年上の幼なじみがオタクで頭が痛い 3,4話
3話は、洸太が深みにはまっていくお話です。
4話は、あの人が一瞬、再登場します。
3話 成績向上と同人誌作りの関係性
美月の家庭教師のおかげで中間、期末も無事乗り越え、一学期は俺も母さんもいい意味で驚く通知表だった。
「美月ちゃん、本当にありがとうね。洸太がこんな通知表持ってきたの初めてよ!」
「いえ、洸太くんが頑張ったからですよ」
こちらを向いてメガネを光らせる美月。
器用だな。
「これ、少ないけど」
「そんな、いいです。最初からそんなつもりありませんでしたから」
「だめよ、期待以上の結果を出してくれたんだもの。これでカワイイ服でも買って、ね!」
カワイイという単語にピクッとなる。ゴールデンウイークの箱根旅行以来、ふとした瞬間に美月の浴衣姿がチラつくようになってしまった。
ちなみにあの後、おいしかったであろう食事も卓球大会をした記憶もほとんどない。ただ、なかなか寝付けなかったことは覚えていた。翌日はいつもの美月に戻っていたこともあり、多少ギクシャクする時はあったが、徐々に平常運転になっていった。
「あの•••そのかわりと言ってはなんですが、洸太くんにお願いがありまして」
「あら、なぁに? なんでも言って。ねぇ、こ~た?」
母さんが流し目で俺を見る。
ああ、誰か鏡の盾、持ってきて! 石にされちゃう!
「いえ、課題の手伝いをお願いできれば、と」
「洸太にできることなの?」
「慣れれば洸太くんなら大丈夫ですよ」
「わかったわね! 洸太!」
「•••あい」
力なく返事をする俺をひきずるように中井家へと引っ張る美月だった。母さんから、後で渡しといて、といわれてバイト代の入った袋も預かる。
ちっ、行くしかねぇな••••••。
+++
「あの•••美月さん。課題って、これ?」
俺が指差す先には、スキャナーやら原稿用紙やら、鉛筆、消しゴム、定規などなど•••。
パソコン画面にはマンガの原稿らしきものが表示されている。
「み~つ~き~!」
「消しゴムとスキャナー取り込みと、できたらPCで背景やトーン貼りも」
「待て待て待てぇ~い!」
「なに?」
「何をやっている?」
「同人誌作り」
思わず膝をついてしまった。ガクーンってやつだ。
「つまり中学2年の俺に、脱オタを目指している俺に••••••。ある意味ゴールみたいな同人誌作成までしろと?」
「洸太、同人誌作成はゴールなんかじゃないよ。スタートラインにやっと立ったとこなんだよ!」
美月の細い目を見る。
マジ?
マジ!
「いやだぁ~、絶対やだ~!」
「お願いぃ! 助けて! ね、ね!」
帰ろうとする俺の足にしがみついてくる美月をなんとか振り払う。
捨て猫のような目で俺を見る美月。
「これ、母さんから。その•••勉強、ありがとうな」
バイト代の入った袋を置いて背を向ける。
「こぉたぁ~•••」
俺の足が急に重くなる。
なんだ、同人誌作成に興味があるのか?
ノーだ。脱オタ目指しているんだぞ。あってはいけないことだ。
じゃあ美月がかわいそうだから?
ノー。全然かわいそくねぇ。そもそも脱オタの前にこいつのせいでオタクになっちまったんだぞ。
振り返ると涙目の美月が見ている。
それなら•••。2学期以降も成績を維持するため、今後も家庭教師を続けてもらうのに、良好な関係を作るためなら手伝うか?
答えは••••••。
イエスだ。※1
俺は踵をかえした。
心の奥にあるもう1つの感情には無意識で気づかないようにしながら。
+++
「で、なんでいきなり同人誌なんか作っているんだ?」
「いきなりじゃないよ~。前から描いてたもん」
「もん、じゃねぇ。そうじゃなくって、どうやってお前が描く同人誌を世間に出すんだ?」
「私、漫画部じゃん」
「初耳です」
「で、先輩が夏コミに当選したから委託販売してもらおうって蕩子が言ってきたの」
「•••お前、勉強以外バカだろう」
「な、失礼な•••」
「ま、いいや。その蕩子さんとやらに誘われて同人誌を作ることになったと」
「そうそう」
「で、その同人誌を漫画部だっけ? そこの先輩に委託して売ってもらうと」
「なんだ、洸太、わかってるじゃん」
ため息をついた後、漏れ出たエネルギーは無視して、気を取り直す。
「さて、夏コミってお盆だよな?」
「そうだよ」
「もう7月の最終週になるな」
「そうだねぇ」
「実質2週間ちょいしかない気がするんだが?」
「そうかも」
「••••••」
ガクーンとなる。
「お前、やっぱ勉強以外バカだ!」
「にゃにおー! あ、いたい、それ痛い~」
ギリギリギリ•••。
俺のイライラが安全値になったので、美月をアイアンクローから解放してやった。
美月は頭を抑えてプルプルしている。
「じゃあ、美月先生。やるぞ!」
先生と言われたからか、メガネをキラーンとさせて復活すると、ほぼ平らな胸を反らせて手を横に振り払う。
「よし、ではアシスタントくん、頑張りたまえ! って、だからいたい、いたい、いたい•••」
あの浴衣美人がこんなチンチクリンなんて•••。
俺に顔を鷲掴みされてジタバタしているよ。
幸せが逃げようが、ため息をつくしか選択肢はなかった。
+++
スキャナー取り込みやPCでのベタ系作業は全て俺がやり、美月先生は原稿とペン入れ、背景に集中した。
残り数ページってとこまできたが、もうとっくに入稿期限は過ぎていて、割増の期限まで見え始めている。
「美月先生、残りは鉛筆でいくしかねーだろ、な?」
美月は悔しそうに黙っている。
「初めてで、ここまでやれりゃあすげーよ!」
「••••••」
「その蕩子さんて人にも迷惑かけるわけにはいかねぇだろ?」
「•••わかった」
残り作業を確認して、粛々と処理していく。
美月が最後、データを印刷会社に送信して、その報告メールを蕩子さんに送る。
夜中の1時をまわっていた。
「洸太•••。終わったよ」
「お疲れ様です。美月先生」
「•••ちょっと悔しいけど•••、もう、眠くて•••限界•••」
「待て、こんなところで寝るな!」
倒れる美月を支えると、もう寝息をたてていた。
すぐ横にベッドがあるってのに。
••••••。
し、仕方ねーよな。
心の中で言い訳した後、美月をお姫様抱っこする。
軽っ!
なんとかベッドに転がして、スースーいっている美月の寝顔を見ていた。
落書きでもしてやろうかな•••。
熱くなった顔をごまかすように、そんなことを考える。
立ち上がって、一度伸びをすると、窓から自分の部屋に戻った。
+++
コミックマーケット2日目。
俺と美月は自分たちが作った(ちょっとHな)同人誌を見に国際展示場まで来ていた。
中2で夏コミデビューだよ•••。
これは汗だよな。
灼熱の空を仰ぎ見て自分に言い聞かせながら、恐ろしいほどの人波を進んでいった。
油断すると埋没する美月対策として、犬のリードよろしくタオルの端をお互い持って移動する。
目的のブースにたどり着いた時には2人とも汗だくだった。
途端に俺は後悔する。
なんで気づかなかったんだ。女しかいねぇよ!
あたふたする俺に全く気づかず美月は声をかける。
「お疲れ様で~す」
「おぅ、中井ちゃん。来てくれたんだ」
「いやぁ、やっぱ自分たちの出した本がどんな感じか気になりますからねぇ」
「蕩子ちゃん、中井ちゃんが来たよ!」
しゃがんで作業していた人影が先輩らしき人に声をかけられて振り返る。
メガネ率100パーセントだと思ったら、この人は違った。
って言うより、なんかものすごい美人じゃねぇか?
「美月、来たんだ! 何冊か売れたよ!」
「マジか? やった! ね、売れたって!」
話しかけてきやがった。
この俺の一般人演技を無駄にしやがって。
「なになに! 中井ちゃんの彼氏?」
「違いますよ。隣りの幼なじみで同人誌手伝ってもらったので、一緒に来たんですよ」
「あやしいなぁ、本当に~?」
「蕩子には言ってたよね。手伝ってもらっているって」
美人さんが俺を上から下から見まわしてくる。
「えっと、じゃあ男の人にこれ手伝わせたの?」
「うん。洸太、中2のくせにPC作業、私より速くて」
「ち、ちょっと待て。ち、中2?」
「だよね~」
俺は顔の上半分を手でおおう。
蕩子さんたちの俺を見る目がだんだん変わっていく。
「美月、あんた中学男子にこの同人誌作るの手伝わせたの?」
「大丈夫! 洸太がちっちゃい頃から色んなの読ませてるから、ね?」
気のせいか、暑さがひいていく•••。
ですよねぇ、俺も思ってはいたんですよ? これ中学生が、男子が手にとってていいの? みたいな。でも、なんか美月の勢いに流されて•••。
なんか、すみません。
+++
「さあ、反省会だ」
その日の夜、クーラーのよく効いた美月の部屋で、俺は今、仁王立ちで美月の前にいる。
「どうして、こんなことになった?」
「はい。洸太がもっと早く手伝ってくれてれば良かったと思いま•••って、暴力反対!」
俺が指をワキワキさせながら美月の頭を狙うと、美月はエビのような素早さでバックダッシュした。
ちっ、学習しやがって。
「そうじゃない。なぜ、俺がお婿さんとして、お前にもらわれなければならないんだ?」
「あぁ、そっち? なんか皆が言うには健全な中学男子を汚したから責任とれって。そんな、ねぇ。洸太もともと汚れてるって。それに手をだすなら小学•••」
まずっ、と口を慌てて抑える美月。
「いたいいたいいたい、それ本当にいたいからヤダーッ!」
美月の側頭部を拳でひとしきりグリグリとした後、はぁ、とため息をつく。
「とにかく。俺は今後、お前の同人活動には一切手を出さないからな!」
「え~、困るよぉ。目標は、目指せ、シャッター前!なんだから。一応アシとして期待はしているんだぞ•••って、だから暴力反対だってば~」
似たようなやり取りを何回か繰り返した後•••。
「じゃあ、美月1人で同人誌を完成させるには、なにが必要なんだ?」
「時間」
「つくれ」
「機材」
「買え」
「アシスタント」
「雇え」
「ひ~ど~い~よ~! 助けてよ~!」
美月イジメは楽しい。
ただ、イジメ過ぎても頭がいいので報復が怖い。
ここが交換条件を出すタイミングだ、と俺は判断した。
「わかった。じゃあ、できる限りだが協力しよう。ただし!」
「ただし?」
「亮太の身の安全の保証が条件だ」
「••••••」
考えるんじゃねーよ!
半分冗談だったんだが、マジか?
「わかったよ。で、どこらへんまでならOKなの?」
あ、なんか頭が痛くなってきた•••。
「それに関しては、また後日詳細を打ち合わせするとして」
「政治家か!」
「••••••。機材って、美月持っているじゃん」
「これら一式、蕩子のなの。それを借りてて」
「うーん•••、そうだ。母さんからもらったバイト代があるじゃんか!」
美月が振り返ると、パンパンになった紙袋やバッグがある。
「なに? つかっちゃったの?」
「えへ。••••••。あ、いや、怒らないで!」
拳をおさめて考える。確か父さんが夏休みに時間があったら手伝って欲しい、みたいなこと言ってたな。
美月に聞いてみたら。
「やるやる!」
と二つ返事だった。
俺の家庭教師のバイトもあるし、なんとかなるだろう。
後はアシスタントだけど、これは俺がやるしかねーか。
やれやれだぜ。※2
※1 恋物語の貝木自問自答より
※2 ジョジョの奇妙な冒険より空条承太郎の口癖
4話 小学校運動会とショタのシンクロ率
父さんに美月がアルバイトしたいと話したら、是非に、とのこと。
仕事の内容は父さんが勤めている会社が移転することになり、この機に紙の書類をPCに入力して電子化しようというものだった。
今日の美月は日中、父さんのところでバイトして、夜は俺と亮太の夏休みの宿題を見てくれている。
「洸太、ここはもう1人で大丈夫だよね。それじゃあ、亮太きゅん、わからないとこ、あるかなぁ?」
自分の宿題もしつつ、美月のセクハラにも目を光らせていなければならない俺って。
音も気配も身体の上下動もなく移動する美月。
亮太の背後から近づく美月のそれは、変態のそれと同じか、それ以上の何かだった。
亮太、逃げてーっ!
「はい、ダウト! 離れろ!」
「え~、これもダメなのぉ? 亮太きゅんは私の癒やしなんだよーっ!」
背後から抱きつくことがOKなら、お前の中でのアウトは何なんだ!
俺はジト目で美月を見る。
それを受けて美月はニヤッと笑った。
頼むから犯罪だけはしてくれるなよ。
「•••美月、バイトはどうなんだよ?」
「んー、超簡単。私、オンラインゲーでブラインドタッチなれてるから」
父さんも美月の仕事っぷりは褒めていた。そのことを伝えると。
「え? 本当? うれしい!」
あら? てっきり自慢スイッチ押したと思ったが、美月はそれこそ、見た目通り子どものように照れている。
俺があれ~?と首を傾けて不思議がっていると
「ウチ、お父さんいないじゃない。だからバイトしているとき、色々優しくしてもらって、なんか、照れるような嬉しいような•••。とにかく、そういうこと!」
美月の意外な表情というか、気持ちを知って、俺の方まで恥ずかしくなる。
「ミー、お父さんいないの、かわいそうだね」
「亮太きゅん! ミー、なぐさめて欲しい!」
ここぞとばかりに亮太の胸にタックルする美月だったが、バカめ、ウチのピュアブラザーをなめるなよ!
「ギュッてしてあげるから•••、ミー、元気出して!」
「おっふ!※1」
鼻をつまみながら、亮太の胸から脱出する。
「っぶねー、鼻血で亮太きゅんの服、汚すとこだった•••」
「ふん、家族どころか極悪犯すらピュアになるほどの純粋さを持っているぞ!※2」
「ぱないの!※3」
弟よ、そんなキラキラした目で兄のこんな姿を見ないでくれ。
+++
色々あった夏休みも過ぎていった。
その夏休みの宿題だけど、今年は去年までと全く違った。
完全に、それも基本的に自分で終わらせられたことなんて今まであったっけ?
小学校の時、工作の宿題で母さんに泣きなら作ってもらったら、とんでもなくクオリティの高い作品でしばらく話題になったことがあったが••••••。
あれはイタかった。将来結婚して自分に子どもができたら、ちゃんと小学生クオリティで手伝ってあげようと誓う。
しかし、今年は違った。
宿題を完璧に提出し、また友人たちにアドバイスまでしてやったぜ。
俺の9月上旬は4月を底打ちに復活するんじゃねーか?という感じだった。
しかし現実はそんなに甘くなく、平日に行われた体育祭では無意味な足の速さを披露しただけで、9月中旬は何の変化もなく過ぎていった。
ただ、恋愛関係じゃないけど、9月が終わる頃には美月先生のおかげで、だいぶ授業についていけるようになったよ。
そして、今はもう10月。
今日は美月の家庭教師の日。
美月はモジモジと亮太になにかと言おうとしている。
「亮太くん、ミー、今度の土曜日、亮太くんの運動会に行って応援したいんだけど•••、いい?」
「ミー、来てくれるの? やったーっ!」
今週の土曜、亮太の小学校で運動会が行われる。
どこでその情報を聞いたんだ?
無邪気に喜ぶ亮太を見る美月の後ろに立つと。
「おい」
「な、なにかな?」
「もし亮太に限らず変なまねしたら•••」
「ゴクリ•••」
「出禁のうえ、今後、亮太の視界に入ることは許さん」
「は、はーい•••」
•••バズーカ砲みたいなカメラとか持ってくんじゃねぇだろうなぁ。
まぁ、ウチの親の目もあるから、そうそう無茶はしてこないだろう。
+++
で、運動会当日。
違和感なく坂井家に溶け込んでいる美月は、家族用スペースに母さんとシートなんか敷いている。
「はい、これ今日のプログラム。それでね•••」
母さんがシートのまん中に本日行われる競技が記載された紙を置くと。
「この、4年生の出し物で家族参加の二人三脚っていうのがあってね」
美月を見るとその表情はとてつもなく真剣だった。
こいつ、まさか•••。
「亮太に言われたんだけど、美月ちゃん。出てくれない?」
キター!
美月はメガネを光らせながらガッツポーズしていた。
まぁ、聴衆の面前で変なこともできないだろう•••。
美月の返事は
「喜んで!」
居酒屋か!
美月と違って何の競技にも参加しない俺は亮太の出る競技以外、秋晴れの空の下、ゴロゴロとしている。
子どもたちの声、いかにも小学校の運動会らしい放送部の応援、意外と最近流行った曲を使っている入退場や競技中のBGM。
亮太は自分たちのクラス席にいるので、美月を監視しなくても大丈夫だった。
ただ、後ろを通る少年たちを見る目が•••。
おいっ! 顔!
むくっと起き上がると俺たち2人だけだった。
美月は歩いている男の子たちを目で追っていて、俺が忍び寄っているのに気づいていない。狙いをすまして無防備なわき腹をツンとつつく。
「ひゃっ! な、ガキか!」
そりゃ、すみませんね。
顔を赤くする美月を無視して
「お前のストライクゾーンってさ、小4以上なのな」
「な、な、なに、なにを言ってるの?」
「いや、だからさ、お前の好みの話なんだけど」
「は、はぁ? 私の好みはお金持ちでスポーツ万能でルックスもよくって学内にファンクラブとかある人だよ!」
「あ~、で、あんまりハァハァするな」
「し、してないし! したことないし!」
はいはい。
父さんと母さんが戻ってきた。
「美月ちゃん、そろそろ行ってくれる?」
「は、はい」
ちらっと俺をにらんで、靴をはく。ちゃんとスニーカーでやんの。
「頑張ってねー!」
俺たちに見送られて美月は集合場所に行った。
「美月ちゃんなら亮太とそんなに変わらないしね」
「確かに」
二人三脚だから、背が釣り合っているほうが有利だろう。それでなるべく身体をくっつけて•••。
そうか、聴衆の面前でセクハラかます気か、あいつ。
やけに真剣だった美月を思いだす。
そして競技が始まり。
「ほら、次、亮太たちよ!」
興奮気味にカメラを構える母さんとかけ声をかける父さん。
あんたらの息子は今、セクハラを受けてますよーっ。
亮太たちがスタートラインに立つ。
他の組み合わせが大人と子どもなのに対して、亮太たちは完璧にシンクロしていた。
互いに手をまわしてギュッと密着し、腰と太ももを寄せて、結ばれた足を一体化させている。
「位置について、よーい•••」
あいつらだけ前傾姿勢だぞ?
どういうこっちゃ?
パーン!
まずスタートダッシュが違った。
他の組がイッチ、ニッ、イッチ、ニッといかにも二人三脚なのに対し、あいつらのは•••。
1・2・1・2と、つまり倍のペースというか、8ビートと16ビートの違いというか、とにかく、チートだった。
「なにあれ?」
「はえーっ!」
まわりをざわつかせながら、他の組をどんどん離していく。
中には頑張るお父さんがいて、完全に子どもの足が浮いている状態で走っていたが、ヤツらの前では無駄なあがきだった。
って、マジでなんなんだ?
あの走りは!
「すごーい! 亮太たちぶっちぎりじゃない!」
盛り上がる両親。
「何人たりとも俺の前は走らせねぇ!※4」
あのバカ•••。
ぶっちぎりのゴールのさいの美月さんのセリフだった。
「いやぁ、我が娘ながらすごいね」
俺と両親が振り返ると美月の母親、母さんの親友でもある麻由さんが立っていた。母さんの話では夜勤明けで目が覚めたら運動会に来ると言っていたそうだ。娘の雄志に驚きながら、俺たちのシートに入ってくる。
「将太さん、洸太くん、こんにちは」
「どうも」
「真美、ごはん、まだ食べてないよね?」
「なに、お昼食べに来たの?」
「へへへ」
さすが美月の母ちゃんだな。
「いやぁ、それにしても、ここは•••」
麻由さんはまわりを見回して、苦笑いを浮かべる。
「これだと美月は辛いのか? それとも嬉しいのか?」
「うーん、亮太でだいぶリハビリしているから大丈夫だと思うけどね」
え? なに? どういうこと?
俺が母さんを見ると。
「ほら、麻由が変なこと言うから洸太が心配しているじゃない」
「い、いえ、僕は•••」
「あぁ、ごめんごめん。たいしたことじゃないから」
たいしたことじゃないの? 本当?
内心は聞きたくて仕方なかったけど、なんとなく気後れしてしまった。
この二人三脚が午前最後の競技で、すぐに亮太と美月が帰ってきた。
「父さん、母さん、1位だったよ!」
「すごく速かったね、亮太くん」
麻由さんが笑顔で亮太の一位を称える。
「こんにちは。ミーがすごかったの! ギュッとされて、全速力で走っていいよって言ってくれて。1人で走っているくらい速かったよ!」
興奮さめやらぬ亮太に対して、ゴールテープを切った勢いはどこにいったのか、美月は水分補給して、やっと落ち着いたおばあちゃんみたいになっていた。
「さぁ、お弁当にしましょう!」
「やったぁ! いただきまーす!」
テンション高い母たちと弟だった。
やっと復活した美月に。
「お疲れ様。すごかったじゃん」
「い、いやぁ、ちょっち無理したわ~」
「ほれ」
手拭き用のウェットティッシュとハシを渡してやる。
「ありがと•••」
「なんだよ」
「なんか洸太、こういうとこ、来るとは思ってなかった」
いや、お前の監視だからね。
そこにどこからともなく。
「亮太、すげーな、お前のお姉ちゃん!」
「なんであんなに速いの?」
なんか、わちゃわちゃと小学生男子がわいてでてきた。
「お姉ちゃんじゃないよ。隣に住んでるんだ!」
友達に注目されて得意になっている亮太、兄の俺から見ても無邪気でかわいい。
大人たちはデレデレの顔になっていた。
美月は•••、女の人も鼻の下、長くなるんだな•••。
俺に現実を教えてくれた美月には悪いが、その放送禁止の顔を亮太に見せるわけにいかなかったので、頭を鷲掴みにするとグリッと亮太がいない方向に向けた。
美月は逆らうように無理やり頭を戻そうとジタバタしている。
「智希、何してんの? 行っちゃうよ!」
亮太とその友だちがじゃれついているところ、外から声をかける人がいた。
聞き覚えが•••。
声の方向を見ると、そこには成田萌花が立っていた。
「坂井くん?」
「成田•••」
まわりを静かにさせた俺たちはその場を取り繕う。
「さ、坂井くんも来てたんだ?」
「あ、うん。弟の応援で」
「じ、じゃあ、私、行くね」
振り返りざま成田の顔が赤くなっていた気がした。
「リ、リア充爆発しろ!」
俺の手の中でもがきながら、美月が呻いていた。
※1 照橋を見た斉木以外の男が思わず言う驚きの声(諸説あり)
※2 35巻セルのセリフより
※3 偽物語の忍野忍のセリフより
※4 Fの赤木軍馬のセリフより
年上の幼なじみがオタクで頭が痛い 3,4話
次回は、 5話 デートの噂とヘビーな事情 と6話 無謀なコピ本と混浴の結果 です。
よろしくお願いします。