口癖(ショートショート風)

「あ~あ、ようやく出て行ってくれた」
おれがその男のせいで提出することになった辞表を手渡したとき、その男から贈られたはなむけの言葉だ。
そのときはさほど気にも留めていなかったが、日を追うごとにふつふつと怒りが込み上げてきた。

クビの宣告を受けて一週間もしないある日の夕方、おれは雑貨屋で虎ロープとパーティー用の目出し帽を買い、その男のお気に入りの部下の名をかたって、港近くのの倉庫に呼び出した。
隠れて様子を観察し、すきをついてスタンガンを使ってひるませた。手足を縛ってパイプいすに座らせ、目隠しをするとその男はぶるぶると震えだした。てのひらで軽く頬を打つと、小さな声で「うぅぅぅ」とうめいたので、おれは少し恨みを晴らせたとほくそ笑んだ。しかし、次の瞬間、その男はすごい勢いで暴れだした。
渾身の力を振り絞って身をよじり、あらん限りの力で叫びだしたのだ。
「何するんだぁぁぁ」
「やめろぉぉぉぉぉ」
「離せぇぇぇぇぇぇ」
おれは驚いて、しりもちをついた。
まずい、このままでは誰かが来ると思ったおれは、慌ててロープをほどこうとした。しかし、おれがロープに手をかけたとたん、その男はさらに激しく身をよじって叫びだした。物陰に身を隠そうと思い走り出すと、後ろからガシャーンという大きな音が聞こえた。振り返って見ると、その男は仰向けに床に転がり、苦しそうに荒い息をしていた。ようやく落ち着いたと思い、縄をほどこうと近づいたが、その男はおれの気配を察してのたうち回った。仕方がないので再び物陰に隠れることにした。
しばらく暴れ回る様子を見ていると、その男の足のロープが緩み、その男はドアから走り去っていってしまった。追いかけなければという考えもあったが、おれは不思議と悔しさや焦りはなく、安堵感さえあった。そして、ほとんど無意識的にこう呟いた。
「あ~あ、ようやく出て行ってくれた」と。

口癖(ショートショート風)

口癖(ショートショート風)

  • 小説
  • 掌編
  • サスペンス
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-13

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