あなたに会えて、───よかった。
もう、別れてしまったけれど。
それは、全然、お互いが嫌いになったわけでも、うんざりしちゃったわけでもなかったから。
あたしはあなたに会えて、本当に良かったと思っているんだ。
あなたとは、突然知り合った。まさか喫茶店で、声をかけられるなんて思いもしなかった。あなたは緊張していて、真っ赤になっていたよね。
落としましたよって、渡してくれたキーホルダーは、あたしのじゃなかった。
「あたしのじゃないです」
そこから始まるのが、恋だなんて───あたしには予測できやしなかったから。
「当たり前、なんです…」
「は?」
「このキーホルダーが、あなたのものでないのは…」
「え?ん?え?意味…はい?」
あたしはすっかり混乱していた。なんじゃそれは。大丈夫かな、この人。
「───僕からの、・・・プレゼントなんでっ!」
あなたはそう言って、真っ赤になりながら喫茶店を逃げ出していったよね。先に会計まで済ませていたんだって知ったときには、びっくりした。渡す気満々だったんだね。
カオも知らない、男の人にキーホルダーをプレゼントされたあたしは、昨日のできごとがどうしても夢としか思えなくて、次の日も喫茶店に行きました。かわいいパンダのキーホルダーは嬉しくて、かばんにつけていました。
次の日も、あたしは隅っこの席にその人を見つけたんです。連れの方を待っている感じでもなかったので、あたしは向かいの席にお邪魔しました。スポーツ新聞を読んでいたあなたは、向いに腰を下ろしたあたしを見て、すごく焦ってましたね。また、真っ赤になって。
「あ、あわわわ…。昨日は、すみません!」
「ああ‥謝ることでもないですよ。なかなかキーホルダー気に入っちゃいましたし、ね」
あたしはかばんにつけたキーホルダーを見せてはにかんだ。
「あ、ありがとうございます。…えと…一目ぼれを、して、しまっ…て…」
舌を噛んで痛そうにしながら、それでも一生懸命告白してくれたあなたを、あたしが愛さないと思いますか。
即座にokしてしまった。 そこからはとんとん拍子に結婚して、落ち着いた生活を送ってたよね。
だけどあなたの会社は残酷。海外赴任を言い渡してきたのよ。
単身赴任。
そんなの。 帰ってこない。 5年も離れているなんて、つらいよ。
あたしとあなたは話し合って、一つの結論にたどり着いた。こんなつらい思い、するぐらいなら別れようって。
遠距離恋愛なんて、───つらすぎて。
5年たった今、あなたはどこで、なにをしていますか。
あたしのことを少しでも思い出してくれていますか。
どこかで会えたなら、もう一度会えたなら───
そう考えてしまうのは、ぜいたくだよね。
あなたにもう二度と会えないとしても。
あなたがあたしをもう二度と思い出すことがなかったとしても。
あたしはあなたに、───会えてよかったです。
あなたに会えて、───よかった。