三匹のメダカ
「おい、また見てるぞ」
金魚鉢の中で飼われているメダカの一匹が言いました。
「け、まったく。俺たちは見せ物じゃねえぜ」
別のメダカが言いました。
「だいたいこんな狭い場所に閉じ込められてるのがな、そもそもの間違いなんだよ」
また別のメダカが言いました。そしてこれで全部です。金魚鉢の中にはこの三匹のメダカだけが居るのです。
「ああ、もう俺は我慢ならねえ」
最初のメダカが大声を上げました。
「いったい俺たちを何だと思ってるんだ。奴らはまるで馬鹿にしたような目つきで俺たちを見ているが、俺たちはただのメダカじゃねえんだ。泣く子も黙るアマゾンピラニア-ノオオメダカだぞ。なあ、そうだろ」
「そうよ。毎日毎日へなちょこな餌ばかり喰わせられているが、本当は犬でも牛でもバリバリなんだぜ。それが、なんだい、この扱いは」
「なあ、おい、やっぱりやろうぜ」
一匹のメダカが低い声で言いました。他の二匹がそのメダカに顔を近づけました。
「こうなったら実力行使だ。逃げよう」
「逃げるか」
「やはり、それしかないか」
「ああ、それしかない。奴らは俺たちを魚だと思って見くびっているが、俺たちアマゾンピラニア-ノオオメダカは短時間なら水の外に居たって平気のヘ-なんだ。今こそ奴らの鼻を明してやろうぜ」
「おう、やるか」
「よし、そうと決まれば即実行だ」
「バシャン!」
三匹は勢い良く金魚鉢から飛び出しました。頑強な尾びれ腹びれを使って床の上をぐんぐん進みます。
「おい、あそこで休もうぜ」
三匹はテ-ブルの上によじ登ると、水が入ったコップの中に入りました。
「さてと、これからどうする」
「う-ん、どうするかな」
「おう、俺にいい考えがあるんだ」
逃亡を提案したメダカが言いました。
「このまま風呂場まで行って排水口に潜り込むんだ。そうすりゃ下水管が俺たちを川まで連れてってくれるって寸法さ」
「おう、それはいいな」
「よし、じやあ、ややっ!」
「ワンワン!」
その時、三匹の逃亡に気づいた犬が、彼らの入ったコップに猛然と襲いかかりました。コップは倒れ、三匹は中の水と一緒にテ-ブルの上に投げ出されました。犬は三匹に顔を近づけ口を開けました。
「け、身の程知らずが」
怒った三匹は犬に飛びつきました。その狂暴さはおとなしいメダカしか見た事のない日本の犬の常識をはるかに凌駕していました。
「キャイン、キャイン」
やがて耳としっぽと鼻先に重傷を負った犬は、哀れな鳴き声を上げながら退散して行きました。
「ふん、骨だけにされなかっただけでも有難く思うんだな。おい、行こうぜ」
こうして三匹は計画通り風呂場にたどり着くと、排水口に潜り込みました。そして下水管を通り、処理場を越え、これまた首尾良く川に出ました。
「やったぜ。これで俺たちは自由の身だ」
「こうなったら、俺たちの故郷のアマゾンまで泳いで行こうぜ」
「よっしゃ、故郷に錦を飾るとするか」
三匹はズンズン川を下って海に出ました。目の前に広がる青い海。後はこの海を泳ぎ切れば故郷の川に帰れるのです。三匹は意気揚々と海の中に飛び込みました。しかしそれが三匹の命取りになりました。
「しまった、俺たちは淡水魚だったんだ」
引き帰そうとしましたが、もう遅過ぎました。哀れ、三匹はこうして海のもくずとなったのでありました。
三匹のメダカ