朴念仁が恋をした 3話
異性について、初めて真剣に悩んでいる進藤くん。ちゃんと結論が出せるのか?
朴念仁が恋をした 3話
15
塾の休み時間。
朝から晩までの授業が終わって、大きく伸びをする。こんなのが、あと何日続くんだ•••。
「いや~、お腹減ったね~」
とてもさっき、あんな顔したヤツとは思えなかった。
「な、なによ。私だってお腹くらい空くわよ!」
「そうだな、腹減ったな。帰るべ」
俺たちは途中まで道が一緒なので、少し話をしながら帰る。
「ところでさ、進藤くんとアヤって、修学旅行以来、どうなの?」
「な、なんのことでしょうか?」
「あのね、修学旅行の時、私と田中くんが協力して、アヤの告白を手伝ったんだよ?」
「え? じ、じゃあ、成田も知ってたの?」
「うん」
マジか•••。
実はその後、桜井の言葉に甘える形で、バレーに集中して、で、負けて、落ち込んで、今に至っているわけなんだけど•••。
ようするに、俺は何も考えてなかったということに、今気づかされた。
「で、ちゃんと返事、してあげたの?」
すみません。何にもしていません。夏休みに入ってバレー部も引退したので会う機会もありません•••。
「まだ、何も•••」
「はぁ•••。あのさ、進藤くん」
自転車を止めて、成田は真剣な表情になる。
「アヤは進藤くんのこと、信じて待っているみたいだけど、進藤くん、アヤのこと、考えてる?」
何も言えなかった。
「進藤くんの性格だから悪気がないのはわかっているけど、アヤがかわいそうだよ」
「•••ごめん」
「私に謝ったってしょうがないんだけど。進藤くんも勉強あって大変だと思うけど、真剣に考えてよ」
考えたことはあった。ただ、そうすると必ず考えなきゃいけないことが、もう1つ出てきて•••。そこで止まってしまっていた。
成田は田中が桜井のこと好きなの知っているのかな。
この時、俺はあまり深く考えず成田に聞いていた。
「友だちが好きな子から、自分が告白されたら、成田はどうする?」
成田は一瞬、息をのんだが、しばらく考えると
「私だったら、友だちとは関係なく、告白してくれた子のことを自分がどう思っているか考えるよ」
「それでもし付き合ったら、友だちとはどうしたらいいんだ? っていうか、そいつに悪い気持ちが出てくるんじゃないか?」
自転車のスタンドを立てて止めると、成田は俺の方に歩いてきた。
「私、ちょっと怒っているから最初に謝っとくね。ごめん」
俺は黙って息をのむ。
「進藤くんの考え方じゃ、誰のためにもなってない•••っていうか、進藤くん含めて全員に失礼だよ!」
「俺も?」
「うん。進藤くんのこと好きな子に対しては進藤くんの本当の気持ちじゃないし、友だちにとっては自分に気をつかわれて好きな子のことをちゃんと考えてないし、進藤くん自身も悪気がないのに2人に一番失礼なことしちゃっているし•••」
本当に、何にも言えなかった。ただ、自分が間違っていたことはわかった。
「•••ありがとうな、成田」
「え? あ、いや、怒るかと思っていたんだけど•••」
首をふる。
「いや、ちゃんと言ってくれて嬉しかったよ」
「え? そ、そう? それはよかった」
なぜか成田は顔を赤くしていた。
坂井とあった時の表情と今の赤くなった顔•••。
同じ日に色々な顔をするんだな。
その日から、俺の頭から成田のことが離れなくなっていた。
16
今まで俺が考えてこなかったことを、あらためて成田に言われて、自分の考え違いに気づいた。
俺は勝手に恋愛とかには興味がない、と自分に言い訳して、ちゃんと相手のことを考えていなかった。
友だちと遊んで、バレーやって、時々勉強して。ただ、それだけだった。
考えるのが面倒くさいのも正直あった。
でも、桜井と田中のことは、面倒くさくなんかなかった。
言われた時にもっとしっかり考えなきゃいけなかった。
だいぶ時間がたってしまったけど、考えよう。
桜井に対しては、俺がどう思っているか、はっきりさせる。
そして田中には、そのことをちゃんと伝えよう。
もちろん勉強も、1学期の失敗は2度としないように夏期講習もしっかりやる。
自分でも、前向きになれた気がした。バレー部引退後とくらべてエネルギーもわいてきた。
みんな成田のおかげだな。
俺はあらためて感謝した。それに同い年の女の子だったけど、尊敬というか、すごいなと思う気持ちが生まれていた。
17
2学期が始まった。都立を第一希望にしている俺としては、1学期の内申点でしくじったので、これがラストチャンスだ。
中間、期末とテストに対して気合いを入れるため、また待っていてくれている桜井や田中のためにも、気持ちを伝えようと決心した。
したんだけど•••。
やっぱり、どうやっても俺と桜井が付き合っているというのが、イメージできなかった。
しかし、そのたびに成田の言葉を思い出し、桜井が好きなのか、付き合いたいのかを考えた。
そんなことをしていたら、9月半ばも過ぎてしまった。
そして来週の秋分の日は、体育大会だ。
気持ちばっかり焦るな•••。
そんな時に限って、リレーの選手になったりする。
やれやれと思っていたら、女子に成田もいた。
あれ? なんか嬉しい?
というわけで、昼休みや放課後、時間がある時に各クラスのリレー選手は練習をしている。
そして、もちろん俺たちも。
やることはどのクラスも同じで、バトン練習だった。
「なんでアンカーなんかに•••」
「私が抜かれても抜きかえしてね」
こうして俺は、前走する成田からバトンを受ける練習をひたすらやった。
18
「いや~、お腹すいたね~」
「成田って、女子のわりに、よく食うよな」
「進藤くん、ケンカ売っているのかなぁ?」
放課後にバトン練習をした帰り。
俺ん家の前にある公園を俺と成田は歩いていた。
「はぁ、今日も塾かぁ•••」
俺たちは夏期講習の後も同じ塾に通っている。そして今日も塾の日だった。
大変だったけど、勉強の方はおかげでなんとかなっている。
俺はもう一方のことで悩んでいた。
「成田、ちょっといいか?」
「どうしたの?」
「桜井のことなんだけど」
正直、行きづまった感があった。田中にはさすがに聞けなかったので、この機会に成田を頼ってみることにする。
「俺なりに桜井のこと、考えたんだけど、どうしても、その、彼女という感じじゃないんだ•••」
「そっか•••」
「でも、嫌いじゃないんだ。ただ、俺が、付き合うとか、わかってないだけかもしれないし」
「•••進藤くん」
成田の視線に俺は緊張する。
「好きにも色々あると思うの。でも私が感じたのは、進藤くんの好きは違うものだと思う」
「•••そっか。俺、女の子を好きになったことないから自信なかったけど•••」
「ちゃんとアヤに自分の気持ちを伝えてね、進藤くん」
成田の力を借りてだったけど、ようやく踏ん切りがついた気がした。
でも、ここからが本番みたいなものだ。
今の俺の緊張を考えると、修学旅行の時、桜井はどんだけ緊張していたんだろう?
今度は俺がちゃんと伝えなくちゃな。
19
体育大会はうちのクラスが優勝した。
リレーでの逆転優勝だ。
2位だったうちのクラスが、リレーでも2位でバトンの受け渡しになって、成田から俺にバトンが渡されたわけなんだが•••。
息ぴったりのバトンの受け渡しだった。スパイクがきれいに決まった時のような気持ち良さ。
こんなにテンションが上がったのは、久しぶりだった。
クラスが優勝で盛り上がっているなか、桜井と目が合う。
今までは、そらしはしなかったが、後ろめたさがあった。
でも、今なら自分の正直な気持ちを伝えられそうな気がした。
「桜井、放課後に少し時間いいか?」
俺はちょうど1人になった桜井のところに行って、話しかけた。
桜井は少し緊張したような顔をしたが、すぐに頷いてくれた。
そして振り返った時に、田中と目があう。見ていたんだろうな。桜井と話したら、田中にも報告しよう。
そして、放課後。
「進藤くん」
桜井から声をかけられると、俺はギクシャクと動きながら、できるだけ人がいない場所へと移った。
目星をつけておいた場所につくと
「さ、桜井。あの、修学旅行の時の話なんだけど•••」
「やっぱり、そうだよね」
「遅くなってごめんな」
「いいよ、ずっと考えてくれていたの、なんとなくわかっていたから」
「それでな、あの•••」
こんなに緊張しているの、今までで初めてなんじゃないか。声もうまく出せやしない。
「俺、桜井のこと、女の子としてずっと見てきたんだ」
「うん」
「それでわかったんだけど、俺•••付き合うとか、彼女とかまだわからないけど•••」
「うん」
「桜井に対しては、付き合いたいとか、彼女になって欲しいとか、そういういう気持ちにならなかったんだ•••」
桜井は俺の言葉を聞くと、ボロボロと涙を流し始める。
慌てる俺に涙を流したまま笑いかけると、
「やっぱりね•••。はぁ、やっと言ってくれた」
涙をぬぐいながら
「進藤くん、本当に朴念仁!」
「え?」
いきなり桜井にそんなこと言われても、なんて言っていいのか•••。
「ありがとう。ちゃんと返事してくれて」
「桜井•••」
「なんか進藤くんらしいというか。だから好きになっちゃったんだけどね」
何も言えないまま立っていると
「じゃあね」
「あ、ああ」
俺は呆然と桜井の背中を見送った。
20
桜井と別れた俺は、もうその日はエネルギーがなくなっていたので、家に帰った。
そうしたら、田中からメッセージがきた。
「アキちゃん家の前の公園にいるんだけど、出れる?」
マジか? しかし、行くしかないだろう。
公園に着くと田中が立っていた。
「悪いね」
「大丈夫。どうした?」
「いやあ、アキちゃん、俺に話があるかなって」
なんでもお見通しか。桜井と話したばっかりで、ほとんどエネルギーないっていうのに。
俺は気合いを入れ直す。
「よし!」
「なに、どうしたの?」
「気合いを入れた」
「ぷっ、悪いね、アキちゃん。今日は止めとく?」
「いや、だめだ。今、話させてくれ」
「え? いや、俺としてはありがたいけど•••」
俺は伝えた。桜井から告白されて、それからは女の子として見てきたこと。そして、桜井のことを彼女としては見れなかったことを。
田中は真剣に聞いていた。俺が話し終わると
「それで桜井はなんて言ったんだ?」
「俺のこと、朴念仁って」
一瞬、呆気にとられた田中は大笑いした。
「ぼ、朴念仁って。桜井、ナイス!」
確かにそうかもしれないけど、田中に笑われるのは、ちょっとムカつく。
息を整えた田中は、今度は違った笑顔だった。
「でも朴念仁のアキちゃんにしては、返事がちゃんとしていたね。誰かに相談でもしたの?」
「成田に話を聞いてもらった」
「なるほど。それでアキちゃん、迷子にならなかった訳だ」
迷子?
俺が不思議そうな顔でもしてたのか、田中は説明してくれた。
「いや、アキちゃんのことだから、ライクとラブの区別がつかないんじゃないかな~って」
なるほど! ってオイ!
でも、成田に相談しなかったら、そうなっていたかもしれないな。
「まぁ、最悪、俺のこと気にして桜井のことフッたりしてたら、ぶん殴ろうと思っていたんだけどね」
その可能性もあったな•••。
成田さん、本当にありがとうございます。
「んじゃ、また」
俺は田中を見送ると、肩を落とした。
この数か月悩んでいたことが、やっと終わったんだと思ったら、本当に力が抜けてしまった。
やっぱり、俺には恋愛とか無理だな。
21
それからは中間テスト、合唱コン、三者面談、期末テストと続いた。
心配していた桜井とは、桜井が今まで通りの態度だったので、助かった。
勉強の方も塾の成果か、模試の結果もだいたい安定してきた。
そして今もその塾の帰り。横には成田がいる。
考えてみれば、桜井にしろ成田にしろ、俺って女子的にすげー恵まれていたんだな。
桜井との一件以来、そういうこともわかってきた俺だった。
「なに? こないだの模試、そんなによかったの?」
俺がウンウン頷いていたのを成田は勉強のことだと思ったみたいだった。
「いや、そういうわけじゃないけど。まぁ、確かに安定はしてきてはいるかな」
「いいな、私は逆にBだったりDになったりで、あ~どうしよう」
「都立なの?」
「まあ、第一志望はね」
「俺もだよ。じゃあ南?」
「げ•••」
「なんだよ、げって。俺と同じじゃあ嫌なのかよ」
「そうじゃないって。だって落ちたら、なんかヤじゃない?」
まあ、そうだな。同じトコ受けるっていうことは、それもあるよな。
でも•••。
「ガンバれよ!」
「なに、いきなりどうしたのよ?」
「いや、俺もガンバるから、成田もガンバれよ•••っていうか」
「ありがとうね、じゃあガンバるかな」
動揺した。
なんだ、今の•••。
成田と同じ第一志望。
それを知って、確かに気持ちがザワついていた。
朴念仁が恋をした 3話
いやぁ、朴念仁なんて単語、みんなよく知っていたねぇ。さて、泣いても笑っても次がラストです。もう少しだけ、お付き合いください。