謎々


信じられない!を繰り返すことが,絶望を味あわせるコツなんだよ,とその人は言う。
つまりそれは,その人の理想的な世界を想像して,その外縁を乱暴な足どりで踏みにじれば,理想的な世界はその形を保つことが不可能になって,壊れる。理想を失えば,人は,心の内から崩れていくだろうって,そういうやり方のことを言っているんだと思った。そっか。そうなんだ。うん。もしかすると,それは正しいのかもしれない。その人が踏みにじろうとしている理想的な世界が,その人と,その人が絶望させたい誰かとの間で,ぴったり合っているのなら,それで絶望を味わせることはできるかもしれない。でも,違ったら?その人と,その人が絶望させたい人は違う体を持っているし,違う見方,感じ方をしている可能性は,この世界では十分にある。同じ時代の,同じ国の,同じ文化,同じ環境で生まれ育った二人でも,見ているものは,見たいと思うものは,不思議と違っている。そんなことが当たり前にある。だとすると,その人が誰かに絶望を味わせたい,と心の底から望むのなら,それを実現するには,その『誰か』のことをよく知らなきゃいけない。その『人』が何を見て,何を感じて,何に怒り,何に喜ぶのか。その人と肩を並べて,その人が見ている景色を見て,何を見つけたか,何を思ったかを語ってみなきゃいけない。人は変化するものだから,そのことも考えに入れて,その『人』と一生を共にしてみて,やっとその『人』の理想的な世界の形を上手に描くことができるんだと思う。そして,その『人』を絶望させたいと願うその人は,その時になって初めて,その『人』を絶望させることができるかもしれない。一生を共にした,その『人』の世界を壊すことができるかもしれない。時間はそこまでかけなきゃいけない。真剣にやろうと願うのなら。
でも,もし,その人がそこまでしないというのなら,その人は当てずっぽうで,誰かの理想的な世界を壊すための足どりを,乱暴に踏み続けなけれないけない。ここで言えるのは,その理想的な世界は,誰かを絶望させたい,その人が想像する,誰かと共有できる世界だということ。だから,誰かを絶望させたいその足どりは,ある意味で,自分の理想的な世界を壊す作業になってしまう。だからこそ,その乱暴な足どりで,その誰かは苦しんでいるんだろうなって,想像できるし,感じることもできる。自分を手がかりにして,その人は世界の理想が壊れる音を聞こうとする。その音はもちろん,その人にしか聞こえない。だって,それは,その人の内側で起きていることから生まれている音だから,それを聞いてみろ,と言われても困ってしまう。耳までくっつけて,黙ってみても,聴こえてくるのは僕の中にもある,鼓動の音だけだ。どくん,どくんと血が巡る。違うタイミングで脈が打たれる。目まで瞑って僕は,ただただ,不思議になる。


マミちゃんは,いつも怪獣のパペットを手にはめて,怪獣のパペットを通じて話す,そういう意味で不思議に見られる女の子だった。食べたい物,読んでみたい物,着たい服,脱ぎたい靴。怪獣の赤い口をぱかっと開けて,閉じて,明るい声で,分かりやすく,ペラペラと話すマミちゃんは,話す人の目を見たり,見なかったりして,落ち着かない様子に見えるときもある。それを見つけた子達が,マミちゃんを困らせてやろうと思い付いて,その怪獣のパペットを取り上げようとした,なんてことは当たり前にあることなんだろうけど,マミちゃんはそれをスルリとかわして,怪獣のパペットでバカにしたりした。それに怒った子達は,今度は僕に頼んで,あの人形を取ってこい!と命令した。僕はそれを断った。従う気はなかったから。でも,興味はあった。マミちゃんから怪獣のパペットを取り上げたらどうなるんだろうって。だから僕は,一緒に帰る途中で,いつものようにお喋りをするマミちゃんの不意を突いて,怪獣の頭を掴んで,マミちゃんの手からそれを引っこ抜いた。途端に,お喋りが止まって,僕もマミちゃんも静かになった。泣くかな,怒るかな?と期待していた僕。でも,マミちゃんはそのどちらの反応を見せてくれなかった。そして,ただ希望をその口から言葉にした。
「それ,返して。」
ごめん,と言って驚き,動揺していた僕は持っていた手から,怪獣のパペットをマミちゃんに返した。マミちゃんはそれをまた手にはめて,怪獣のパペットの顔をこっち向けて,僕に言った。
「喋れなくなるって思った?残念でした。」
怪獣のパペットでも喋れるマミちゃんは,やっぱり怒っていたから,その日は僕と話してくれなかったし,次の日の朝には,僕の顔を見て,怪獣の鼻を「フンッ!」と鳴らして,僕の目の前から立ち去っていった。僕はただただ,反省していた。そしてこう思っていた。
もっと話してみたいな,普通に話せるのに,なんで怪獣のパペットを使って喋ってんだって。謎だけが深まるばかりだよ。


頭に銃口を突きつけられた男は,銃口を突きつけている男から,最後に言い残す事はないな,と決め付けられた。その理不尽な対応に,風前の灯火を燃え上がらせた男は,引き金を引こうとする男に向かって言い放った。
「俺はUFOを見たことがある。誰も信じてくれなかったが,最後にもう一度,その事をお前に話したい。聞いてくれ!」
そう言われた男は,そんな話を聞く気なんてさらさら無かったが,未確認飛行物体について,話題の口火を切った男の方は,あの日,遭遇するまでの奇妙な符号について語り出していた。いつもは借りられない兄の車を,一晩中借りていいと言われたこと,母親が要らないはずの食材を買ってきて欲しいと頼んだこと(そのラインナップのすべてが,牛に関する物ばかりだったこと),エンジンをかけて,ガレージから発進するとき,窓辺に姿を見せた父親と妹が手を振って,見送ってくれたこと。オレンジ色が濃すぎる夕方,一台もなかった大通り,ことごとく臨時休業に陥っていた店,好きな曲ばかりかかるラジオに乗せられて,隣町の,端の端までドライブしていた自分自身。気付いたら時刻は深夜の数字を並べ,周囲は暗闇と,林立する自然だけ。そして上空から照らされる灯り,眩しすぎて,思わず踏んでしまった急ブレーキ,手放したハンドル,しかし回り続けるタイヤに,直進せざるを得ない車体。聴こえてくる声。スピーカーからではない。あの頭に直接響く感じは,耳を通して聞くより,ダイレクトに感情が伝わる。地球人との接触は,奴らにとっても緊張する出来事だった。そりゃそうだ。コミュニケーションを図ろうとする知的生命体同士,失礼のないように,考えて行動するってもんだろ,と。そして奴らは最初に言ったという。『こんばんわ。突然のことですみません。ちょっと,お話をよろしいでしょうか?』と。それに対して,俺はこう答えたと。
「はあ。まあ,いいですよ。じゃあ,とりあえず,どこかに車を停めませんか。これ,あなたたちが引っ張っているでしょう?」
ここまでのほとんどを,息つぎなしで話した男の頭に,突きつけた銃口を数ミリも離していない男は,下手なジョークを聞かされている状況に覚えた不愉快を解消しようと,指先に力を込めた。しかし,何故か男のそれは,その先にある過程(落ちたハンマーが雷管を叩いて,弾丸を発射し,薬莢を吐き出すまで)を進めることが出来なかった。まるで何かの,見えない力が必要最小限に働いて,都合の悪い結果を生じさせないように努めているようで,足を踏ん張り,全身を使ってみてみようとしても,引き金に引っかかった指は,そこから一ミリも進まなかった。ここで初めて男の額の浮かんだ汗が,頬を伝って,辛うじて首に止まった。男は酷く混乱していた。もう一人の男は,話の続きを再開していた。肝心なのは,奴らと接触した男が,奴らとの間で,どういう事を話したのかということだった。男もそう言った。
「奴らと接触した俺は,奴らと交流する中で,一つの約束をしたのさ。」
男は叫ぶ。
「ウソだ!そんなの信じねえ!」
男は続ける。
「いーや、嘘じゃないね。いま,お前にも聴こえたとおり,こういう事は許されないのさ。だから俺は話を始めたんだ。そして,お前のように,誰もそれを信じなかったよ。しょうがないさ。誰だって,緊張するもんな。」
そう言って,男は突きつけた格好で固定された銃口から頭を離し,自由になった両手をブラブラとさせながら立ち上がり,動けない男に対して,その目を見ながら言ってあげた。
「不思議だよな。ほんと,この世はそれに満ちている。」
それから男は両手を上げて,両足を動かして立ち去った。吹いていた口笛は,どうにかそれと分かる程の仕上がりだった。既にそのタイトルの年月は過ぎていた。

謎々

謎々

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-02

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