ほげお君の話
主な登場人物
ほげお君 : 主人公。いつもほげている。が、時々おりこうさんになる。好きな言葉「♪ほげるってすばらしいぃ~」
ブヒ君 : ほげお君の友達。お米や野菜を作っている。食べることが好き。ブタという噂もある。
Poohちゃん:ほげお君の友達。賢くて力持ち。なぜか空を飛べる。どうもブタらしい(なんかアニメでありましたなぁ)
ほげお君の一日
ほげお君は今日もほげていました。
「あ-、ほげほげ。」
ほげお君はつぶやきました。顔はすっかりほげ切って、両目はぼんやり半開きです。ついでに口も半開きで、よく見るとそこからは少しよだれも垂れているかも知れません。
「ほげほげ。」
またつぶやきました。ほげお君は「ほげほげ」という言葉が大好きです。それにほげ切った状態で「ほげほげ」言うのはとても気持ちが良いのです。ほげお君は気持ち良い事が大好きなので、つい何度も口に出てしまうのでした。そうこうしている内にもう一時間位経ってしまいました。
「ほげほげ。」
それでもほげお君はほげていたので、また一時間位経ってしまいました。
「ほげぇ-。」
ほげお君は尚もほげていたので、さらに二時間の時が経過しました。
「ほげ、ああ。」
ようやくほげお君が気が付きました。
「ああ、さっき朝御飯を食べたと思ったら、もうお昼御飯の時間だ。お昼御飯を食べよう。」
それでほげお君は家の中に入りました。 ほげお君は一人で住んでいるので家の中には誰も居ません。ほげお君は年中置いてあるこたつ机の前に座ると、朝の残りの御飯と梅干でお昼を済ませました。
「ああ、おいしかった。お腹が一杯になると眠くなるなあ。」
お昼御飯を食べたほげお君はまた外に出ると、ぼんやりとした目で空を見ました。
「ほげほげ。」
ほげお君がほげ始めました。そのままほげ続けて一時間が経過しました。
「ほげぇぇ-。」
ほげお君はほげ続けました。さらに二時間が経過しました。
「ほぉ-げぇ-。」
それでもほげお君はほげていたので、また二時間が経ちました。
「ほげ、ああ。」
ようやくほげお君が気が付きました。
「ああ、さっきお昼御飯を食べたと思ったら、もう晩御飯の時間だ。晩御飯を食べよう。」
それでほげお君はまた家の中に入ると、昼の残りの御飯と納豆で晩御飯を済ませました。
「ああ、おいしかった。御飯を食べると眠くなるなあ。」
ほげお君は外を見ました。もう暗くなっています。
「ああ、もう夜だ。夜は眠らなくちゃ。」
それでほげお君は歯を磨くと、お風呂にも入らずに寝てしまいました。
「ぐうぐう。」
これはほげてはいません。眠っているのです。でも夢の中ではほげているかも知れません。
ブヒ君
ブヒ君はほげお君の田んぼの近くに住んでいます。今日はいい天気なので、ブヒ君は朝早くから田植え前の田んぼの中に入って、泥だらけになって泥団子をこねていました。
「ブヒブヒ。」
これはブヒ君の口癖です。ほげているのではありません。
「ブヒブヒ。この泥団子、おいしそうだなあ。」
実はブヒ君は食いしん坊なのです。いつも食べる事を考えているので、ほげているのは満腹の時くらいです。
「おいしそうだから、ほげお君に持って行ってあげよう。」
そこでブヒ君は泥団子を持ってほげお君の家に行きました。
「こんにちは、ほげお君。」
「ほげ。ブヒ君、おはよう。」
ブヒ君は家の中に入ると、泥団子をこたつ机の上に置きました。ほげお君が尋ねました。
「ブヒ君、これ何?」
「これ泥団子だよ。田んぼの中で作ったんだよ。ブヒ。」
「ブヒ君すごいなあ。僕はこんなの作れないよ。」
「えへへ、でも食べられないんだよ。」
「そうかあ、残念だね。」
「泥は役に立たないね、食べられないし。ブヒ。」
そう言いながらブヒ君は泥団子をおいしそうに眺めていました。ほげお君はほげていました。しばらくしてブヒ君が言いました。
「これどうしようかなあ、ブヒ、捨てちゃおうか。」
ブヒ君がこう言った時、いつも半開きのほげお君の目が少し開きました。
「ねえ、ブヒ君、お米は泥の中からできるんでしょ。」
「そうだよ。」
「そしたら泥は偉いよ。自分は役に立たないかも知れないけど、役に立つお米を作っているんだから。本当は役に立ってるんだよ。」
「そうかあ、そしたらまた田んぼに戻してあげようか。」
「うん。戻してあげよう。」
そこで二人は泥団子を持って田んぼに行くと、それを泥の中に返しました。その時にはもう朝御飯の時間だったので、ほげお君はブヒ君の家へ行って、一緒に朝御飯を食べました。それからいつもの様に一週間分のお米とおかずをブヒ君からもらうと、ほげお君はそれを持って自分の家へ帰りました。
Poohちゃん
Poohちゃんは頭がよく力も強いのですが、一番の特徴は空が飛べる事です。
「ビュ-ン。」
これはPoohちゃんが飛んで行く音です。ほげているのではありません。Poohちゃんは忙しいのでほげている事は滅多にありません。何が忙しいのかと言うと、Poohちゃんは困っている人を助けるので忙しいのです。
「そしたらおまわりさんだね。」
ほげお君とPoohちゃんが初めて会った時、ほげお君はこう言いました。いつもあちこち飛び回って、困っている人を助けるのなら、それはおまわりさんだとほげお君は思ったのです。でも、Poohちゃんは首を振りました。
「ちがうよ。僕はおまわりさんじゃないよ。おまわりさんは悪い人を懲らしめる者だからね。」
「はあ~。でもそれは困っている人を助けるのと同じじゃないかなあ~。ほげぇ。」
「うーん、確かに似てるけど、でも全然違うんだ。悪い人を懲らしめるのと困っている人を救うのはまるで違うんだよ。僕は決して悪い人を懲らしめたりしないよ。困っている人が救済された時、そこで僕の仕事は終わるんだ。」
「そっかぁ~。」
ほげお君はそう言うと少し黙りました。
不意に、それまで半開きだったほげお君の目が少し輝きました。
「ねえねえ、でもさあPoohちゃん、悪い人を懲らしめないと、困っている人を助けられない事もあるでしょ。そんな時、Poohちゃんはどうするの?」
ほげお君がそう言った時、Poohちゃんは少し悲しそうな顔をしました。それを見て、ほげお君はもうこれ以上喋るのをやめました。
しばらくしてPoohちゃんが立ち上がりました。
「ああ、僕、もう行かなくちゃ。ほげお君、さよなら。」
「Poohちゃん、さよなら。」
ほげお君がお別れの挨拶をした時、Poohちゃんは小さな声で、まるで自分に言い聞かせるように言いました。
「悪い人が救いの手を求めている事もあるんだ。」
お花見
今日もほげお君はほげていました。
「ほげぇ~。」
ぬくぬくして良い天気です。ほげお君は外に出て青い空を眺めていました。そこへブヒ君がやって来ました。
「ほげおくーん、こんにちは。ブヒ。」
「あ、ブヒ君。こんにちは。ほげ。」
見ると、ブヒ君は大きな風呂敷包みを背負っています。ほげお君は尋ねました。
「ブヒ君、何持ってるの?」
「ああ、これ。これねえ、お団子だよ。僕、お花見に行こうと思って、お団子作ったんだ。ほげお君も行こうよ、ブヒ。」
「お花見! うん、僕も行く。」
それで二人は近くの野原へ出かけました。そこには桜の木があるのです。ところが二人がやって来た時には、もう花は散って、葉っぱだけになっていました。
「ああ、もう花ないねえ。」
「そーだねえ、ないねえ。」
それでもせっかく来たのですから、ほげお君とブヒ君は木の下に座ってお団子を食べ始めました。
「花なくて残念だったね、ぶひ、はぐはぐ。」
「うん、そうだね。」
「花って綺麗だもんね。もぐもぐ。」
「うん、綺麗だね。」
「花っていつからあるのかなあ。ぶ、ごっくん…ぶひ~。」
「ずっーと昔からかなあ。」
ブヒ君はお団子をたくさん食べてお腹一杯になったので、仰向けに寝転がると、葉っぱばかりの桜の木を眺めました。ほげお君はお団子を持ったまま、ほげ~として桜の木を見上げていました。その時、ほげお君の半開きの目が少し輝いたようでした。
「ねえ、ブヒ君、僕、思うんだけど、きっと花は、生き物が見るという能力を持った時、初めてこの世界に出現したんだよ。」
「ブヒ? 見るという能力を持った時?」
「うん、だって何も花を見ることができなければ、綺麗に咲いている意味もないでしょ。何かに見て欲しいから、あんなに綺麗にしているんだもの。」
「そっかぁ~ そうかもねえ。」
ブヒ君は相変わらず寝転んでいました。
「そしたらさあ、ブヒ、見ることのできる生き物がこの世界から全然居なくなったら、花はどうなるのかなあ。」
「きっと、滅んでしまうんだろうねえ。何も自分を見てくれないんだから。」
「滅んじゃうのかぁ~。花が無くなったら寂しいだろうねえ。」
「寂しいだろうねえ。」
ブヒ君は半身を起こすと桜の木を見上げました。ほげお君の目はいつの間にか、いつものほげた半開きの目になっていました。ふと、小さな風が吹いてきて桜の木の葉っぱだらけの枝を少し揺らすと、枝の葉の影も二人の上で揺れ、まるで二人の心までも揺らそうとしているかの様に、葉擦れがザワザワ鳴りました。ほげお君とブヒ君はぼんやりと桜の木を見上げていました。
救うもの
「ほぉ~げぇ~。」
「ビューン。」
突然、Poohちゃんがやって来ました。ほげお君は挨拶しました。
「あ、Poohちゃん、こんにちは。」
「やあ、ほげお君…」
Poohちゃんはいつになく元気がありません。
「どうしたの、Poohちゃん?」
「うん、実はね…」
Poohちゃんは暗い顔をして話し始めました。
「今日、僕は救えなかったんだよ、ある人を。その人は本当にとても良い人で、皆その人が好きだった。その人も皆が好きだった。僕の助けなんて全然必要のない人だった。
でも、完全無欠な人間なんて居ないもの、その人も過ちを犯してしまったんだ。それは本当に小さな過ちで、普通の人なら誰でも笑って許してくれるようなほんの些細な罪だった。でも、その人は本当に良い人だったのでそれが逆に災いしてしまったんだ。過ちを犯すはずのない人が過ちを犯した…すると皆、その人を見る目が変わってしまった。その人も皆を見る目が変わってしまった。それからその人にとって辛い日々が始まったんだ。僕はその人をなんとか助けてあげたいと思ったけど、出来なかった。」
「Poohちゃんでも助けられない事があるの。そんなに力持ちで、頭もいいのに。」
「そうだね。でも、いくら僕でも人の心までは助けられないよ。何も出来ず、その人が苦しむのを黙って見ているしかなかった。」
「ふうん。」
それからPoohちゃんは黙ってしまいました。ほげお君はしばらくほげていたのですが、Poohちゃんが何も言わないので、尋ねました。
「それで、その苦しんでいた人はどうなったの?」
「ああ、その人は…」
Poohちゃんの声が低くなりました。
「今朝、自分で命を絶ってしまったんだよ。僕はそれも助けられなかった。」
「そう…」
Poohちゃんはまた黙ってしまいました。黙ったままじっとほげお君を見つめています。
「もし、助けられる人が居るとすれば…」
Poohちゃんはしゃがみ込むと、ほげお君の手を握りました。
「君かも知れないね。」
「ぼ、ぼく?」
「ふふ。」
Poohちゃんが少し笑いました。ほげお君は少し驚いていました。いきなりPoohちゃんが立ち上がりました。
「じゃあ、僕はもう行くよ。ほげお君、さよなら。」
「うん、さよならPoohちゃん。」
「ビューン。」
Poohちゃんは空の向こうへ飛んで行きました。ほげお君はPoohちゃんの消えた青い空をしばらく眺めていました。
世界ほげデー
ほげお君とブヒ君は田んぼでほげていました。ちょうど田植えが終わったところです。
「ほげ~、いい天気だねえ。」
「ブヒブヒ。」
「田植え終わったねえ。」
「ブヒ~。」
ほげお君の田んぼはブヒ君が耕しています。ほげお君が気が付いた時には、ほげお君の田んぼにはブヒ君がいて、お米を作っていてくれたのでした。それにブヒ君は二人で食べるよりも多くのお米を作るので、余ったお米を利用して梅干や納豆を手に入れて来るのです。
「ああ、ほげほげ。」
「ブヒブヒ、今年も豊作だといいねえ。」
「ほげぇ~。」
「ブヒィ~。」
「ビューン。」
突然Poohちゃんが飛んで来ました。
「あ、Poohちゃん。」
「ブヒ、こんにちは、Poohちゃん。」
「二人とも、ちょっと来て。」
Poohちゃんは二人を抱えると、空に舞い上がりました。そのまましばらく空を飛んで、やがて降り立った場所にはたくさんの人が居ます。
「ほら、あれ見て。」
Poohちゃんの指差した先には大きなテレビがありました。集っている人はみんなそのテレビを見ています。ほげお君とブヒ君もテレビを見ました。画面には男の人が出て、何か言っています。
「は~い、みなさぁ~ん。今日は世界ほげデーですよぉー。世界ほげデーって知ってますか。知らなあーい? そうでしょう、そうでしょう。は~い。みなっさぁん、よーく聞いてくだっさいねえ。世界ほげデーってのは一日中ほげていてもいい日なんですよ。ボーっとしていてもいい日なんですよお。みなさんほげーとしていた事ありますかあ。ちょっとの間ならあるでしょう。御飯を食べた後とか、朝、お布団の中でぐずぐずしている時とか、酔っ払った時とか、車にぶつかって頭を打った時とかですねえ。でもねえ、ほげるってのはそんな事じゃあないんです。難しいんです。特に一日中ほげてるのは難しいんですよお。まず眠ってはいけません。感情を表出させてもいけません。見ても聞いても感じてもいけません。風に吹かれる柳の枝の様に何物にも逆らわず他に任せ、柳の枝を揺らす風の様に何物にも従わず自ら吹き過ぎ、雲の様に何物でもなく、石ころの様にそこにあっても誰も気に留めないもの…まあ、そんなところですかぁ。ではみなさん。はい、ご一緒に、ほげ~ほげ~。今日はほげデー、ほげ~ほげ~。はいご一緒に、ほげっ、あ、あ、な、何をするんですかぁ! ああ、まだ途中、あ、あ、ピー」
みんなが騒ぎ始めました。突然、画面に知らないおじさんが数人現れたかと思うと、テレビの中で喋っていた男の人の腕を捕まえて無理矢理どこかへ連れて行ってしまったのです。そして画面は直ぐに『しばらくお待ち下さい』の文字に変わってしまいました。ほげお君とブヒ君とPoohちゃんはそのまましばらく待っていました。やがて『人生大学公開講座生放送、ほげるとは何か、終わり』という字が出て、それから普通の番組になりました。集っていた人たちは動き出してどこかへ行ってしまいました。それでほげお君とブヒ君も、Poohちゃんと一緒に元の田んぼに戻りました。
魚釣り1
ブヒ君が魚を持ってほげお君の家へやって来ました。
「おはよう、ほげお君、ブヒ。今日はね、魚を持って来たんだよ。」
「わー、いいね。これもお米と交換したの?」
「違うよ、僕が釣ったんだよ。ブヒって頑張って釣ったんだよ。」
「すごいや、僕も釣りをやってみたい。」
「そしたら、明日の朝一緒に行こうかあ。ブヒ。」
「うん。」
それでほげお君とブヒ君は次の日の朝、一緒に川へ行きました。川にはすでに何人かのおじさんたちが長い釣竿を持って立っています。ブヒ君も自分の釣竿を取り出すと、先に何か付け始めました。ほげお君は尋ねました。
「ブヒ君、何してるの。」
「餌を付けてるんだよ。」
「えさ?」
「そうだよ。餌を付けないと魚は取れないんだよ。」
そうして準備が出来たブヒ君は、川の中へ入って行きました。しばらくして魚が釣れました。ブヒ君はそれを腰にぶら下げた魚籠(びく)の中に入れました。川岸でぼ-と見ていたほげお君は、その時、名案を思いつきました。そこで自分も川の中へ入って行くと、ブヒ君に言いました。
「ねえ、ブヒ君、餌をもっと大きくしたら、もっと大きな魚が取れるんじゃないかなあ。」
「うーん、どうだろう。ブヒ。」
「僕、餌になってみるよ。」
「え、」
ブヒ君は驚きましたが試してみる事にしました。近くから太い木の枝を拾ってきて、その先にほげお君を結びました。ほげお君は川に入って暴れました。
「それ、ばしゃばしゃ。」
それを見て川の中で釣りをしているおじさんたちが怒りました。
「こら、何してるんだ。」
「釣りでーす。ばしゃばしゃ。」
「なんでそれが釣りだぁ。」
「僕が餌になってるんです。そしたら大きな魚が釣れるんです。ばしゃばしゃ、魚さーんこっちだよ。」
「ああ、やめろやめろ。そんなに騒いだら魚がみんな逃げちまう。」
「逃げる?」
「そうだ。それじゃ魚は釣れんぞ。頼むからもうやめてくれ。」
おじさんにそう言われて、ほげお君は水の中で暴れるのはやめて、岸に上がりました。
「ブヒ君、これじゃ魚は釣れないって。」
ほげお君にそう言われて、ブヒ君は考えました。
「そうだ、きっとこの川には大きな魚がいないんだよ。だから駄目なんだ。」
「そしたら、大きな魚がいる大きな川に行けばいいのかなぁ。」
「うーん、それなら海がいいよ。海はすごく大きいから、大きな魚がいるよ。ブヒ。」
「そうかあ、じゃあ海へ行こう。」
「うん。でも海は遠いからPoohちゃんに連れて行ってもらおう。う~、ブヒブヒしてきたなぁ。」
それで二人は次の日Poohちゃんと三人で海へ行く事になりました。
魚釣り2
ほげお君とブヒ君とPoohちゃんは海へやって来ました。
「わあ、広いねえ、ブヒブヒ。」
ブヒ君が鼻を鳴らしています。ほげお君はさっそく太い木の枝に自分の体を縛りました。Poohちゃんが心配そうに尋ねました。
「ねえ、ほげお君、本当にいいの?」
「え、何が。」
「その、自分が魚の餌になるって事。」
「いいよ。だって大きな魚を釣りたいんだもん。」
「でも、」
Poohちゃんは何か言いたそうでしたがやめてしまいました。やがてほげお君の準備が出来あがると、Poohちゃんは木の枝を持って飛び上がりました。ブヒ君は砂浜でお留守番です。今日の釣り主はoohちゃんなのです
。 ほげお君は枝の先でぶらぶら揺れています。しばらく海の上を飛ぶと、大きな魚が見えてきました。
「Poohちゃん、いたよ、大きい魚だよ。あれを釣ろう。」
「ほげお君、あれは魚じゃなくて鯨だよ。」
「え、魚じゃないの。」
「そうだよ。魚じゃなくて鯨、しかもあれは、どうやら鯨の長老のマッコイみたいだ。とても頭がいいから簡単には捕まらないよ。」
Poohちゃんはなんとかほげお君に思い止まって欲しいと思ったので、そう言いました。でもほげお君は相変わらずです。
「ふーん。でも、僕には釣れるよ。だって僕が餌なんだから。さあ、Poohちゃん、早く釣ろう。」
ほげお君は盛り上がっています。Poohちゃんは仕方なく高度を低くして、ほげお君を海水の中に入れて飛びました。
「わあー、ばしゃばしゃ。にがい、からい、しょっぱい、ばしゃばしゃ。」
やがて鯨のマッコイが大きな口を開けました。ほげお君を飲み込むつもりです。ほげお君はびっくりしました。
「わあー、食べられる、Poohちゃん助けて。」
それでPoohちゃんは高度を上げました。ほげお君はまた空中でぶらぶら揺れています。
「ああ、危なかった。もう少しで食べられるところだった。」
「でも、ほげお君。自分が餌になるって事は、自分が魚に食べられるって事なんだよ。」
「なあんだ、そうだったのか。僕、知らなかったよ。そしたらもうやめよう。」
それで二人は釣りをやめました。ブヒ君の待つ砂浜に帰る途中、Poohちゃんは電光石火の早業で、大きなかつおを捕ってくれました。一方、ブヒ君も砂浜で貝や海草を取っていたので、その日は豪勢な夕食でした。ほげお君はそれを食べながら、今日のこの夕食は誰が仕掛けた餌で、僕たちは誰に釣られるんだろうと思いました。
街へ行く1
夏のある日、ほげお君は一人で街に出かけました。なんとはなく行きたくなったのです。
「ほげぇ~、暑いなあ。」
長かった梅雨が明けて、太陽も大喜びです。気合の入った陽射しがほげお君の肌の上でジリジリ音を立てています。ほげお君はフラフラしながら歩いていました。
街にはたくさんの人がいました。みんな忙しそうに歩いています。ほげお君は歩いていて変に思いました。こんなに暑いのに長袖の服を着ている人が多いのです。それで近くのおじさんに聞いてみました。
「あのお、どうしてそんなに暑い格好をしているんですか。」
でもみんな煩そうに歩いて行くだけです。よく見ると、男の人は首に長い布を巻きつけて、胸の前で垂らしています。それに足元は黒く頑丈そうな靴でがっちり覆われています。
「暑くないのかな。」
そんなはずはありません。みんな顔は汗だらけで、ふうふう言いながら歩いていくのです。ほげお君は不思議だなあと思いました。
「やあ、ほげお君。」
Poohちゃんが飛んで来ました。それでほげお君は不思議に思ったことを尋ねました。Poohちゃんはすぐに答えてくれました。
「みんな暑いよ。首を布で締めつけて気持ち悪くなる人もいるし、靴に覆われた足なんかカビだらけなんだ。でもみんな我慢しているんだよ。そうしなきゃいけない理由があるんだね。」
「ふうん。」
Poohちゃんの話を聞いて、ほげお君はますます不思議に思いました。ふっと、ほげお君の目が輝きました。
「そんなに我慢してまで、そんなに自分の体を犠牲にしてまで、大切にしなきゃいけないものって何なのかなあ。」
「う~ん、何なのだろうね。」
Poohちゃんが困った顔をしました。
「きっと誰も分からないんだろうね。分からないけどそうしているんだよ。」
「自分の体より大切なものって、あるのかなあ。」
「街の人にはあるのかも知れないね。」
Poohちゃんはそれが何か知っているようでした。ほげお君はぼんやりとした顔で汗を拭いました。
「街の人は可哀相だね。」
「そう、確かに可哀相だけど、」
Poohちゃんはまだ何か言いたそうでしたが、言いませんでした。それから、ほげお君は今度はブヒ君と一緒に来ようと思いました。
街へ行く2
ほげお君とブヒ君は街を歩いていました。いきなりブヒ君が尋ねました。
「ねえ、ほげお君、お腹空かない? ブヒ。」
「ほげ? ううん。」
歩いているブヒ君はお腹が空いてきたようでした。ほげお君はぼーとしていたので、お腹が空いたのか空いていないのか、よく分からず返事をしました。
「あ、ジュースだ。」
ブヒ君が立ち止まりました。直方体の箱の上部にジュースの缶がたくさん並んでいます。
「これ、どうやったら飲めるのかな。」
ほげお君も初めて見るものだったので、よく分かりませんでした。二人はしばらくその直方体の箱の前でぼーと立っていました。すると一人の人が来て箱に何かしたかと思うと、ガッチャンと缶が出てきました。ブヒ君が聞きました。
「あの、それはどうやって手に入れたんですか。」
「お金をここに入れてボタンを押すんだよ。」
そう言うとその人は行ってしまいました。ブヒ君は首を傾げました。
「お金ってなんだろ。」
「さあ。」
「お米じゃ駄目なのかな。」
「さあ。」
仕方なく二人は歩き始めました。そのうちほげお君もお腹が空いてきました。気が付くと、通りにはたくさんお店があって、おいしそうな食べ物もあります。ほげお君は尋ねました。
「これ食べてもいいですか。」
「お金を払って下さい。」
横からブヒ君が言いました。
「お米じゃ駄目ですか。家にお米があるんです。」
「駄目です。」
「はあ、」
仕方ないので二人は街を出て家へ戻りました。ほげお君の家で遅いお昼御飯を食べながらブヒ君が言いました。
「街って不便だね。食べ物も飲み物も何にも手に入らないんだから。」
「本当だね。仕方ないから今度は何か食べ物を持って行こうよ。」
「うん、でも僕はもういいや。僕、お握り作ってあげるから、明日はPoohちゃんと行きなよ。」
それで次の日はブヒ君の作ってくれたお握りを持ってPoohちゃんと一緒に出かける事にしました。
街へ行く3
お握りを持ってほげお君は街へやって来ました。今日はPoohちゃんが一緒です。
「ほら、こうやればジュースが出るでしょ。」
自動販売機でPoohちゃんにジュースを買ってもらったほげお君は、それでも納得していない様子でした。
「うん、ジュースは出るけど、、、その前にPoohちゃん何したの?」
「お金を入れたんだよ。」
「そしたらお金が無いと駄目なんでしょ。やっぱり不便だね。」
「違うよ、お金があるだけで手に入るんだ。すごく便利なんだよ。」
「不便だよ。だってお金をどうやって手に入れればいいか分からないもの。」
「そ、それは、ほげお君はまだ子供だから、、、」
Poohちゃんは言い澱んでしまいました。でも街の事をよく知っているPoohちゃんは、ほげお君に街の良さをなんとか理解して欲しいと思っているので諦めません。
「お金はね、大人になればすぐに手に入るよ。そしたら街は凄く便利になるよ。食べ物も飲み物も珍しい物も何でもあるんだから。」
「でもそれはここで生まれるんじゃなくて、よそから来るんでしょ。」
「う、うん。でもほら、建物の中は夏は涼しいし、冬は暖かいよ。乗物に乗ればどんな所にも連れてってくれるし、面白いテレビや見せ物も、、、」
「Poohちゃん!」
ほげっとした、しかし鋭い声がPoohちゃんの言葉を遮りました。Poohちゃんは驚いてほげお君の顔を見ました。いつも半開きの目がキラキラ輝いています。
「Poohちゃん、僕は分かったんだ。涼しさも暖かさも面白さも何もかも、この街が自分一人で作ったものじゃないって事。あの空に掛かる何本もの線や、地面の下の管や、道を走る車によって遠くから運ばれて来るんでしょ。ここには何も無いんだよ。」
「うん、、、」
Poohちゃんはもう何も言いませんでした。それからPoohちゃんとほげお君はふらふら歩きました。何も無いのでした。水も食べ物も木も草も。あるのは大きな建物。街は全部四角三角、尖がってばかり。ほげお君がぼんやり言いました。
「ねえPoohちゃん。みんなは砂漠を作ろうとしているんだね。」
「砂漠?」
「うん。だってここは砂漠みたいに何も無いもの。僕には何も手に入らないもの。そして空の線や地面の下の管や道路を走る車が運ぶのをやめたら、どんなにお金を持っていても誰も何も手に入れられなくなるもの。だからここは砂漠と同じなんだ。ここの人達はみんな一所懸命砂漠を作っているんだよ。草を切って木を倒して虫を殺して砂で固めた建物建てて、でも砂だからいつかは崩れるんだ。その時ここは広い砂漠になるんだよ。」
その時、Poohちゃんはもしかしたら本当の砂漠の方がいいかも知れないと思いました。砂漠にはオアシスがあるからです。お金を払わなくても、誰にでも水を与えてくれるオアシスが。
街へ行く4
ほげお君とPoohちゃんはふらふらと歩き続けました。足の下は固く黒い土。四角い建物、騒がしい乗物。Poohちゃんが言いました。
「道路を我が物顔で走っていく乗物に轢き殺される人は毎日何十人もいるんだ。」
「あんなのに殺されるくらいなら、お腹を空かしたライオンに食べられた方がよっぽどいいね。」
通りに立って口から煙を吐いている人もいます。
「ここで生活するのに必要なお金を手に入れる労働の所為で、体を壊し命を失う人は数え切れないくらいだよ。」
「だったら、木の実を取ろうとして毒蛇に咬まれた方がよっぽどいいね。」
若い人達は耳に変なものを付けたり、髪の毛の色も色々です。
「心や脳や神経や内臓にはお金をかけないで、皮膚や舌や髪や爪にはお金をかけるんだよ。」
「狩りをしているおじさんたちの裸の方が、よっぽどきれいだね。」
Poohちゃんは空を見上げました。
「そうだねえ。この街はそれほどでもないけど、もっと恐い街もあるんだ。そこでは自分を守るためにみんな銃を持ってるんだよ。」
「ライオンに襲われない様にライフルを持ってるのと同じだね。危険な場所なんだね。」
「うん。確かに危険だね。でも平和だって言うんだ。その街の人はここは平和だって言うんだ。銃によって平和は保たれてるんだって。」
「へええ、不思議だね。銃を持たなくちゃいけない事自体がもう平和じゃないのにね。じゃあ、いつライオンや虎やヒョウに襲われるか分からなくて、びくびくしなくちゃいけない所も危険だけど平和だって事なんだね。」
「そっちの方がよっぽど平和だよ。何の理由もなく襲う事はないからね。動物は満腹の時には眠っているだけだから。」
「昔、戦争があって、みんないつ襲われるか分からなくて、びくびくしなくちゃいけない事があったみたいだけど、そしたらその時も平和なんだね。」
「その時のほうがよっぽど平和だったと思うよ。銃を持ってるのは兵隊さんだけだったし、命令がなくちゃ動かないからね。」
Poohちゃんとほげお君はぼんやり歩き続けました。
「そしたら、どんどん平和じゃなくなってるんだね。」
「うん、きっとみんな平和が嫌いなんだよ。人の作った街はジャングルより危険で不安な所なんだ。」
Poohちゃんはそう言うと、ほげお君を抱かえて飛び上がりました。
「だから困っている人も多いんだ。」
それを聞いてほげお君はPoohちゃんは大変だなあと思いました。それから自分は街に住んでいなくて本当に良かったと思いました。
お月見
夜空に満月が出ていました。ほげお君は家の外に出て月を見ていました。
「お月様は丸いなあ。」
ほげお君はつぶやきました。
「それに黄色いんだなあ。」
ほげお君は月を見ていました。やがてほげぇーとしてきました。
「ほげほげえー。」
ほげお君はほげてしまいました。まん丸の月を見ながらほげるのは、大変気持ちの良いものです。
「ほげ?」
いつの間にか月が少し欠けてしまったようです。ほげお君は変だなあと思いながらも、そのままほげていました。
「ほげぇ、半月だあ。」
いつの間にか月は半分欠けて半月になっていました。ほげお君は不思議だなあと思いながらも、そのままほげていました。
「ほげえぇ~、三日月だあ。」
月はどんどん欠けて今では三日月になっていました。ほげお君は面白いなあと思いながらも、そのままほげていました。そうしてほげている間にも月はどんどん欠けていきます。
「ブヒッ、ほげお君、大変だよ。」
ブヒ君がやって来ました。背中には大きな風呂式包みを背負っています。ブヒ君は慌てた様子で言いました。
「お月様がどんどん欠けてるよ。僕、今晩はお月見だから、お団子食べながらお月様を見ていたら、どんどん欠けていくんだよ。大変な事になっちゃったよ。ブヒブヒ!」
ブヒ君はかなり興奮しています。ほげお君はほげていました。
「満月なのに満月じゃなくなったら、もう、お団子食べられなくなっちゃうよ、ブヒ。お団子は満月の時に食べるんだから。」
そうこうしている内に月はどんどん欠けて、とうとう真っ暗になってしまいました。
「ブヒーブヒー、とうとうお月様がなくなっちゃったよ。ほげお君。」
ブヒ君は背中の風呂式包みを下ろすと、結び目を解きました。中には月見団子が大量に入っています。
「ほげお君、さあ、これを食べよう。」
「ほげ?」
「これを食べてお祈りすれば、お月様は元通りになるかも知れないよ。」
「なるかなあ?」
「なるよぉー。さあ、食べよう。ブヒ。」
それでほげお君とブヒ君は月見団子を食べ始めました。やがて月がうっすらと現れ始めました。
「あ、出て来た出て来た。やっぱりお団子のせいなんだ。さあ、ほげお君、もっと食べて食べて。」
「うん。あぐあぐ。」
二人は一所懸命に食べました。そこへPoohちゃんがやって来ました。
「やあ、ほげお君、ブヒ君。見事な月食だったね。真っ暗になった時は恐くなかった?」
「あ、Poohちゃん。Poohちゃんも早く食べて。」
「え?」
「お月様を元に戻すには、このお団子を食べないといけないんだよ。さあ、早く食べて。ブヒブヒ。」
「え、う、うん。」
ブヒ君にそう言われて、Poohちゃんも食べ始めました。月はどんどん太ってきて三日月になりました。
「あ、三日月だ。もごもご。」
「みんな頑張って。ブヒブヒ。」
ほげお君とブヒ君とPoohちゃんは一心不乱に食べ続けました。月はますます肥えてやがて半月になりました。
「ほげ、半月だ。はぐはぐ。」
「みんな、お団子はまだたっぷりあるからね。心配せずにブヒブヒ食べてね。」
ほげお君とブヒ君とPoohちゃんは無我夢中で食べ続けましたが、さすがにお腹が一杯になってきました。ほげお君が苦しそうに言いました。
「ほげぇ~、ブヒ君、僕もうお腹が一杯。」
「ほげお君、何言ってるの、ブヒブヒ。」
「ねえ、ブヒ君、お団子と月の太さは関係ないように思うんだけど。」
「Poohちゃんまでそんな事言って、駄目だよみんな諦めちゃ。さあ頑張って、食べて食べて。ブッヒブッヒ。」
ほげお君とPoohちゃんは、すでに、一つの団子を食べるのもやっとの状態です。ブヒ君は必死に食べ続けましたが、さすがのブヒ君も限界が近付いて来たようです。苦しそうな顔に汗が浮かんでいます。
「ブヒ、ブヒ、僕もお腹が、ブヒ、」
「あ、ブヒ君、見て。」
ほげお君が月を指差しました。月は元通りに満月になっています。
「元通りの丸いお月様になってるよ。」
「本当だあー、やったあー。ブヒブーヒ。」
ブヒ君は喜びました。ほげお君も喜びました。Poohちゃんも少し嬉しそうです。
「みんなが頑張ったからだねえ。良かったね、ホントに良かったねぇ、ブヒブーヒ。」
ブヒ君はそう言うと、お腹を抱えて倒れてしまいました。ブヒ君のお腹ははち切れんばかりに大きくなっています。ほげお君とPoohちゃんはそんなブヒ君を見て少し笑いました。ふと、ほげお君がPoohちゃんに尋ねました。
「ねえ、Poohちゃん、お月様は何を食べて大きくなったのかなあ。」
「えー、そうだねえ、、、」
Poohちゃんは少し考えていましたが、寝転がって月を眺めているブヒ君を見て言いました。
「きっと、僕たちの大きくなったお腹を見ただけで、お腹が一杯になっちゃうんだよ。あのお月様は。」
「そっかあー、じゃあ、僕、もう一つ食べようかなあ。」
そうしてほげお君はもう一つ月見団子を食べました。
稲刈り
秋晴れです。青空です。白い雲が高いところを漂っているので、空も高く見えるのです。
「ほげぇ~、秋だねえ。」
ほげお君が言いました。
「秋はなんでも美味しいんだよね、ぶひ。」
ブヒ君が言いました。
「みんな、よく頑張ったね。」
Poohちゃんが言いました。三人は田んぼのあぜ道に座ってぼーとしているのです。稲刈りが済んだばかりの田んぼには、刈り取られた稲が向きを揃えて並べられています。まだこれから藁で束ねてハザ掛けをする作業があるのですが、その前に三人はちょっと一服しているのです。
「Poohちゃん、毎年手伝ってくれてありがとう。」
ほげお君がお礼を言いました。収穫されたお米はほげお君とブヒ君とで食べるのですが、Poohちゃんはお米を受け取らないのです。以前にブヒ君が「Poohちゃんは、毎日何を食べているのかな、ぶひ?」と尋ねたことがあったのですが、Poohちゃんは「ふふっ」と笑うだけできちんと答えないのです。
「は~、ぶひ。」
ブヒ君はそう言うとあぜ道の草の上に寝っ転がって、のんびり浮かんでいる白い雲を眺め始めました。
「あ、雀だあ。」
ほげお君が声をあげました。数羽の雀が飛んできて並べてある稲の上に降り立ったのです。
「きっと、お米を食べに来たんだね。ほげ。」
「本当だ。」
Poohちゃんが立ち上がりました。
「よし、僕が追い払ってあげるよ。せっかくのお米が食べられちゃうからね。」
そう言って飛び立とうとした時、
「Poohちゃん、いいよ。」
ブヒ君の声がしました。寝転んだままです。
「どうして? せっかくブヒ君が作ったお米なのに。」
Poohちゃんが不思議そうな顔をしました。ブヒ君が毎日この田んぼに来て、一所懸命お米の世話をしていた事を知っているからです。
「せっかく作ったお米だからいいんだ。ぶひ。」
「え?」
意外な返事に驚いたPoohちゃんはブヒ君を見詰めました。ブヒ君は青い空を眺めながら、静かな声で言いました。
「だって、雀さんたちは喜んで食べてくれるでしょう。踊りながら食べてくれるでしょう。だから僕も嬉しいんだ、ブヒ。もし喜んで食べてもらえないのなら、美味しいって感じてもらえないのなら、どんなに偉い、立派な人に食べてもらっても、僕は悲しいもの。」
「ブヒ君、、、」
Poohちゃんは黙ってしまいました。雀たちはチュンチュン言いながら、籾を突っ突いています。
「ねえブヒ君、僕はブヒ君の作ってくれるお握りは大好きだよ。」
ほげお君が元気な声で言いました。ブヒ君は嬉しそうに鼻をぶひぶひ鳴らすと立ち上がりました。
「ぶひ、じゃあ続きをやろうか。二人とも、もうひと頑張り頼むね。」
「うん、ほっげー。」
「では、やりますか。」
三人は再び田んぼに降りました。と同時に稲の周りにたむろしていた雀たちが一斉に飛び立ちました。ほげお君は空を見上げました。満腹になった雀たちが還っていくその先には青く澄んだ秋の空。ほげお君は雀たちの姿が見えなくなるまで、空を見上げていました。
お祭り
今日はお祭りでした。遠くの町のお祭りです。ほげお君とブヒ君はPoohちゃんに連れられてこの町までやって来たのでした。沿道はお祭りの行列を見るために集まった人達で、すでに大変な賑わいを見せています。
「うわあ、すごく大勢の人だねえ。」
ほげお君は目を丸くして言いました。こんなにたくさんの人達が集まっているのを見るのは初めてだったのです。
「それに、なんだかおいしそうな匂いも、、、ぶひぶひ。」
ブヒ君は鼻をぶひぶひ鳴らしました。名物の和菓子を売っているお店が近くにあるのです。
「ほらほら、二人ともあんまりきょろきょろしていると危ないよ。」
Poohちゃんが心配そうに言いました。それでもほげお君もブヒ君もあんまり珍しい事ばかりなので、周りばかり見て歩いていました。
「あ、」
ほげお君が声をあげて倒れてしまいました。石につまずいたのです。
「ほ、ほげお君!」
Poohちゃんは慌てて駆け寄ろうとしたのですが、その時、一人の女の人がほげお君に近寄ると、両脇に手を入れて抱きかかえて起こしてくれました。
「大丈夫、坊や?」
そう話し掛けられても、ほげお君は突然のことで何も言えず、ただ優しそうな女の人の顔を見つめるだけでした。
「気をつけてね。」
女の人はにっこり笑うと、そのまま行ってしまいました。
「あ、ありがとうございます。」
Poohちゃんがほげお君の代わりにお礼を言いました。ほげお君も同じくお礼の言葉を言って、女の人が去って行った方へお辞儀をしました。
「でも、今の女の人、、、」
遅れて来たブヒ君が言いました。
「ちょっと腕が太かったね。」
ブヒ君の感想にPoohちゃんは苦笑しながら、
「う~ん、きっと体を鍛えるためにバーベルとかを握っているのかもね。ほげお君、ケガはない?」
「うん、全然大丈夫だよ。」
ほげお君は元気に答えました。それで三人はまた歩き始めました。そろそろ行列が来る時間です。
やがて、、、
「あ、来た来た。」
時代行列が見えてきました。先頭は勇ましい装束の鼓笛隊です。
「うわあ、みんな上手に吹くねえ。」
「太鼓もぶひぶひ叩いているね。」
それから刀を差したお侍さんや馬に乗った鎧兜の武士、次女を従えて籠に揺れる華麗な衣装を纏った麗人、いえ、人だけではなく、絢爛豪華な調度品や、朱塗りの屋形車を牽く黒牛など、ほげお君やブヒ君がこれまで見たことのない風景が、次々に現れては消えていくのです。そんな二人の様子を見てPoohちゃんはにっこりしました。
「ぶひ、すごいねえ~。」
ブヒ君がため息を漏らしました。
「ほげぇ~、本当だねえ~。」
ほげお君もすっかりほげています。
「ふふ、二人ともすっかり驚いているみたいだね。でもこれはもう昔の風景だからね。今はこんな衣装や生活をしている人はいないんだよ。」
「ふうん。」
ブヒ君もほげお君も何を言っていいのか分からない様子です。不意にPoohちゃんはちょっと質問してみたくなりました。
「ねえ、もし二人がこの行列の中の誰かになれるとしたら、誰になってみたい?」
「え、そうだねえ、ぶひ。」
ブヒ君は行列を眺めながらしばらく考えていましたが、突然、行列の向こうに見えるお店を指差すと言いました。
「あの和菓子屋さんがいいかな。毎日、お菓子を食べられるから。」
「え、でも、あれは行列とは、、、」
「ぶひ、あれがいい。毎日おいしい物が食べられれば、何だっていいんだ、ぶひ。」
「う~ん、ブヒ君だねえ。えっと、そしたらほげお君は?」
Poohちゃんは苦笑いしながら今度はほげお君に尋ねました。ほげお君はほげぇ~とした声で言いました。
「僕は、こうやって行列を見ている人がいいな。一日中ほげていられるから。」
「う~ん、、、」
そう言ったきり、Poohちゃんは言葉を失ってしまいました。そこで今度は、ほげお君がPoohちゃんに尋ね返しました。
「ねえ、そしたら、Poohちゃんは誰になりたいの?」
「え、僕? 僕は、」
Poohちゃんは空を見上げて少し考えた後、言いました。
「空を飛んで困っている人達を助けてあげるような人かなあ。」
「ぶひ、そしたら今とおんなじだああ。ぶひぶひぶひ!」
ブヒ君が愉快そうに鼻を鳴らしました。それで三人は顔を見合わせると、大きな声で笑い合いました。
サンタさん
その夜は聖誕祭の前夜だったので、ほげお君とブヒ君とPoohちゃんはPoohちゃんの家でケーキを食べていました。
「Poohちゃんのケーキは本当においしいなあ。ブヒブヒ。こんなのが毎日食べられたらいいなあ。」
「これはクリスマスケーキっていう特別のケーキですから、この時期しか食べられないんですよ。」
「Poohちゃん、いつもありがとう。」
「お礼を言うのはこちらですよ。私に関する行事に、何の関係もないほげお君とブヒ君を付き合わせているんですから。」
「こんなおいしい物が食べられるのなら、毎日でも付き合いたいなあ。ブヒブヒ。」
「ははは。」
トントン
その時誰かがドアをノックしました。
「誰かな?」
Poohちゃんはテーブルを離れると、歩いて行ってドアを開けました。
「メリークリスマス!」
いきなり大きな声が飛び込んできました。ドアの向こうには白い髭を生やしたおじいさんが立っています。
「あなたは、まさか、、、」
「そうです。サンタです。」
Poohちゃんは驚いた顔をしています。知り合いの人ではなさそうです。
「ま、まあ、とにかく、中へ。」
Poohちゃんの招きに応じて、サンタさんは家の中へ入って来ました。ほげお君が尋ねました。
「この人、誰? Poohちゃんのお友達。」
「私はサンタですよ。ほげお君。」
「ふうん。」
ほげお君はサンタさんを知らなかったので、それ以上何も聞きませんでした。
「そちらに居るのはブヒ君ですね。」
「はい、ブヒブヒ、ブヒ君です。」
ブヒ君もサンタさんを知らなかったので、ケーキを食べるのに夢中になっていました。
「ではプレゼントを置いて行きましょう。」
サンタさんは背中の袋から何か取り出しました。
「これはブヒ君へのプレゼント、御馳走です。」
御馳走と聞いてブヒ君の目の色が変わりました。
「わあー、ありがとう。ブヒブヒ。」
ブヒ君はもらったばかりの御馳走を食べ始めました。サンタさんはにこにこ笑いながら、また袋の中から何か取り出しました。
「これはPoohちゃんへのプレゼント、防寒マントです。」
サンタさんは分厚いマントをPoohちゃんに渡しました。Poohちゃんはお礼を言いました。
「ありがとう。これで上空高く飛ぶ時も寒くありません。」
サンタさんはにこにこ笑いながら、今度はほげお君を見つめました。ほげお君はボーとしています。サンタさんは大きな袋に手を入れて、何か探している風でしたが、やがて袋から手を出しました。
「そしてこれがほげお君へのプレゼント。」
サンタさんの手の上には何も乗っていませんでした。
「ほげお君には何もありません。何も無いのがほげお君へのプレゼントなのです。」
「ありがとう、サンタさん。」
ほげお君はお辞儀をしてお礼を言いました。サンタさんはにこにこ笑いました。
「では、さようなら。みなさん良いクリスマスを。」
そう言ってサンタさんは出て行きました。Poohちゃんは後を追って外に出ました。
「待って下さい。あなたはどなたですか。どうしてここへ来たのですか。」
「私はサンタ協会の者です。」
「サンタ協会?」
「そうです。サンタさんなぞ存在しないのは、あなたもご存知の通りです。しかしそれでは余りにも夢が無い、そこで世界中のサンタを愛する夢ある大人達が、お金を出し合ってサンタ協会を作ったのです。今ではすでに十億人の会員によって運営される巨大な組織となりました。そしてその中で選ばれた者が、こうしてサンタとなって今晩世界中を回るのです。もちろん日々のサンタ活動も欠かしません。毎日世界中のサンタ協会会員が、世界中の子供たちを調査し、この子はどんなプレゼントを欲しがっているか、サンタからプレゼントをもらえるくらい良い子かどうか、などを調査しているのです。あなたたちはサンタ協会から選ばれた良い子達です。どうかこの一年も、そして大きくなってからも、今のまま良い子でいてください。」
サンタさんはそう言うと、トナカイの引っ張るソリに乗り込みました。
「ああ、そうそう。」
サンタさんがPoohちゃんを振り返りました。
「ほげお君の様に、何も無いのが最高のプレゼントだと判断されたのは初めてのケースです。私もここに来るまでは不思議に思っていました。しかし、今晩、ほげお君に会って、その意味が分かりました。Poohちゃん、ほげお君をよろしく頼みますよ。」
サンタさんを乗せたソリは空中に浮かぶと、そのまま飛んで行ってしまいました。Poohちゃんは夜空に消えて行くサンタさんをじっと見つめていました。
ほげお君の話