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プロローグ


今、黒づくめのスーツで身を包み、長い黄金色の髪の毛と鋭い目つきの持ち主の美少女は、舞台の役者がよくやる苦悩のポーズをとりながら、尊大な物言いで、いかにも落胆したかのように、私に向かってこう言い放った。
「やれやれ、君も世の中に溢れかえっている俗物の一人とはね。君たちはもっと広い視野を持つべきだよ。あまりにも固定概念に囚われてすぎてるね。まず、君が挙げた一人目だが、確かに彼は『世界一有名な探偵』であることは認めるのはやぶさかではないが、彼のやってることといえば、天眼鏡を持って床を這いまわり、たばこの灰や靴跡を猟犬のように見て回り、自分では論理的思考の持ち主だと思いこんでいるようだが、ほとんどこじつけとしかいいようのない推理で、事件を解決している。彼の推理は穴だらけだよ。まあパートナーの専属伝記作家のおかげだね。彼が世界で最も有名な探偵になれたのは」
私が少しむっとすると、彼女は、それを見て面白げに話しを続けた。
「さて、君が挙げたもう一人のベルギー人の小男の探偵だが、彼のほうが少しはマシとはいえ、やはり世界一の名探偵とはいいがたいな。彼の場合はほとんどが状況証拠で、最後の詰めはいつでも犯人が自供してくれるからね。彼の事件のようにいつでも犯人が自供してくれれば、警察も裁判所も楽でいいが、弁護士は皆失業することになるだろうね。弁護士天国のアメリカじゃ、ホームレスへの無料給食の列に弁護士が大勢並ぶことになるだろう。まあ、それはそれでなかなか見ものだがね」
くっくっくっと、意地の悪い笑みを浮かべながら彼女は、またしても私のほうを見てそうつぶやいた。

なんなのよ、この女。初対面の相手に対してあまりにも失礼じゃないの。そりゃ、自己紹介してるうちに趣味が推理小説を読むことで、「世界一の名探偵は誰か」って話になったのは私のせいなんだけど。
「じゃあ、フォルクスさんは誰が世界一の名探偵だと考えてるんですか?」
私は声を荒げて、これから4年間この学園の同じ寮の同室になる相手にそう言い返した。
彼女は、その言葉を待ってましたかとばかり、自信たっぷりに私の眼を真っすぐ見つめながら、長身の体を大きく屈め、私の眼前まで顔を近づけて、耳元でこう囁いた。
「僕だよ」
彼女の言葉に、あっけにとられている私に、彼女はこう続けた。
「この僕、ルーカス・エクスカリバ―・フォルクスが世界一、いや人類史上最高の名探偵さ。なんせこの僕は殺人事件で被害者を出さずに事件を解決できるんだからね」
そう言うと、彼女はポケットからウオッカの小瓶を取り出して、細くて長い指で、ボトルの蓋を開けると、風呂上りに牛乳を飲む例のポーズで、一気にボトルの中の液体を胃に流し込んでから、自慢げに、さらにこう付け加えた。
「つまり、僕が担当する殺人事件では『誰も死なない』ということさ」



小学校の教壇に立つ若い女の教師が、今年入学したばかりの1年生の子供たちに歴史の授業をしている。

「むかし、むかし、あなたたちのおじいさんのそのまたおじいさんが先生と同じ歳のころ、世界中で大きな戦争がありました。それは30年間も続いて、戦争が終わった時、世界中の人の四人に一人が死んでいました。そこで生き残った人たちは考えました。「もう戦争はこりごりだ。でもどうしたら戦争が起きないようにすることができるだろう」。そこでもう二度と戦争が起きないように「世界連邦」という世界中の人が喧嘩しないで、みんなで話し合いで問題を解決する組織を作ったの。それまでの世界は、日本とか、アメリカとか、ソ連とか別々の国がたくさんあって、それぞれに首相とか大統領とか、その国で一番偉くて、その国のことを決める人がいたんだけど、それをやめて「世界連邦」の大統領が、それぞれの国に知事を選んで、その国のことをまかせることにしたの。だからいまの日本の知事も世界連邦の大統領が選んだ人なのよ」

子供たちは若い女教師の話をただ黙ったまま聞いていた。

その中に丸眼鏡をかけたショートカット女の子の姿が見える。

「それと戦争が起こるのは、みんながお互いの考えかたが理解できない、「あいつのいうことよくわからない。だけどなんか気に入らない。だから殴って、黙らせちゃえ」っていうふうに考えるようなことが原因なことが多いの。だから「世界連邦」は世界中の人がお互いなにを考えてるか分かるように、たくさん学校を作って、そこに世界中の国から選ばれたお兄さん、お姉さんを一緒に勉強させることで、お互いの考えがよく分かるようにしたの。その学校を「学園都市」と呼ぶの。あなたたちにのうち何人かはもう少し大きくなったらそこで違う国の人たちと、いまここでしているうように、いろいろなこと、政治とか経済とか科学とか芸術とか、とにかくいろいろなことを一緒に勉強して、世界中の人が安心して幸せにくらせるようにするのよ」


世の中いろんな不思議な体験をした人がいるだろう。

例えば、一度死んで天国のお花畑を見てきた人とか。

例えば、UFOにさらわれて、宇宙人に人体実験された人とか。

例えば、30歳まで童貞でいたら、いつのまにか魔法使いになってた人とか(これはかなり怪しいけど)。

とにかく、全部がホントでないにしても世の中にいろんな不思議な体験をした人が沢山いるのは確かだろう。

けれども、自分を殺した犯人を自分で見つけ出して逮捕した人間は、世界中どこを探しても、私、小野小町だけだろう。



[自分を殺した犯人を見つける方法教えます]



その自称世界一の名探偵のアル中の男装の美少女に出会ったのは、私、小野小町が子供のころからの夢だった学園都市に入学を許され、到着したその日だった。

私の入学した学園都市は221Bと呼ばれ、西ヨーロッパの北東部の小国の半島の先端部にあり、人口は約2万。学生は主に芸術や文学、他には社会人類学などを学び、人口のうち約九割は学園の教師と生徒で、残りの一割が電力や水道などの公共施設の職員か学園内にある飲食店やその他衣類日常雑貨品を取り扱う商店の店主とその家族に限定されていた。

学園都市では学長が市長を兼任しており、学園都市内の行政に関する権限も全て学園長の裁可に任せられていた。

これは学園都市の自主独立性を保つためであり、学園都市のある国の政府も一切学園都市の内政には関与することは許されておらず、いわば学園都市とは小さな独立国といってもよい。

実際、学園都市では都市内のみで流通している通貨さえ発行しており、学園に入学する際もパスポートや入学ビザを必要とされる。

その他にも学園都市内には警察は存在せず、学園の「治安委員会」と各学校のクラスから選ばれた「治安委員」が、その役割を担っている。

彼らには学園都市内で起こった刑事事件に対して通常の警察官と同じ権限が与えられており、学園の秩序は彼ら「治安委員」によって維持されている(ただし彼らの権限は逮捕、拘留までで、実際の裁判は各々の出身国に強制送還され、そこで行われる)。

したがって、私たち生徒がただ「委員」と呼ぶ時は、それは、すなわち彼ら「治安委員」のことを指すことになり、実際入学するその日まで、私が学園内の多く「委員」やそのボスの「治安委員長」と極めて親密な関係になるなど夢にも思わなかった。



その日は最初からついてなかった。

子供のころからの夢が叶って、英文学を学ぶため、学園都市221Bについたものの、駅で入学審査手続きに手間取り、入学が認められ、税関を通過した時には既に夜の12時近くになっていた(本当なら9時には終わっていたはずなのに、学園の入学手続きの際、新入生名簿に私の名前がないと係の人間が言い出して、すったもんだの挙句、ようやく私の名前が発見され、安堵したのもつかの間、今度は税関で私一人だけ個室に連れていかれ、散々荷物を調べられ、身体検査までされたたため、こんなに遅くなってしまった)。

「なんかムカつくわね。この国の人間は日本人に恨みでもあるんじゃないでしょうね」

私は散々愚痴をこぼしながら、大きな旅行用トランクを二つ引きずりながら、人影がまばらになった駅行内を疲れ切った足取りで徘徊していた。

この時間じゃ、学園までのシャトルバスはもう出ていない。

次の便で一番早いのが翌朝の6時のバスだ。

タクシーで行くことも考えたが、どっちみち学園の正門は夜の10時には閉められているはずだから、明日の朝の5時まで門の前で荷物を抱えたまま待つことになる。

まだ9月だというのに、この学園都市のある国では、夜ともなると0度近くまで気温が下がるので外で夜明かしするなどもってのほかだ。

「やっぱりここで明日の朝一番のバスで行くしかないみたいね」

私は独り、そう呟くと、駅行内にある24時間営業のカフェに二つのトランクを引きずりながら、そこで朝まで時間をつぶすことにした。


私、小野小町は年齢18歳、性別は女性、出身国は日本、趣味は読書(とくに古今東西のミステリー小説の大ファン)で、ここには英文学を学ぶためにきたわけで、決して金髪のボーイフレンドを作って楽しい学園ライフをエンジョイするためにきたわけではないが、それでもいきなり駅の女性用手洗いに入る時に、駅員にとがめられたのは、ちょっと、というか大分ショックだった。

カフェに入り、コーヒーを注文し、一息つくと、私はいわゆる「生理的欲求」に襲われた。

列車内のトイレはあまり使いたくなかったので、今まで我慢していたのだが、そろそろ限界のようだ。

そこで、私は荷物をカフェの店員さんに見てもらい、カフェの真向いにあるトイレに直行したのだが、入る直前で若い駅員に呼び止められたというわけだ。

そりゃ、私は子供のころからショートカットで丸眼鏡という、の〇太君スタイルで、ずっととうしてきたから、今更ひらひらのスカートを履いて女の子するつもりはないが、それでもやはりこの歳で男性と間違えられるのは、かなり傷つく。

せめて胸だけでも大きければまだしも、悲しきかな、私の胸はAカップ。

これでコートにジーンズ姿では男性と間違えられてもしかたがないか。

とにかく駅員も私のパスポートで目の前にいる一見小柄な少年が、正真正銘、生まれながらの女性であることを確認すると、自分の無礼を謝罪したうえで、私に女性用手洗いへの入室を許可してくれた(何となく駅員の態度がデカかったと感じたのは日本人のDNAに刻まれた外人コンプレックスによるものだろうか)。


「やれやれようやく生理的欲求を発散させられる」

トランクをカフェの店員さんに見てもらっているから、早く戻らないと。

トイレは入口から入るとすぐにT字路になっており、右側が男性用。左側が女性用になっており、さらにそれぞれの通路を進むと90度に曲がっており、その中がトイレなっている(さっき駅員に呼び止められたのも私が左側に入ろうとしたからだ)。

私は急ぎ足で、入り口から左側に入り、少し歩いてから、90度に曲がった。

女性用トイレの入り口までたどり着くと、私はその場に立ち尽くし、自分が今、カフェで眠りこけていて、いつも読んでるどぎつい推理小説の世界に入り込んでいるに違いない思った。

「冗談でしょ」

私は思わず、独り言をもらした。

そこには、ミステリー映画のワンシーンでよくみかけるように、血まみれで、胸にナイフの刺さった若い女性が、トイレの白いタイルの床の上に横たわっていたからだ。


「死んでる。え、なに、マジで本物の殺人事件」

私は思わず、我を忘れて、床に倒れている死体にまじまじと凝視する。

例え不謹慎といわれようが、ミステリーマニアにとって、これはまたととないチャンス。

自分が殺人事件の第一発見者になるなんて、この先、長い人生においても二度とないだろう。

そう考えると本当ならすぐにでも駅員に知らせにいくのが、善良な市民の義務なのであろうが。

うーん。ちょっとだけならいいよね。

神様、ごめんなさい。後でちゃんと懺悔に行きますから。

私はなるべく現場を荒らさないように遠くから殺人現場を観察する(善良な市民として、当然の義務よね)。

トイレの中には他に人影はなく、窓も人が通れそうな通風口もない(念のためしゃがんで、個室を下から覗いて見たが、やはり誰もいない)。

つまり犯人は被害者をここで殺害後、私の通ってきた通路を通って外に出ていったことになる。


「あ、犯人が男の場合、反対側の男子トイレに隠れている可能性もあるわね」

私は反対側の男子トイレにいって、おそるおそる男子トイレを覗いてみるが、こちらも人影はない(ここでも念のため、しゃがんで個室を調べてみたが)。

「うーん、やはり犯人はすでに逃亡したと考えるの自然ね」

さすがにこれ以上、探偵ごっこをしてるわけにもいかない。

私は駅員を呼びに、元来た通路を戻って、トイレの出口までくると、ちょうどさっき私を男の子と勘違いした駅員がいたので、彼を呼び止めて、事情を説明すると、すぐにその駅員は無線機で治安委員に連絡してから、彼らがくるのを待って、私たちは女子トイレの犯行現場に向かった。

女子トイレにつくとみなその光景に息を飲んだ。

いや、正確には息を飲んだのは私、一人だけだった。

「嘘でしょ」

そこには胸にナイフの刺さった女性の死体はもちろんのこと、タイルの床一面に広がっていた血も一滴も残されておらず、ピカピカに磨かれた純白の床と無人の室内だけが、目の前に広がっていた。



「やれやれ、ようやく着いたか」

僕は頭痛に悩まされながら、ようやくこの学園都市と外部をつなぐ、学園都市の玄関先である中央駅のターミナルステーションまでやってきた。

この学園都市で最も大きなこのゴシック建築の建物の中には、夜だというのに大勢の人でごったがえしている。

「ふー、あいかわらず人の多いこと。人ごみは苦手なんだよな」

本当なら、こんな騒がしいところにはできるだけきたくはなかったのだが、「アレ」が始まってしまったからにはしかたがない。

毎度のことだが「アレ」が始まると必ず激しい頭痛に襲われるのだから、たまったもんじゃないよ。

今は夜の8時半をちょっと過ぎたところで、ちょうど列車が着いたところらしい。

今月から始まる新学期からここの住人となる新入生たちが、入学手続きと税関の審査を受けるためホームに列をなしている。

待合室の椅子に腰かけると、僕はポケットからウオッカの入った携帯用のボトルを取り出すと、一口、ぐいと一気に飲み込んだ。

食道から胃にかけて、燃え盛る暖炉のように熱くなり、頭痛もやや収まってきた。

「さてと、今回の依頼人はどこにいるのかな」

僕は、ホームに並ぶ新入生の列をじっとながめてみるが、うーん、どうやらもう手続きを終えてしまったみたいだな。あの列の中にはいない。

さっきくる時に、学園行きの最終バスの中も覗いてみたが、あの中にもいなかったとすれば、まだこの駅の構内にいるに違いない。

学生は無料で利用できる学園までの直行バスの最終便があるのにわざわざタクシーを使うとは思えないし、着いたばかりの見知らぬ街を歩き回るとも思えない。

ショートカットで丸眼鏡をかけた、一見少年に見える東洋人。

それが、今回僕の「依頼人になるはず」の少女だ。


駅行内の大時計の針が9時を指す。

学園への最終便バスの発車時刻まであと15分しかない。

僕は改めて、駅の構内を見渡してみた。

列車の長旅で、疲れきった異国からの来訪者がとりあえず時間を潰すとしたら駅行内の24時間営業のカフェが一番手頃であろう。

僕は椅子から立ち上がると、改札口から離れたところにあるカフェの中を外から覗き見る。

中には5人ほど客がいたが、僕が探している今回の「依頼人になるはず」の少女はいない。

しかし、僕はカフェのカウンターの横に置かれてある二つの旅行用のトランクにすぐに気が付いた。

コーヒーを飲んで、一息ついた旅行客の次にすることは、当然「生理的欲求の発散」だろう(列車内のトイレはお世辞にも衛生的に快適な場所とはいえないのはどこの国でも同じことだ)。

僕はすぐにカフェの真向いにあるトイレに向かって歩き出した。

トイレの入り口までくると、女性用トイレの入り口に「只今清掃中」の立て札とチェ―ンがかけられていた。

それが何者かの小細工であることはすぐに分かった。

ここのトイレの清掃時間は四時間おきで、夜の清掃は8時には終わっているはずだ。

僕はチェ―ンを乗り越えて、女子トイレの中に入っていった。

「...ふーん、どうやらこの子らしいな」

そこには、今回の僕の「依頼人になる」ショートカットで丸眼鏡をかけた東洋人の少女が心臓をナイフでひと突きにされ、ピカピカに磨きあげられた白いタイルの上に多量の血を流したまま横たわっていた。

僕は手袋をはめてから、慎重に遺体に近づいて、彼女のポケットからパスポートを取り出して、今回の「依頼人になる」少女の名前を口にした。

「えーと、出身国日本。年齢は18歳。名前はコマチ・オノノ...小野小町か」


あの後、検視官もきて徹底的に調査したが、結局ここで人が殺された形跡は皆無で、私、小野小町は一応事情調書の作成のため、学園都市の治安委員会本部まで連れて行かれ、結局、解放されたのは翌朝になってからのことだった。

消えた謎の女の死体。

これじゃ、本当に私がいつも読んでるミステリー小説の世界だ。

「疲れた。とにかく早く学園までいって寮の自分の部屋で一休みしよう」

私は疲れ果てた身体にムチ打って、二つのトランクを引きずりながら、駅まで戻り、なんとか朝一番の学園行のシャトルバスに乗ることができた。


学園正門前でバスを降りて、正門前の詰め所にいた守衛さんに私が入る寮の場所を聞いてから、約30分ほど歩いてようやく目的の場所に着いた(学園はこの都市の中心にあって、広大な敷地内に100以上の建物があり、学生寮だけでも20もあった)。

「あら、見かけない顔ね。あなた新入生ね」

寮の受付にいた若い女性は、私の顔を見るなり、人懐っこい笑顔でそう話しかけてきた。

「はい、今年からお世話になります。コマチ・オノノです」

「アタシはここの管理人で、マギーよ。えーと、あなた日本人よね。だったら、小野小町さんね。よろしくね。部屋は二階に上がって廊下を右に曲がった一番奥だから。二人部屋なのは知ってるわよね」

「はい」

「まあ、同居人はちょっと変わった奴だけど、仲良くやってちょうだい」

変わった奴?

「夜中に急に吠える」とか「怪しい宗教にハマってる」とか?

せっかくの新生活の第一日目から不安だなぁ。

でも、まだこの時は私と同室になる相手が「ちょっと変わった奴」どころではないことなど知る由もなかった。


私が彼女に礼を言って、その場から立ち去ろうとした時、

「あー、ちょっと待って。ちょうどいい機会だから、あなたの手相を診てあげる。新入生にはみんなやってあげてるのよ」

一刻も早く自分の部屋のベッドに倒れこみたい私だったが、これから四年間世話になる相手の印象を悪くしたくなかったので、しぶしぶマギー寮長様の善意を受け入れた。

彼女は私の手相を診るなり、

「....うーん、面白い。これは変わってるわね。こんな手相今まで見たことないわ」

と、急に表情が険しくなった。


「え、な、何が変わってるんですか?」

夕べのこともあり、急に不安になった私はマギーさんに尋ねた。

マギーさんは私を直視し、一言。

「だって、あなたこの世にいないことになってるんですもの」


「私がこの世にいない?つまりそれって幽霊ってこと」

二階の自分の部屋に着くまで、私は寮長のマギーさんに言われたことをもう一度頭の中で繰り返した。

「ばかばかしい。もし私が幽霊なら誰にも見えないはずだけど、この学園都市に来てから少なくとも10人以上の人と話したわけだし、それとも何、私が話した相手全員霊媒師だったとでもいうの」

夕べから散々な目に遭ったうえに、憧れのキャンパスライフの初日に幽霊呼ばわりされたんじゃ、たまったもんじゃない。あの管理人は要注意だ。多分オカルトマニアかなんかに違いない。あまり近づかないようにしよう。

そんなことを考えていたら、いつの間にか自分の部屋の前まで来ていた。

221号室、それが私の部屋だ。



「まあ、これからの数年間同じ部屋の住人になるわけだし、仲良くしょうじゃないか。お互い育った環境も違うわけだし、問題点があれば遠慮なく言ってくれたまえ」

部屋に入って、挨拶するなり、これからの四年間同居人になるフォルクスさんは、私が今すぐにでもスリープモードに入りたいにもかかわらず、かれこれ2時間以上も一人で話し続けている。

「はあー、そうですか」

さっきからいろいろ話してるようだが、私の疲労困憊した頭には何一つ入ってこない。
ただ、どうやらこの人はここでもう7年以上も犯罪心理学の研究を続けているのだけは分かった。


あと「史上最高の」なんとか、いってたような。

本当にいいかげんにしてほしい。

「さっきも言ったが僕は犯罪心理学の探求のためにここきているわけだが、この学園都市はまさに最高だよ。研究したことをすぐに実践、応用できる」

そんな話どうでもいいから、さっさと寝かせてよ。

こちとら精神的にも肉体的にも、とっくに限界を超えてるんだから。


「どうやら少し話が長くなってしまったようだね」

よかった。

どうやら打ち止めのようだ。

これで寝室に行けるわ。

この寮の部屋は二人部屋だが、ひと部屋自体かなり広く、20畳ほどの居間と寝室兼勉強部屋が個室で二つ、それに、トイレとバスと小さなキッチンまで備え付けられており、はっきりいってここに無料で住めるなんて、日本の住宅事情を考えたら、幸せすぎて、今ごろ大学生になって、四畳半のアパートで生活している高校の同級生たちに申し訳ない。


「そんな、お話しできて楽しかったです。それじゃ、私、荷物の整理もあるんで、自分の寝室に」

そう言いながら私がソファから、立ち上がろうとしたら、

「コーヒーが冷めてしまったね。いま新しいのを煎れるよ」

と、言ってから、フォルクスさんはキッチンにあるコーヒーメーカーのところまでカップを二つ持っていった。

ああー、もういいかげんにしてよ!


「ちょっと話題を変えてみようか。この学園都市の都市伝説の一つなんだが」

コーヒーのお代わりをもってきたフォルクスさんは出し抜けにそういうと、再び目の前のソファに深々と腰かけた。

「この学園都市には出るんだそうだ」

そんなくだらない話、聞きたくないわよ!

それでも私はなるべく表情に出さないように問い返した。

「出るって、幽霊ですか?」


「いいや、違う。惜しいなあ、残念賞」

「じゃあ、一体何が出るんですか!申し訳ありませんが長旅で疲れてるんで、これで!」

さすがにこれ以上付き合っていられない。

私は無礼を承知でソファから立ち上がり、自分の寝室に向かった。

その背後から、彼女は、私の脳裏から一生離れないような言葉を口にした。

「僕の聞いた話によると、出るのはね、死体だそうだ。それも消える死体」



「消える死体!?」

私は彼女の思いもよらぬ言葉に振り返る。

「そう、君が夕べ中央駅のトイレで見たアレと同じやつ」

「......フォルクスさん」

「いっておくけど、治安委員の連中から聞いたわけじゃないよ」

私は完全にパニック状態で、自分でも何をいえばいいのかわからない。

「じゃあ、どうして。でも、あれは一体」



「君が夕べ中央駅の女子トイレで「胸にナイフの刺さった若い女の死体」を見たのは紛れもない事実さ。幻覚でも、夢を見たわけじゃない。死体は確かにあったんだ。心臓をナイフで一突きにされ、血まみれになった若い女の死体が」

彼女はコーヒーをすすりながら、そう答えた。

「でも治安委員の鑑識の捜査じゃ、血痕反応さえ」

「それは連中が間抜けだからさ。いや、そこまでいうのは少々可哀そうか。なんせ彼らには「アレ」がないんだからね」

「アレ」って?一体なんの話をしてるの、この女。


「フォルクスさん、あなたって」

「だからさっきいったじゃないか。「僕は史上最高の名探偵」だって」

そういえば自己紹介の時、趣味の話の時にそんなこといってたような。

「あの消えた死体について何を知ってるんですか?」

私はとうとう我慢できなくなり、彼女を問い詰めた。

「僕が知ってることは一つだけさ。あの消えた死体の正体は、いま僕の目の前にいる人物だということ」

「えっ?」

あまりにも突飛な話に一瞬我を忘れた。

そんな私の反応を楽しむかのように、彼女はさらにこう付け加えた。

「小野小町君。君は昨日の夜の9時前には、あの駅の女子トイレで何者かに殺害されているんだ」

「殺された?このわたしが。夕べあの駅のトイレで」

「君が見た例の消えた死体は君自身の姿さ」

真剣な眼差しでわたしを見つめるフォルクスさん。

あまりにも突飛な話に、わたしはしばらくの間ただ茫然自失としていたが、

「もうー、いいかげんにして下さいよね。冗談にしてもタチが悪いですよ」

管理人のマギーさんが変わり者とはいっていたが、予想を遥か斜め上を行く変人のようだ。

「夕べ、わたしが殺されたのなら、今、フォルクスさんと話してるわたしは何なんですか?幽霊だとでもいうんですか?」

「いや、幽霊なんてとんでもない。今、僕と話している君は血肉のかよった紛れもない生きた人間さ」

ますますもって話しがつながらない。夕べ殺されたといっておきながら、今度は生きた人間だという。完全にパラノイアだ。これ以上話しているとこっちまで、頭がおかしくなりそうだ。

頭が混乱状態のわたしに、彼女は今までの人をくったようなものいいではなく、冷静沈着な言葉でこう言い放った。

「確かに君は生きているよ。ただしあと48時間の命だがね」

「48時間の命って」

何をまた冗談を、といいかけた途端、彼女はわたしの言葉を遮り、冷静沈着な態度のまま話を続けた。

「48時間。それが僕の能力の限界なんだ。それを過ぎると君も僕も元の時間軸に引き戻される。そして君は二日前に夜中駅のトイレで刺殺された哀れな被害者として、モルグの狭くて冷たいロッカーの住人になっているというわけだ」

彼女の言葉からは、それまで感じたことのない人を圧倒し、一切疑問も反論も許さない強い意志が感じとれた。

「フォルクスさん。あなた一体」

茫然自失としているわたしのことなどお構いなく彼女は話続けた。

「超能力、魔術、魔法、呼び方は何でもいいけど、僕には生まれつき人とは違う特殊な力が備わっているんだ。 僕はそれを『生存反動』と呼んでいるがね」

「『生存反動』」

その言葉は初めて聞くものだが、わたしの心の中に深く刻み込まれた。

「ある人間がなんらかの理由によって、急に生命を絶たれたとする。その運命に対して、それを回避して、生き残ろうとする『反動』が起こる。ほとんどの場合、運命の力に抗うことはできず、そのまま『死』を迎えるわけだが、極まれに『生存』のほうの力が強く、運命をひっくり返して『生存』が勝利することもあるんだ。いわゆる『九死に一生を得た』というやつだ。たまにあるだろ。大きな事故とかで奇跡的に助かった人とか。これがまさに『生存反動』なんだよ」


「僕に備わってる力は、この『生存反動』をある特定の人間に対して、限定的ながら使用することができるんだ。分かりやすく説明すると、いま僕と君は『夕べ君が刺殺されなかった』平行世界に来ているんだ。ぼくの能力でね」

「『生存反動』、『平行世界』」

「平行世界に移動」、「運命を変える」、まるでよくあるファンタジーもののライトノベルじゃないの。

普段だったら、とてもじゃないが相手になんかしてられないが、昨日からのことを考えると冗談の一言ではすませられない。

なぜなら。

「ただし、僕の能力ではこちらの世界にいられるのは48時間が限界なんだ。だからどうしても時間内にやらなければならないことがある」

わたしが夕べ見た死体のコートの色は。

「やらなければならないこと?」

わたしが夕べ着ていたのと同じピンク色だったからだ。

「そう。48時間以内に僕と君は『夕べ君を殺害した犯人』を見つけ出して、君がこの世界で殺されるのを阻止しなければならない。そうすれば元の時間軸に戻った時、君は冷たいモルグに行かなくてすむことになる。さあ、小町君。一分一秒たりとも無駄にはできないよ。ゲームの始まりだ!」

学園前から、わたしが殺された(別の世界で)中央駅までシャトルバスを使ったが、その間わたしの隣に座る自称世界一の名探偵のルーカス・エクスカリバ―・フォルクスなる人物の横顔を見ながら、わたしは、こんがらがって手のつけようのない知恵の輪のような状態の自分の頭の中をもう一度整理してみることにした。

彼女の話によれば、

第一にわたしは夕べ中央駅の女子トイレで何者かに殺害された。

第二にわたしが今いるこの世界は彼女のいうところの「生存反動」とういう人知を超えた能力によって、わたしが夕べ刺殺されなかった平行世界である。

第三にこの世界にいられるのは48時間で、それを過ぎるとわたしは元の世界に強制送還され、わたしは冷たいモルグの住人になっている。

第四にそれを防ぐためには、この世界でも起こるわたしの殺害を未然に防ぐ必要がある。

「いくつか質問してもいいですか?」

「ん、別に構わないよ」

「まだ半信半疑なんですけど、フォルクスさんは今まで今回のような事件に何回ぐらい関わったことがあるんですか?」

「そうだな。今回で8件目になるかな」

「それで何件くらい解決できたんですか」

「もちろん全部解決してるさ。伊達に史上最高の名探偵を名乗ったりしないよ」

「そうですか」

「心配いらないよ。今回もちゃんと解決してあげるから。それで他には」

「わたしが見た死体がわたし自身だというのは?」

「詳しい理屈は分からない。まあ僕の考えでは地震の余震みたいなものだろう」

「地震の余震?」

「一つの世界で何か大きな事件が起これば、その余波は隣り合う平行世界にも影響をおよぼす。とくに事件の当事者である君自身にはね。君が見た自分自身の遺体はあちら側からこちら側に移動する際、一時的に両方の世界に身を置いたために見えた残像のようなものだろう」

「それじゃあ、最後に一つ。この世界ではわたしは殺されなかったわけですが、どうしてまたこの世界でも殺される可能性があると考えるんですか」

「それもちゃんと理論的には答えられないな。あくまで今までの経験として、そうなること が分かるんだ。これも地震の余震と同じようなものだと思うんだが、ある世界で本来起こるべき事柄が『運命を捻じ曲げた』たために、起こらなかった。それを修正するため平行世界でも、やはり同じような事件が起こるんだ」

「そしてそれを未然に防げれば」

「そう、元の世界でも君の殺害は未然に防がれているというわけだ」

「本当にそんなにうまくいくんですか?」

「心配いらない。神の子は一人だけだったが、僕は7人冥界から連れ戻している」

「なら、いいんですけど」

わたしたちが中央駅に着いたのは、夜の8時を少し回った頃だった。あいかわらず、駅構内は人でごった返しており、わたしたちはとりあえず、夕べと同じ駅構内の24時間カフェに入った。

窓際の席に座り、コーヒーを二つ注文してから、わたしのほうから話しかけた。

「それでこれからどうするんですか」

「まあ、そう慌てないで、ここのコーヒーはなかなかのものだよ。少なくとも世界的規模で展開している注文するのが嫌になるほどめんどくさい店のものより遥かにマシだ」

「フォルクスさんにはもう犯人が誰だか分ってるですね」

「まだ推測の域だよ。早々に結論を出すのは愚かな行為だ」

「さっき一分一秒も無駄にできないっていってたじゃないですか」

「しかたない。それじゃあ、いくつか分かってることを教えてあげるよ」

わたしは彼女の言葉に耳を傾けた。

「君を殺害した人物は男性。身長は180センチ前後。計画的殺人ではなく、衝動的、多分何か見られてはならないものを君に見られたためだろう。右利きで、体臭がきつく、駅員か構内で働いている人物だ」

あっけにとられているわたしに彼女は話を続けた。

「犯人が180センチ前後の男性だということは、君の殺害現場に残されていた足跡の靴の大きさですぐに分かった。右ききというのはナイフの刺された位置から容易に推理できる。体臭がキツイというのも現場に残されたオーデコロンの種類で分かったよ」

「じゃあ、駅員だというのは」

「もし女子トイレ怪しい男がいたら普通どうする」

「大声を出すか、すぐに人を呼びに行きます」

「そのとうり。だが君は無警戒で犯人に近づいて、至近距離で前から心臓を刺されている。つまり、君が見た人物はそこにいても怪しまれない人物。つまり駅員である可能性が最も高い」

「そんな」

「実はここ半年ほど前からこの学園都市に違法ドラッグが持ち込まれるようになっているんだ。治安委員も中央駅の職員が関わっている可能性が高いと思ってるみたいだけどね」

「じゃあ、夕べわたしは」

「そう、多分女子トイレで行われていた違法ドラッグの取引現場にたまたま遭遇し、口封じのために殺されたんだと思う」

「そこまで分ってるのなら、こんなところでコーヒーなんか飲んでないで、さっさと犯人を」

「まあ、落ち着きたまえ。ここの駅には駅員とその他の職員が200人以上働いているんだ、さっき僕が推理した人物に当てはまる人間だけでも50人以上はいる。いちいち一人づつ調べるなんて手間もかかるし、非効率だよ。それよりもっといい方法がある」

「もっといい方法?」

「犯人にもう一度君を殺させるのさ」

「冗談ですよね」

わたしの全身から発せられる殺意にさすがの彼女も、

「いやいや失敬。言葉が足らなかったね。性格にはもう一度君の口を封じなければならない状況に追いやるんだ」

と、慌てて言葉を修正した。

「それって」

「そう、君は今夜もう一度あの女子トイレで違法ドラッグの取引を見てしまい、犯人に命を狙われることになるんだ」

「全然変わらないじゃないですかああああー!」

直後、わたしの右腕の強烈なアッパーカットが自称世界一の名探偵の顎を粉々に打ち砕いた(多少表現がオーバーになっているのはお約束ですよね)。

フォルクスさんに一発くらわせた後、彼女とわたしは綿密な打ち合わせをした。

「それじゃあ、後のことは心配いらない。予定どうりいけば、明日の朝には君は元の世界に戻り、万事めでたしめでたしというふうになっているよ」

「本当に上手くいくんですか?」

「ああ、それは保証するよ。ただし、僕のいうことを完璧に君は寸分の狂いもなく、やりとげなければならないけどね」

「そこまでこだわる必要があるんですか?」

「できるだけ、元の世界で起こったことを忠実に再現することが重要なんだ。忠実であればあるほど元の世界に戻った時、二つの世界での違いが少なくてすむ」

「だからって、わたしまた殺されるのはごめんなんですけど」

「少しは僕のことを信用してもらいたいな。大丈夫、僕のいうとうりにすれば必ず上手くいくから」

「それって、フォルクスさんが世界一の名探偵だからですか」

「いいや、僕が魔法使いだからさ」

駅構内の大時計の針がもうすぐ9時を指そうとしている。

わたしは打ち合わせどうり駅の女子トイレに向かって歩いている。

元の世界では、もうすぐわたしはあそこで違法ドラッグの取引と鉢合わせして、殺されることになっている。

一歩一歩自分のために掘られた墓穴に近づいていく気分といったら、わたしは思わず胸元に手をあてた。

そこにはフォルクスさんのかけた魔法が宿っている。

わたしはトイレの前で一度歩みを止めて、大きく深呼吸してから、意を決っして、決闘に向かう西部劇のガンマンのごとく、女子トイレの中に入っていった。

「困りますね。入口に清掃中の札が出てたでしょ」

女子トイレの中には、案の定駅員ともう一人運び屋らしき女性がいた。

フォルクスさんの予想どうり、夕べの騒ぎにのおかげで、取引は今夜に変更されていた。

「すみません。でも、どうしても我慢できなくて」

女は慌てて、ドラッグの入っているカバンを閉じた。

駅員の男は右手をポケットに入れたまま、ゆっくりとわたしに近づいてくる。

わたしの心臓は爆発寸前の状態だ。

「あの~、表には「清掃中」って札が出ていましたが、清掃員の方の姿が見えないんですが」

落ち着け。ここが正念場よ。

「ああ、彼なら今ちょっと、事務所のほうに行ってもらっていてね。このご婦人が流しに結婚指輪を落としてしまって、排水管を止めに行ってるんですよ」

駅員の男がわたしの目の前まできた。

身長は180センチほどで、右利き、体臭を消すために強いオーデコロンを使ってる。

「そうですか。それじゃあ、駅の外のお店のトイレを使わせて」

わたしがその場から離れようとすると駅員の男は左手でわたしの肩をつかみ、

「なあに、すぐに済みますから。ここでお待ち下さい」

と、いいながら、わたしを正面に向かせ、右手をポケットから出した。

ようやく、駅員の顔が、深々と被った帽子の下から現れた。

そこには、昨日わたしを男の子と間違えた男が立っていた。

「...やっぱり、最初から嫌な奴だと思ってたのよ」

次の瞬間、わたしの左胸に、ドスっという鈍い音とともに鋭いナイフが突き立てられた。


エピローグ


「やあ、ようやくお目覚めだね。気分はどうだい?まあナイフで刺されたんだからはいいわけないか。え?もちろん、ここは「元の世界」だよ。つまり君は冷たいモルグの住人にならならずにすんだというわけだ。なんだい、もう少し僕に感謝してくれてもいいんじゃないかな。そりゃ、君には怖い思いをさせたのは悪いとは思うが、最初に説明したとうり、どうしても必要だったんだよ。僕の能力「生存反動」において、君を助けるためには君が殺された時の状況を正確に再現する必要があったんだ。それに結果的に僕の「魔法」のおかげで、君は無傷だったんだからね。
例の駅員?もちろん治安委員に運び屋の女とともに逮捕されたよ。まあ、あいつらは組織の末端だろうから、組織の全容解明にはもう少し時間がかかるだろうが、それも時間の問題だろう。だからもういいだろう。犯人も捕まり、君も無事だったんだから、めでたし、めでたしというわけだ。それよりお茶でもどうだい。今の君には熱い紅茶がなによりの薬だよ」



「自分を殺した犯人を自分で逮捕した」という奇妙奇天烈な物語を締めくくるのは、やはり、被害者であるわたし、小野小町以外考えられないので、なるべく簡潔明瞭に記載しておくことにします。

あの後、わたしがナイフで刺された直後、フォルクスさんが治安委員とともに現場に踏み込み、駅員の男と運び屋の女は殺人未遂と違法ドラッグの密輸で逮捕されました。

「大丈夫?けがはないかい」

フォルクスさんの「魔法」のおかげで、わたし自身無傷でしたが、極度の緊張のためそのまま意識を失いました。

次に目を覚ましたのは寮の自分の寝室で、病院の検査でも身体には問題なく、医者から2~3日療養するようにいわれました。

「寝ていてばかりでは身体に良くないよ。少し外で散歩でもしてきたまえ」

フォルクスさんの言葉に従い、わたしはこの国の今の時期にしては珍しく、温かい日差しが降り注ぐ陽光の中を散歩しながら、今回自分の身に起こったことを最初から思い返してみることにしました。

殺人事件に違法ドラッグの密輸。

これだけでもわたしの大好きなミステリー小説が一本書けるだろう。

それに加えて「生存反動」やら「平行世界」などとSFかファンタジー小説まで書ける題材までそろってる。

そのうえ事件を解決した自称世界一の名探偵の変人っぷりっときたら、しかもそれがわたしの寮の同居人なんですから。

悲惨を通り超して、もう笑うしかありません。

結局、今回の事件の真相を知っているのはフォルクスさんとわたしだけで、多分今までの7回の事件も同じようなことになっているのでしょう(ちなみにフォルクスさんには一応殺人事件を予知する能力があるようで、そのことを「アレ」と呼称しています)。

「...あの変人探偵とこれから四年間一緒に生活するのか」

わたしは目蓋を閉じて、深呼吸してから、

「なんて素晴らしいんだろう!」

と、思わず、周りの目も気にせず、わたしは大声で叫んでいました。

彼女と一緒にいれば、これからも今回のような事件に出くわすことになるだろう。

わたしがあと何年生きるのか分かりませんが、たとえ死んで来世で生まれ変わったとしてもこんなに心ときめく経験をする機会には恵まれないでしょう。

そう考えるとわたしの足取りは軽やかとなり、思わず大好きな歌を口ずさみながら、行先は寮の方向に向いていました。

寮の入り口まで着くと、管理人のマギーさんがわたしに声をかけてきました。

「学園に入学早々大変な目に遭ったわね」

マギーさんの心遣いに礼を述べると、わたしは自分の部屋に戻る前に、彼女に手相を見てもらうことにしました。

「アタシが新入生の手相を見るのが趣味なの何で知っているの?」

怪訝そうに面持ちでわたしの手相を見るマギーさん。

「うーん、なかなかいい手相ね。特に生命線が長い。きっと長生きするわよ、あなた」

その言葉を聞くとわたしは彼女に礼をいい、自分の部屋、221号室に向かいました。

よかった。

どうやらあの変人探偵と一緒にいてもとりあえず、老人ホームに入るまでは死ぬ心配はしなくてよさそうだ。

わたしは階段を上がり、寮の二階の一番奥にある221号室の前まできて、一旦ドアの前で立ち止まりました。

部屋の中には自称世界一の名探偵ルーカス・エクスカリバ―・フォルクスが、新たな依頼人の登場(つまり殺人事件の被害者)を探して、新聞の犯罪覧を隅から隅まで目を皿のようにして読みふけってるに違いありません。

「なんて不謹慎なんだろう」

わたしは自分の胸元にそっと手を当て、そして、わたしの命を救ってくれた「魔法」のことを思い出しました。

「まったく、「魔法」とはよくいったものね」

わたしは思わず苦笑してしまいした。

そして、ドアのぶに手をかけ、いきおいよくドアを開け、「ただいま」といいながら、これから四年間我が家となる変人探偵付きの部屋の中に入っていきました。

「やあ、おかえり、散歩はどうだったい」

フォルクスさんはわたしに椅子を勧め、新しくお茶を淹れ直すためにキッチンに向かっていきました。

わたしは椅子に深々と腰かけて、わたしの命を救ってくれた「魔法」がのっている机の上に視線を傾けました。

そこには、表紙に生々しいナイフの刺し傷がついた、厚さが10センチ以上ある分厚い装丁のこの学園都市の「ガイドブック」の最新号が、窓から差し込む陽の光に反射して、まるで本物の魔法の光を発しているかのように光り輝いていました。
                     

end

ffolks

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  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-06

Copyrighted
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