長方形の部屋
あぁ……チェックインは完了したみたいだ。あっ、いや、その、いきなりでごめん。……そうだなぁ、人は無も有みたいにして、繰り返して、そしていつのまにか、その無意識に乗っかってるきらいがあるよな、思い込みみたいにさ。って、これもいきなりでごめん。こういうふうに、話の流れを無視して喋るけれど、それすらも一つのスタイルだ。っていうフレームがあるから……やりやすいよ……。あっ、えっ、いや……あぁ、こっちの話。
……とはいっても、特にここで何か物語ろうっていう訳でもないんだ。ストーリーをつくる才能なんてないし、ろくに文章は書けないし、ましてやポエトリーなんか持ってるはずもなく、ははは……なんかもうそういうのはさ……あぁ、こっちの話だったね、ごめん。
「意味」なんていうものはなくて、あちらこちらに「い」と「み」が浮いたり沈んだり。答えなんていうものも同じでさ。入学試験やってる訳じゃないんだ。論理でもなければ、当たり前に倫理ですらない。それについて究極的には語りえないっていう意味では、同じなのかもしれないけれどさ。特に意味はなし、っていう話。
きみがもう繋げてよ。こっちはもうネタ切れで、語れるものなんてもう持ち合わせてないから。檸檬に想念の爆弾込めるくらいの妄想力でさ。この世の一つ一つが、きみの世界地図に繋がっているってこと。こんな宗教みたいな、自己啓発本から抜き出してきたような一文でも、あながち間違いっていう訳じゃないんだ。ぼくはぼくの景色しか永遠に見れない、「ぼく」でしかありえなくて。きみは「きみ」の眺めがデフォルトな永遠の世界で。自己という意識の特殊な在り方、とか恰好つけてみたところでぼくに語る力なんてないさ。気分を味わいたいだけ……今日も景色は灰色。
たとえばドアを開けて、おはようございます今日もよろしくお願いします、ってタイムカード切る日々がまたはじまる、だとか。ドア開けて、いつでもここは爆音流してんなぁ……あぁそういえばあのバンドが新譜出したんだっけか、とか。ドア開けて、何の食べ物……。ドア開けて……。「ドア開けて」をコピー&ペーストしまくて、その箇条書き的な文章の冒頭に、足したようなぼくらの生活や日々の思いが綴られてる、なんていうことを、想像してみたことはあるだろうか? 入退室を繰り返すぼくらの毎日でさ。
あきれたような顔をしていても、その時点できみはもうその世界を統治してる。所有してる。残念だけど、ぼくらの意識っていうもんはそんな一方的な装置でさ。ぼくがこういうふうにモノローグ、一人語りするのは、それの誇張法みたいなもんさ。言葉ってな、世界の像、文字を動かして、可能性分岐する日々を支配していく。部屋がないと物がおけないように、ぼくらは部屋みたいなもので。すべては箱庭、一つ残らず。きみは許された可能性のなかで生きていくしかなくて……ごめん、これなんの話だっけ?
チェックアウトまでもうすぐ。よくここまでぼくのつまらない話を聞いてくれたね……ごめん。
もっとうまくやれた? なんて思いたい。ぼくというボロい人間アパートのなかでも、腐るほど可能性は溢れているから。
すべては箱庭に、一つ残らず。
なにかきみが持って帰ることのできるものが、ここにあったらいいのにね、ってぼくはまたくだらない毎日のなかで、思いを続けよう、綴り続けよう。
そして、きみは退室する。
画面
人
目
スマホやPCを見つめる生活の中で、たまには画面からそっと目を離してみておくれ。
それじゃ、さよなら。
長方形の部屋