停留所の風2

パート2です。パート1で指摘して頂いたミスをできる限り減らそうとしましたが、まだ気づかないだけでミスが多くあると思います。
とりあえずミスを少なくしてから表現力などを磨いていきたいと思います。

物悲しい季節だった。
ああ、今だけは自分の感性が憎い。
なぜこんな事まで気付いてしまったのだろう。
なぜこんな事もあの時気付けなかったのだろう。
無機質な白の中で散っていった彼女。
もう少し待っていてくれたのなら、その味気ないキャンパスにせめてもの色付けができるはずだったのに。
未だに僕は渡せなかった指輪と彼女の抜け殻を手に彼女の影を追っていた。
今はバス停に付いたボロい小屋の中、いつ備え付けられたかも分からないベンチに座っている。
秋深まるこの季節。山を燃やすほど真赤に熟れた紅葉の中に彼女はいるだろうか。
「こんにちわ。こんなへんぴな所に何か御用がおありですか?」
その女性はいきなりやってきた。
霜のように白い肌、つんと立った鼻にどこか儚げのある表情、そして真赤な和服と古風な傘。
この季節そのもののような人だった。
「いえ、少し旅をしているものでして。この辺りの風景は素晴らしいですね。力強いのに繊細で、不思議と涙が出てきそうな」
僕は思わず赤い目をより赤い紅葉のせいにした。
「学生さんかしら? 随分大きな荷物をお持ちのようですけれど、この辺りには旅館なんてありませんよ」
女性は僕の荷物に目をやっていた。
「それなら大丈夫です、これはただのキャンバス入れですから」
女性はほんの少しだけ驚いたように、
「絵をお描きになさってるのですか。作品を見せて頂いてもよろしいでしょうか?」
と言った。
少し迷ったが、
「ええ、今出しますので」
と返し、丁寧にキャンバスを取り出し、そっと静かに絵を置いた。
「まだ未完成なんですが」
「人物画、ですか。綺麗な女性ですね。後は色を付けて完成ですか?」
その言葉に、一瞬だけ顔が引きつってしまったのだろう。
「あら、すみません。お気にさわりましたか?」
女性は少し慌てたようにそう言った。
「いえいえ、お気になさらず」
口ではそうは言うものの、彼女のことを思い出さずにはいられなかった。
自分がどんな表情をしていたか分からないが、その女性は、
「お悩みがありましたら、お聞きしますよ」
と、優しく語った。
その言葉に自分は、
「大丈夫です、昔のことを少し思い出していただけですから」
と言い訳とも言えないような言葉しか出なかった。
「そうですか? どうせこんな田舎、誰が聞いているわけでもないのですから。たまにはよろしいのではないでしょうか?」
そう言われると、どうしても思い出したくない、それでも忘れたくない記憶が溢れそうになる。
想いをため込みすぎた決壊寸前の体が、無意識に
「実は」
と言葉を滔滔と流しだした。
女性は優しい眼差しをこちらに向けている。
僕は少しおちゃらけたように、
「よくある話ですよ、好きな人がいたんです。 その人が病気で他界したんです、しばらく前の話ですけど」
と言った。
そうすると女性は優しく、
「もしかして、こちらの女性でしょうか?」
と絵を指す。
「そうなんです」
その絵には愛していた彼女の笑顔が白黒のまま映っている。
「色を入れていないのにも何か理由がおありで?」
「はい、実は」
湧き上がる記憶は、気付かない内に口からだけでなく目からも流れていた。
「彼女の今際に立ち会えなかったんです」
心からの後悔を僕は口にした。
数瞬の無音が訪れ、それから女性が口を開いた。
「悲しいことですが、仕方のないことではないでしょうか。死というものは突然やってくるものです」
「それはそうなんですが」
僕はふっ、と息を整えようとする。
「彼女が他界する前日、ちょっとした違和感があったんです」
それでも上手に呼吸はできなかった。
「別れ際、いつも彼女は明日も来いよ、って言うんです」
僕は肩を震わせながら続ける。
「その日だけ、じゃあな、って言ったんですよ、まるでもう二度と会えないみたいに」
滲んだ視界をずらし、絵に目をやると彼女は微笑んだままだった。
「その言葉に気づけていたら会えたかもしれない彼女の最後が分からないんです、ずっと一緒にいた彼女の最後の顔が」
「それで、色を?」
「はい、できるだけ現実にいた彼女に近づけたいんです。でも威勢のよかった彼女の死が想像できなくて」
これはエゴだということは自分でもわかっていた。
「芸術はあまり学が無いもので分からないのですが」
自分勝手に思い詰めていた僕に、女性はより優しい声で、
「現実である必要はないんじゃないですか?」
と言った。
「あなたが愛されたこの方を、あなたが愛したままに描いたらいいのではないでしょうか」
「僕が愛したままに、ですか?」
「はい」
肌寒い季節の中、しばらく僕はぼーっ、と停留所から見える紅葉を眺め、筆を手にすることを決意した。
一番綺麗な彼女を彩るために、のみかけの水と、バッグに入れていた道具を出した。
色を付け始めようと少し緊張している僕に向かい、女性は、
「どうせなら少し手を加えて、指輪なんかを付けたらいかがでしょう?」
と言った。
バッグの中に入れたままの指輪の箱が見えていたのだろうか。
「そうですね、そうしてみます」
僕は絵を少し書き直し、指輪を付け、そのついでに彼女の口角を少しだけ釣り上げた。
それから僕は必死に、彼女へ命を吹き込んだ。
「お邪魔になりそうなので私はそろそろお暇しますわ。どうせ誰もいらっしゃらないので心行くまでどうぞ」
一言お礼を言おうと女性の方を見ると、どこか淡い背中が見える。
なんとなくもう声をかけない方がいいような気がして、僕はキャンパスの方に居直った。
それからずっと僕は筆を働かせ、いつかの日の、いつかの彼女の面影を秋が深まる中ずっと描いていた。
色の入った彼女の笑顔は白黒の時よりはっきりと輝いて見える。
現実では渡せなかったエメラルドの指輪と共に。

停留所の風2

読んでいただきありがとうございました。ご指摘、ご感想お待ちしております。

停留所の風2

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  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-09

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