パソコンピーポー

「あの」
あたしは話しかけた。
───つもりだった。だけどそのおじいさんは、振り向きもしなかった。耳が遠いのか、それともあたしがまさか話しかけてくるとは思わなかったのか。
「あの…」
肝は小さいが負けずぎらいなあたしは、懲りずにおじいさんに話しかけた。
「なんですか」
今度は聞こえたようだ。おじいさんは食べていたおにぎりから口を離すと、こちらを見た。顔色がよろしくない。
「ここはどこですか?」
「はあ?」
…あたしにだって、どうして自分のいる場所が分からないのか、分からないのだ。とにかく、ここがどこか教えてもらわなくちゃ困る。SF的な展開は全く希望しない。
 ここがどこなのか。それだけ、教えてください。
「ここは…パソコンの中じゃけど。」
「へえ、そうなんですか。…って、ええ!?」
普通に言われて普通に納得してしまった自分は馬鹿だ。大馬鹿だ。パソコンの中!?
 あたしはまわりを見渡した。沢山の書類、その山につけられた沢山の付箋。なんだ?ここは…
「あんたが、噂の」
噂?なんの話だ。
「パソコンガールか」
違うから!!はい!!全く違いますよ!!どっからどう見ても普通の人間でしょ。なにがパソコンガールよ。パソコンの中に入ったのなんて初めてなんですけど。
「噂になっておるぞ。パソコンピーポーにも、女の子が来た、ってな」
「…なんですかそのパソコンピーポーってのは」
「わしじゃ」
「他には?」
「わしだけじゃが。なにか?」
「いや…なにか?って…」
パソコンピーポーが噂してるって言ったじゃないか。じいさんが思ったことじゃ、噂って言わないでしょ。
「あたし、どうすれば出られるんでしょうか」
「出る、だって!?出られないに決まってるじゃないか。ここで、パソコンの仕事をするんだ」
「出られない!!??ていうか、パソコンの仕事ってなんですか」
近くにおいてあったコーヒーを一口含む。気を落ち着かせたい。さっきから心臓に悪いことばかりだ。
おじいさんはあたしがコーヒーを飲むのを見て、顔をほころばせた。…なんだ?…嫌な予感がする。
「女の子と間接キスしたのなんて初めてじゃ!!!興奮するのう!!!」
「げええええ!あたしだって男と間接キスするのなんて初めてですよ!うわ!初キスがおじいさんなんて…あたしの人生終わった…」
「大丈夫じゃよ。どうせ現実世界には戻れやしないんじゃから、安心しなさい。
……………全然なぐさめになってない。

あたしはその日から、コンピューターとして働いた。コンピューターの中で人が働いていたなんて知らなかったけど、なかなか大変な仕事だ。検索された言葉を辞書で調べて意味を表示して、検索されたブログやサイトを書類から探し出して表示する。そこに表示するよう頼まれている広告も漏れなく出さなくてはならない。

やりがいはある。

単調でつまらなかった会社生活とは、これでおさらばだ。
そう考えると、ここの生活も悪くない。
いつかイケメン青年がパソコンピーポーとしてパソコンの中に入ってきてくれることを心待ちにしながら、あたしは意外にも、現実世界より幸せに暮らした。

パソコンピーポー

パソコンピーポー

あたしは──パソコンの中に、入ってしまったのだ……

  • 小説
  • 掌編
  • SF
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-24

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