すぐ寝る男
「おい、起きろったら」
ぼくと友人はカフェテーブルに座ってまずいコーヒーを飲んでいるところだった。友人は椅子に座ったままうつらうつらと舟をこいでいたが、肩をゆすぶられはっと目を覚ました。
「いけない、また眠るところだった」
「何回目だ? こうやってカフェインもとっているというのに」
話している間に友人はまた眠りこける。ぼくはまた彼を揺り起こす。
「ああ、すまない…」
目覚める彼はものすごく眠そうである。瞼が今にもくっつきそうだ。
「睡眠不足か?」
「いや、毎日10時間以上寝ている。おまけに昼寝も」
「何かの病気なんじゃないのか?」
「いや、この間の人間ドックも健康そのものだったよ。注射の順番を待つ間に寝ちまったがね」
ぼくは医者は何をやってんだとばかりに目をむく。彼は「本当にすまないね」といいながらコーヒーを一気飲みする。ぼくは空になったカップにおかわりを注いでやる。
「病気じゃないんなら精神的な問題なんじゃないのか?」
とぼく。
「さあね…悩みなんて何もないはずなんだがな。仕事は順調だし、彼女も可愛い。金だって困ってない」
と言いながらあくびをする彼。
「変な話だな」
「まったく」
短い沈黙の間に彼は再びうつらうつらしはじめ、椅子から滑り落ちそうになりはっと目をさました。
「頼む、寝ちまいそうだ。何か話しかけてくれ」
「えーと。そんなさまじゃ日常生活で困るんじゃないか」
「うん」
「電車を乗り過ごしたり」
「茶飯事だ」
「彼女とのデートで高級レストランに行ったのに眠りこんで喧嘩したり」
「こないだの金曜日のことだ」
「マクドナルドでハンバーガーをテイクアウトするつもりで、できあがるのを待っているうちに眠りこんで気がついたら夜になり、おまけに」
「ハンバーガーはすっかり冷めていたり」
当てずっぽうに言ったことが全て当たっていたので、呆れて煙草をふかす。
「苦労してるな」
「おかげさまで」
彼は皮肉に笑う。
「夢は見るのか?」
彼はうつろな目であらぬところを見ながら言う。
「ああ。見るよ。毎回同じやつをね」
「へえ。どんな?」
「気がつくと広い草原にいるんだ。遠くに羊がちらほらと見える。やつらは草を食んでいる。空は晴れていて風が心地いい。草と空と羊しかいない」
「ふうん…牧場かな。見覚えのある場所か?」
「いいや…現実にあるかも分からない」
「それでお前は何をしてるんだ?」
「ぼうっと突っ立ってるだけだ」
ぼくは煙草を吸った。
「いい風景だな」
「そうかもしれない。寝る度見るから飽きちまったがね」
そんな話をして、ぼくたちは別れた。彼が電車を乗り過ごさないように祈りながら。
後日、ぼくは高い切符を買って列車にのった。降りた先で車をレンタルし、四時間運転したところでようやく車を降りた。
牧場だった。草原がどこまでも続いていた。羊が数匹草を食べていた。空はよく晴れていた。ぼくは草原に寝転がり、煙草に火をつけた。
「こりゃあいい気持ちだ。彼が夢から帰りたくなくなるのも分かる」
ぼくは長い間空を眺めていた。
すぐ寝る男