カクテル
「もう6時だってのに、まだまだ空は明るいや」
「でも見て。向こうの空は夜の闇と夕方の儚さが一緒になってる。なんだか、ぶどうとオレンヂのゼリーが層になってるように見えない?」
「いや、どちらかといえばカクテルに見えるな僕は。闇の切なさと夕方のノスタルジックな感じが詰まってる」
「へぇ。言われてみれば確かにそうにも見えないことないかもしれない。でもあれがカクテルなら、じきに闇の切なさに全部飲み込まれて切ないだけのロングドリンクになっちゃうじゃん。なんだか気が滅入っちゃう」
「そしたら月の光をチェイサーにすればいい」
月のチェイサーは恋の味。甘酸っぱくて少し苦い。遠く切ない記憶の味。
「そんな大層なものを注文したら、黒猫のお兄さんに口説かれるかもしれないじゃない。お誘いを断るのは苦手なのよ」
「そうなったらただ名前を聞けばいいさ。彼にはきっと名前がない。言葉がつまってるあいだに逃げればいい」
「ヒールのせいで走り出せないじゃない。かかとの部分が折れてしまうのは泣きたくなるから嫌いなの」
「そんな靴なら道の横にでも投げ捨てて仕舞えばいい。ありのままのその脚でコンクリートの道を闊歩するんだ」
「そうね」
そういうと、あなたはスルスルと煙に還っていった。葬儀のあとに食べる寿司の醤油の黒をかんじるような、脆い骨を骨壷にじゃりじゃりと潰しながら入れていくのがリフレインされていくような、真っ白で無垢な煙。
きっと私のはプラスチックを燃やしたかのような黒い煙。
私は彼の最期に立ちあった後、近くのバーに行き夕焼けと夜のカクテルと月のチェイサーを頼んだ。どうにも哀しい色のカクテル。
暫くすると猫の仮面をかぶった紳士が私の右隣りに座った。やっぱり。
彼の言ったとおり。
なんだか運命というものに馬鹿にされているような気がして、私は彼に向かって月のチェイサーを、マスターにカクテルを投げつけて、店を後にした。
カクテル