からい、つらい、しあわせ

甘くて、苦い、チョコレート。

「お疲れ様でーす」
時計を確認しながら、何か食べて帰ろうかなんて考えるバイト終わり。
平日にしては忙しかったな。
今日が何の日だったか、店長に言われて気付く程度には無縁な日。
コートの隙間を冷たい風がぬける。
ネックウォーマーに顔をうずめながらポケットの中に手を突っ込んだ。

牛丼、ラーメン、お好み焼き…
駅前に並ぶ看板を思い浮かべながら、胃が準備運動をはじめる。
大通りに抜ける道の手前、ふと顔を上げると見覚えのあるシルエットが浮かんでいた。
マフラーとニット帽に埋もれた小さな体。
距離が近くなり確信に変わる。

2時間前―
洗い物を終わらせ冷えきった手を温めようと、足を向けた休憩室からは楽しそうな声がもれていた。
部屋の中では先に休憩に入った同期と非番のはずの後輩が何やら盛り上がっている。
その横顔は、いつも俺に向けられる不機嫌そうなものではなく。
恥ずかしそうな、嬉しそうな。
決して可愛いと思ったわけではない、断じて。
同期がガンバレと声をかける中、特に何も言わず仕事に戻る。
小さな手に握られた、可愛くラッピングされた想いを贈られる相手が、ほんの少し羨ましかった。

そんなことだから、てっきり今頃は照れ笑いを浮かべているのだと思っていたのに…
そういうことらしい。
薄暗い中でもはっきりと、大きい目が俺を捕らえた。
「…おなかすきました」
すこし掠れた声は、きっと寒さのせいだろう。
いつものムッとした表情は、見なくたってわかる。
ポケットの中で一度気合を入れ、手を伸ばした。
手袋越しに伝わるはずもないのに。
外気に晒された右手は、どうしてかやけに熱かった。

「ここ担々麺がうまいんだよ」
駅前のラーメン屋。
食券をニ枚買って窓際の席に座る。
しばらくして運ばれたお盆から溢れる凶悪な見た目とにおいが胃を刺激する。
静かに手を合わせ箸をすすめる。
「…辛い」
「辛いな」
顔なんて、湯気で見えないからな。
温かいものってなんでこう鼻水出るんだろうな。
担々麺だから、からくて当たり前だな。
だから、大丈夫だから―

店を出て宛もなくブラブラと人気のない公園を2人で歩く。
「なぁ、」
先を歩いていた小人が、くるりとこちらを向いた。
「これ」
その手に乗せた甘くて苦い、この気持ちみたいな。
ポケットの中に見つけた小さなカケラ。
特別な意味は、ない。
「…溶けてるんだけど」
ムッとしたあと、少しだけ頬が緩んだのが見えた。
「ありがとう」
消え入りそうな、でもハッキリと届いたその声に自然と体が動いた。
「辛かったな」
腕の中、胸の位置にある頭に、ポンと手をおいた。
今だけは許してほしい。
明日からまた、ただの先輩に戻るから。

いつだったか、姉さんに言われた。
「つらくても好きなのが恋でしょ。どうせ嫌いになんてなれないから諦めなさい」
姉さんは、いつも正しい。
でも、わかってても、どうしようもないんだよ。

誰も見てないから、見えないから。
寒くて震えるなら、温めとくから。
だから明日には、いつもどおりに。

辛くても、誰かが側に居てくれるなら、
それはたぶん―

からい、つらい、しあわせ

からい、つらい、しあわせ

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-15

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