飲み会はまぼろし
何も変わらない。昨日とまったく同じ職場の空気。同僚との距離感も何一つ変わっていない。昨日、私にあれだけ好意を寄せていてくれた彼でさえも。
昨日は部署での飲み会があった。大きな会議が終わり、そのあとお疲れさま会ということで、居酒屋で懇親会が行われた。
飲み会の序盤は、まだみんなおとなしいが、お酒の酔いがまわってきはじめた頃、徐々にみんな打ち解けてくる。仕事の時には真面目だけが取り柄な上司が、信じられないくらいフレンドリーに饒舌に話しかけてくる。
私は、お酒の席での職場の上司や同僚の変わりぶりを冷静に見つめている。もちろん、表面上は作り笑顔で酔っぱらっているふりをしている。しかし、本当はまったく酔っておらず、上司や同僚の豹変のさまを観察しているのである。
飲み会の席での発言は嘘だと思え。これは私のモットーである。飲み会では私はいつも、仕事速いよね、気が利くね、かわいいね、など必ず言われる。しかし、それらの言葉は私を楽しませようとして、相手が気をきかせて言ってくれているのである。相手の本心ではないことは分かっているが、私の気分を盛り上げてくれようとしている心意気には感謝している。
今回の飲み会でも恒例のお世辞攻撃が始まった。
また始まったと思っていたとき、同僚の男性が近寄ってきた。かなり酔っぱらっているようだった。彼が急に私に、かつて好きだった女性と私が似ているという話をしてきた。だから私のことが大好きで私と話しをするだけでもドキドキするとのことだった。いつもの私なら、またお世辞的な話だから適当に相槌をうってやり過ごしているはずだった。
しかし、このときばかりは嬉しくなってしまったのだ。私は彼のことが好きだった。彼は既婚者であるが、私はひそかに想いを寄せていた。彼が私に好意を持ってくれているなんて、意外だった。好きな人から好意をもたれるのは、この上なく幸せなことだ。私は、舞い上がってしまった。
うれしくて、うれしくて、飲み会の後も一人でニヤニヤしていた。まわりから見れば、怪しい人に見えるくらいニヤニヤして浮かれていた。
ただ、心の奥底には、私のモットーがうずうずしていた。心の中の私の冷静な細胞は、あんなのは嘘でただ場を盛り上げるための大袈裟な話だから信じない方がいい、と警告しているようだった。分かってる。私だって分かってる。でも、嬉しさがおさまらなかった。
飲み会の翌日、彼の態度は昨日の飲み会は嘘だったかのように他人行儀だった。昨日はいったい何だったんだという気持ちが込み上げてきたが、たぶんこうなるだろうという予感はしていた。
飲み会での出来心はすべてまぼろし。
飲み会はまぼろし