掌

朝起きて、体温と共に感じるもの。

少し早めに家を出る私は、貴方より早く起きる。
冬場は部屋の中が余計に冷え込み、目を覚ましてすぐ一度顔を潜らせる。

隣でまだ寝ている貴方の顔を覗き込んだ後、掌が暖かい事をまだうつろな頭で認識する。いつのまに繋いだのか、手を繋いだまま寝ている事に顔がほころぶ。いつからか、というほど毎日繋いでるわけでもないし、眠りに着く前に繋いでいるわけでもない。

ただ、起きた時には互いの掌をしっかりと握り締め、私達は深い眠りに落ちていた。
時間がない事もしばしの間忘れて、出会った頃の事を少し考えた。もう一緒にいて五年になる。大きな喧嘩もすれば、別れ話だって幾度となく経験した。ただ、それでもお互いを離せない何かが私達の中には存在している。

大泣きした夜も、別々の布団で寝た夜も、同じ家に帰るのに口をきかない事も多々あった。私がどれだけみっともない姿を見せても、しょうがないなぁ。って笑って私の手を引いてくれる。気持ちが真っ暗に落ちてしまっても、貴方の掌はいつだって私を救い上げてくれる。最後には、貴方の腕に引き戻してくれる。私の大切な帰る場所。

掌にはきっとすごく不思議な力があって、お互いの気持ちすらたまに通じさせる事ができる代物だ。そんなものを産まれながらに持つ私たちは、きっと何よりも幸せな生き物だと思う。出会ったばかりの跳ね上がるような胸の鼓動も、互いの緊張感をも伝染させる。嬉しい時、私はいつも掌を合わせて、両手を繋ぎたくなる。満面の笑みの私を子供みたい、ってくしゃくしゃの笑顔でいう貴方も、十分子供だと私は思う。逆に怖い時や悲しい時、気持ちが落ち着かない時、苛々してしまう時、頭を撫でてくれる貴方の掌が好き。喧嘩して怒ってて触れて欲しくなくても、抱きしめられた腕と、絡められる掌に気持ちが落ち着いてしまって、もう怒ってた事なんてどこかに行ってしまう。

貴方が傷ついてしまう日だってもちろんあって、そんな時私は膝立ちになって座ってる状態でないと越える事のできない貴方の頭を抱え込む。ちょっと、なんて私から離れようとする貴方を思いっきり抱き締めて、頭をくしゃくしゃになるまで撫で回す。貴方が笑い出したら、イタズラ開始の合図。貴方の腕はちょうど私の腰あたりだから、私の脇腹をくすぐり出す。私も負けずにぺたん、と座った後くすぐり返す。帰って早々、冷たい床の上で、転がり込んで顔を合わせてまた笑う。

貴方の苦しさも辛さも私はわかってあげられないし、私の苦しさも辛さも貴方はわかってくれない。元気がないのはわかるけど、生き方も仕事も生活も違った私たちだから、全てをわかりあうことはできないけど、お互いをお互いが笑わせる事はできる。そうやって、支え合う事が大事なのも五年の内に学んだ。私たちは落ち込むと誰かに話さず、飲み込んでしまうところがある。最初の頃は無理に聞き出そうとして、それがお互いの衝突を生む時もあった。それよりもふざけあって、こうやって自然と掌を重ねるほうが私達にとっては最善だったりする。

絡まり合う掌に名残を覚えつつ、時間がない事を思い出してゆっくりと掌を解く。小さく動いた貴方の頭を少しくしゃっと撫で、ベッドから出てキッチンに向かう。少しだけ時間に余裕のある貴方は起こさない。

支度も終わりかけた頃、部屋から出てきた貴方に言われる。

「今日は、なんか機嫌いいの?」

私より遅く起きた貴方は知らないもんね。掌をしっかり繋いで眠っていた事は。

「ううん、特には?」

顔を少し緩ませて貴方にそう返事をする。小さく首を傾げて洗面台に向かう貴方を背中で見送った。でもその後、洗面台から出てきた貴方が思いがけない一言を口にした。

「夜中起きたらさ、手繋いでて。笑っちゃったよ。ニコニコしてたから離せなかった。」

そういって私にキスをした。朝からキスするのなんかもういつぶりかはわからないけど、額をこつっと当てて微笑んで返した。
やっぱり、私はこの人が好きなのだ。

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更新日
登録日
2017-01-31

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