山川さんのこと

山川さんのこと

  







    






みんなは人生のいつかの過程で よく同じことを思うものさ


「本物の女に出会いたい」ってな。


変な響きだよな 


「本物の女」だなんてな 


じゃあ日頃女とやってるのは


ダッチワイフでオナニーしてるようなものなのか 


そういう話じゃない


この場合の本物ってのは


「人生を変えてくれる」とか


「この女のためなら 何もかも失ってもいい」とか


そういう意味での本物ってわけだ


ありがちなファムファタル願望ってやつだ


みんな 退屈してるんだろうな


緩みきってしまえば


恋愛って 案外そういうものだ


退屈なひまつぶしのような恋愛の延長に


結婚があって


惰性のような結婚の延長に


さらに退屈な人生がある


くたびれて退屈な人生の途上で


思い返すのは


付き合った女よりも


手に入れられなかった女の方が


記憶に残ってたりするものさ


山川さんはそういう類の女だった。



  






 


山川さんと初めて会ったのは大学のネパール研修旅行のときだ


カトマンズのホテルで飲みすぎて倒れてたときだ


酔いつぶれて事情はよくわからないんだが


他の誰でもいたわけなのに


なぜか山川さんが介抱してくれてたんだ



     だいじょうぶですか


     いけませんね 飲みすぎです


     旅の恥 かき捨てすぎです



全然心配してない声で言うんだ


笑っていた


うつろに彼女の顔を見た 目が全く心配してない



     君はだいじょうぶなの?



酔いつぶれた男が すっとぼけたことを尋ねたものだ



     大丈夫です 


     わたし 針のむしろの上を笑って生きる女ですから



もう一度 うつろに顔を眺めた


あんまり美人じゃないけど


どこかかわいいと思った


あんまり綺麗な子だとは思わなかった


その言葉に惹かれた。



  






 


山川さんは写真部に入ってた国文科の年下の学生だった


写真部の連中の界隈じゃちょっとした有名な人だった


サークルのボックス棟ではみんなはまるで冗談めかすみたいに言ってた



     あの子にはまじで気をつけた方がいいって


     山川さんは本当にやばいから



なんでみんながそういうのかさっぱりわからなかった


なぜ山川さんがそんなふうに噂されるのかがな


不思議だったから訊ねたんだよな 写真部の連れに



     もしかしてヤリマンとか? クスリでもやるの? それともなんかの病気持ち?



これを読んでる誰か すまんな ヤリマンとか本当は実生活で言わない



     いやそういうわけじゃないんだけどな  そのうちわかるよ 面白い人



したり顔でそうやって言いやがる 


なんのことかそのときは全然分らんかった


そのころつきあっていた女はいなかった


セフレはいたんだけど


     なんて言ってみたい文脈だけどな そんなのいるわけがない


ちょっと寂しかった頃だった


だから山川さんに近づいてみたわけだった


どういう理由にかこつけたのか おぼえてない


だが山川さんは見事に術中にはまった


そのときはそう思ってた


とんでもなかった


術中にはまったのはこっちだった


何度か飲みに行ってたんだけどな


山川さんはとんでもない酒豪だった


彼女と来たらワイルドターキーやウォッカを


ストレートで ものの数分で 飲み干してしまう



     意外と お酒弱いんですね 西園寺さん


     見かけ倒しを写真に撮ったみたいですね


     わたしに対抗しようなんて 250万年早いです



先に酔いつぶれていつも後輩の家に運ばれてた


決まって山川さんはそのあと電話してくるのさ



     西園寺さん 生きてますか



酔いに任せて今にも吐きそうな勢いで言ってやった



     そんなに気にするなら好きになってやるぞ



するとあっさりこんなことまでいう



     いいですよ 


     今度セックスしますか



万事こんなふうだったわけだ いま思い出しても拍子抜けする。



  






 


冬がやってきて とても寂しかった


一人で誕生日を過ごすのが たまらなくさみしかった


だから彼女を映画に誘ったんだ 何度目かのデートだった


デートっていうのか 手も握ったことなかった


レオス・カラックスの映画だった 忘れもしない 「ポーラX」


待ち合わせたとき 山川さんは今までで一番きれいな服を着ていた


女の服のことはよくわからん 


形容の方法がわからん


とにかく綺麗だったとしかいえない


だから映画の内容あんましおぼえてないんだ


というのも山川さんはときどき質問して来るんだ



     なんでこの女は いまキスしようとするんですか


     なんでこの展開でバイク乗るんですかね


     どう考えても不自然ですよね いまのえっちシーン



そんなこと知るか だってフランス映画だよ おフランス


質問するたびに 顔を近づけてくるんだ すごい距離に


キスできそうな距離だった ちょっとやばすぎるくらいに


ちくしょう キスしたかった いま思い出しても一回くらいキスしたかった


映画は案の定というか全然面白くなかった 山川さんが気になって仕方なかった


映画のあとはドイツ料理屋見つけて行った 河原町三条下りたとこかな


おフランスのあとはドイツな 見栄を張りたかった


山川さんがおごってくれたんだけどな 


極端に金なかったんだ 当時は



     面白い映画でした 西園寺さんがよくわかったという意味で


     なんか難しい映画でしたね


     西園寺さんみたいですよね


     西園寺さん ああいう趣味 離れた方がいいですよ



いつものように酒豪の山川さんはビールを何杯も空けながらニコニコと言う


惨めな思いだった 最悪のような難解映画につき合わせてしまったからな


ドイツ料理を惨めに味わって 四条駅に向かったさ 彼女を送りにな


しばらくの間 地下鉄烏丸線と阪急の接続口のあたりで 階段に座ってた


キャメルばかり吹かしてた 禁煙なんだけどな


どうかしてたんだな 


去年の自殺未遂の話を始めてしまった


入院の話とか その原因になった女の話しとかな


山川さんは始終笑ってたさ ときどき突っ込みいれながらな



     首吊りはやっぱ電気コードでは無理なんですね ロープですね


     いい勉強になりました わたし ロープで吊ります



ちっとも真剣じゃなかった だって山川さんは尼崎の女なんだ


尼崎の女は全身がジョークで出来上がってるんだ 勝手な偏見だけどな


地下通路は込み合っていた 


考えていたんだ


山川さんと


隣り合ってる意味は


なんなんだ


この一生のうちで


一年に一度きり


ほんの一日の誕生日


どうして山川さんは


一緒にいてくれるんだろうな


梅田行きのの阪急線の発車時間が近づいてきた


突然向き合って手を握ってきたんだ 山川さん びっくりした ドキドキした なんだなんだ なんなんだ キスするのか おいおい キスかよ


「好きだ」


と 言えばよかったのに


思わず あべこべなことを言い出してしまった



     ずっと死にたいと思い続けて生きてきた



山川さんはキスはしてくれなかった でも手を放さなかった



     死にたいと思っても


     一年頑張って今日お誕生日迎えたんでしょう


     そうしたら西園寺さん 


     あたしみたいな 


     いい女と出会えたわけじゃないですか



山川さんが一人称を「あたし」って言ったのを初めて聴いた



     去年の今頃は 


     あたしと出会うことなんか


     思ってなかったでしょう


     でも 会えたわけですよ


     それって すごい奇跡だと思わないですか 


     西園寺さん



山川さんの「あたし」が なんだかな あどけなく聞こえた


その後も  どうかしてたんだな 



     いつか結婚してくれ



唐突に ばかげたこと 言ったもんだ


山川さんはようやく手を離したんだ



     西園寺さん 


     本当はそうは思ってないでしょう


     だいじょうぶですよ 


     西園寺さんは  死にません

   
     前にも言ったでしょう 


     わたしは 針のむしろの上を笑って生きる女です



十二月の寒さが身にしみた。



  






 


彼女は尼崎に帰っていった


呆然とした思いだった


なんかがこの身体の中でぷちんと音立てて切れた感じだった


ぷちん ぷちん ぷちん ぷちん ぷちん ぷちん ぷちん ぷちん ぷちん ぷちん。



しばらくして雪が降ってきた


その年はじめての雪だったさ


とぼとぼしょぼくれて 宝ヶ池まで歩いて帰った


想像できるか 河原町から宝が池まで雪道を歩いてだぞ ひどく疲れたけどな


山川さんにはすでに男がいたんだ ちきしょう


ほんとにちきしょうだよ 途中でどこかのクリニックの看板蹴り上げてやった


写真部の連中が言ってたわけがわかったさ



     あの子にはまじで気をつけた方がいいって


     山川さんは本当にやばいから



歌を歌うみたいにそのことばを心の中で言い聞かせたんだ


そのときだったんだ 気づいたんだ


儚く 一瞬だったけどな


死にたいとは思わないなってな。



  






 



それからあんまり山川さんとは会わなくなったんだ


なぜなら 女ができたから


    なんて言いたい文脈だけどな あいにく相変わらず彼女いなかった


大学を出て京都を去った



大学卒業する寸前だったけどな


後輩で山川さんに惚れた男がいたんだ


しきりに相談されたさ もちろんふられたらしいがな


したり顔でそいつによく言ってやったもんだ



     あの子にはまじで気をつけた方がいい


     山川さんは本当にやばいから







みんながよく言ってた いまでも歌のように覚えてる


あれから十数年経った


本当にいい中年だ


ますます人生退屈だ


アホらしい


くたびれて 惰性のように生きて


ひまつぶしのように 死を控える


退屈しのぎに詩なんか書きながら


ますますあの頃が切ない

 
ときどきこのごろ 思うんだ


あんな本物の女


正真正銘だった 運命の人に


もう一度 


通りすがらないか


もう一度


会ってみたいもんだとな


いま  どこにいるのさ


おれを  瞬殺で  変えた  あのひとは。





     あの子にはまじで気をつけた方がいい・・・・・・


     山川さんは本当にやばいから・・・・・・

  







    

山川さんのこと

大学時代の後輩のことを思い出して書いた。

作者ツイッター https://twitter.com/2_vich

山川さんのこと

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-28

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