欠片


万能な道具の危険性は,その万能性に由来する。だから,万能な道具によりもたらされる危険を,万能な道具は除去することができない。


部品のガラクタは,屈んだ少年の視界に入る一面に広がっていたし,屈んだまま,顔を上げた少年の先にある,世界の果てまで転がっているあり様になっていた。おかげで,少年の世代よりも,さらに三つ下の世代は本物の地面を見たことがなく,彼らにとって地面とは,山積みになったロボットの部品の『上』のことであり,厚底の靴でなければ歩くことは決して出来ない,ゴツゴツの感触のことをそう言った。彼らがその『地面』を歩く時,手袋は必須,マスクは常に装着しなければならない(そうすることで,金属の粉は鼻腔から体内へ侵入できなくなる)。人々の居住区は,とっくに空中(もしくはさらにその上の空間)に移動していため,生活に直接の影響はなかったが,それでも地上の資源に頼らなければならない状況的必要性があったため,これら全ての部品を回収・処分することを政策として打ち出した国々によって,その実現可能性の程度は問わず,手作業で実施することとなった。機械を使えないのは,地上で使うことにより,あのロボットたちのように,共に破壊し合う結果が発生することにより,人々がそれに巻き込まれて,死傷したりするのを回避するためである。その過程は明らかになっていないが,あのプログラムが今も地上で活きているのは確かである。数件の事例がその証拠となっている。人の中にも忍び込んでくるのでないか,と噂になっている。
海もその例外でない。裸で海に入ることはもう出来ない。
プログラムの内容は明らかになっている。
『一,ゴサドウガショウジタトニンシキデキルトクテイノキタイヲアラカジメハイジョスルコト。
二,ゴサドウガショウジタカイナカヲタノキタイトトモニケッテイスルコト。』
ここに,ある一文が加わることで,ロボットたちは,自らが他の機体に壊される前に,他の機体を壊すという,合理的であり,かつ効率の良い方法を選択し合ったということを,少年たちは知っている。そして,その一文を,プログラムに書き加えた人に会ったことがある少年は,その顔も知っている。温厚で,優しい口調で話しかけるその人は,少年にココアとビスケットを一つずつ渡し,自分のカップを持ったまま,黒に包まれた研究室の窓の外を眺めて,よく呟いていた。
「あんな所で動いてくれている彼ら全部,無事に帰って来てくれることをね,僕は望んでいるんだよ。」
白衣が目立つその姿が,少年は好きだったし,その人の,その願いにも共感していた。だけど,結果は違った。ロボットたちはお互いを壊し合い,最後に残った一体も,致命的な損傷によりその機能が停止するに至った。事実上,ロボットたちは全滅した。それを止めることは不可能だった。
その一文を書き加えたのが,その人であることは直ちに突き止められ,企業内部の処分だけでなく,裁判を経て,法に基づき処罰されることとなった。その判決が言い渡されるその日,満席となった傍聴席に少年たちはいた。裁判官を前にして,その人が立っている姿を認めた。主文から始まって,必要な全てが言い渡されていった。その最後,裁判長が促した発言の機会に,その人が言った言葉が,その場にいた人々の間にざわめきと戸惑いを生み,少年には,その胸にしかと留める動機になった。それを思い出すとき,必ず喚起する黄色い付箋紙のイメージが伴うことになったが,その理由は,それが,あの人が好んで使っていた道具だったからだ。他の色の物も含めて,あの人の机の上には,いつもそれらが大量にあったことを,少年はよく覚えていた。少年の視線に気付いたあの人は,いつもこう言った。
「こんな『所』に住んでいるんだ。万難を排しないとね。」
再生する声音,調子。完璧だった。少年はいつも思っていた。
その人とはもう会えなくなり,作業に向かうため,少年たちは必要な教育を受け続けた。ラボに集まり実験し,『外』に飛び出たアームを使って,違う部品を回収し,チームを組んで,用意された状況をクリアしてきた。少年たちの成績は優秀であり,国々は,その全員を今度の降下作戦にメンバーとして参加させることとなった。そのために,集中講義が組まれ,少年たちには何十時間のカリキュラムをこなすことが求められた。技術的な問題がない以上,あとはその内面が問題となると考えられたからだった。そして,その受講者の一人であった少年は気付いていた。その問題の眼差しが,あの人に向けられていることに。実際,選ばれた教授たちは,暗にあの人を批判することを忘れなかった。少年は,その気持ちに合わせて,講義の残りの時間を過ごす術を存分に発揮した。真面目な顔は,この室内においても有用だった。
「その命を奪うことを許され,または許し合った者たちから成る状況においては,先に加害するというのが最も効率の良い防衛手段となる。徒党を組み,単数のものを排除するのも良し,単数でそれを取り組むも良し。誰もそれを咎めはしない。咎めるものを,裏切り者として排除すればいい。ただし,状況としての危険は増していく。だから,その加害を止めることは出来ない。そうして,これを最後の一人になるまで続けていけば,一応の危険は避けられるだろう。これはそういうやり方だからだ。だから,『カレ』がやったことは,愚かしいものだったと言わざるを得ない。」
その教授も,こうしてあの人を批判したが,少年には,それがどこかフェアに感じられた。その理由を探すように,繰り返していたシュミレーションから復帰して,現実に戻って来た少年が真剣に講義を聞き直していった結果,一つのことが分かった。その教授の批判は,あくまで手段の方に向けられていたつまり,あの一文を書き加えたということに。そして,あの人のしたかったこと,望んだことには一切向けられていなかった。少年にはそれが,あの人自身を守っているように思えた。教授はそう言ったりしなかった。教授はそのまま批判をし続けただけだった。少年はその講義を最後まで聴いた。教授は,その室内の少年たちを見ていた。
講義終了後,その教授と話す時間をもらえた少年は,技術的な質問に加えて,大胆にも,以前から考えていた問題について,教授に意見を求めた。それが外部に漏れれば,少年は,今度の降下作戦から外されるばかりか,何百時間にも及ぶ矯正プログラムを受けることになっただろう。しかし,教授は少年にアドバイスをした。明らかにリスクはない,と教授が判断したためであった。そのアドバイスを受けた少年は,よって,それに従い,考えていた案を実行に移した。ひとつの欠片を持って,今度の降下作戦に望むことにしたのだ。
「期待している。」
と,その教授が少年『たち』に言った。
そして,今,少年は視界を埋め尽くすロボットたちの部品の一つひとつを手に取り,携帯している圧縮機に放り込んでいる。マスクをつけ,手袋をはめ,厚底の靴でゴリゴリした『地上』を踏み締めて進んでいる。十五分おきに,ストレッチのために立ち上がる以外は,屈んだ姿勢で歩んでいくしかない。しかし,誰一人として弱音を吐かない。優秀であるからこそ,少年たちは選ばれたのだ。少年も,その例外ではない。また,少年の胸には,あの欠片が,紙片の形で忍んでいる。鉛筆を用いて手書きしたものである。したがって,プログラムに混じる危険はない。あの,ロボットの形を残した部品たちが,これに従って動いたりすることはない。胴体が鈍く輝く,一体の立ち姿。
「ここは綺麗ですよ,マスター。」
そう言って少年は,再び作業に戻っていく。


コトノナイコト。
消去。


ブジニカエッテクルコト。

欠片

欠片

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-16

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