アカイロ

恋をするってイケナイコトですか。

お気に入りのラブソングを口ずさみながら、指先に魔法をかける。
あの人が好きな赤。
あの人だけに見せる赤。

「サヤって髪染めたりしないの?」
伸びた爪で枝毛を弾きながら興味なさそうに問いかけられる。
私の単純な返答に、ふーん、と尖らせた口は携帯電話で隠れてしまった。
学校のトモダチはネイルにパーマ、恋人たちへの連絡に毎日忙しそう。
世界は、私とは無縁なモノで溢れていた。
ついこの前までは。

永田さんは、バイト先に異動してきた社員さん。
前任者が寿退社するにあたって穴埋めとして派遣された。
そのせいで彼の中には小さな綻びができてしまったのだけれど。
時間が経つに連れ、目立つシャツのシワと、目の下のクマ。
きっかけなんて、些細なものだ。
ある日何気なく呟いた一言が、人生を変えることだってある。
「手料理が食べたい」
冗談交じりに、誰に言うでもなく。
偶然、私の耳に届いてしまっただけ。

ガサガサとビニールの音を掻き分けて、鐘を鳴らす。
「ほんとに来ると思わなかった」
驚きと困惑と、ほんの少しでも嬉しさがあってくれたらいいななんて。
期待していた。
築10年のワンルーム。
柔軟剤と、炊きたてのご飯と。
大好きな香りに包まれて眠った。
カーテンからもれる僅かな光に照らされた横顔は、多分一生忘れない。
大きな変化のない毎日の、ほんの少しのシアワセを。

買い物に向かう途中、偶然見つけた指輪をガラス越しに眺めてしまう。
そんな私の肩を叩いたのは、元社員のミユキさんだった。
仕事終わりによく行ったファミレス。
「どう、最近」
視線の先、ストローに絡む指は色っぽい。
この人は圧倒的に大人で、女で。
膝の上で握られた手の、オフし忘れた小指にきっと気づいている。
「今いる永田くんって実は同期なんだよね」
ぽつりぽつりと落とされる言葉に鼻の奥がツンとする。
「来月には、新任の異動が決まるみたい」
はじめから知っていた。
かえる場所があること。
壊したいわけじゃない、代わりになれるはずもない。
そんな難しいことはわからない。
ただ、好きなだけなのだ。
「サヤちゃんはかわいいね」
困ったように伸ばされた温かくて冷たい左手は、鍵のかからない記憶を刺激して涙腺をバカにした。

子どもみたいに泣き叫んだら、アナタは振り向いてくれるかな。
手に入るのなら、枯れるまで泣いてみせるのに。

背中越しの温もり。
いつもそう。
潰れそうな声で。
「キミが好きだよ」
アナタは嘘をつかない。
本当のことを言わないだけ。
アナタの左手に、アカイロが重なった。
明日、10代が終わる。
やっと大人になれる。
アルバムの最後のページに、愛しい寝顔を焼き付けた。

時計の針が12時を指す。
シンデレラの魔法が解ける時間。
合鍵を、ポストに入れた。
そこら中に散らばる記憶の断片。
ガラスみたいに突き刺さる。
終わりに添えられた、初めてのラブレター。
“ずっとアナタが好きでした”
だからこの物語はもうおしまい。

私を大人にしてくれた、
この恋の色は―

アカイロ

アカイロ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-02-18

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