った。





俺はその場に崩れ落ちた。







「冬弥」
「ん?」


参考書に向けていた視線を、なっちゃんに戻す。
なっちゃんは、学校から配られた進路調査を片手に、回転椅子でグルグルと回っていた。
ちなみに、その進路調査は、俺の。


「進路どうすんの?」
「さあ…分かんね」
「おいおい君もう2年!そして今は夏休み前!」
「いやもう…国立だったらどこでもいっかな、みたいな…」
「…こ、この優等生がッ!」


「カーッ!」と言ってなっちゃんは首を振る。
こういうときに爺ちゃんの真似をするのはなっちゃんのクセである。
「女の子なんだからやめなさい」とかーちゃんがしょちゅう注意しているのだが、
小さいときから爺ちゃんっ子だったなっちゃんには、もうそれが染みついていたので
恐らく手遅れである。



「なっちゃんはどうすんだっけ?」


俺はまた参考書に視線を戻しながら訪ねる。


「一応ね…一応、獣医さん」
「あ、言ってたねそういえば。…参考にするよ」
「ホント?…でも何か冬弥ならスルッと合格しそうな気がする」
「さあね。でも俺がダメだったら姉さんが頑張ってくれるだろうし?」
「ちょ、プレッシャーかけんのやめなさい」



獣医、悪くないかも。
でも姉弟揃って同じ進路か…



    「一応ね…一応、獣医さん」



なっちゃんは、本当に楽しそうに笑ってた。




「うっわさみい!」
「さみいとか言うな余計寒くなる」


琉生と軽く会話をしながら、雪が降る空を見上げた。
いつかと同じ、暗い色。


早いもので、あれから3年が過ぎた。


高2だった俺は、現在、10代が終了したところ。
今日12月6日、俺は20になった。


事件から1年は、家族みんな、どんよりとして口数も少なかった。
でも、時というのは無情なもので、
2年も過ぎると、普段の生活が戻ってきた。
今はとーちゃんもかーちゃんも五月蠅いくらいによく喋る。
俺も上京し、なんとかそれぞれ暮らしている。


でも皆、なっちゃんを忘れたりなんかしてない。


俺も、実家の親も、ちゃんといつも、なっちゃんの写真を家に置いている。



高校に入学したときの、あどけない笑顔。


確か緊張して顔が強ばってたなっちゃんを、俺と両親3人で必死に笑わせた記憶がある。
それでやっと撮れた、笑顔だった。



「なあ冬弥、今日の講義、もっちゃんだぜ」
「そういえばそうだな。薬理だし」
「麻酔か…」


琉生は、今日するであろう実習内容を考えたのか、大あくびをした。
真っ白な息が、空気中に漂って消える。

マンションの隣に住んでいる琉生だが、昨日は何故か、帰ってくるのが遅かった。
俺が3時頃トイレに起きたときに、ドアが閉まる音がしたから、
きっと帰ってきたのはそのときだったのだろう。
ヒゲが剃れきれていない。


俺はというと、朝弱い方なので、
学校の研究所から帰ってきてから、家のことをして結構早めに寝た。
大体昨日はそんなに遅くなるほどの講義や課題もなかった。


俺が首を傾げていると、琉生はそれに気づいたようで、
少し目を泳がせた。


「あー…まあ気にすんな。茶々がまた腹壊したみたいだから残ってたんだよ」
「あっそ…」


胃腸の弱い茶々は、よく腹を壊す。
猫なのに、ネズミを捕って食べるとか、魚を食べるなんてことができない。
腹が弱いから。
生徒が新作のご飯をやると、まず腹を下す。



また田川とかあの辺りが新作作ったんだな…


とりあえず、学校に着いてから、
茶々の様子を見ないと。




俺はそんなことを考えながら、急いでポッケに突っ込んできた黒い手袋をはめた。



今日も、雪が積もりそうだ。

夏冬華【2】

獣医学部って何すんだろ…とか書き終わったあとに考えてる自分。何か色々違ったとは思いますが、生暖かい目で見てやってください。
というか未だにファンタジーもコメディも出てこないっていうね。

夏冬華【2】

姉弟のおはなし。1の続き。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-25

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