みそ汁、薄い

ワタシすーぷ飽きまして。

 ヤカンから湯気が出ている。細い穴から熱い空気が飛び出してやかましい音が鳴る。静かな退屈な殺風景な部屋には大きすぎて戦車が突入したみたいだ。ウソ。それは言い過ぎかな? でも、あの水蒸気の断末魔は良い気分にはならない。布団から重たい身体をゆっくりと起こし、背伸びして、台所に向かう。そうして火を止めた。青く燃えていた火は突如として姿を消して、まるで最初からいない様な、死人として黙った。
 しかし熱は存在した。
 私が今から食するインスタントラーメンの為に。
 お腹がすいているのは生きている証だ。だが毎日、毎日、体内に食物を投入するのはどうかと思う。困るね。人も植物の真似して光合成をしようじゃない。そうすると私の皮膚は真緑に変色。となると、脚から根っこが生えて髪の毛が葉っぱに……。うん。光合成は辞めます。インスタントラーメンの蓋を眺めながら考えて腕時計の針を確認する、そろそろ中に入っているスープが暖かくなっている頃合。私はウキウキと喜んで、蓋を捲って、箸を麺に突っ込んだ。そうして、箸に麺を絡めグルグルと巻く。巻いて、巻いて巻く。箸にまとわりついた、黄色っぽい麺は子豚のヒヅメに変容した。私はそこで、生ごみの袋を取り出して、その変容したヒヅメをポイって放り込んだ。インスタントラーメンの中にはエビとかタマゴとかハムとか入っていて気持ち悪いから、そいつらを口に含まない様にしてスープだけをゴクゴクと飲んだ。それでも入ってきそうになると唇と歯でせき止めた。
 やっぱり好きね、この味。
 汗を搔いていかるら、シャワーを浴びることにした。最近購入したシャツを取りに行った。
 これはホンの一昨日の話。それで友達のア子と今、大学の学食でご飯を選んでいるの。まぁ、私は、結局、選択肢は一つで味噌汁三杯。学食のおばさんには何時も味噌だけ溶かした奴でお願いね、と言っている。
 ア子は大学に入って出来た友達である。出会った頃は黒髪で長髪で可愛かった。芋可愛かった。しかし時は残酷でこの開放的なキャンパスライフに毒されたのね。今では茶髪に塗られて寝癖っぽいパーマを掛けて短い髪なの。ショート。カット。ってね。似合っているから好きだけど、何だか寂しいわ。
 ア子はまだ、学食を選んでいた。毎日こうで、優柔不断なのは困る。サッサと決定しなさい、どうせ、日替わり定食にするんでしょ? そんなの、今日余った食材で調理してるのよ。多分だけども、もし私のこの小さな考察が正解なら負けた気分にならない?
 ア子はパッと顔を輝いて光った。
こんなもので喜ぶとはマダマダお子様ね、そしてやっぱり、日替わり定食。あんたは残り物が好きなの?
 二人は席に座った。丸くて白いテーブル。窓際にある、ちょっとだけ人の目線が行き届かない場所。そこに静かに腰かけた。先に茶髪のア子から話し始めた。内容はこうだ。今日の講義で提出された課題は大変よ。最近もあの先生に課題を出されて、提出したばかりじゃない? あの先生、面倒だわ。そこで味噌汁を吸っていた幸の薄そうな女が答えた。
 そうね。と、簡潔に述べる女は瞼にかかった髪の毛を掻き分けた。もう少し喋って、上手い具合に切り返してよと……と言いたそうにア子はジッと見た。ア子は箸で鯖の腹を突っついて肉を取り、白飯に置いて醤油をかけて口に頬張った。鯖の他には青々としたキャベツの千切りと大根おろしに、味噌汁が付いている。おまけにアサリもコロンと顔を見せて出汁の一人として頑張っていた。それとは対して幸の薄そうな女は暖めた水に混ぜた味噌の液体を飲んでいて、三杯目に突入していた。その彼女の顔は美味しそうに飲む表情か? いや、美味しそうと言うよりも、義務感。赤信号は止まらなければならない。お酒は二十歳になってから。飼ったダックスフンドは最後まで責任をもって愛情を注がなければならない。そういった表情で、何処か張り詰めている、何処か緊張している。
 それならどうして、こんな変食を続ける? ア子は大根おろしに醬油を垂らして思い巡らせた。
スマホとシャープペンと歯磨きと財布を入れていたナップザックを名も知らないオジサンに盗られたと嘆いて、一歩目の踏面を滑らし階段を転げ落ちた女がいた。幸の薄そうな女だった。初対面で会話をした事もない女がアタシに泣きそうな顔でお金を貸してと言ってきた。アタシは取りあえず千円札を貸してあげた。はぁ。困るよね。まったく。
 このお金でクマノミの図鑑を買おうと思っていたのに……今日、本屋さんで。それがきっかけで話し合う? 友達になったわけであるけども、幸の薄い彼女と初めて学食に行った時、変食がわかった。まず、彼女はスープや液体の物しか飲まない。固形物が入っていると、それは捨てる。口に入るとペッと言って吐き出す。また、野菜は食べるらしく、しかし食べると言ってもミキサーでぐちゃぐちゃにした、液体の状態にして飲むらしい。あと、不思議な事に魚や肉は嫌いな訳でなくて、好きらしい。ただ、量が少ないと文句を言うので、どうして? と質問をすると、彼女曰く魚や肉から出た汁しか飲めない、舌を突き出してペロペロと皿を舐める。油の味は好きなのだが、でも残った固形物が勿体ないから注文しない。そこで彼女は悲しそうにため息を吐いたのを覚えている。
 アタシは何となく、違う、前々から気にしていた事について幸の薄そうな彼女に質問した。
「ねぇ? ミワタさんって、どうして普通にご飯食べないの?」
 幸の薄そうな女が赤い器を並べて不思議な顔して返事をした。
 食べてるよ?
 ほう……。なんじゃ? その切り返しは? 彼女のギャグか? と心で突っ込みを入れてもう一度「うーん、どうして飲み物しか飲まないのかって事」
 アタシがそう言うと彼女は少しだけ考える素振りをして(指が唇に触れて)意外にも、意味のある返答をしてくれた。
 私は待っている。別に銀シャリが嫌いじゃないし、お寿司も大好きだし、パスタもミートボールも好きだし、牛タンも好き。全部好物。大好き。ただ、待っている、そう約束をしたの。簡単な約束で、別に難しい約束なんかじゃない。むしろ優しい約束で破っても許される約束かもしれない。
私には姉がいた。私と違って幸のある顔。幸の濃ゆい女だった。姉は三つ上で凄く、馬鹿だった。勉強も運動も出来ない酷く可哀想な人だったけども、凄く幸運だった。テストは適当に書いた数字が全部点数になるし、適当に蹴ったボールが逆転ゴールになるし、汚い猫を拾ったら、飼い主が学校一のイケメンだったり、それで付き合ったり、拾った紙切れが、凄い値打ちがする玩具のカードだったり、要するに幸のありふれる姉だった。そんな姉が高校を卒業して調理学校に進学した。勿論、姉は要領がいいわけではないので、どうして、そんなところを切るのよ! と言うくらいに色んな部類、身体の部類を包丁で切る。しかし幸が濃ゆいので大事には至らず、しかも、何故か姉が調理したご飯はとても美味しいと噂になる、もしかすると、適当に混ぜた食材や香辛料が上手に絡み合って、美味しくなるかもしれない。そんな或る日の事、姉が私に「おねーちゃんが世界一に美味しいご飯を作って来るね! それまでお腹をすかして待っておきなさいね。行ってきますー」
 姉はそう言って調理学校に向かって言った。話しによると何か発表会があるとの事だ。おそらくその残りの一品を私に味わせたい、とか思って述べたと思う。
 アタシはその彼女の話しを聞いてハッと思い出した。数年前、新聞に載っていた記述。
『行方不明の三和田 佳子 海岸で打ち上げられている事に地元の漁師が発見』
 それで幸の薄そうな女が「おねえちゃん、運がいいから、無事に帰って来るよ」と言って、歪んだ表情を浮かべた。と赤い舌を出しペッと固形物を吐いた。
「アサリが混ざってた、この味噌汁」

みそ汁、薄い

みそ汁、薄い

  • 小説
  • 掌編
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-12

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted