路傍の石

路傍の石



 道端に転がる一つの石がある。

 いつから其処にあるのか、何処から来たのか、石にたずねようにも石である。なにも応えるもなくただ其処に佇むだけのその石はなぜそこにあり、そしていつまで其処にあり続けるのか。

 例えばその石は子供が遊びで蹴り続け飽きた所でその場にたどり着いたのか、それとも通りかかったダンプトラックに積まれた砂利の、山からはたと転がり落ちたためなのか。いずれの場合に置いても運ばれる事や運ばれた先での意味は求める事が出来ても、路傍にあればただの石で問えば問うだけ無駄である。しかしその石は確かに其処に実在している。

 丸っこい見た目に何か愛嬌がある様に思える。佇まいに滋味深い味わいがある様な気もする。いやいや、そのざらついた表面に何か意地悪なものを感じさせると思ったり、もう少し角張った感じがないのが寂しいとも思う。
 しかし石である。何の変哲もない石ころが、脈絡もなくただ道端にあるだけの話で、やはり其処に意味など見出す事は不可能だ。
 何かの印でもなく、何かを抑えているでもない、埋め立てる為でもなく、塞き止めるでもない。

 例えばこの世界からある瞬間に忽然と姿を消したからと言って、誰が気に留めるでもなければ困る事もない。こうして目を留めなければ無価値であり無意味な存在で、目を留めた今でもそれは全く変わりはない。あってもなくても変わりのない石は何かの理由によって其処に置かれ、置かれる事で意味を失ったのだとも言える。拾い上げても良いが、拾い上げても石は石のままだろう。
 その見た目から大体の手触りと、何となくの重さも想像がついてしまう。
 きっと日陰に置かれているせいで、ひやりと冷たい感覚がするだろう。
 舐めてみようか、舐めてみる事はないが、子供の頃に転んで砂を噛んだ事から味も何となく想像がつく。ポケットに入れて温めても、愛着は湧きそうもない。
 家に帰るまでの間に、何処かへ投げ捨てるか置く事になるだろう。すると誰かが自分の様に、またその石を拾い上げるかもわからない。
 騙されまい。石はそうして、石である事を利用し誰かについて回り色々な景色を見る事を期待している様にも見えてくる。しかしそもそもその石は持ち上がる物なのか。一見其処に置かれている様に見えて、実は地面と繋がっているならば、決して動く事はないだろう。
 片手にすっぽりと収まる程の石、その下には本体があり、地面に埋まっているのか知れない。その根が思いの外深く大きな物であったなら、想像した様に片手でひょいとは持ち上がらない。もしかしたら深く深く繋がった地面の先がこの世界を支える根幹に触れていて、石を動かした瞬間に全てが瓦解するかもしれない。石が繋がっていなくともあの裏には、ほんの数グラムで崩れるバランスを秘めた何かがあったとしたなら。

 そんな考えを巡らせながら眺めていると石はどんどんと重くなって行く様に感じ、その場から一切の動く気配が消えて行く、そうなると今度は、拾うまいと決めた心が揺らぎ、動かしてみたいと言う願望が抑えきれないほど膨らんで来る。
 拾うまでもなく、爪先で少し触って見るだけでも良い、いや、裏側も見てみたい。あのざらついた表面が裏側にも続いているのか、割れはないか、ツルツルであったなら。やはり拾うか。いやきっと同じだ。
 好奇心とその否定に揺らぎ悩みに悩んでいると道端を通りかかった老婆が事もなげにその石を拾いあげた。
 老婆はしばらくその手の中のどこか愛嬌があり滋味深く、それでいて意地悪な物足りなさを感じさせるその石を、じっと深く見つめては何を思い立ったのか、道の先にある地蔵に向かって歩い行くとその足元へ石をそっと置いた。
 なるほど、路傍の石は路傍にあって意味はなく、地蔵の足元に置かれるべきだと妙にしっくりと来る。しかし路傍にあった時と石の姿になんら変わりはなかった。

路傍の石

路傍の石

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-27

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