赤いライトの住人

赤いライトの住人

 時をさかのぼること数年前、東京は渋谷のズンとはずれにあるスナックで一人の男が水割りを飲んでいた、と想像めされよ。ここでどのような会話がなされたかはこの際問題ではない。兎に角あることないことゲラゲラしゃべりまくり、まださほど出てもいない腹にしこたまアルコールを注ぎ込んで満足げに店を出たことさえ伝えておけば充分である。さて表へ出て半分閉じかかった眠そうな目にゆっくりと腕を近付けながら焦点を合わせ、正常な人間ならすでに温かいフトンの中で楽しい夢でも見ている時刻であることに気づく。そろそろ帰らねば、と男は思い、酔い覚ましもかねて一時間位なら歩くのがよかろう、と決めた。
 はて?それくらい歩いたと思うが一向なつかしのアパートは見えてこない。どうやらあらぬ所を見当違いに進んで来たらしい。元来方向音痴なのを今日ばかりは酒のせいにして、誰も見ているはずもないのにワザワザ困り果てた顔を作り、何気なく横っちょの方に目をやると、遠くにぼんやりとした赤いライトが灯っているのに気づいた。しめた、あそこで暇そうにしている道案内人がいたら相談してみよう、と思い、足もとが多少涼しげなのも一向気にせず、いそいそと赤いライトの所までやって来た。
 「あの~、本町の方角はどっちへ行ったらいいんですか?」。それまで何やら机に向かってさも忙しそうにしていた赤いライトの住人は、「本町?」と言って男に顔を向けるやギョッとした。自分の住んでいる所の方角も判らん阿呆がおるのかと思って驚いたわけではない。それ位のことなら、このミスター都民の味方氏も慣れてござる。そこで驚いたついでに出てきた言葉は「お前、そのかっこうどうしたんだ!」。そう言われて初めて自分の姿をおもむろに眺めたこのひとのいい男は、「あれ!???!」。確かに上は出かけたままの格好らしかった?が、そこから下がまずかった。パンツいっちょうにハダシ。
 人は誰しも初めて知る喜びというものがあると聞きますが、それから数分後にこの男が生まれて初めて白黒ツートンカラーの車に乗せて貰った時には何の喜びも湧いて来ませんでした。という実話があります。誤解めされるな、私のことではない。

赤いライトの住人

赤いライトの住人

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-22

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