アックス
使用上の注意
1、次の人は使用前に医師、お母さん又は担任の先生などに相談して下さい
(1) 精神的に不安定な人
(2) 本作品又はグロに対して過敏症の既往歴のある人
(3) 妊娠、妊娠していると思われる婦人又は授乳中の女性
2、使用に際して次のことに注意して下さい
(1) 定められた用法・容量を厳守してください
(2) 目に入らないようにして下さい
3、使用中又は使用後は、次のことに注意して下さい
(1) 本作の使用により、胸苦しさ、むくみ、じんましん、発疹、不快感、悪心、吐き気、しみる、焦燥感、灼熱感、発汗等の症状が現れた場合には、使用を中止し、直ちに医
師、又は学校の先生などに相談して下さい。とくに暴力に対して過敏なかたは注意して下さい。
(2) 数日間使用しても読破できないかたは、使用を中止して下さい
(3) 長期連用しないで下さい
4、保管および取扱上の注意
(1) 小児の手の届かないところに保管して下さい
(2) 直射日光を避け、なるべく涼しい所に保管して下さい
(3) 作者に無断での配布、転用はおやめください
(4) 本作品には多分にエロ、グロ、バイオレンスなシーンが含まれております。「気持ち悪い」と思ったら、直ちに使用を中止して下さい。
(5) 本作品には明らかな矛盾点が1つあります。これは意図的なものです。他にも矛盾点を発見されたかたはご指摘ください
本作をご使用になられて何かお気づきの点がございましたら、下記製造元までご連絡いただきますようお願いいたします。
○○大学情報工学科 ○年 ●●●●
e-mail ○○○○○○○@●●●●.○○.●●●●●●.○○.○○
容量 ●●●●●byte ミステリー小説
アックス
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ふたりは母親のお腹から同時に産まれた。彼女らは双子。それもただの双子ではなくシャム双生児だった。彼女らは一心同体ならぬ二心同体であった。さいわい癒着は軽度で、5才のときに手術で二体に分断されいまは不自由なく暮らしている。両親は二人をアキ、あみと名づけた。そういった背景からか二人は驚くほどよく似ていた。顔かたち、体型、わき腹にある傷跡。ただ一つ、違うのはあみだけが、ひどいいじめにあっていたという過去があるということだ。アキはいつもあみをかばってあげた。しかしあみはいつもいじめられた。それでも二人は仲良く健やかに育っていった。彼女らの両親は早逝したが食べるのには困らない遺産をのこした。ふたりは高校生になると育ててくれた叔父夫婦の家を出て、ふたり暮らしをはじめた。それは共同生活だった。そのころからあみにたいするいじめはなくなっていった。高校生ともなるといじめるがわも他に優先することを見つけだすからだろう。バンドや、恋愛や、受験や、スポーツ等。いじめというのは、目的のない教室という閉じられた空間に長く拘束されるから起こるものなのだ。ふたりは以前からかわいらしい子だったが、高校を卒業するころになると透きとおるような美しいレディに脱皮した。まさに、一皮むけたのだ。それは神秘の国の蝶のような美しさだった。流石にいいよってくる男も多かったが、ふたりともだれともつき合おうとはしなかった。それはふたりが同性愛的な感情を抱いていたせいかもしれない――先人の言葉を借りれば愛というのは引き裂かれたふたつの身体がひとつになりたいがために起こる感情のことであるそうだ。(まさに彼女らは引き裂かれたのだ!)といっても、あくまでもプラトニックなものだったが…。男性と付き合わなかったことにもうひとつ理由があるとすれば、そういった関係になったときに、アキは右の横腹にある傷を、あみは左の脇腹にある傷を見られたくなかったのかも知れない。これは、そんなふたりにまつわる悲しいお話。
1
「ねえ、アキちゃん旅行にでもいかない?」
「急にどうしたの」とアキ。
「ほら、お母さんとお父さんが亡くなってちょうど10年じゃない。だからお墓まいりのついでに羽をのばさない?このところいそがしかったでしょう?」
「そっか~。もう10年になるのね、あの事件から…」と、すこしうつむく。
あの事件とは彼女らの両親が惨殺された事件である。詳しいことはまた後ほど。
「そうね。ひさびさに女ふたりでゆっくりしますか」と、おどけぎみにアキがいう。
「実はね、もう一人連れていきたい人がいるの」
「えっ?学校の友達か誰か?」
「それが……」すこし恥らって。
「彼氏なの」
「ほんとに!なんだ隠してたのね、もう。それで彼とはもう長いの?」
「ん~。半年くらいかしらね」
「へぇ~。でも男嫌いのあみに彼がいたとはね。このこの」と、あみの頭をこづく。
「やん。でもそれは、お互いさまじゃない」
「そうね。あはは」しばしのラフター。
「でも、おめでとう。やっとあみにも春が来たのね」と、衷心から嬉しそうに。
「うん。彼とってもいい人なの。やさしいし、ちょっとたよりないけどいざというときは守ってくれるの」と、彼氏についてののろけ話をするあみと、それをいちいちうな
ずいてきいてあげるアキ。その後、旅行の段取りや日程の調整などひとしきり話し―アキは文系の私立大に、あみは理系の国立大に通っている。(いずれも都内の一流大学だ)その後、三人はそれぞれの思惑を胸に眠りについた。
話は過去へと遡る。
アキとあみの両親は作家と大学教授だった。作家である父親が作品のための専門知識をT大学工学部応用化学科助教授の母親に取材に行ったのがなれ初めであったそうだ。彼女らの聡明さは血筋におっている部分があるのかもしれない。両親は晩婚であり子供にも恵まれなかった。だからやっとできた子供が双子だとわかったときには、通常のいく倍もの喜びだった――それがこの悲劇の根源でもあったのだが。アキとあみが生まれたとき喜びとショックが二人を襲った。赤ん坊がシャム双生児だったからだ。そして手術は母親の所属するT大学で行われた。手術は成功した。両親はそのことを隠しておくかどうか迷ったが、彼女らが八才の誕生日にすべてを打ち明けた。彼女らは多少のショックを受けたようだが素直に受け止めたようだった。そのことで家族の絆が断たれることはなかった。名状しがたいほど陰惨極まりない事件がおきたのが、それから三年後の、彼女らの小学校最後の夏休みであった。暑い暑い日曜日であった。アキが外遊びから帰ると家の中から、
「えっ、えっ、ひっく、うっ、ひっく、うっ、うっ、えっ」と嗚咽がきこえる。
「あみちゃんどうしたの?だれかにいじめられたの?」と尋ねつつキッチンへ向かうと、なにやら生臭いにおいが洩れてくる。生ゴミと糞尿と二週間履きつづけた靴下のにおいをブレンドしたようなにおいだ。子供ながらに異変を感じとったアキは急いでキッチンのドアを開けた。
そこには……。
一瞬、ナポリタンスパゲッティ?それにしては、おそばが太いななどと能天気なことを考えた。二秒後、すべてを理解したアキは胃の中のものをすべて戻した。胃液しか出なくなっても吐き気が止まらない。胃が裏返り口から飛び出しそうだ。五秒後、アキはすでに気絶していた。異変に気づいた近所の住人が警察に通報したところ、気の弱い警官の一人は昏倒してしまった。発見者によると彼女らの両親は、顔面、腹部、腕、脚を包丁でメッタ刺しにされており。血まみれで放心したまま包丁をにぎり、泣きじゃくる少女とショックのあまり痙攣し吐瀉物にまみれ意識を失っている少女が認められたと証言した。あみはそのときの記憶を失っておりアキはすぐに病院に運ばれた。二人とも警官の質問には、わからないと繰り返すばかりだった。警察の見解は異常者の犯行ということに落ち着いた。その由は、現金や貴金属には手が付けられておらず、両親ともに他人から怨まれていた筋がなかったからである。それにしても不可解なのは犯行時刻に現場にいたはずのあみが無傷だったことである。アキはその時のショックが原因で、一年間ほど失語症になったがになったがそんなことがあったのにも関わらずふたりは健やかにのびのびと育ったのである。
2
私は目覚めた。今日はお盆だ。三人で旅行に行く日だ。あみの彼氏とは今日が初対面だけど、いろいろと話を聞いているから初めて会う気がしない。それにしても旅行なんて久しぶりだな。最近は大学の仲間内の飲み会やら、合コンやらで忙しくて。私はそんなのあまり興味ないんだけど。友達がしつこい。これも世間のしがらみだ。成績は自分でいうのもなんだけど優秀だと思う。普通女子大生といったら男を捕まえるのに一所懸命なのかも知れない。でも関心がないし、基本的に勉強は嫌いじゃない。将来は弁護士か保育士のような人の為になる仕事がしたい。わたしはお父さんに似たのかな?でも少しだけ憂鬱だなアレなのかな?
私は目覚めた。なんだかどきどきする。そうか今日は記念日だ。血と肉の記念日だ。ん?わたしはだあれ?
俺は目覚めた。いつもはひどく寝起きが悪いのに、今日はバリバリと目が冴え渡っている。コーヒーを20杯くらいガブ飲みしたようだ。そうか今日は記念日だ。オレとあいつらとの。ふふ、今夜は忘れられない夜になりそうだ。
そして三人は会い見えた。
「これがわたしの彼氏のヒロキ」とあみ。
「おいおいこれはないだろ。あ、はじめまして僕は、あみさんと付きあっているヒロキといいます。いや~姉妹揃って美人ですね。両手に花って感じですよ。しかし…でもって…やっぱり…あれですね……」とべらべらとよく喋る。たぶん緊張しているせいだろう。間を持たそうとしているのがよくわかる。
「はじめまして、アキといいます」私は簡単に挨拶をした。
彼の第一印象は悪くなかった。嫌味なほどではなくハンサムだし、きっとあまり饒舌ではないんだろうけれど私に気を使って場を和ませようとしている。照れた時の笑い方なんかを見るとシャイな人だなあと思わせる。そう、彼の第一印象は、いい人だった。私たちは車の免許を持っていなかったので電車で移動することにした。電車を何本も乗り継いで、私たちの両親の田舎まで移動した。その間、私たちは当たり障りのない話をした。知ってか知らずか彼は私たちの両親については何も聞いてはこなかった。思った以上に時間がかかり日も暮れかけたころやっと両親の田舎へ到着した。N県N市。両親は同郷の生まれだった。そして私たちの育った町でもある。そういえばヒロキさんもここの出身だっていってたっけ。すでに両親の父母は死去しているので、私たちは予約しておいたホテルへ向かった。両親の墓前に立つのは明日にすることにした。
私にメンスが来たのはいつなのだろう。私はお赤飯を炊いてもらった記憶がない。あの事件から私は一年間失語症を患った。その間の記憶は曖昧で思い出そうとすると頭が痛くなる。あのときの私は深海にいるクラゲのようだった。ぬるりとしたゼリーのようなものに包まれてふわふわと漂っているようで、ものを食べても味がしない、暑さも寒さも感じない、火あぶりにされても呻き声ひとつあげなかったろう。聴こえるのはテレビのサンドノイズのようなサーという音だけ。病院にいる間大好きだったミッフィーのぬいぐるみをあたえられた、が、それが何かわからなかった。白くてモコモコしたものがあると感じただけだった。なにか話そうとしても口から言葉がでてこない、というよりも喋り方を忘れてしまったのだ。そんな私の唯一の友達は本だった。本の内容だけはすーっと頭の中に入ってきた。一年間で数百冊は読んだだろう。ある日大好きだった”ライ麦畑でつかまえて”の主人公の男の子のセリフを喋ろうとした。すると「僕はここにいるよ」と声が出た。驚いた。それをきっかけにいろいろな本のセリフを口に出してみた。そうやって私は声を取り戻した。私にメンスが来たのはいつなのだろう?
3
ホテルにチェックインした頃には辺りはすっかり暗くなっていた。私たちはシングルの部屋とダブルの部屋を一つずつ予約しておいた。一旦部屋に荷物を置いたあと、私たちはホテルのレストランで食事をすることにした。ヒロキさんは瓶のビールを一本開けて顔が赤らんでいる。お酒にはあまり強くないようだ。ヒロキさんとあみはいいムードだ。今夜はやはり…。私の感想としては味は無難だが値段が高いと感じた。まあ、ホテルのレストランなんてそんなものか。と、そのとき私たちは妙な男と出会った。無精髭にサンダル、野球帽を斜にかむってひとり焼酎を飲んでいる、見るからに怪しげなその男は隣のテーブルからいきなり私たちの会話に割り込んできた。初めはナンパかな?と思って軽く受け流そうとしたが、男は気になることを言った。
「わたくしは志沢と申します。しがない電脳音楽家でございます。えっ?電脳音楽家をご存じない?是と申しますのは、シンセサイザ、エフェクタ、ミキサ、イコライザなどを用いまして作曲をする謂わばミューヂシャンのことで御座います。ここに甲と乙という音源があったとしましょう。それらを変形合体合成致しまして、新たに丙という音源を作るので御座います。その上に新たに丁という音源を重ねまして、切ったり、貼ったりを繰り返しながら、新たなる音を発明するので御座います。いわゆる音楽界隈の屑鉄屋、社会の敗残処理業者、人間の屑で御座います。まぁ、人と会わずに糊口をしのげるのが強みでありますな。わたくしの仲間で著名な者といえばアフェクスツイン、スコエアプシャー、ミューヂックなどなどがおります。わたくしなど彼らの足音にも及びませんがそもそも音楽というものは、人間の頭の中にある思考をいかに具現化するか、つまり脳内の構造にいかに沢山の人間のシンパシィを陥没せしめるかがキモでありまして、とどのつまり最近の流行の脳内物質のエンドルフィンとΘ波が……」と、ロレツの廻らない舌で一気にまくしたてた。
私たちは気味が悪くなって互いに目くばせをした後、全員で
「ではこれで」と辞去をしようとすると
「お嬢さん、あれから10年ですね」と、志沢と名乗る男は急に真顔になった。私が呆気にとられていると
「ではでは」と、一言言い放って素晴らしい平衡感覚を見せつけてスタスタと歩き去った。静寂。誰も、言葉を発しようとしない気まずい空気が流れた。
「変な人だったね」私が言うと二人ともハッとしたようになって
「そそ、そうだねぇ」ひどく慌てるヒロキさん。
「私あの人に…」そういったきりあみは黙り込んでしまった。
誰も口火を切らないので私が
「そろそろ部屋に戻ろうか」と言うと。
「ああ、そうだね。もうこんな時間か、じゃそろそろ戻ろうか」ヒロキさんは平静を取り戻したようだ。
部屋の前まで来た。
「じゃ、おやすみ」と、ヒロキさんはシングルの部屋の方に入ろうとする。私は気を利かせて
「二人とも最近忙しくてあまり会っていなかったんでしょう。積もる話もあるだろうから私はこっちでいいわ」私はシングルの部屋のドアを指さした。
「そう。じゃ、おやすみ」
そのときヒロキさんの端正なくちびるの先がかすかにつり上がったような気がした。私は部屋の中に入った。とりあえずシャワーを浴びてからベッドに横になった。持参した文庫本を読もうと思ったが、本に集中できない。何かが頭の中に引っかかっている。あの奇妙な風貌の男のことだろうか?確かにあの男の一言で場の雰囲気が変わった。でも、あんなひと私は知らない。あみだってヒロキさんだって面識はないはずだ。あれ?あみはなんて言おうとしたんだろう?「私あのひとに…?」
私はいつの間にか眠っていた。
現在時刻は6時30分になりました。次はN県のニュースです。
このところ、N市で犬や猫などの小さい動物が被害に会う事件が続発しています。被害はひと月置きに発生しており、被害にあった動物たちはナイフのようなもので殺害されている模様。また、今月15日には同様の手口で林幸司さん宅の、昌輝さん(2才・所持品無し)が被害にあっており、警察では先の事件との関連性を含めて鋭意捜査中とのことです。続いてのニュースは……。
4
誰かが私を呼んでいる。
あみ?
いいえ、これは?
あれ?ここは?
わたしは?
だれ?
「大変だ。大変だ」意識がはっきりしてくる。
「あみちゃんが、あみちゃんが」ヒロキさん?
「ドアを開けてくれ」あみがどうかしたの?
「はやく早く」私はチェーンロックを外しドアを開けた。
そこには…。
手斧を持ったヒロキさんが仁王立ちになって、狂ったように笑っていた。
「おまえらが、おまえらが…、死ね!」
何故?私は目をつぶった。訳が分からなかった。けど、これから死ぬんだなという実感があった。死の直前には人は冷静になるのだと考えた。ギロチンで斬首される咎人の気分だ。首を切り落とされた人間は何秒間か意識があると何かの本で読んだことがある。私は殺されてから何秒意識があるのだろう?
「1、2、3、4、5…」心の中で数えた。
五秒も意識があるんだ。
私は死んだの?
「アキ、アキ、アキちゃん」
天国?いえ、私まだ生きてる。
∞
「彼が犯人だったのよ」とあみ。
私は目を覚ました。気絶していたようだ。
「犯人?」まだ頭が混乱している。
「お父さんとお母さんを殺した人」
「何故?どういうこと?」
「私、いま全部思い出した。10年前のあの日、私彼をみていたの彼はあのころから私たちを狙っていたのよ」
「?????」頭がおかしくなりそうだ。
「きっと私たちが年頃になるまで待って二人とも死姦するつもりだったんだわ。私彼に初めて会ったとき懐かしいなって思ったの。それはあの夏の日彼を見ていたからなんだわ。きっと私たちのお母さんも死姦されたんだわ。それで私たち男の人と付きあえなかったんだわ。トラウマになっていたのよ。彼は私と部屋に入ったあとなにか飲むかいって聞いたの。その飲み物の中に睡眠薬を入れて、私を眠らせておいて先にあなたを殺すつもりだったのよ。でも飲み物を渡すときの顔を見て思い出した。彼はお父さんとお母さんを殺した犯人だって。彼はお父さんとお母さんを殺した後私にこう言ったわ。次はおまえの番だ。ただし10年後にな、って。それから10年間彼は私たちのことを監視していたのよ。そして偶然を装って私たちに近づいてきたのよだから私、飲み物を飲むふりをしてトイレに捨てたのそして眠ったふりをしたら案の定あなたの部屋に向かったの。そしたあなたに襲いかかろうといたから私かれを殺しちゃったの」と、あみは血まみれの出刃包丁を持ったまま、ひと息でいった。
かたわらを見るとヒロキはこと切れていた。私たちの両親の生き写しのように。
「あみ」私はそう言ったきり言葉を失った。失語症が再発しそうだ。暑い夏、スパゲッティのおそば、血、あれどこかであみが泣いている、これは……。
そして私はすべてを思い出した。
死体と一緒に眠るのは御免だったので、私たちはダブルの部屋に移った。そして子供の頃のように1つの布団で眠ることにした。お互いの体温が嬉しかった。
「カタリ」ドアを開ける音がした。ああ、やっぱり。あみは先ほど、ヒロキが私の頭を叩き割ろうとした手斧を手にしていた。
あみは
「これで私を殺して。でも痛いのは嫌だから首を切断して」
「うん」
私はあみから手斧を受けとると、ためらいなくあみの頸を切断した。頸がだるまおとしのように水平に飛ぶ。瞬間、彼女は微笑した。ああ。私は納得させられた。意識あるんだ…と。
血、血がいっぱいでました。
私が見ている色は他人にはどう見えるのだろう。きっとあみちゃんの血の色はパステルカラーなんだピンク、オレンジ、はだいろ、黄色、緑、きれいだな。お花畑みたい。大変だ。あみちゃんの体は冷たくなっていきました。大変だ。温めてあげなきゃ。私はバスルームに入ると来ているものをすべて脱ぎ捨てて、生まれたままの姿になりました。鏡を見たわたしの左の脇腹には傷あとが付いている。もうどうでもいいことだ。その日、私たちは一つになりました。
翌朝、私はこっそりホテルを抜け出した。お金を払うのが嫌だったから。私は両親の墓前に立った。彼岸花が咲いていた。こちらに向かって近づいてくる足音。彼だ。足音はとても規則正しかった。
「志沢さんですね」
「はい。電脳音楽家の」
「うそ。探偵なんでしょう?」
「それは、副業です」
「なぜここに」
「事件の真相をお話ししようと思って」
「もう知っています」
「どこまでですか」
「全部」
「そうですか…」
沈黙。しばしの間
「あなたは双子ではありませんよ」
「ええ、シャム双生児です」
「いえ、シャム三つ子です。アキさん、あみさん、ヒロキさんはね」
彼女は僅かに動揺した。
「嘘ですよ」
「いじわる」
「さて…」
志沢は呼吸を整えた。
「読者に納得してもらう説明をしましょうか」
「そうですね。きっと読者は作者の頭を心配し始めていますから」
志沢は考えを纏めているようだ。
「時に、あなたはご自分の初潮がいつだったか覚えておいでですか?きっと覚えていないはずです。あなたに月のものが始まったのは、小学校最後の夏休み。ちょうどあなたのご両親が亡くなられた日です。その日を境にN市では犬猫などの小動物の惨殺死体が多数発見されている。そして最後には2才児までもが惨殺された。しかし、それ以後猟奇的な事件は成りを潜めた。それがあなた方が高校生になった頃です。確か殺された男の子の名前は……」
「昌輝君です」
「そうそう、そうでした。わたくしは人の名前を覚えるのが苦手でして」
「続けてください」
「ああ、脱線してしまいましたね。すみません」
「えへん」咳ばらいをする志沢。
「そして、アキさんはそれまで、ひどいいじめにあっていた。畜生ならいいが人間は行き過ぎです」
「家畜と人間の違いは何ですか?」
「喰えるか喰えないかです。あなたは人間を食べないでしょう?」
「ええ」
「ご両親を殺したのがヒロキさんかアキさんかは、私には分りません。わたくしはその事件が起こる前には存在しなかったのです」
「そうですか」
「アキさんとヒロキさんとの間にはドメスティック・バイオレンスの関係がありました」
「ドメスティック・バイオレンス」
「DVってやつですよ。ドメスティック・バイオレンスとは、夫から妻へまたは恋人といった親しい男性からの女性への暴力を意味しています。欧米ではすでに社会問題となっていましたが、これまでの日本では、家庭内のことだから、男女間の問題だから、と公にされることが少なく、それがますます状況を悪化させていました。ほら昔からあるでしょう?暴力亭主とそれに寄りそう貞淑な妻といった関係が。最近になってやっと、一般にも認知されてきましたがね」
「ああ」
「つまりいじめです」
「アキちゃんはいつもいじめられていました。給食に消しゴムのカスを入れられたり、トイレの水をかけられたり、裸にされたり」
「そう、だからアキさんは小動物をたくさん殺したのです。そしてついには小さい子供にまで手を出した。きっとそうすることでいじめのストレスを解消していたのです。いや、誰かに気づいて欲しかったのかもしれません。決まって彼女は、自分より弱い生き物を殺したのです。そして、高校生ともなると、そんな陰湿ないじめもいなくなっていった。またアキさんはコプロラグニアでもあった」
「なんですかそれは?」彼女は興味がなさそうだ。
「月経になると精神が非常に不安定になる症状です。小動物の殺害はアキさんの月経の周期と一致していたはずです。そして、あなたたちは高校生になると共同生活を始めた。寮生活をする女学生の月経の周期は大抵一致しているものです」
「ええ」
「翻って、あなたは生理中ではありませんか?」
「はい」
「だったらアキさんも生理だった可能性が高いはずです。だからとっさにヒロキさんを殺してしまったのです。日頃の怨みもあったのでしょう。きっとアキさんはもうこれ以上人を殺めたくなかったのです。だから、あなたの手で殺してくれと…」
彼女は思う『わかった。やっぱり私はアキだったんだ』
「あなたは誰ですか?」
「わたしは※※です」
私はもう何もかもどうでも良くなっていた。でも、これだけは言わなくちゃ。
「私と寝てくれませんか?」
「わたくしは睡眠はもう十分に取りましたが」
「わたしとセックスをしてください」
「どうして」
「子供が欲しいのです」
「なぜ、見ず知らずのわたくしと」
「あなたは優秀な遺伝子を持っています。私とあなたの遺伝子が合成されればよりよい遺伝子を持った子供が誕生するはずです。そんな子供が増えればいじめもなくなるはずです。これが私にできる彼女への恩返し」
「悪貨は良貨を駆逐するですか…」
刹那の間。
「わかりました。わたくしでよろしければ」
彼女は後に双子の女の子を産んだ。
N県N市の地方紙より抜粋
昨日、正午近くN県N市志沢さん宅で殺人事件が発生した。被害にあったのは志沢さん夫婦で幸いにも双子の嫡子には被害はなかった。両親は全身を包丁でメッタ刺しにされており…… 終
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