雨が降れば
つまらない雨の日。雨の日が「悪い天気」って誰が決めたんだろう。なんで晴れは「良い天気」なんだろう。雨の日も良い日。そんなことを考えながら書きました
雨だ。雨は嫌いだ。
もうすぐ梅雨が明けると言っていた朝の情報番組のアナウンサー。僕も馬鹿だ。なぜ傘を持ってこなかったのだろうか… いや、持っていないのだ。何故持っていないのか、思い出せない。僕は毎日歩いて駅に向かう。だが、雨が降る日はバス停まで歩き、バスで駅に向かう。家からはすぐバス停には着く。傘はどこかの居酒屋に忘れたから家にはないのだ。と傘を持っていない理由を思い出し、忘れたであろう一昨日の酔っ払った自分への後悔と共に朝のバスを待つ。バス停に収まりきれないほどの人は皆、肩が濡れている。家が近いせいか、僕の肩はあまり濡れていない
バスが出た。雨の日にいつも顔を合わせる70代くらいのお婆ちゃんの顔が見当たらない。今日は遅くまで寝ているのだろう。何かあったのか、そんな心配をしたが身内でもないので特に気にしないことした。1つため息をつく。 いつもならバスが出て10分前後で着くはずだが、今日は雨で車が多いのか、いつもの10分を過ぎてもなかなか着かない。
僕は基本的に出口付近の窓側の席に座る。いつも同じ景色だが見る場所もないので外を見る。毎度見る度に携帯をいじっている高校生のようにはなりたくないからだ。ぼーっとしながら外を見ると、傘を忘れたのか、綺麗とも言えないが優しそうな女性が雨宿りをしている。僕と同じだと微笑みそうになった。ここで笑顔を見せると異常だと思われるので僕はもちまえのポーカーフェイスで場をやり過ごした。場をやり過ごしたといっても、僕だけの「場」なのだが。僕達を乗せたバスはいつもより5分ほど遅れて駅に着いた。
いつも通りホームに入り、いつもと同じ顔の電車が到着する。席が空いているのにいつも立っている学生。若さとはそういうものなのか。
特にすることもないので、周りを見渡すと、ついさっきバスの中から見た、というか見えた、あの優しそうな女性。「この電車なのか」 そう小さな声で呟く。もちろん独り言だ。 彼女は思ったよりも美人で僕と同じ20代前半くらいだと思う。思ったよりもっていう表現は失礼だと思うが僕の素直な気持ちだった。この電車に揺られるのはほとんどいつも同じ人間だが、あの彼女の綺麗な顔は初めて見た。なぜか僕はその女性を気になっていた。これはストーカー心なんかではない。「ちょっとした好奇心」とでも言えば都合が良いのだろうか。周りに気づかれない程度で彼女のことを見ていた。車内は湿気が強く、とてもジメジメしている。雨のせいだ。雨は嫌いだ。
電車が出て4つ目の駅で彼女が降りた。僕は5つ目の駅で降りる。何故だが僕は「また会いたい」と思った。正直自分でも気持ち悪い。見ず知らずの人と「また会えたら」なんて。
今日は定時より一時間遅れで仕事が終わり、上司との気だるい呑み会の誘いも上手くかわすことができた。性格上、少し上司の誘いを断った事に罪悪感を持ちながら駅のホームへと歩く。今日は少し早い時間の電車でとても気分がいい。まだ太陽が少し出ていて雲の隙間から「お疲れ様」と言わんばかりに社会人の家路を黙って見守っていた。僕はその太陽から目をそらし、電車に乗り込み席に座る。電車が出発し一つ目の駅につく前に、ふと、朝の彼女を思い出す。1回しか会っていないからか、あまり顔が思い出せない。彼女の降りた駅に到着すると、朝、そこにいた顔と全く同じ顔の彼女が乗ってきた。「この人だ」 とても印象深い、大きい目と薄い唇。「まさか」と思い、僕の口は閉じることを忘れていた。こんな事が世の中にあるのかと思い、今日はつくづく運がいい。と思った。彼女はこちらに気づいていた。 「あ、朝の人」 と思っただけだろうな、といつものネガティヴ精神が僕を攻撃する。「気にしないでおこう」 そう思い外の景色を眺めた。急に僕の嗅覚は爽やかな石鹸の香りを感じた。勢いよく横を振り向くと彼女の姿があった。「こんにちは!あ、こんばんは。ですかね?」とても仕事後とは思えない優しい、爽やかな笑顔でそう言った。「こんばんは…ですね(笑)」 僕は笑ってしまった。彼女がとても笑っているからだ。それにしても本当に爽やかな笑顔だ。 「はじめまして」 女性特有の高い声と僕の低い声が混ざる。あっと顔を合わせる。「今日、朝のバスに乗っているの私、たまたま見ました!外からですけど(笑)私、あのバス乗ろうと思ってたんですけど…なんと寝坊した上、バス停間違えちゃいまして」 彼女がまた笑う。 「それに!電車でも!これも何かの縁じゃないですか!しかも、同年代くらいの方なのでこの街の事を教えてもらいたいなって思って!」 この女性はとても明るい性格なのか、とても話していて楽しい。「僕も見ました。ボーッとしていたらたまたま。」 僕はまたチャンスを逃した。「では一緒に帰って、この街を少し、案内しますね」の一言が言えなかった。そんなことを考えていたら少し言葉が詰まった。あまり女性との会話に慣れていないからだ。ボクは無理やり続ける。「傘、忘れてたんですか?傘忘れたのかなーって思って見てました(笑)ごめんなさい」 彼女は「この街を教えて」 というお願いに返答が無いことに少し疑問を持ったような顔をした。そんなことは裏腹に、僕の頭の中で、一つ小さな疑問が生まれた。彼女は最近この街にに越してきたのか?思った時には声に出ていた。「最近こちらに?」 彼女はすぐに返す。 「はい!隣町からですけど。通勤が楽なので」 通勤が楽なのでという理由はあまり驚かないがら少し驚いたような相づちを入れた。「では、ちゃんとしたバス停、教えますね。僕はいつも利用しているので一緒に、帰りましょう。」 僕は勝負をかけた。思い切って口に出したのだ。彼女ともっと話がしたい。そんな思いが僕のネガティヴ精神に勝った。 すると彼女は待ってましたという顔で、「ぜひ!お願いします」と笑顔答えた。その中に好意を探した僕は自意識過剰なのだろうか。男とは勘違いしやすいのか。または自分だけなのだろうか。
いつもと同じ駅に、まさかの展開で一緒に降りることになった二人。周りから見るとカップルに見えるのだろうか。そうなれたとしたら。なんて考えた。初めて会話をして30分もたっていないのに。早すぎるだろう。自分に言い聞かせる。彼女はそんなこと、これっぽっちも思ってもいないだろうに。
彼女とは、たわいもないことを話しながらバス停に向かった。街を教えるという口実を作り二人で歩いて帰る。彼女の石鹸の匂いと3人でシャッターが降りた商店街を歩く。「ここ、駄菓子屋さんなんですよ。休みの日なんか通ると、子供が大勢集まっていて、楽しそうですよ」 僕は少し彼女との会話にも慣れてきた。彼女は続ける。「そうなんですか!私も行ってみたいなあ、けど仕事の日は間に合わないもんなあ」 確かに、と思った。「そうですね、残念です。」 たわいもない話をたくさんした。1人だと長い道のりが、彼女と、石鹸の匂いの3人で歩けば、とても早く感じた。もうすぐバス停に着く。
「ここが、そのバス停ですよ。分かりにくいですよね、道が」 ボクは地元なので分かることだが、この道は「分かりにくい」と評判のバス停だった。 彼女は「ここがそうなのか〜私のバカ!」と自分に暴言を吐いた。とても可愛らしい暴言を吐いた。僕が彼女に見とれていると彼女は「もう場所、覚えたから次、雨が降れば同じバスですね!今日はありがとうございます!」彼女は一つ間を置いて続けた。「あ…そっか、もう梅雨も明けちゃうのかあ。」 僕にはその言葉が喜びを意味するのか悲しみを意味しているのか、わからなくてムズムズした。「明けちゃいますね。」この言葉で精一杯だった。 少しの沈黙の後に彼女が口を開く。「私、家あっち方面ですけど、違いますよね?」 「違います。真逆ですね(笑)」なぜ僕の家は反対方向なのだろう。こんな後悔しても仕方ないが。そんなことを思っていると彼女は言う。「では、雨が降れば、また会えますね」 この女性はとてもずるい。どんどん引き込まれていく。そう言って彼女は僕と反対方向に歩いていく。2度振り返って手を振ってきた。「楽しかったです」 とだけでも伝えたかった。僕も続けて家路につく。
嗚呼、梅雨よ明けないで下さい。そんな馬鹿な願いを願った。嫌いな雨も毎日続けと思った。彼女と別れ、1日のことを振り返りながら歩く。今朝の雨で、溜まったであろう、水たまりを跨ぎ一人で小さく呟く。「雨が降れば…かぁ」
ふと、空を上げるともう既に雨雲はなく、雨を望む僕に梅雨明けを予想させた。
雨が降れば
初めて書きましたが御手柔らかにお願いします。アドバイスや厳しいお言葉など、宜しく御願いします。