「もう会えません」
17:30池袋発 西武池袋線急行 飯能行の車内で思い出した。
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彼女と初めて会ったのは、これから寒い冬がはじまる10月。夜のセブンイレブンの駐車場だった。
彼女は駐車場の端で車止めに座り込み、スマホを眺めている。
スマホに照らされた凛とした横顔から目が離せなくなった。それが僕と彼女の出会い。
その日、おなかの空いていた僕たちはお互いが好きな、とんこつラーメンを食べに行き、その後小高い丘に行きコーヒーを飲みながら夜空を眺めた。
とりとめのない話をしながら、飼っている猫の事。僕の好きな人の事。昔彼女に年上の彼氏が居てその人とは不倫だった事。
などを話し、気づくとあたりが明るくなっていたので彼女の家に行き昼過ぎまで寝た。
それからは度々彼女の部屋で猫に起こされるか、僕の部屋で淹れたコーヒーの匂いで彼女が目が覚めるか、いつの間にか裸になったお互いの体温で起きるかの生活を繰り返していた。
「私、こういう生活好きかもしれない」
ぼくも。
まだ薄暗い明け方、お互いの存在を確かめるように、白い素肌隅々まで手で確認していく。
彼女もそれに答え僕の隅々まで唇で確かめていく。
寂しさを紛らわすこの作業が、ぬるま湯に浸かっている様で。
でもぬるま湯はそのまま熱くなることなく、どんどんと冷たくなっていった。
冷たくなってしまったなら、湯船から出なければならない。
「もう会えません」
送っていったひばりヶ丘の駅で、僕が聞いた声はいつもより頼りなく、でも彼女はずいぶんと前から決めていたらしくはっきりとした声で、精一杯の笑顔といつものえくぼを見せている。
きりっとした目にたくさんの涙を溜めていて、そこには僕が、自分の事ばかり考えている僕が写っていた。
もうきっと会えないけれど、きっと幸せになっていく彼女。これからも綺麗になっていく彼女が、切なくて。
いつも帰りに芋焼酎を買っていく酒屋、やたらピーマンが多いナポリタンを出す定食屋、カウンター越しの店長に酒をおごると必ず一気に飲み干す居酒屋。の前を力いっぱい走った。
息ができないほど、声にならないほど、涙を流しながら僕は走った。ほかにそうするしかなかった。
ひばりヶ丘の街の端々が、いちいちが、僕に何かを思い出させて、そのたび女々しく心を痛める。それでも、そう、僕はそうするしかなかった。
僕は彼女の事が好きだったのかもしれない。
いつの間にか熱くなっていたのは僕の方で、彼女は熱いお湯に我慢していてくれたのかもしれない。
そんなことを思いながら、初めて出会ったコンビニの端に座りたばこに火をつけた。
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居酒屋ひだまり。金曜の夜はいつも混んでいる。僕たちはいつものカウンターの席に座り、お互いの近況を話しながら熱燗を舐めたり、炙り〆さんまをうまいうまいと言ってつついたり、店長に焼酎を飲ませたりした。
ぼくはそこで彼女と僕に起こったことを話した。みーちゃんは僕の話にめずらしくうんうんと頷き、話し終わった後に
「そっかぁ、ちょっぴりツラいかもね」
急に照明が落ち、ベロベロに酔っ払った店長が大きな声で叫んだ。
「本日僕の誕生日でーーーす!!!一緒に歌ってくださーーーい!!!」
「さんっはいっ!ハッピバースデー・・・」
僕らは聴いた、僕たち含む店内のみんなが店長の独唱を黙って聴いた。
みーちゃんは言った
「店長かわいそうだね」
「そうだね、飲みが足りないね」
僕らは少し笑って、歌い終わって切ない表情の店長に一番強い酒を奢った。
たんたたーんたーん んーーんーー
横でみーちゃんが口ずさむ。
まだ忘れていなかった彼女の誕生日。一度も歌うことのなかったバースデーソング。
彼女の誕生日とは違う季節に僕らは一緒に口ずさんだ。
彼女の誕生日を祝ってあげれなかったな。と思いながら。
ふと僕を見るみーちゃんの目が優しかった。
「泣かないでよぉ」
泣いてないって。
涙はもうあの日から出なかった。あの頃感じた手のひらの感触を少しずつ思い出せないでいる。
その日みーちゃんは僕の部屋に来て、彼女との思い出を上書きするように唇で隅々まで塗り替えていった。
「もう会えません」