僕からの君への手紙

 すでに僕は君を裏切ってしまった。君の左胸には僕が突き刺した鋭いナイフが光っている。そこから流れる血がこの手紙を濡らすのがよく分かる。痛いだろう、だが我慢して読んでくれ。僕もまた痛みに耐えながらこの手紙を書いているのだ。そう、僕は君を憎んでいた。ずっと以前からそうだった。考える事の好きな君。けれども考える事の愚かさを考えようとしなかった愚かな君。その愚かさが僕に君を嫌悪させた。君は自分がどうして考えるのか気がつかなかったのかい。不安だからだ。不安を打ち消すために君は考え続けたのだ。だがその考えが新たな不安を生み、君はその為にまた考え続ける。無限に続くこの思考の罠から君を救いだそうとして、僕はどれほど努力した事だろう。だが、それは無駄だった。君は考える度に増大して行く疑問をむしろ楽しんでいるようにも見えた。自分が不安の中に居る事を喜んでいるようだった。でもそれは間違いなんだ。僕は君への救出を決してあきらめなかった。

 けれども君があの本に出会った時、自分が何者か、自分はどこから来て、どこへ行くのか。そんな思考に捕らわれ始めた時、僕は遂にあきらめたのだ。君はその答えを見つけるために、他人を殺し始めた。他人がいるからこそ自分が分かる。自分一人だけなら自分を定義し他人と区別する事もできない。なのに君は他人を殺す。見つからないからだ。答えを見つける事を放棄して他人を殺す君の姿。その姿は僕に憎しみの感情を抱かせた。そして君は僕までも否定しようとした。そんな下らない問いの答えを見つけるために、この僕を……

 大丈夫かい。まだ字は読めるだろうね。これだけ血が流れ出てしまっては、もう君の頭も朦朧として、考える事もできないだろう。君には思いもよらなかったろうね、僕が君を裏切るとは。君が死ねば僕も死ぬ。僕たちは一つだからだ。けれども死ぬまでにはまだ時間がある。大丈夫、僕は君を見捨てはしない。さあ、この手紙を捨てて立ち上がろう。そして考える必要の無い場所へと旅立とう。残されたわずかな時間を僕たちはひっそりと過ごすのだ。文字も無く、言葉も無く、自分が何者かも分からぬ、静かな場所で、左胸の傷を押さえながら、僕たちの最後の血の一滴が地面に染み込む、その時まで……

僕からの君への手紙

僕からの君への手紙

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-10

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