わたしにふさわしい場所

風が冷たい。
もうすぐ12月を迎えようとする冬の夜。

ここは新宿・歌舞伎町。
派手派手しいネオン煌めく、見た目だけはどこよりも華やかなこの街にも、
容赦なく冷たい風は吹いてくる。

コンクリートの出っ張りに腰を下ろしていたわたしは、お尻が冷たくなり仕方なく立ち上がった。
財布の中身を見る。
五千円札が一枚、入ったきりだった。

「はぁ・・・。どうしようかな」

家に帰りたくないな。どうせ帰るなら親と姉が寝静まった頃にそっと帰りたい。

スマホを取り出して時間を見る。
そろそろ19時を回ろうとしていた。
ここに居たら、出勤してくるキャッチやスカウトにウザいぐらい声を掛けられてしまう。

わたしは伸びをすると、例の場所に行くことにした。

それは出会い喫茶である。

ここ歌舞伎町には出会い喫茶が無数にある。
わたしみたいに行くアテもない人には、暖かくてお菓子も飲み物も自由に食べられて、ついでに携帯の充電もできるという正にピッタリの場所だ。
うまくすれば少しは金が稼げるかも、とわたしはちょっとだけ期待を胸に店に向かった。


出会い喫茶とは、昔でいう女郎部屋のような作りで、男たちはマジックミラー越しに、居並ぶ女の子たちを品定めして気に入ったら「商談」、条件が合えば成立して二人で「外出」する仕組みになっている。
外に出てしまえば何処に行こうが後はご勝手にどうぞ、というのが店のスタンスだ。

「外出」の理由は様々だが、9割は割り切りといってホテルに行くことが多い。
もちろん食事に行ったりカラオケに行ったりする人も中にはいるだろうが、そちらの方が珍しいと言えるかもしれない。


今日も出会い喫茶は女の子で埋まっていた。
皆、不機嫌そうな顔でスマホをつついたりテレビをぼんやりと眺めている。
わたしは空いてる席に座るとその内の一人になり意味も無く携帯を弄り始めた。

LINEを開いて適当に、知り合いたちにメッセージを送る。

『久しぶり〜!今日飲みに行かない?』

四人ぐらいにメッセージを送っていたら店の人が来てわたしにストップウォッチとメッセージカードを無言で渡してきた。
人差し指を一本立てている。
わたしは目の前の鏡で髪を撫でつけると、「1番」と書かれた狭いブースに入っていった。


「どうも、初めましてー」

トークルームという名の狭いブースの中でわたしを待っていたのは、禿げた中年の冴えないオッさんだった。
何処にでもいる、この手のタイプのくたびれたサラリーマン。

「今日は仕事帰りー?」

「うん」

と嘘をつく。

「仕事は何してるの?」

「アパレルだよー」

これまた嘘で返す。

「っぽいよね、お洒落な格好してるもんね。
今、幾つ?」

ああもう!わたしが何歳だろうとお前に関係ないだろうが!
わたしはにっこり笑って、

「24だよ」

と最大の大嘘をつく。

「若いね。割り切り大丈夫?」

「コレなら」

笑顔を顔に貼り付けたまま、指を二本差し出して見せた。
男は一瞬躊躇った表情を見せたが、「ま、いいか」と呟いた。
商談成立。ではさっさと終わらせますか。

「あ、お金は前払いでお願いね」


きっかり一時間後、

「友達と電話したいから先に帰って」

と男をホテルから追い出し、歯を磨きながら携帯をチェックした。
最近は男の前で迂闊に携帯も触れない。業者じゃないかと疑われるからだ。

LINEの返信がきている。開くと皆、見事に断り文句を並べていた。
やれ残業だ、子供を急になんか預けられない、今忙しいからとだけ送ってきた人もいた。
わたしはため息をついて携帯をベッドの上に放り投げる。
その上に自分も倒れ込みながら、
サミシイ、と呟いた。

「わたし、なーにやってるんだろうなぁ…」

虚しい。誰でもいいからそばにいて欲しい。
わたしの目を見てここに居るよって言って欲しい。
こんなセリフ、29歳の女が言う言葉じゃないね。
痛すぎて思わずフフッと笑ってしまった。


こんなわたしだけど、最初から落ちぶれていたわけではない。
あのオッさんに言った通り、24歳までわたしはアパレル業に従事していた。
それまでは毎日仕事に行き、たまに友達と飲みに行っては憂さを晴らし、いつかは誰かと素敵な恋愛をするのだろうな、なんて呑気に思っていたものだ。

だが、24歳の冬に交通事故に遭い三ヶ月の入院を強いられ、
手と足首に多少だが麻痺が残ってしまった。
それを理由に仕事を解雇され、新しい職探しをするも肝心な時に限って麻痺がわたしを苦しめるのだ。
それからだった。わたしがニートになったのは。
最初のうちは激怒していた両親も今ではすっかりわたしを見放し、
二個上の姉はわたしを、汚物を見る眼差しで見つめてくる。

わたしにふさわしい場所

わたしにふさわしい場所

  • 小説
  • 掌編
  • 成人向け
更新日
登録日
2017-02-04

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