年上の幼なじみがオタクで頭が痛い 7,8話

7話は、洸太のお父さんの一言から洸太の気持ちが動くお話です。
8話は、あの人が爆弾発言をします。

7話 父の心配と無自覚症状

 期末テストの終了を合図に始まった、この冬コミ地獄も明後日で終わる。
 終わるというのは冬コミ参加日が明後日の大晦日だということで、美月のコピー本はまだ完成していなかったりする。
 今までだったら

 「ざまぁ(無表情で)※1」

 で終わっていたんだけど、ここまで頑張ったんだから、なんとかしたいと俺も思い始めていた。
 やりきる気持ちはある。でも製本作業については、初めてで自信がなかった。気持ちばかり焦っていたところ、シャワーを浴びに家に戻った時、父さんが声をかけてくれた。

 「だいぶ頑張っているみたいだな」

 ゴールデンウィークの箱根旅行の時にすら一言もセリフがなかったのに、ここへきてセリフがあるってことは期待していいんだよな!

 「うん、ただ製本がうまくできるかが心配で」
 「製本って中とじ印刷か?」
 「うーん、両面コピーで、こう4ページになってて、おると順番通りになっているみたいな?」
 「ああ、父さんの会社のコピー機にそれあるよ」

 キター!

 何も考えず原稿を順番通りに読み込ませれば自動で折られて、ホチキスまでしてくれるらしい。百部刷りたいといったら、さすがにダメだけど、それ以下だったらOKだって。というわけで原稿が出来上がったら父さんが会社につれていってくれることになった。
 美月に伝えるとやる気スイッチが入ったみたいだ。俺自身ももう一踏(ひとふ)()りだと言い聞かせながら、時々襲ってくる睡魔をはねのけて作業した。
 そして、どうにか原稿が出来上がったのが、コミケ前日の夕飯前。
 フラフラの美月をベッドに放り込んで、父さんに言って、会社に連れていってもらう。出がけに母さんが

 「私と亮太の2人しかいないから、私たちは私たちで適当に夕飯食べるから、お父さんたちは帰りにどこか食べてきて」

 確かにどれくらいかかるかわからなかったので、そうすることにした。
 で、会社に着き、印刷作業を開始したのだが•••。一度スタートさせたら待つだけで、コピー機の音が静かなオフィスに鳴り響いている。
 完了までの時間が表示されているというので見てみると20分とあった。
 その間、父親と2人なんて久しぶりだったので、なんか気恥ずかしい。

 「洸太、美月ちゃんのおかげでだいぶ成績よくなったな」
 「あ、うん」
 「美月ちゃん、夏の間、バイトしてくれただろ? 社内でも評判よくってな」
 「へぇ•••」

 間があく。

 「お前、美月ちゃんのこと、好きなのか?」
 「え? いきなり何?」
 「いや、手伝いらしいが、その•••。()まったりしてるって亮太が」

 りょ~た~! あの無自覚トラブルメーカーめ!
 俺は誤解を解くために説明した。

 「泊まりって言っても徹夜作業だよ」
 「じゃあ、お前は、その•••、好きでもない女の子の家に泊まっているのか?」
 「そうじゃなくて、美月が手伝ってくれって言うから」
 「でも、手伝うと決めたのは自分だろ?」
 「••••••」
 「幼なじみが困っているから手伝っているだけでもいい。そうじゃなく美月ちゃんのことが好きだからでもいい」

 父さん? どうした?

 「父さんは信じているが、もし! もしだ。その、そうなるような雰囲気になったら•••、責任。そう、責任という言葉を思い出すんだぞ!」

 ピーッ。

 コピー機が印刷終了を知らせた。

   +++

 結局、印刷したのは50部。美月と相談して決めた部数だった。帰り途中でまわる寿司があったので、そこで夕飯を済ませて、家に着いたら

 「なに? もう帰ってきたの?」

 母さんはピザを(ほお)ばりながら、俺と父さんを見て呆れていた。

 「せっかくの男同士2人だけだったんだから飲んでくれば良かったのに」

 いや、父さん車だし、俺未成年だし。
 そんな母さんたちを放置して、先に風呂に入らせてもらった。
 明日、早いんだよなぁ。並ばなくていいのに、ほとんど始発だよ、やれやれ。
 危うく湯船で寝そうになり溺れかけた。早く布団に入ろう。
 目覚まし時計だけは忘れずに。
 亮太より早く寝たことなんて今までなかったが、この日は布団に入った後の記憶がないくらい、あっという間に寝てしまった。

 で、気がついたら朝だった。あと5分で目覚ましがなる時間だったが、二度寝は怖いのでとりあえず起きる。
 寒い部屋の中、できるだけ素早く身支度をして、家族を起こさないように玄関をでた。
 背中をポンと叩かれる。

 「おはよう」
 「よっ、寝坊しなかったな」
 「失礼な。これがコピー本? 将太さんに今度お礼言わないと」

 美月の口から父さんの名前がでると、昨日の会話を思い出す。
 確かにこんな早朝から出歩く2人って、何も知らない奴が見たら(あや)しむよな、色々な意味で。
 マンションを出たところで、犬の散歩をしている人とすれ違う。

 「坂井くん?」

 驚いて振り返ると、もっと驚いた表情の成田萌香が立ち尽くしていた。

 「あ、えっと、これは•••」
 「お、おはよう。じ、じゃあ」

 俺は急いでこの場を立ち去る成田の後ろ姿を呆然と見送った。

 「洸太、行こうよ」

 美月は知り合いに会ったくらいにしか思ってなさそうだった。
 頭をかきながらどうしようもないので、とりあえず美月に追いついて駅へと向かった。

   +++

 途中、蕩子さんと合流し、国際展示場に着いた。
 今、俺たちはサークル参加者として一般参加者の人の群れを見下ろしていた。
 蕩子さんにいたっては、腰に手をやり仁王立ちだよ。

 「いや~、すごい人の多さだね」
 「夏はただ来ただけでアッチでしたけど、今回はサークル参加なんで入るのは楽ですね」
 「それにしても、美月。まさかコピー本作ってくるとは思わなかったよ」
 「だってコミケ直前にあの話だよ! 爆弾投下、見事成功だよ~」

 そのせいで俺は地獄をみたけどな。
 会場に入り、自分たちの場所に無事届いている同人誌を確認する。

 「じゃあ、準備しちゃおう」

 蕩子さんの指示のおかげで、見本誌やら、おつりの準備やらテキパキと進んだ。

 「夏の時、先輩のを手伝ったからね」

 いやぁ、心強いなぁ。それにひきかえ•••。横を見るとハムスターみたいなのが何かワタワタしていた。
 俺は両手を胸元まであげて、首をふる。

 「まだあわてるような時間じゃない※2」

 さらに蕩子さんが続く。

 「技術も 気力も 体力も 持てるもの全て 全てをこのコートにおいてこよう※3」

 これで気を取り直したのか、美月はすくっと立ち上がって

 「おう、俺は美月。あきらめの悪い女•••※4」

 あぁ、バカ3人組だった•••。
 その後、開始のアナウンスとともに、地響きが近づいてきた。大軍が近づいてくるって、こんな感覚なんだろうな。
 始まってみれば、なんのことはない。時々、見本誌をパラパラと見てくれる人、そして、その半分くらいの人が買ってくれた。美月が情熱と勢いと狂気で作ったコピー本もチラホラと売れていった。
 3人いると楽で、俺も休憩がてら男性向けの区間を見てまわったりした。
 結果、完売とまではいかなかったが

 「善戦、善戦!」

 と蕩子さんは満足していた。
 2人のキャリーバッグはなんだろうと思っていたが、売れ残りを持ち帰る用だったのね。
 正直、クタクタだったが唯一の男手なわけだから弱音をはくわけにもいかない。なんとか帰り支度(じたく)を済ませ駅へと向かったら

 「これ•••、行きよりすごくないですか?」
 「はっはっはーっ、この帰りの混雑までがコミケなのだよ、洸太くん」
 「ごめんよ、まだ僕には帰れる所があるんだ。こんな嬉しいことはない※5」

 はいはい•••。もう2人とも頭おかしい。

 俺はできるだけ座って帰りたかったので、いったん東京駅まで行って始発に乗ろう、と(なか)ば強引に2人をひっぱった。そうしたら2人とも新宿つく前に寝ちまいやんの。
 あらためて、スマホをみる。
 今日は大晦日。
 俺、何やってんだろう。
 今日の朝のことを思い出す。
 成田萌香•••。
 わずか2ヵ月しかつきあわなかった俺の初めての彼女。
 もし、俺がオタクじゃなかったら•••。
 俺の腕に美月が頭をくっつけてきた。
 無意識に俺は笑ってた。
 美月とこんな感じにはなれなかっただろうな。
 俺はそのまま美月を寝させてやった。

   +++

 蕩子さんの降りる駅に着きそうなので、彼女の肩を軽く叩く。間に挟まっている美月が、うーんとか言っているが無視。

 「あ、なんかすごい寝ちゃった?」
 「新宿前からずっと」

 よだれチェックや髪を整えながら降りる準備をする蕩子さんに対して、美月はまだ寝ていた。俺が起こそうとすると蕩子さんは首をふり、俺に笑いかけて、人差し指でしーっとする。
 本当に美人で可愛いよな、たとえオタクでも腐女子でも蕩子さんならOKだという奴、たくさんいると思う。

 「お疲れ様、洸太くん。良いお年を」

 頭を軽く下げて、電車から降りると、蕩子さんはバイバイと手をふる。俺もつられて手をふった。ドアが閉まるとガラス窓に車内が映り、俺のだらしない顔も映っていた。
 恥ずかしさを隠すのに下を向くと、横で俺にもたれかかっていた美月が目をこすりながら起きる。

 「あれぇ? とーこは?」
 「もう、降りたよ」
 「ありゃ、バイバイ言えなかった」
 「ほれ、もうすぐ降りるから目を覚ませ」
 「はぁい」

 どっちが年上だ? って周りから見たら俺の方なんだろうけど•••。モタモタ動いている美月を見かねて、俺は代わりにキャリーバッグのロックを外して、持ち手を伸ばす。車内アナウンスで次が俺たちの降りる駅だとつげられる。

 「もう少しだ、がんばれ」
 「ん!」

 美月が手を差し出す。やれやれ。少し強めでひっぱってやった。

 「うわっ」

 美月の重さは知っていたので、一瞬で立ち上がらせると、ゆっくり床に着地させる。しかし、まだ寝ぼけているのか、俺の胸に顔をボフッとうずめた。

 「いい匂い、LCLの香りがする※6」

 その時、窓ガラスに映った俺たちはバカップルにしか見えなかった。左手にキャリーバッグ、右手は美月とつないでいる。耳が急に熱くなった。
 押しボタン式なので美月があいている方の手で「開く」を押す。
 ドアが開くと美月はつないでいた手をパッと離して駅に降りた。俺も後を追うように降りたが、美月とつないでいた手だけが冷たく感じた。
 自分の手をみる。一瞬、父さんの言葉を思い出すが、鼻で笑って流した。
 まさか!

   +++

 美月の家までバッグを運んでやると、麻由さんが迎え入れてくれた。こうしてあらためて見ると麻由さんも相当若く見える。

 「おかえりー。寒い中、おつとめご苦労様でした。うちのバカ娘の面倒、大変だったでしょ?」
 「ええ、まぁ•••」

 疲れていたせいか、思わず本音を言ってしまったが、麻由さんは笑って聞き流してくれた。当の本人は頬をふくらませているが。

 「こ~た~、お帰り~」

 キッチンから顔だけ出した母さんが缶チューハイ片手にカラカラと笑っていた。

 「ただいま。父さんと亮太は?」
 「亮太は眠くてダウン。お父さんはその付き添いで帰っちゃった」

 くさっ! 何時から飲んでるんだよ?

 「ま、ま、腹へったろ? いっぱい食べてけ!」
 「うちで一旦(いったん)風呂入ってくる! 寒くてかなわん。また来るから」
 「洸太、今日、ありがとうね」

 美月が手をふる。

 「お前も早く暖まれ。風邪ひくぞ。また来るから」

 美月ん()の玄関を出て、自分の顔に手をやる。熱い? なんなんだ?
 考えてもわからなかったんで、トットと風呂に入ることにした。



※1 サーバントxサービス12話より
※2 スラムダンク19巻より
※3 スラムダンク26巻より
※4 スラムダンク28巻より
※5 ファーストガンダム43話より
※6 エヴァンゲリヲン新劇場版破より

8話 無自覚症状と強制的自覚

 風呂で(あたた)まった俺は再び中井家を訪れた。
 美月も出たばかりらしく、髪をタオルで巻いている。

 「よーし、みんなそろったな。じゃあ、ゲーム大会だーっ」

 母さんは、大晦日には酔っ払いながら家族とトランプや花札、UNOをやるもんだと思っているらしく、この人に育てられた俺もそう思っている。
 母さんたちのツマミをもらいながら腹を満たして、花札総当たり戦、UNO、大貧民、ポーカーとやりたおしたところで、そろそろ紅白も結果が出る時間になっていた。

 「じゃあ、お蕎麦作るね」

 美月が台所に立っている。なんかイメージと違うというか、はっきり言って心配だった。
 蕎麦を先に茹でておくのが、坂井家流で、前に友だちに言ったら驚かれた。でも、この方がすぐにできるし、食べ慣れているからかもしれないけど、蕎麦もこれはこれで美味しい。
 ツユも鶏肉や椎茸からいいダシが出てそうだ。

 「洸太、運ぶの手伝って」

 俺と美月が運んでいる最中に、大人はテーブルをきれいにしていた。
 美月が最後、揚げ玉と七味も持ってきてくれる。

 「いただきまーす!」
 「うまーい」
 「七味かして」
 「私も入れる」

 4人が蕎麦を(すす)る音とともに、除夜の鐘が聞こえていた。
 テレビからカウントダウンの声が流れる。
 そして、新年となった。

 「明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします」

 互いに言い合う。
 母さんは伸びをして立ち上がると

 「それじゃあ、ちゃちゃっと片付けますか」

 母さんはテーブルに散らかったお菓子やグラスを片付け、美月と麻由さんは(うつわ)やグラスを水で流して食洗機に入れている。
 俺はそれらを見ているだけだった。母さんもあっという間に片付け終わると、麻由さんと美月に

 「おじゃましました~」

 と言って帰ろうとした。
 俺も母さんの後ろについて帰ろうとした時、麻由さんが呼び止めて

 「ねぇ、洸太くん。美月と初詣にでも行ってきたら?」
 「あら、いいわね。寒いけど、お風呂つけとくから行ってくれば?」

 母さんまで入ってきた。
 マジか? 朝、早かったし、蕎麦は毎年のことだから付き合ったけど。それに美月ももう限界だろう。

 「あ、行きたい!」

 お前•••。まさか美月が行きたいなんて言うとは思わなかった。
 俺は美月を手で招く。

 「なにが目的だ?」
 「えへへへ、資料写真」

 そんなことだと思った。3対1では勝てるわけがない。やれやれ。
 そうと決まれば完全防寒だ。一度部屋に戻って換装する。一応携帯カイロもしのばせて、玄関で美月を待っていたら。
 あらわれたのは、いつものちんちくりんの美月ではなかった。

 「ちょっと大きいけど(あたた)かいから着てけってお母さんが。へん?」
 「いや、大丈夫だ。じゃあ、行くぞ」

 麻由さんのコートを羽織った美月は大人っぽく見えた。モコモコブーツにも合っていて、髪を下ろすと背が小さいからか、かなり長く見える。
 な、なんだよ、これ。まるでデートじゃあねーか!

 「洸太?」
 「い、いやぁ、やっぱ夜だと全然寒さが違うな~」
 「うん。でも、このコート、風を通さない。ATフィールド全開!※1」
 「そう、君達リリンはそう呼んでるね。 何人にも侵されざる聖なる領域、心の光※2」
 「へくちっ!」
 「ATフィールド効いてねーっ!」
 「ご~だ、てっし、ない•••」

 なんなんだ、この小動物は! ポケットティッシュを渡すと、ぷい~っと鼻をかむ。

 「こんな真夜中なのに、人多いね」
 「歩きながらの撮影は危険です」

 さっそく撮り始めた美月の頭をぽふっとたたく。
 (うら)めしそうに俺を見上げるが、しぶしぶという感じで美月は言うことを聞いた。
 神社に近づくにしたがって、屋台の光も増えてきた。服をひっぱって俺を止めると、美月はその屋台の光景をカメラに(おさ)める。

 「何か買いたいもの、あるか?」
 「うーん、いいや」

 どうやら美月は本当に資料写真のためだけに来たみたいだ。鳥居をくぐって参拝の列に並ぶ。

 「なんかカップル多いね」

 淡々と言う美月を俺は思わずジト目で見る。

 「そーですね」
 「ん? どした?」
 「いーえ、べつに」
 「な、なんだよー」

 なんだよは、こっちだよ。完全に弟扱いのままじゃねーか!
 •••あれ?
 なんで俺、こんなに怒っているんだ?
 そうこうしている時も、ちょこちょこと列は進み、もう少しで俺たちの番だった。

 「洸太は何をお願いするの、ってやっぱり脱オタ?」

 そうだ! って言ってやりたかったけど、なんでかわからなかったが言えなかった。そのかわり

 「美月は俺がオタクやめても平気なのかよ?」
 「••••••。そっか、そう言われると。洸太、オタクやめないで、ね」

 はぁ、と真っ白なため息をつく。そこに突然、俺の名前を呼ぶ声が割って入ってきた。

 「坂井くん」

 後ろを振り向くと、成田萌香が立っていた。驚いて声も出ない俺に成田が話しかけてくる。

 「明けましておめでとう」

 な、なんだ? 少し怒ったような口調に聞こえた。横を見ると美月は知らんぷりを決めこんでやがる。

 「お、おう。おめでとう。こんなとこで会うなんて奇遇だな」
 「お父さんたちとはぐれて、スマホ忘れて、参拝してないけど帰ろうと思ったら、坂井くんが見えたから」

 一気に自分の事情を言いきると成田は無関係者を装っている美月を一度見て、再び俺の方に顔を向けると

 「坂井くんは?」
 「お、俺は•••」

 おい、美月! てめぇ、こっち向いてうまい言い訳でもしやがれ!
 ••••••。
 前を向いたままだよ。あー、もう正直に言うしかねぇ!
 俺が口を開こうとした瞬間、成田の方から話しかけてきた。

 「となりにいるの、坂井くんの彼女?」
 「ち、違うよ! こいつは隣に住んでいる幼なじみで•••」

 美月の肩をグルンとまわして、成田と対面させる。

 「あ、あの•••」

 アワアワする美月。

 「ごめんなさい。私、勝手に彼女さんかと。あ、私、坂井くんと同級生の成田萌香っていいます」
 「な、中井美月っす」

 なんで先輩に自己紹介する後輩みたいになってんだよ。それにしてもなんなんだ? この状況は?

 「そんなに動揺しないでよ」

 成田に図星をつかれて、恥ずかしくなる。

 「実は結構前から後ろにいたんだよ?」
 「え? マジ? なんですぐに声かけないんだよ?」
 「だって、さっきも言ったでしょ? 坂井くんの後ろに追いついたら、隣が女の子だったんだもん。気をつかったんです、これでも」
 「ち、ちょっと待って。結構前ってどれくらいから?」
 「うーん、洸太は何をお願いするの? あたり?」

 マジ、勘弁してくれ。美月を見ると、今度は顧問にいつ怒られるかドキドキしている負け試合後の選手みたいだった。
 すると、成田は手を合わせて謝る。

 「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、坂井くんがオタクやめるとか話していたから、それって私のせいなのかな、とか思っちゃって」

 なんて言えばいいか混乱していたら、参拝の順番きちゃうし!
 全く頭の整理がつかなかったので、家族の健康と勉強がさらにできるようにお願いした。
 2人もお願いを済ませて、やっと行列から解放される。

 「坂井くんのおかげで参拝もできたし、帰ろっか?」
 「そ、そうだな」

 横を歩く美月を見て、まだ撮りたかったかなぁ、と心配してしまう。
 今日か明日、また美月に付き合おう。
 一方、成田はというと、俺と付き合い始めた頃みたいに、話しかけてくる。

 「ね、知ってる? 坂井くんて体育祭の時、運動部じゃないのにリレーで活躍したでしょ。あれでね、1年女子の間で人気が上がったんだよ」
 「え、そうなの?」
 「あと、ものすごい年上美人とアキバデートしたって噂がウチらの学年中でひろまったんだよ! 坂井くん、しばらく時の人だったんだから」

 学年中? あんな噂が?

 「マ、マジで? でもあれは全然違うから!」
 「あーあ、失敗したかなぁ、私」

 成田の言葉にドキッとする。

 「中井先輩(・・・・)、坂井くんて意外にモテるんですよ? 知ってました?」
 「ヘ、ヘェー、ソーナンダ」

 あれ? 成田に美月が年上だって言ったっけ?
 俺の表情を見て成田が笑いかける。

 「私たち、小学校一緒だったの覚えてます? 実は学校の宿題を班でやったとき、坂井くん()にみんなで行って、その時に少しですけど話もしたんですよ?」

 そうだったっけ? そんなこともあったような、なかったような。と話しているうちに、俺と美月のマンションに着いた。では、ここでバイバーイとしようとしたら

 「悪いんだけど坂井くん、私ん()まで送ってくれない?」

 な、なんですとーっ? 美月を見ると激しくウンウンいっている。

 「そうだな、真夜中だし危ないもんな」

 美月がマンションに入っていくのを見届ける。
 で、俺をフった女子を家に送るのか•••。シュールだなぁ。

 「ごめんネ、坂井くん」
 「いや、気にすんなよ、実際女の子1人じゃ危ないし」
 「実はね、家族とはぐれたっていうの、ウソなんだ」
 「へ?」
 「坂井くんを見つけて、友だちがいたからって、自分から離れたの。スマホも持ってるし」
 「な、なんでそんなこと」
 「私、まだ坂井くんに言ってないことがあって。なのに感情的に、一方的に別れちゃって」
 「えっと、なにか俺に話があるってこと?」

 成田は(うなず)くと立ち止まった。

 「私ね、坂井くんのこと、小5の時から好きだったんだよ。6年になっても一緒のクラスになれて、すごく嬉しかったんだ」

 黙って俺は成田の話を聞いた。

 「でも、その頃からなんかおかしい、というか変わったような気がして。で、さっき坂井くんの家に行ったって話したでしょ? その時にわかったの。坂井くん、6年くらいからアニメやマンガのことばっか話すようになって、きっと好きになったんだなぁって思っていたら」

 成田は一度深呼吸をしてから、話を続けた。

 「坂井くんがアニメやマンガを好きになったのは、全部あの人のせいなんだって。坂井くん、あの人と話す時、すごく自然な感じで見たことない顔、いっぱいしていたんだよ? だから私、1回坂井くんのこと、(あきら)めたんだ」

 成田が俺のこと、そんな前から好きだったなんて知らなかったし、それに1回諦めた?

 「でもね、中学生になった時、また一緒のクラスになって。諦めようとしても、どうしても坂井くんのこと見ちゃって。それでバレンタインの時、ダメもとで告白したんだよ。知らなかったでしょ?」

 俺は(うなず)く。顔が熱い。たぶん俺、真っ赤だ。
 でも、じゃあなんで? って、そうか。俺がオタクだからか•••。

 「坂井くんに付き合うって言われて、私、すごく嬉しかったんだよ。でもね、私と話しても、一緒に遊んでも、坂井くん、あの人と一緒にいるときより自然じゃないし、楽しそうでもなくて•••」

 なに? え? 成田、今、なんて言った?

 「え? じ、じゃあ、俺をフったのって、オタクのせいじゃなくて、美月のせい、なの?」

 頷く成田。

 「坂井くん、私と別れたあと、学校で噂になるし、まさかって所で会っちゃうし。もー、いーかげんにして!って感じだったんだから」

 頭をかく。

 「そんなこと言われても•••」
 「わかってるよ! 坂井くんのせいじゃないことぐらい。それでね、ここからが本題なんだけど•••」

 ゴクリ•••。

 「中井先輩、坂井くんのこと、恋愛対象として見てないよ?」

 俺の全身を電気が駆け抜けた。

 「そ、そんなの•••、俺だって美月のこと、そんな風に考えたことないし」

 そこから言葉が続かない。
 成田が首を振った。

 「私は坂井くんのこと、今でも好き。ただ、坂井くんがあの人への気持ちに自分で気づいてないなら、私、坂井くんに告白もできないよ•••」

 成田は涙ぐみながら、俺を真っ直ぐ見てくる。
 でも、情けないが、今すぐにこたえることができない。

 「成田、俺、考えてみる。おまえの真剣さはわかったから。自分の中で答えが出たら、必ず言うよ」

 泣きながら頷く成田に今の俺は何もしてやれなかった。



※1 エヴァンゲリオン12話より
※2 エヴァンゲリオン24話より

年上の幼なじみがオタクで頭が痛い 7,8話

9話は、お悩み相談とその答え
10話は、幼なじみとマジデート の2話です。

年上の幼なじみがオタクで頭が痛い 7,8話

中学生男子が幼なじみでオタクの女子高校生にふりまわされるお話です。 2人とも、まったくお互いを異性としては見ていなかったところから、気持ちに変化が訪れる1年間を書きました。 できるだけたくさんの人に読んでもらえたら、嬉しいです。 よろしくお願いします。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-27

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 7話 父の心配と無自覚症状
  2. 8話 無自覚症状と強制的自覚