「マグカップ」「橋」「未来」

「このマグカップには、未来が映るんだってさ」

 川辺には少年と少女が、ベンチにならんで座っていた。少女は、たった今カバンから取り出したばかりのマグカップを大事そうに両手で抱えている。
 少年は、怪訝そうな顔でそれを見つめた。

「......へえ。それで、どこに? 底とか」

 少女はそのカップを、彼に半ば押し付けるように差し出した。初めは拒否していたが、彼女がしつこいので諦めて受けとる。吐き出したため息は、冷たい外気に触れてすぐに白く曇っていく。なんでこいつは冬の川辺に長居したがるのだろう、とうんざりしながら、少年はマフラーに顔をうずめた。コートやマフラーをいくら着込んでいても、冷気はどこからともなく入り込んでくる。

 少女の方はというと、彼よりはるかに軽装備だというのにまったく寒がっている様子がない。慌ただしく鞄をあさって、黒い水筒を取り出した。楽しそうに蓋をくるくる回してはずし、中蓋の真ん中にあるボタンを押し込む。かっぽんという間抜けな音がして、ボタンはへこんだままで固定された。そして、少年の持つマグカップへと中身を注いでいく。水筒から出てくる紅茶が、彼にささやかな熱気を与えた。
 水位が8割に達すると、彼女は水筒の傾きを戻して蓋を閉めた。

「で、これでね、三十分待つんだって」
「冷めるわ」

 飼い殺しかよ、なんで暖かいものをわざわざ冷ますんだと呟くもなんとなく逆らいがたく、大人しく従うことにしてみた。その間、二人でぼんやりと川を眺める。川の上には濃い霧が立ち上っていて、向こう側をうかがうことはできない。
 
 少年は、そっと右側に視線をやった。その先には、重厚な鉄橋がかけられている。それは当然、こちら側から川を越えて向こう側へと渡るためにある。今は霧に隠れていて、途中までしかその姿を見ることは出来ない。見えなくても、それは必ずつながっているのだと思うと、なんとなく不思議な気持ちになった。

 手の中の紅茶は段々と熱を失っている。ずっとこのままでいるものなんて、ありはしないのだ。多分。
 彼はマグカップを口元へもっていき、それを一気に飲み干した。暖かな何かが、ずるりと喉を通り抜けていくのがよくわかった。少女は驚いたように目を見開き、それから彼の腕をつかんだ。

「えー、何してんの? あと20分だったのに」
「ごちそうさま」

 親指で唇を拭いながら、彼はカップを彼女に返した。ぶつぶつ文句を言いながらも、少女はそれを受け取る。少年はベンチから立ち上がる。今は見えない川向こうを、静かに見つめた。

「未来なんて別に、見えなくてもいいよ」
「……それもそっかぁ」

 少女はマグカップと水筒を鞄にしまってから腰を上げる。
 二人は橋へ向かって歩いて行った。

 

「マグカップ」「橋」「未来」

オチがなくてすいません。

「マグカップ」「橋」「未来」

三題噺です。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-08

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