ユーリス vs ルンバ

#うちの子vsリプできたもの で クラムさんより「ルンバ」いただいたやつです

ユーリス vs ルンバ

「何を考えている?」
 うららかな日差しの降り注ぐ、午前のこと。時計はさきほど十一時を打ったところだが、愛しい妹はいまだに起床のきざしを見せない。どうせ夜遅くまで本でも読んでいたのだろう、と書庫に来てみれば、盗賊にでも荒らされたかのような惨状が目に入る。まったく、とため息をつきながら本の整理を十分ほどしたところで、このまま一人でやっていても果てがないことに気付き、メイドを呼んだ。そして本の整理を命じた、その直後のこと。
「これはいったい何なんだ?」
 異様に低質な黒光りを見せる、円状のもの。明らかに生き物ではないが、機械仕掛けにしては小さすぎる。魔術によるものだろうか、と少し考えて杖を向けてみたが、反応がないところを見ると違うらしい。(もしくは、作者がよほど高位の魔術師なのかもしれない。ユーリスはそう優れた術者というわけではなかったから)
「ルンバ、というものです。お名前をお聞きになったことがあるのでは?」
「いや、ないな」
「公が知らないなんて、お珍しい……ほら、新聞にも載っていますよ」
「庶民の新聞か。ああ、まあ、たしかに、読まねばならないのだろうな」
 貴族にのみ配られる院報には毎日欠かさず目を通していた。そこにはユーリス自身の名前が載ることも多いし、なにより、もうすぐ王族との結婚を控えている妹の名前はもはや常連になっている。
しかし、民報は。
「こちらも御覧になってください、姫の名前が連日出ています。ほら、今日も。非常に賢明で美しい方だと、エピソード付きで!」
「そうだろうな」
「本当でないことも書かれているようですが、おおむね好意的にとらえられています。良かったですね」
 ……はあ。
 こいつはもう十年以上この家に勤めているのに、何を言っているんだ、という気持ちになった。しかし、言っておいたほうがいいだろう。隠さないほうがいい。
「ああ、私が向こう一か月分の原稿を用意したんだから。当然だよ」
「えっ、公がですか? たとえばこの、数日前の記事の、兄上のユーリス様とレイカ姫は大変に仲がよい……とかいうエピソード付きのものも……」
「それこそ私が手ずから書いたよ」
「嘘じゃないですか」
「兄弟仲がいい、と思わせておいた方が庶民の関心を買いやすいだろう?」
「……はあ」
「やりすぎはよくないから、四日後ぐらいに一度すこしマイナスの記事を出すけどね。もしレイカがへこんでいたら慰めてやってくれ」
 貴族に回る院報は、書いているのが役人だから手回しが難しい(できない、というわけではないが)。
 しかし民報となると、記事を書くのも校正するのも出版するのも配達するのも、すべて庶民だ。金品や名誉や地位と引き換えに、なんだって言うことを聞かせられる。もちろん、やりすぎはよくない。
「レイカ様は、よく民報をお読みになっています」
「そうだろうな。あの子は結構そういうことを気にする。あまり表現してくれないから、書庫の荒れ具合をみて予測するしかないが。……で、こいつは何なんだ?」
「お掃除用のペットですよ。壁や障害物があると勝手に旋回して避けるとかで。賢いでしょう?」
「私の靴につっかかってきているが?」
「ゴミだと思われているのでは」
「……」
「冗談です、公」
 咳払いをして、足を一度どける。ルンバ、とやらは機嫌よくユーリスの股の間を進み、部屋中の埃をぐんぐんと集め始めた。
「働き者だな。生き物ではないんだろう?」
「そのようです。正直詳しいところは知らないのですが」
「そんなものを我が邸に? 別に嫌うわけではないが、あまり積極的には動かさないほうがいいのではないか。そもそもなぜ買った、不要だろうこんなもの」
「はあ……レイカ様が、人の代わりに働くのであればいいのでは、と」
「え? あの子が買ったのか」
「高いですよ、私が買えるようなものではございません」
「ふん……」
 レイカが買った、と聞くと、なんとなく不信感のようなものがすっと溶解してしまう。雪解け水はひんやりとユーリスの心を冷やした。
「まあ、本を吸わないのであればいい」
「はい。物は避けるそうですので」
「私にはつっかかってきていたが?」
「そうですね。物ではないと思われていたのでしょう」
「……複雑な気持ちだね」
 振り返り、ルンバ、とやらをもう一度見る。レイカが、機械好きだとは知らなかった。魔術の才能がある子だから、ひょっとするとそのあたりの興味が高じた結果なのかもしれないが。
「しかし、ごみを吸うだけで、本の整理には役立たないな」
「そうですね。そちらは私がやっておきます」
「ああ、頼む。あいつの音には耐えられそうにないからね、後で紅茶を部屋に」
「はい、ユーリスさま」
 自室で読むための本を数冊選び、扉へと急ぐ。ルンバの鳴き声は持続的で低音に広がる。聞きなれないし、不愉快な音だと思った。
部屋をでる前に最後にもう一度ルンバへと杖を向けてみたが、やはり魔力で動作するものではなさそうだった。……不思議なことだ。
 あら、とメイドが、本の山の向こうから苦笑を送ってくる。
「ルンバ、お苦手なんですね」
「……考えが読めないものは、好きではない」
 軋む書庫の大きな扉を閉じて、小さな杖をマント裏に差し、高い靴音を響かせて自室へと戻る。
 考えるべきことは、沢山ある。二か月後の婚儀のこと。これからの王族とのかかわり合い方。制定すべき法律。承認すべき書類。すべてがすべて、自分にしかできない、自分がやらねばならない、大切なことだ。
 ……すべては彼女のために。
 大きく深呼吸すると、いつもよりも澄んだように感じる初夏の空気が、二つの肺いっぱいに広がった。

ユーリス vs ルンバ

※最後空気が澄んでいるのは、最近ルンバちゃんが頑張って廊下の掃除をしていたからでした。


短いバージョン

◆ユーリス vs ルンバ
ユーリス「本の整理がしたい。メイド!」
メイド「はいはい。ではこの子も一緒に」ブゥウウオン
ユ「……それは?」
メ「ルンバですよ」
ユ「なんだそれは……我が邸には不要だろう!閉じ込めろ!」
メ「ええっ…これレイカ様のものですよ」
ユ「……」

結果:敗北

ユーリス vs ルンバ

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-19

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