形状


ころころと転がせば,光に照らされて,ワタシの動機はきらきらと輝く。七色に見えた一瞬が,また違う七色になって,反射するそれぞれの一面に,違いなんてないと錯覚させてもらえる。ワタシを構成する,今までの行いのすべてに良いことも悪いこともない。ワタシは等しく扱われて,結果だけが,でこぼこしているだけなんだ。だからワタシは間違っていない。正しくもないけど,間違ってもいない。
手間を省いた,がそうなってしまった原因だって,今のワタシは言えるけど,それを責める気は起きない。だって,今でも同じ選択をするだろうなって思うから。ワタシのような立場にある人たちの手を煩わせることで,自分たちが仕出かしてしまった企みに,ワタシたちを参加させることが目的だったんだって,今になって気付いたとしても,ワタシは同じ選択をする。だって,ワタシの守るべきものが,そんなに間違っていたなんて,知りたくないんだもん。それを正すことが,ワタシたちで作られる周りから求められることなんだって,分かっていたとしても,それがワタシの疚しさをチクチクと刺激するのなら,ワタシはそれを選ばない。むしろ,周りの方を変えようとする。だって,ワタシたちの周りがワタシたちで作られるなら,ワタシたちが変われば,自動的に周りも変わるじゃない?教えて,諭すなんて,頭に思い浮かべただけでも,大変そうなのが分かるし,むしろ,あっちの方が楽そうなら,選ばない訳ないじゃない。その選択を選んだ後で,その色の絵の具を握り潰したみたいに,ワタシの口の中が一色に染まってしまっても,洗えばきっと落ちるのに,その選択をし続けるから,それが当たり前になってしまったし,そのことを,前のワタシなら素直に後悔できるんだろうなって,思えたとしても,ワタシはそれを選ぶ。いつの間にか,ワタシはワタシのために,この企みを実践していると知っている。この企みに関して,ワタシの動機は平面図の中の一つになって,ワタシを構成している。折り目に沿って,組み立てて,貼り付けて,完成させれば,一個のワタシだ。何角形,と言えない形だ。テーブルの上に転がして,力を加えれば転がっていく。そして,力を失えば,その場で止まる。慣性の法則は?それを邪魔する摩擦?本当?こんなに揃ったワタシたちなのに,一体何が,そこに存在するというのだろう。ワタシには分からない。
手先が器用な人になりたい。昔から思っていたことだったけど,今はもっと強く思う。重ねて貼りすぎた部分があったら,紙を破いたりしないで,丁寧に剥がす。ハサミとかカッターとかで,切れ目にそって,元に戻していく。知っているかのようにスムーズで,羨ましい。なのに,何も知らないその人は,ワタシの発言や行動にきょとんとして,どうしてそんなことをするのって質問してきた。ワタシの中の,無邪気な部分が立ち止まる。それは,してはいけない質問。ワタシたちは答えられない。ワタシの動機の塊にある,窪んだ一箇所。一番平らな面。そこを隠すようにしたら,テーブルの上で,安定して動かなくなる。すべてを意識して,人懐っこくなったワタシは,引き出しをひっくり返すようにして,ワタシたちの事実を披露してあげる。これはこうなの,あれはああなの。関心を見せていた顔が,徐々に引きつっていって,テーブルの上で,使っていたすべての道具を自身のところに引き寄せて,その人は,何も言わなくなってしまう。ワタシはまだまだ人懐っこい。ワタシははっきりと言っている。こっちに来るの,来ないの?それはセロハンテープみたいに,簡単に捲れる。
次の日から,その人はいなくなる。動機の一つを増やして,より多角形になっていって,ワタシたちは,こうして増えていく。転がり方も複雑になる。からころろ。
帰って来てから,水で口をゆすぐのが習慣になった。この時期の冷たい感触に,ワタシの舌は引き締まってくれる。その日もそう。顔と一緒にタオルで拭いて,ポケットから取り出したワタシの動機を探した。そこに入れていたはずなのに,無かった。ワタシはすごく焦った。落としていたら大変だし,ワタシたち以外の誰かに拾われたりしたら,もっと大変だ。だから,そこにあって欲しいことを願って,また外に出る前に,ワタシは洗面所,洗濯かご,クローゼット,アクセサリー箱,それからキッチンに戻っていって,逃げていくように,床を転がっていくワタシの動機の姿を見つけて,追いかけた。家の間取りを形作る,壁という壁に跳ね返って,ワタシの動機は捕まらず,ワタシは振り回されて,腰を屈める態勢からの方向転換で,テーブルの角に頭をぶつけたし,ケーブル類を引っ張ってしまって,その先にあった電子機器類を丸ごと落としたりで,ワタシはもう我慢できなくなって,這いつくばった格好で,ワタシの動機をどうにか端に追い詰めてから,そこで力いっぱいに叩いた。そして,その中身を初めて露わにして,ワタシの動機は割れた。三つの破片になってしまった。
持っていた瞬間接着剤を使って,元に戻そうとしたけど,上級者向けのパズルみたいに、複雑な表面はその通りに一致してくれなかった。手先の器用なあの人に頼もうとして,そして,その人がいなくなってしまったことに気付いて,初めて後悔した。そこからさらに数時間経っても,何一つ,元に戻ることなく,誰にも知られないようにティッシュで包み込んで,帰って来た同志たちを前に何事もなかったかのように振る舞った。その日最後,毎日の日課として,それぞれの企みの内容と結果を報告し合う,その時に,ワタシはひとつの失敗をした。十分に理解していたのに,今のワタシは,あの人のようにすることが出来ないはずなのに,あの人と同じように,訊いてはいけない事を訊いてしまった。何でこんなことをしてるんだっけ?ワタシは,ワタシ自身にも質問をして,あっさりと出た答えに,チカチカし始めた目を擦った。視界がクリアになって,テーブルの縁に引っかかるようにして,生まれたものがあるのを認めた。吹けば飛ぶような,小ささに軽さを備えたそれは,角度を変えるごとに,カケラのような煌めきを見せた。同志たちの最後通告は聞こえていた。つまり,ワタシは選択を迫られていた。留まるか,そうでないか。
あの,ころころ転がる姿を見ていたい。だから,ワタシの口は大きく開いた。そこから出る答えを,のみのように使って,かんかんかんかん,と私の動機が形成されるのを,この目にするため。
まるでワンホールケーキのピースみたいに,喉の奥の暗がりから,震えた空気が出ていって,意味を残した。苦味を見つけたし,甘味に変わった。飛んだ唾や涎を,引っこ抜いたティッシュで拭った。
最後にそうしたかったから,ワタシはそれを丸めて捨てた。

形状

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-28

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