ガキの泣き言

法要があった。
まだ若くして川の向こうに移って行かれた方だった。
夭折とは言えないが、世間一般からは早すぎると言われた。

ガキの住む田舎町に一軒の釣具店があった。
その店には、ルアー釣りという外国の釣りをする大人が集まっていた。
そこにガキが一人紛れ込んで、毎日のように涎を垂らさんばかりにショーウインドーを眺めていた。
いつしかその大人たちに『ルアー釣り』に連れて行ってもらえるようになっていた。

アブ、ガルシア、ミッチェル、ハーディー…
ショーウインドーの向こうにしかなかった釣具を持った大人に混ざり
竿はダイワのレーク、リールはオリムピックの150というスピンキャストを持ったガキがいた。
大人たちは、ガキに道糸の結び方からルアーのしゃくり方まで教えてくれた。

ある日曜日、ガキの引くスピンナーに魚が掛かった。
ロッドティップが引き込まれ、水面に波紋が何回も上がった。

憧れのブラックバスだ。

銀色のブレードに赤いストライプと黒いドットのある
フランス製のスピンナーが当たり針だった。

その日からガキはものに憑かれた様に釣り場に通った。
いつしかガキは高校生になり、単車を手に入れた。
バイト代の半分以上が単車に消えるようになったが、
キャリアにはロッドとタックルボックスがあった。


ある休日の朝、ガキは久しぶりに虹鱒を釣りに行く気になった。
今から出れば、有料道路の係員が来る前に抜けられる。
ガキは、単車のスロットルを開けた。


米軍基地の横を抜け、ワインディングロードに入り
雨上がりの道を走り、山の気配が濃くなった頃
バンクさせた単車のフロントタイヤが突如ミューを失った。
今のハイパワーバイクならハイサイドを起こしているかもしれないが、
ガキの単車は無様なガキを放り出し滑り始めた。
クールスの「紫のハイウェー」が聞こえた気がした。

クラッチレバーは折れ、ステップは曲がっていたが何とか走れそうな単車
ふと思ってタックルを見れば、宝物だったカーディナルのフットは折れ、ガルシアのガイドは歪んでいた。


ある日近所にルアーを扱う大きな釣具店が出来た。
そんな頃、ガキは就職で町を離れた。

ある年、帰省するとあの老主人の店は閉まっていた。
それ以来、あの店のことはすっかり忘れていた。


それから何匹もの魚を釣った。
鮮明に思い出せるもの、思い出せないもの
時間は間違いなくたっていった。


ある年、ガキは実家の近くの釣道具屋に行った。
店内をひやかしていると
『ガキ君?!』と声がした。
あの大人達の中の一人のオッサンだった。
『ガキ君は今何をしているの?』

世間話をしつつ飯でもと言いながら近所のファミリーレストランに入った。
四方山話のうちに
『○○さんは、一昨年癌で亡くなって…』
『来週は、法要なんだよ』
『釣具屋のご主人も来る』


翌週、法要が終わり、釣具店の老主人・大人達とガキは食事に行った。
『今は、孫の相手しかしていない楽隠居だよ』
釣具店の老主人は、笑っていた。

食事も終わり、帰る直前に老主人はガキを呼び止めた。
老主人に皺だらけの汚い紙袋を手渡された。
『○○さんからガキ君がくると聞いたんだ』
『ガキ君は、ボーマーが好きだったんだよね』

覚えてくれていた。

『今度、家を立て替えるんだ』
『倉庫を片付けていたらこれが出てきた』
『もうこれも邪魔になるから君が使いなさい』
『あいつらも、もう年でルアー釣りは出来まい』
紙袋の中は、あの頃憧れたルアーが入っていた。
あの頃、オジサンばかりと思っていた方々の年齢を越したガキは泣きたくなった。

ガキは、明日風邪を引くことにした。
とっておきのウイスキーの封を切り、ピューターのショットグラスに注いだ。

ガキの泣き言

ガキの泣き言

ルアーフィッシング黎明期にガキだったオヤジの泣き言

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-07-19

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