水底のポルターガイスト

水底のポルターガイスト

◯プロローグ
僕は水底に向かって沈んでいた。
死のうとしていたのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。僕にもどちらなのか分からなかった。ただただ見えるのは碧く暗い水底で、僕の意識が消えゆくのに正比例して、視界にあるものも消えていった。そこには何も存在せず、僕の中も青に吸い込まれ虚ろだった。光など見えない。酸素だって薄い。水圧が生命あるものを殺していく。僕は一体何をしているんだろう。なぜここにいるのだろう。きっと意味など無く、流れに任せてここにきてしまったのだ。海に浮遊する藻屑のように。
僕は深海生物のように餌を求めるでもなく、夜光虫のように光へ向かうでもなく、ただ何もせずにその心臓が脈打つのを止めるのを待っていた。

◯藻屑
僕は外見は中肉中背、顔も平凡、成績も中の下程度で特にクラスで目立つ存在ではなかった。分かりやすく言うと、掃除をサボってもバレない、というよりおそらく気づかれているが無視され放置されている、その程度の存在感で、影はかなり薄い方だった。消えかけている位、薄かった。中学生にしては覇気というか可愛気というか、そういうものが欠けていたけど、別に僕は気にしていなかったし、周りだって同じだった。誰も僕のことなど見ずに、安穏と平和な日常が無意味に繰り返されていくだけだった。「大勢の中の孤独」という言葉があるけれど、もしかしたらそうだったのかもしれない。でもそれは周りの認識で、僕は別にそう感じていなかった。孤独なんかじゃなかった。
周りは僕を空気中に舞う微細な埃のように思っていて、特に大した感想を抱いている訳でもないけど、「一人でいるのが好きな変人」とか「相手にする価値の無い人間らしさに欠けた物体」という風に揶揄する声は時折耳に入ってきた。それでも僕は傷つくことはなかった。
なぜなら、僕自身もそれを認めていたからだ。全ての事象に意味など存在しない。日常の声も流れて忘れ去られる意味のないもの。僕自身もそういった声と同じ事物で、全てをくだらないと言い放つことは出来る位に、諦めていた。僕は彼らを見下すこともせず、ただそこに座って息をして時々体を動かす「物体」としてその場に存在していた。
でも、自分でも、気づかない内にきっと死ぬんだと思う。例えば知らないうちに急行電車に撥ねられて死ぬ。例えば階段を踏み外して、あっなんか体が浮いてるって認識している間に転げ落ちて死ぬ。それから…と想像するのは容易いのに、しぶとく今日も生きている。意識が体から抜けている内に死ねたら楽なのに、僕の体はなんだか素直じゃなくて、どれだけ想像の中を逡巡して、死を願っても、朝はやって来てしまう。もうその行為に後ろめたさを感じないほど体を傷つけてみたことだってあるのに、脈打つのを体は止めてくれない。外に出ても明るい光に歓迎されてないように思えてきて、逆に鬱屈とした気分になる。天から降り注ぐ光でさえ、僕を疎ましく感じている。
神様にさえ見捨てられた僕には何も残っていないし、僕だってもうするべきことは何も残さず、後は消えていくだけのはずだった。

◯手紙と雑草
夜、郵便受に宛名の無い手紙が入っていた。

「拝啓

傷だらけの人

知らないことは時に怖い。身近にある、いわゆる正常とされるものが気づかないうちに異常なものへと変化して、自身や他者を自身でも気づかず破壊してしまう可能性から目を反らすというのは怖いこと。
花が咲いていたと思ったらある日忽然と姿を消した。人によれば絶滅してしまったらしい。絶滅とは死ぬということ。そして時が経てばそれに纏わる記憶や情報が消えて誰も知らない状態になること。花に関する大切な想い出も記憶から薄れて、花をくれた人の顔や名前も思い出せなくなるということ。花を餌にしていた生き物が飢えて消えるということ。その生き物が消えればその捕食者にもまた影響が出るということ。
人間も同じだと思う。
社会的に殺されてしまったらもう後戻りは出来ない。あなたがどれほど辛くて哀しくても世間の目は優しくない。それが現実だから、肉体も精神も殺される前に助けを求めよう。
どんなに自分は価値が無いから死にたいと願っても、それは唯の取り越し苦労。よく考えてみれば価値があると信じている人の云う価値っていうのは他者から「君は価値がある人間だね!」って言葉を受け取って自分に価値を見出す訳ではなくて、愛されている、とか自分は優れたものをもっている、とか自分で勝手に感じとったり思考しているだけだから、本当は価値なんて皆初めから持ってない。価値があるのが正解とされる世の中だから足並み揃えて自分の価値をよくわからないまま信じていたいと願っているだけ。人生の価値なんてのは形の無いオプションで、実は元々無いものを感じとろうとするのは難しいから、自身の価値を信じている人の価値は他者からみればなんでも無いことかもしれないし、逆に価値が無いと思っている人間に、潜在的に、又は違う視点からみれば価値があるかもしれないよね。自分の考え方次第だから価値が無い人間だ、って簡単に思い込むのは違うと思う。自分に自信が無いならなおさら、自分のことに気がつきにくいはずだから。
あなたを攻撃したりするような自信過剰な人に限って大したことなかったりするからね。
てか、価値なんて本当は皆持ってないよ。あなたと同じだよ。大雑把にくくれば同じ種類の人間だよ。こんなに世の中に人が溢れていて、自分だけが不幸なはずは無いし。だから価値が無いという理由に苦しめられるのは取り越し苦労だし、自分かもしれないし、他人かもしれないけど誰かを傷つけて自分が牢に入れられるのはどうしようもない。こうなったら誰にも救えない。自分を殺すことだってこの社会じゃ違法だからね。あなただけの問題じゃないんだ。
若いから残りの人生何十年あるし、わざわざ自分を傷つける奴を傷つけ返さなくても、隕石の衝突とかで皆死んじゃうかも。傷つける奴と同類にもなりたくないしね。
何が起こるかなんて誰にも分からないし、時間が解決してくれるかもしれないね。
物事には正解なんか存在しない。
わざわざ攻撃してくるのは心に余裕が無くて、本当は自信が無いけど弱くて攻撃しやすい、反抗しなさそうな優しい人を見下すことで自分の価値を確かめようとする人達なんだと思う。
まともな人は変だなと思ったとしても何もしないしそこまで見てないよ。
悩む頭があるなら異端者を本能で集団で排除しようとする獣みたいな人達より、知能が発達していて人間らしいのかも。
でも一人では何も解決出来なそうだからとりあえず助けてもらおう。悔しいかもしれないけど。嫌なら事務的に利用するつもりでさ。
まだ堕ちるところまで堕ちてない。
まだ大丈夫。
でも少し踏み外せば堕ちるギリギリのところまでは来てるから、早くして。
君の見ている世界の出来事が事実だとしても急いだ方が楽になれるんじゃないかな。
私はあなたのことを本当は何も知らないしあなたの声を真っ向から聞かず、推論しているに過ぎないから正しいことを言ってるかわからないけど、感情論抜きで客観的に分析した結果、この手紙を書くに至りました。
あなたは感情的なのが嫌いそうなので、プログラミングして論理的に書きました。


優しいつもりのAIより

かしこ」

◯夜光虫
夜が深くなる。やってきた。またあいつが。
僕から病気や欲をとったら何が残る?
衝動的に、自分を傷つけることで何かから逃げられる気がして自傷すること。
女子について夜妄想して一人行為に耽ること。
リスカの後は消えるけど、やってしまった事実を、消すことは出来ない。
朝、後悔の念に駆られて手を何度も洗い痕跡を消そうとしてもその事実を消すことは出来ない。
生きていて、その後それらの行為をしなかったとしても、消すことは決して叶わないのだ。どうしようもない。「傷」「欲の痕跡」などと呼べるようなものだ。
バンドマンがそういったことを歌って稼ぐ傾向にあるが、僕がそういったことを露呈したとしても、生憎顔面偏差値も高くないし、コミュニケーション能力も、才能も何も無い。僕が「これは生きている証拠なんだ」と歌った所で嘲笑の的になり、キチガイ呼ばわりされるというのが現実だ。
自分の欠陥を、良い方向にもっていけることは、恵まれているのだと思う。
僕には何も出来ないし、何もしない方が注目の的になることを避けられるのでそれが正しい在り方だった。
「人間は汚いからこそその美しさが際立つ」という文字列を何かで見かけた。
「人間は汚い」。それは当たり前のことだし正しい。「だからこそその美しさが際立つ」これは場合による。「美しさが際立つ」のは、汚さ以外の何かを持った恵まれた人間だ。僕みたいに何も持って生まれてこれなかった、後天的に何か得ることも叶わなかった人間にはこの「世の中正しい人間用ルール」は適用されない。そんなものは頑張ったことの無い人間の怠慢だ、という意見もあるだろう。じゃあ、僕がこのルールを幸せになれるとバカ正直に信じて適用したらどうなるか、予測はつくのか?ついてもつかなかったとしても、あまりにも無責任な意見だ。お前は幸せだからそう信じていることが出来る。他人のことなんてどうでもいい、僕がどうなろうと知ったことでは無いからそういうことが出来る。
ほら、僕が電車にはねられそうになっていても、街で野垂死にかけていても、君は見てみないフリをするタイプの人間だ。
結局人間は汚い。それだけは僕は信じてやまない。そう信じていなければ、やってられないのだ。人はこれを病気だと言う。
でも、この「病気」をとってしまったら、僕は人間としてやっていけないのだ。

水底のポルターガイスト

水底のポルターガイスト

  • 小説
  • 短編
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-02-07

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