どっちが。


お気に入りのぬいぐるみの腕が、千切れてしまった。

まだ捨てたくない。

だから、新しい布で作り直してくっつけた。

取れちゃった腕は、なんとなくもったいなくて、

机の引き出しに仕舞った。


しばらくして、

今度は、ぬいぐるみの足が、取れてしまった。

まだ捨てたくない。

だから、新しい布で作り直してくっつけた。

取れちゃった足は、やっぱりもったいなくて、

机の引き出しに仕舞った。



そうして、

直して、直して、直して。

いつの間にか、引き出しの中には

ぬいぐるみひとつぶんの千切れたパーツが詰まっていた。



私はそれを、ひとつに縫い合わせた。



いま、私の手元には、ぬいぐるみがふたつ。

ひとつは、

ちょっとずつ千切れていったパーツを縫い合わせてできたもの。

もうひとつは、

ちょっとずつ新しく作って付け足して、いつのまにか元のパーツがなくなってしまっていたもの。


どちらも、大切。


けれど。

「私がお気に入りだったぬいぐるみ」は、

一体どちらなのだろう?

どっちが。

ためし投稿です…。

これって小説って言っていいのでしょうか?
詩に近いような気もしますが…分かりませんね。

以前、似たような話をブログに載せたのですが、できれば、たくさんの人に見てもらって、考えてもらいたいなぁ、と思って、少々手を加えて書き直してみました。
なにか少しでも、見てくれた方の中にもやっとした物が残ってくれていたら、嬉しいです。

どっちが。

本物はどっちか。 「それ」に傾けられている愛情が同じ量だとしたら、 いったい何を基準に、真偽を確かめればいいのか。 そんなお話。短いです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-23

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