ビービー弾よ飛んでゆけ

 きみのシャツぱたぱたたなびいてる。パリパリにアイロンかけられた素敵なシャツ。きみの見栄の形が型紙とされているそれ、あたしは黙って見てる。

 きみは胸を張ってあたしの前をずんずん歩く。ここどこ? 既に分かんない。地理はきみの賢い頭に全部インプットされてて、あたしは女という名のオマケだ。あたしちゃんと立場理解してる。だからあたしもはや千鳥足で、きみの回転する足に引きずられてく。これが正しい図式です、そうでしょ? 神様。

 きみがっしりあたしの手首掴んじゃって、そんなことしなくても逃げないってば。でもきみはそういう意味合いであたしを捕えてるんじゃなくて、オトコとオンナって立場をつくづく身に染みて感じたいがためにそういうポーズをとってるだけなのね。
ああ、こうして見ると世の中にはなんてポーズが多いことよ。腕を組む。オンナがオトコの腕をぎゅっと握っちゃったりなんかして。オトコはカノジョをエスコートしちゃったりするんだ。指を絡め合う。お互いの指先の神経がこすれ合ってひっそりオーガズムに達しちゃったりしてさ。スケベなんだ、人間ってやつは。
手を握る。親指だけ握る。そして彼みたいに手首を引くことも。ポーズは男のプライドのかたち。

 男のプライドってやつを見るとあたしは粉々にしてやりたくなる。その後のご褒美のために媚びを売るなんてとてもじゃないけどできない。あたしが欲しいのは宝石や洋服じゃなくって、彼らの歪んだ顔と涙なのだ。

 あーあ、背広を着た体格のいい男の人がぐしゃぐしゃになって泣いてるところを見たいな。できればあたしのことを思って泣けばいい。必死に赤い目を隠そうとしている手をなぎ払って、その眼球をべろべろ舐めてあげたい。鼻水、だらしなく開いた口、その喉仏がしゃくりあげるのをじっと見つめていたい。
もっと泣いてほしいがためにあたしは、あることないことでっちあげて彼らの内臓をキュウキュウと締め上げようとするかもしれない。もしその罠に引っかかり、あられもなく声を上げて泣いてくれたとしたなら、もう私は満足なので彼らにご褒美として優しい理想の女神様となってさしあげましょう。社会というコドクな疾風に冷えきった頭を撫で、誰も触らない唇に触れ、手足を温め、荒れ野という背中を抱きしめてあげましょう。
もし彼らがあたしを思って本気で泣いてくれるのなら、あたしは彼らに何でもしてあげるんだ。キスでも、妊娠でも、フェラチオでも。それが懇情の別れでも。

 きみはいつでもツンケンしている。それはヨウショウキのカテーカンキョーがあまりぱっとしなかったからとも言えるだろうし、世の中に嫌気がさしてるとも言えるだろうし、もしくはただ我が侭なだけだとも言えるし、まあとにかくツンケンしてるんだ、きみってやつは。
あたしそのツンケンが好き。ツンケンしてるきみは必死で自分を大きく見せようとしてるけど、それって真逆だよ。あたしはきみの鼓膜に揺れるポピー畑を見る。毒を孕みながら気弱げに震えている誰も触ろうとしない赤い花。あたしきみの脆い変装を透かしてそれ見るのが好きなの。
きみ必死であたしをどこかに導こうとしてさ、あたしの手首なんて握るんだけど、その後ろ姿がぼわぼわに逆立ってて、まるで今にも敵に飛びかかろうとしてる猫みたいなんだよ。無理すんなって、とあたしは呟く。

 きみからすればあたしは純情で、あたしは儚げで、あたしは得体の知れない穴のあいたレッキとした「女」なわけなんだけど、あたしからすればその考察っててんで的外れなんだな。
あたしの心は鉄砲玉だ。重力無視してビュンビュン飛んでくよ。Aカップの胸や渦巻き状の耳の穴やいけすかないお尻の形や子宮内膜を突っ切って、どこでもないところに旅するんだ。
あたしは心では女でも男でもないんだよ。一つのところに収まろうとしたって、欲望がスライムみたいにはみ出ちゃうんだもの。でもきみの前では女である方がきみの弱さをねっちり観察できるから、大人しくすることにしてるんだ。ふふ。

 きみの肩って広いな。あたしはそれが羨ましいんだ。いいな、風を切って歩けてさ。どこも見下ろすことができそうだよ。きみのそこだけ温かい手が好き。あたしを求めて彷徨う図体大きい羊みたいで。こっちへおいで、と誘導しながら、ふいに逃げたりしてみるんだ。そうするときみはムキになって追い回そうとしてくるからさ、そこに寂しさの片鱗を感じてあたしは嬉しくなるんだよ。
きみの唇って柔らかいな。噛み切ってその血をごくごく飲みたいよ。痛みできみの目に涙がにじむの黙って見てたいんだ。あたしにだけそうするのを許してくれる? あたしにだけ。
きみの太い首に首輪をつけて一日中うなじにキスしてたい。きみの白い肌がキスマークで真っ黒になるまでさ。あたしがリードぶん投げて帰った後にそれ見てぎょっとしてね。

 とか妄想してるあたしを知らずにきみはぐいぐい手首ひっぱるからさ、あーあ、折れちゃうよ、って思うんだ。あたしがぽっきり半分になっておっ死んだら、きみはどんな反応をするのかなあ。あたしが死ぬ全ての瞬間まで、きみはあたしのものであってほしいんだ。

 きみの目の前で別の男の人と喋ってあげる。きみって意外と嫉妬深いんだな。でも実はそういう嫉妬を楽しんでるふしもあるのをあたし知ってる。だってきみって真性のロマンチストだもの。
だからきみとあたしのキズナっていう綱をぶった切るようにしてあたし、親しげに親しげに彼らと話すね。きみに見せたことない笑顔も見してあげる。きみの怒りで握られた拳可愛いな。あれで思いっきりあたしを殴って、一生消えない傷を作ってよ。
でもきみいくじなしっていう優しい生き物だからそーゆーことしないよね。分かってる。きみってぶっとんだものに心底惹かれるくせに、自分がそうなるのは怖いんだもんね。

「きみを見てると分かる。ぶっとぶっていうのは、多くの何かを捨てることだ」

 あったり前じゃん。
だからあたしはもう、どこにも帰れないんだ。

 あー、あたしの唯一の居場所で唯一の下僕で唯一の神、芸術品であるきみ。ずっとあたしの展示物であってよ。泥にまみれて、無様な、あたしだけを楽しませるアウトサイダーアートになって。あたしが望むままに姿を変えながら、あたしを憎んでギリギリ歯ぎしりしてよ。あたしはきみの手首に錠をかけて動けないようにしてあげるから、きみは必死に抜けだそうとあがいて唸り声をあげてね。
あたしの零したワイン飲みなよ。くらくらしてきたらガソリンで火をつけてあげるね。きみの舌がきらきら燃えてくの綺麗だろうなあ。瞳孔に青白い炎が乱反射してさ。二人でフランベされちゃおうよ。でっかいでっかいフライパンの上でさ。
あたしが毎日持ってくる餌皿からご飯食べてよ。あたしも一緒に粗末なフランスパン食べるからね。
ね、あたしの脇腹にきみの八重歯突き立てて、バーコード振ってよ、お願い。あたしは養豚場に放された牛になって番号で呼ばれたりしちゃうんだ。
そしたら、きみにとってあたしは牛という一つの概念でしかなくてさ、きみは乱暴にあたしを引っ張ってきて鉄砲で撃つこともできちゃうんだ。ばっきゅーん。
それ想像してきみは興奮するかな。だってきみの手であたしを殺せるんだよ。あたしの首がポーンと飛んでさあ、目がひっくり返ってさあ、全身の力が抜けてくのを最後まで見ることができるんだよ。
だけどそれでもきみはあたしに操られてるんだ。牛に変身して殺してほしいと願ったのはあたしだから。あたしだけのきみ。あたしだけのきみ。

 だけどほんとに面白いのはさあ、頭から爪先までぐりんぐりんに縛られつくしたきみがさあ、突然がばっと立ち上がってさあ、その広い肩幅で縄ひきちぎっちゃってさあ、あたしの喉笛でっかい手でがっちり掴んで空中にぶらさげてさあ、あたしをガンガン床に叩き付けたりし始めるところなんだよね。
きみは自分につけた首輪をあたしにつけちゃったりしてさあ、地面引きずり回しながらよくも今までこんな目に遭わせやがってとか怒鳴るんだよ。
あたし嬉しくて嬉しくてますます笑っちゃうんだけど、その辺に転がってた赤ワイン頭にぶちまけられて火つけられてメラメラ燃やされちゃったりするんだ。キャーキャー言わされながらね。

 つまりきみは妥協してあたしに縛られてたってことなんだよ。それを愛と感じてくれてたってことだよ。
きみを頭の中で嬲れば嬲るほど、あたしは自分の力を確かめることができるけど、ほんとはこの胸の早鐘を止めてくれるもっと大きな力をずっと待ってるんだ。それはきみの柔らかい優しさやその場だけの慰めではなくて、もっと暴力に近いものなんだ。
あたしは鉄砲玉になってビュンビュン飛んでいく。あたしはきみをいたぶって、好き勝手に転げ回ってけらけら笑ったりしてるけど、体も心もどっかに置き去りにしたまま、いつだかこれがほんとにあたしの肉体なのか分かんなくなっちゃったんだ。
自分勝手にしか生きられないあたしの精一杯の愛って、きみがあたしを忘れないように一生残るような傷跡をつけることで、でもあたしはそんな痛みを自分に与えてくれる誰かがほんとはほしいんだよ。

 ねえきみあたしに首輪をつけてよ。
そしてあたしを、あたしだけのあたしにしてよ。
あたしだけのきみじゃなくて、きみだけのあたしにしてみせてよ。
あたしをすみずみまで支配して、羊水の温度を思い出させてよ。
その時初めてあたしはきみと腐るほど泣いて、それから笑うことができるんだ。
きみだけのあたしになりたい。きみから心底泣かされてみたい。きみに何もかもぶち壊してほしい。このあるんだかないんだか分かんない体とかも。空洞の内蔵とかも。咽の奥に住むぶるぶる震える得体の知れない生き物だとかも。あたしが毛嫌いしてやまないあたしのことも。
 あたしはきみと芯から芯から一緒になってしまいたいんだ。そして、こわくなくなりたい。全部を。全部に。全部から。全部にて。

 きみはあたしの分厚い頭蓋骨の中身なんて知らずにドーナツ屋の前で立ち止まると、「うまいんだ、ここ」と言いながら自動ドアくぐる。
あたし思いっきりクリーム乗ったの食べよ、できれば苺ジャムも(きみの血に似てる)と思いながら、明日のお金勘定し始める。

ビービー弾よ飛んでゆけ

ビービー弾よ飛んでゆけ

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更新日
登録日
2017-01-31

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