夏冬華【1】

姉弟のおはなし。恋愛というか、家族のおはなし。姉ちゃんとの、不思議なおはなし。

八畳間に、線香の独特の香りが染みついている。

なっちゃんは、白い浴衣に身を包み、そこに横たわっていた。

いつも友達から羨ましがられていた白い肌はそのままに、
長い睫を伏せて、眠っていた。
まるで、幸せそうな顔をして。
頭や頬、首には、肌と同じ色の包帯が
ぐるぐると巻かれていた。

それを取り囲むように座った親戚たちは、
なっちゃんと対照的な黒い服をきて、
少し微笑んだように眠るなっちゃんとは対照的に、
皆暗い顔をして黙り込んでいた。

全てが正反対で、全てがアンバランス。



あの時、どうにかしていたら、なんて。
俺が行動を起こしていれば、なんて。



そんなことばかりが、頭の中を占領していた。


冷たい空気が、なっちゃんの頬をどんどん冷たくしていく。



俺が高2の冬の事だった。



「冬弥、弁当は?」
「ん、今日はいい。わざわざかーちゃん起こしてももう間に合わねえし」
「そうね…ってうっわあと10分!チャリで行こチャリで!徒歩絶対遅刻する!」

なっちゃんがバタバタと車庫に向かって走る。
3年間使っているというのに、まるで新品のように綺麗なローファーのつま先を
地面で軽く慣らしながら、愛用の自転車を引っ張ってきた。

俺も玄関に置いた自分の自転車のカゴにカバンを突っ込んだ。
サドルに跨がったところで空を見上げる。
空は昨日から変化なし。
どんよりと、重い色で、冷気を帯びている。

「…また事故で道が塞がってるかもな」
「ああ…ありえるね。また近道かなあ」

なっちゃんは寒さで赤くなった鼻を隠すように、
マフラーに顔を埋めた。

最近の寒さで道路が凍り、俺たちの通学路でスリップ事故がよく起こる。
昨日も軽自動車がトラックに衝突したとかで、道が塞がれていた。
田舎ということもあり、近道や回り道はあるので、特に支障はないが。


俺は黒い手袋をはめると、
居間から持って来た、なっちゃんの白い手袋を
コートのポケットから取り出した。

「あ、また忘れてた。ありがと」

なっちゃんは手袋をはめながらサドルに跨がった。



俺が、


俺が先を走っていれば。






「んー…よし、今日は通れるよ」
「ちょちょちょ、あと6分!送れたら辻先生に怒られる!」

のんびりと左右を確認する俺とは反対に、
なっちゃんは腕時計を見てひたすら慌てていた。
そういえば前は寝坊して、1日先生の雑用をさせられていた。
優しい顔をしてなかなかの鬼畜。
…なんて言ってたっけか。


「赤信号だし…早く変われよう」
「もう少し待ちな」
「冬弥、念力で青に変えなさい」
「無茶を言…」

なっちゃんの無茶ぶりに反論しようとしたところで、
偶然にも信号が青に変わった。
思わず、横断歩道を渡るのも忘れ、
ポカンと2人で歩行者信号を見つめる。

「…冬弥テレビ出られるよ」
「偶然だっての」

キラキラとした目で俺を見つめるなっちゃん。
また出た、無茶ぶり。
さらりと流すと、なっちゃんはむう、と膨れた。
が、時計を見て、慌てて自転車のハンドルに手を掛けて走り出した。


「冬弥、ヤバイ!あと3分!」
「ちょ、走ったら滑る…」


ぞ、と言いかけたところで、動きが止まる。
なっちゃんはそのまま走り続けている。
が、俺の視線は右に向いていた。

大型のトラックが、迫ってきていた。
とても、とてもゆっくりと。


いや違う。
スローモーションに見えただけだ。



まだ道路に足を踏み入れていない俺。
もうすでに横断歩道の真ん中あたりにいるなっちゃん。



俺は、慌てて走り出そうとした。


でも、驚きのあまり、足が動かない。



ここでなっちゃんは、やっとトラックの存在に気がついた。


でも、すでに遅かった。




鈍い、大きな音がして、なっちゃんとチャリが吹っ飛んだ。
そのまま、7、8メートル先まで飛んで、なっちゃんは頭から落ちた。


俺は、動くこともできず、
ただ呆然とそれを見ていた。


数秒遅れて、ガシャン!と金属音が聞こえた。
その音で、俺はこっちの世界に引き戻された。


足が動いた。


今までの中で一番速く走って、俺はなっちゃんの元に行った。
呼吸ができない。
頭がグラグラして、世界が揺れているみたいだった。



「なっちゃん!なっちゃん!」


おれは必死になっちゃんを抱き起こした。
次の瞬間、なっちゃんの首は、カクンと下がった。
顔やコート、道路までもが、真っ赤に染まっていた。



そこからの記憶は、ない。


最後に見たのは、
赤く染まったなっちゃんの手袋だった。

夏冬華【1】

いきなり死んじゃいました姉…ここまでは過去の話になります。
次回の冒頭にも、少し過去の話が入るかも。

夏冬華【1】

冬の間の、不思議なおはなし。ところどころ笑いも挟まってます。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-24

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