だらんとエッセイその⑧

童話の風景

 童話が好きだ。その世界は花や森に溢れている。どんな絵空事を語っても誰も笑わないし、むしろそうしたことを書けば書くほどいい。
 特に安房直子の童話が好きだ。猟師が森を歩いていたら、桔梗が咲き乱れる野原へ迷い込んでしまう「きつねの窓」。七十回なわとびをすると、夕日の砂漠が見えてくるという「夕日の国」。自分の瞳に魅せられてしまった女の子が、アイリスの花畑を走り続ける夢を見る「夢の果て」。どの話も温かく、美しく、けれどどこか寂しい。
 安房直子の本に出会ったのは小学生の頃だった。教科書にきつねの窓が載っていたのだ。教科書に載っている話にはあまり興味が抱けなかった私だが、一度読んだら大好きになってしまった。紫一色で書かれた挿絵もよかった。皆が嫌々教科書を朗読する中、何度も何度も読み返した。その度に私は猟師と一緒になって杉林を歩き、桔梗が風に揺れる音を聞き、子供に化けたきつねと話し、桔梗の汁で指を染めてもらうのだった。がやがやとした教室の中で私は草花の湿っぽい匂いを嗅いだ。子供心に美しい話だと思った。
 その記憶は大人になってからも消えず、ついに童話集を三冊買った。読み返して驚いた。小学生の時、オムニバスの短編集を好んで読んでいたのだが、特に好きだった話もまた、安房直子が書いたものだと分かったからだ。私は年甲斐もなくむさぼるように童話集を読んだ。そこにある風景は子供の頃見ていた世界とどこか似ていた。年齢を重ね、嫌な出来事で気分がすさんでも、本を開くだけでみずみずしい気持ちに戻ることができた。彼女の自然に溢れた童話を読む度、私は森の青い匂いを思い出すのだった。
 宮沢賢治も好きだった。多くは寓話的で意味が分からなかったが、風景描写が好きだった。「良い薬と悪い薬」の透き通ったバラの実はどんな味がするのかとか、「やまなし」のきらきらした川底の様子だとか、「茨海小学校」の野原の真ん中に建っていてきつねばかり通っている学校など、想像するとそこに行きたくなる話ばかりだった。
 絶版になってしまったが、高山栄子の「うそつきトモダチ」も好きだった。想像力の強い子供が主人公で、彼が語る嘘には力があった。彼は現実の世界ではいじめられっ子だ。しかし彼には古里があるという。ガタゴトアルミニウムハシゴ星という星で、そこはキャベツに埋め尽くされており、そのキャベツは言葉を喋り、よく笑い、空を飛ぶのだという。宇宙恐竜もいて、彼の肩に飛び乗りクククと笑うのだそうだ。現実がパッとしなかった私は彼の嘘に夢中になった。また、彼の過酷な日常も他人事とは思えなかった。
 童話に出てくる人間は皆夢を信じていて、二人で花をきれいと言い合い、星を指差し、海に行きたいと語り合う。ある時は子供が鳥になり、花が言葉を喋り、動物が誰かを思い涙を流す。人と人はただ居たいからそこに居ることを恥ずかしがりもしない。もちろん誰かを疑問に思うことも、怖がることもしない。私もまたそうでありたい。
 今でも幻想的な風景に憧れる。どこまでも続く花畑、静かな森、雨ばかり降る古びた町、砂の匂いのする草原。お気に入りの場所へ行く時、私はいつでも子供時代に戻り、靴を脱いで駆け出したくなる。人はロマンチストだと笑うだろうか。でも美しいものを信じるのは、悪いことでないと思うんだけどな。

ポイ捨てについて

 私はポイ捨てが嫌いだ。これは世の中のルールに反するからという盲目的な嫌悪ではなく、自分なりの理由があってのことだ。まず地球は丸いというところから話は始まる。地球は丸い。この地面を辿ってゆけば同じ場所にたどり着く。全ての地面は地続きだ。途中で海が挟まるとしても、海底を地面に含めるとすればそういうことになる。だから一ヶ所にゴミを捨てれば、地球全ての地面が汚れたと同じだ。つまり私の愛する花畑、静かな森、濁りのない湖、青い海、動物が穏やかに暮らすサバンナ、純白の雪景色、雨に濡れた石畳、儚さを秘めた砂漠、そういった場所にゴミを捨てるのと同じなのだ。私はその行為に、動物を可愛いと言いながら無惨に捨てる人々と同じ理不尽さを感じる。それとも彼らはその場所を美しいと言いながらペットボトルを投げ捨てるのだろうか?しかもポイ捨てというのは自分の意志で行うものだ。自ら進んで世界の美しさに染みを作っているのだから、彼らを愚か者と呼ばずして何と呼ぼう。彼らは世界の美しさを侮辱したと同然である。そんな彼らがどんなに優れた美的感覚の持ち主で、他者に優しく動物を保護し、自然を愛しているとほざこうが、私は彼らの言葉を信じない。世界は美しいと叫ぶ前に、美しさに忠誠を誓うべきなのだ。

だらんとエッセイその⑧

だらんとエッセイその⑧

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-31

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  1. 童話の風景
  2. ポイ捨てについて