晴れ時々、恋模様

やまない雨は、ないんだとおもう。

「いい天気ですね」
洗濯日和のこんな日は、その一言が聞きたくなる。
ひらひらと風になびく一枚のハンカチ。
自然と持ち主の笑顔が浮かんでくる。
晴れやかで、心を照らす暖かな人。
晴輝さんと最初に出会ったのは、梅雨の終わり頃だった。

仕事で大きなミスがあり、私は一人公園で頭を抱えていた。
個人に責任はなくとも、自分に否があるのは事実で、ただただ悔しさが込み上げてくる。
「濡れてますよ」
深いため息が喉を通るその時、やさしい声が耳を撫でた。
まだ梅雨は明けず、雨はシトシトと静かに降り注いでいた。
走ってきたであろう声の主は、呼吸を整えながら、こちらをまっすぐに見ていた。
そして自身の濡れた肩など構うことなく、私に1枚のハンカチを差し出す。
「でも、あなたの方が…」
通り雨が来る前からこの場に居た私は、雨に降られてなどいないのだ。
それなのに、水滴がホロリホロリと頬を濡らす。
「大雨にならなければいいけど」
濡れた頬を優しく撫でたその手は、空色のハンカチをそっと握らせ―
それ以上何も言わず、背中合わせに腰を下ろした。
雨はだんだんと弱まり、晴れ間が見えてくる。
背中越しに立ち上がる気配を感じ、思わず振り返ってしまう。
光を浴びた雫の様にキラキラと、眩しい笑顔が向けられる。
「いい天気ですね」
その時から、彼は私の太陽になった。

ハンカチを返す為、会う約束をとりつけた。
幸か不幸か、返そうとする度に汚れたり濡れてしまい、何度か洗いなおすハメになった。
彼はそのままでいいと言ってくれたけれど、また会う口実になるのなら、いくらだって苦ではない。
明日は久々の晴れマーク。
もうすぐ、梅雨が明ける。

昼前の公園は人もまばらで、腰を落ち着けているのは一人だけだった。
取り巻く空気は穏やかで、本のページをめくる指先まで見惚れてしまう。
足を止めた人影に気づいた彼は、本を閉じると隣を促した。
私が座ると同時に立ち上がり、
「飲み物買ってきますね」
そう言って私の膝に鞄を預けベンチを離れる。
こうして2人が馴染んでいくことが心地良い。

姿が見えなくなってもしばらく余韻に浸っていた私は、視線を手元に戻した瞬間、背筋が寒くなった。
目に入ったのは、鞄から覗く白いハンカチ。
見覚えのあるロゴが入ったそれは明らかに女物で、彼以外の持ち主がいるということ。
それはきっと、彼から惜しみない優しさを与えられる人。
なぜ想定しなかったのか。
少し考えればわかることなのに。
戻ってくる気配を感じ、空色で全てを隠し、何も言わずに立ち上がる。

「陽菜さん?」
不審に思った彼が私の名を呼ぶ。
「ありがとう、ございました」
優しい声がこんなにも残酷に胸を締め付ける。
梅雨はそう簡単に明けないらしい。
「ちょっと待って!」
勢い余ってか少し強めに手首を掴み引き止められる。
あの時と同じ様に握られるハンカチ。
ただそれは空じゃなく、真っ白な雲の色をしていて。
「なん、で」
「キレイにラッピングしてもらったのに、破いてしまって」
心なしか悔しそうに言葉を続ける。
「そのまま渡すのは気が引けたんだけど」
あのまっすぐな目が、いつだって私を捉えて。
「側にいるのが俺じゃなくていいから、一人で、泣かないで」
そう言いながら泣きそうなのは、彼の方だ。
「…ごめん、嘘だ」
ウソ?
なにが、どこからが。
グルグルと嫌な感情が降り積もる。
でも、彼は、いつだって―
「雨の日は晴れるまで、側に居させて」
私の心を晴れにする。
「好きなんだ、君が」

雨はいつか止む。
そして人は恋をする。

二枚目のハンカチを並べて干し、部屋に戻ろうとカゴを手にする。
「いい天気ですね」
振り返ると、私の大好きな笑顔が降り注いでいた。

晴れ時々、恋模様

晴れ時々、恋模様

  • 小説
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-13

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