赤錆の街電話
赤錆の街電話
俺の街はどこもかしこも錆びている。
生きる廃墟とでも呼べるこの街からは、どこか懐かしい匂いがする。
長く連なったパイプが入り組んでいて、まるで人間の血管みたいだ。
日本の江戸を思わせる屋根に、ガラクタが飾られた家々の看板には「金」や「無」など書かれている。
中には「屋質」だの「ネムラ」だの意味の分からない文字もある。
そんな家々が入り組んだここ三番地は、地下に存在中。
おっと、今日も灯りが入ったようだ。
* * *
「もしもし、こちら地球星日本国!応答どうぞぉ」
子供が赤錆の電話に話しかけている。
「アキオ、それ繋がらないんだぜ」
「知ってるよ。でもな、昔はウチュウと繋がってたって金玉ジジイから聞いたんだ」
金玉ジジイ、玉屋に蔓延る知識人。
玉屋とは日本国で昔呼ばれていた、いわゆるパチンコ屋のことらしい。
いつかの日に絶対に出ないと言われていた金色の玉を当て三番地新聞に載ったことから、金玉ジジイと呼ばれるようなった。ここら辺ではちょっとした有名人だ。
「無理無理。見ろよ、電話線だって切れてるし」
「ウチュウは無線なんだ」
『おい!てめぇら、それに触るなって言ってんだろ!』
「?!」
「いけねっ」
「うわ、出た!帰るぞアキオっ」
「たく、近頃のガキンチョはてんで言う事聞かねぇ。すぐ好奇心に踊らされよって」
ブツブツと言いながらおんぼろ雑巾で電話の受話器を拭くこの人は、此処から目鼻の先に存在する問屋の店主。
いつも街角で所説を説いているが、短気なためご近所からもあまり好かれてないようだ。
最近90歳になったらしく誕生日は店先の錆びたパンダの置物と祝杯をあげていた。
周りからはいよいよ痴呆が始まったと囁かれていたのはここだけの秘密。
「あぁ~、びっくりした」
「いや、ほんと、はぁ、つかれた、もう、」
アキオはハァハァと息を切らして、梯子の上から街を見回した。
「平気?」
「いや、平気なわけあるか。平気だけど」
「どっちなの...」
「それよりアキオ、何で懲りもせずあの電話取るんだよ?俺までアホの子だと思われるからやめてくれ」
「テツはアホなんかじゃないよ。俺、言われたんだ。今は無理だけど、此処を出ればいつかまたヒノメを見れる日が来るんだって。ヒノメがどんな食べ物かは知らないけど、きっと美味しい。」
「またウチュウの話か。よくそんな宗教じみた話信じられるな...」
「俺もよく知らないんだけどね、家にあった本に書いてあった。ウチュウには朝と夜もあって、街が勝手に明るくなったり暗くなったりするらしい」
「何言ってんだ。俺たちが電気をつけるから明るくなって、消すから暗くなるんだろ。」
「う~ん...」
「だけどよ、もしもウチュウに出られたとして、ヒノメが不味かったらどうする?」
「あ、そのパターンは考えてなかったなぁ」
「まぁもしもの話だ。取り敢えず、もう電話取るなよ」
「...でも確かにお父さんも美味しいとは一言もいってなかったような......」
「おい、聞いてんのか?」
しまった、アキオはこうなるともうダメだ。
俺の視線は電気で作られた煌々と光る街を跨ぐ。
ウチュウに対して強い信念を持っているのはアキオだけではない。
街の至るところで都市伝説のように囁かれてきたこの噂は、御年90を迎える故老でさえ辻説法を説いている。
引き換え素直な子供たちは、昔繋がっていたとされる赤錆の電話を取りに入れ代わり立ち代わり、いつかまた繋がるんではないかとその日を待ち詫びている。
赤錆の街電話