短編 会議

短編 会議

会議を通して、人物と物語を動かすということをしたいと思って書き始めました。拙い文章を載せるのは非常に恥ずかしいですが、虎穴に入らずんば虎子を得ずといいますので思い切りました。厳しい意見・ご助言いただければ幸いです。
チャプター2からはほぼ会議とは関係がなくなっているのは、力不足ですご容赦ください。

学級会議(1)

 終礼が終わり、帰り支度をしているときだった。教師が「学級会議をするから、少しみんな席についてくれ。」というのだ。口々に文句を垂れる級友たちに意を介さず教師は続けた。「これはとても大事なことなんだ。よく聞いてくれ。」語気を強める教師に対して、席につきはしたものの口を閉じる気配のない級友たちに辟易しつつ、僕は荷物を鞄に入れる手を止めた。教師は全員が着席したのを確認するように教室を見まわし、黒板に書き始めた。よく聞いてくれと言ったのにだ。 
 教師が黒板に議題を書き、せっかく書いた文字を背にして神妙な顔をする。教師の体がはみ出した数文字からその議題の見当がついたが、僕はなぜそれを学級会議で議論しなくてはならないのかピンと来なかった。しかし、しゃべり続けていた級友たちは閉口したようだった。彼らは常にしゃべっていないと死ぬ病気なのだと僕は思っていたが実はそうではないらしい。
 静まり返った教室で、隣の席の真田君が挙手をした。坊主頭でどこか禍々しい感じのする真田君がビシッと手を挙げているのを見ると、僕は去年の運動会での出来事を思い出す。

 野球部の真田君が開会式で選手宣誓をしているときだった。真田君と中村が全校生徒が整列している中、駆け足で朝礼台の前へ行く。
「宣誓!僕たち(私たちは)正々堂々戦うことを誓います!2年A組 真田!2年E組 中村!」
 最初に異変に気が付いたのは、朝礼台の横に立っていた教師陣だった。ある男性教師は少し(うつむ)き笑いを堪えている、ある若い女性教師はあからさまに嫌な顔をしている。
 その空気を感じ取った前列の生徒たちは異変の正体を探し始める。宣誓を終え、真田達がこちらをくるり向いたとき、彼らは目撃した。ズボンを突き破らんばかりの怒張した真田君の股間を。そのあと、しばらく彼は「バベルの塔」と呼ばれることとなった。

 その真田君が挙手のあと起立して言った。
「先生、試合が近いので部活へ行かせてもらえませんか?おそらく俺はその議題に関係がないと思うんで。」
「だめだ。直接関係していなかろうが、この問題はクラス全体で解決するべきことだ。」少し食い気味に教師が言う。
 真田君は眉間に皺を寄せて乱暴に着席したあと、チッと舌打ちした。
 僕は、真田君のバベルの塔が起立していないことにホッとした。彼があの時何に欲情していたのかはハッキリとわかっていない。ホモセクシャルなのかと、僕は根拠のない邪推している。
「で、誰か心当たりのあるものはいないか。」教師が真田君の態度を流し、教室を見まわすように問いかけた。
 誰も彼もがわれ関せずな態度に、教師はわざとらしく眉をハの字にして見せ欧米人がするかのように両掌を上に向け肩をすくませる。
 僕は彼があのポーズをすると彫刻刀を彼の眉間に突き立てたくなる。誰がどう見ても彼は日本人顔なのだ。
 少しして、誰かが手を挙げた。
「あの・・・」おずおずとしたこの声は、真田君と去年一緒に選手宣誓をしていた中村 千尋(ちず)だ。
 教室の皆が彼女に注目する。
「あの・・・私、昨日塾の帰りに事件現場の近くを通ったんですけど・・・。」そこまで言って彼女は僕のほうをチラリとみる。彼女は、普段からなにかに怯えたように話すのだが、いつも以上に怯えているように見える。
「ト、トーマス君が何か棒みたいなものを持って、足早に駅のほうに行くのを見ました!」
 千尋に集まっていた視線は猛烈に僕の方へ移った。好奇・恐怖・嫌悪・疑念、様々な感情を一気にぶつけられ、僕は困惑した。
「トーマス、中村の言った話は本当か?」教師が僕の方に歩きながら聞いてきた。
 僕の席は、前から三番目の一番廊下側、教師はブリキの兵隊のような動きで徐々に近づいてくる。僕は一度俯いて額を指で掻いた。そして、『俺はなんでも聞いてやるぞ』という気味の悪い面をした教師を見て言った。
「いえ、僕は事件現場には行ったことはないです。多分、見間違いじゃないか?」
 僕は隣にいる腕組みをした真田君の向こうにいる千尋を見た。彼女俯いて答える気はなさそうだ。よく見ると少し震えている。
「どうなんだ、中村。見たのは間違いなくトーマスだったのか?」今度は千尋の方に歩きながら教師は言う。例のブリキのような歩き方をしている。
 彼女はコクリと首を縦に振った。
「ふむ。」とつぶやき、教師は右手で顎を触りながら千尋の席の横で何かを考えている。
 いつもうるさい馬鹿女三人が千尋の前の席でなにやらごにょごにょと話始めたのを皮切りに、教室は(ざわ)めき始めた。
「千尋、それは何時ごろの話なんだ?」僕は煮え切らない教師に代わって大きな声で聞いた。
 ビクッと彼女は体を震わせ、おずおずと僕の方を向いた。
「そんな大きい声出さないでよ!!こんなに怯えて可哀そうでしょっ!!」馬鹿女一号こと細川がしゃしゃり出てくる。
 僕は彼女をキッと(にら)みつけた。いつも千尋にぞんざいな扱いをしている癖に善人面で言いやがって、絞め殺すぞ!口には出さないが、僕は本当にそう思った。
「夜八時くらい・・・。」喧騒とした教室で千尋は答えた。
「昨日のその時間なら、僕はたしかモールにあるレンタル屋にいた。」僕は細川の方を睨め付けたまま低い声で答えた。細川は「やだー。こわーい。」とかほざいている。
 バンッ!!と机を叩く音がした。教室はしんと静まり返り、何事かと音のした方を向く。窓際の一番後ろの席でジャクソンが机に両手をついて立っていた。
「俺は、トーマスが昨日そのレンタル屋にいたのを見たぜ!千尋!見間違えじゃなかったのか!?」ジャクソンのよく通る声が教室に響いた。千尋はまたしてもビクッと怯え、俯いた。
 ジャクソンは我に返り、バツの悪そうにスッと席に着いた。そして、小さい声で「ほんとに見たんだよなあ」と呟いた。
 僕は、思いもよらぬ証言に胸を躍らせていた。事件現場に行っていないのは間違いない。千尋は絶対に見間違いか勘違いをしている。だが、僕は昨日の八時にモールにいなかった。ここでジャクソンに深く突っ込んだことを聞くとボロが出かねないので、ほら見ろ!といった態度でいることにした。
 教師がツカツカと教卓まで歩いて行き「ふむ。」とまた呟いた。とりもちでも顎に付いてしまったのか、まだ顎に手を添えてさすっている。
「実は…」と言い、のっそりとニッカムが手を挙げた。「実は、俺、今朝登校中にさ、中村さんがさ、細川さんたちに囲まれて、なんか話してたの、見たんだ。」ボソボソとしかし、野太い声でニッカムが言う。彼が言い終わるが早いか否か、馬鹿女共が喚き散らしだした。
「は?んだよ!デブ!!適当なこと言ってんじゃねぇよ!きめぇんだよ!」馬鹿女二号こと清水がニッカムのところまで叫びながらズケズケと歩いていく。
「デブは、今、関係ないよ。ただ、今の、中村さんは、ちょっと、普通じゃない、って思ったから、今朝のことを、思い出した、って話、だよ。」ため息まじりにニッカムは言う。
「はぁ?おめぇは千尋のなんなんだよ!恋人気取りか!?糞デブ!!気持ちわりぃったらねぇな!おい!!」馬鹿丸出しで清水がニッカムの目の前で喚き散らす。それに馬鹿女三号ことチョンが「ひめっち、それ言い過ぎー」などと理解できないガヤを入れていた。僕はいますぐにでも、こいつらの顔面を机の角にめり込ませたいという気持ちがこみあげてきた。
「ただ、ちょっと、聞こえたんだよ、ね。」ニッカムがそう言うと今までチョンと一緒に笑っていた細川の顔が一瞬で凍った。それと少し遅れて清水とチョンがスッと勢いをなくす。月並みの表現だが、風呂上りの冬場の金玉のようだ。外気に触れ、一瞬で委縮していった。
「トーマスを、見たって、言わないと、あんたのこの画像、どうしちゃおっかなー、って、聞こえたんだよ、ね。」ニッカムはそこまで言うと、僕のほうを向いてニヤリと笑った。あいつに借りを作ってしまったのはとんだ災難ではあるが、今は良しとしよう。後でどんな見返りを要求されるかを考えると頭が痛くなる。しかし、背に腹は代えられない。
 やっととりもちが取れたのか、教師は顎から手を離して言う。「ちょっと、細川、清水、チョン。別の部屋で話を聞かせてくれるか。」ちょいちょいと指を動かす。この糞教師はいちいち動きがドラマチックでその場に日本刀があるのなら、僕がやつの首を切り落としてやるところだ。
 教師は部屋から出る間際に「今日はこいつらの話を聞くだけで終わりにするから、君らは帰りなさい。」と言い、とりあえず学級会議はお開きとなった。
「はぁ~。ったく……。」など口々に級友たちが騒めきだし、僕はまた黙々と鞄に荷物を詰めるのだった。

―ああ、今日は何して遊ぼうかなあ。フフフッ。


 誰もいない教室の黒板に黄色いチョークで書かれた議題が窓からさす夕日に照らされている。
 ”クラスメイト 是籐 静香 行方不明” 

姉の失踪

                                               * * *

 今日は十月十一日。姉が行方不明なってから約一週間が経った。しかし、警察から発見の連絡は未だ来ない。祖父の家に帰ってきた俺は、新聞の切り出しや手書きのメモ、ネットで拾った情報の印刷が壁一面に貼ってある部屋に鞄を投げ、リビングに向かった。今日は親父から(あらかじ)め家族会議をすると連絡を受けていたからだ。家族といっても俺と親父と祖父の三人だけなのだが。この一週間、随分ごたごたと忙しかった。
 リビングにはすでに祖父が手帳を睨むように見つめて座っていた。
「大樹、来たか。おまえは学校に行けばいいんだぞ。」俺に気づき祖父が七十五歳とは思えないギラついた目で優しく話しかけてくる。祖父は元軍人らしいと親父から少し聞いたことがある。
「その話はもう済んだだろ。姉ちゃんが見つかるまでは、俺は学校へ行かない。学校のほうにもそう言ってある。昔と違って単位さえとれれば進級できるようになったんだって。」
「そうか…。」祖父はそう言い、台所へゆったり歩き出した。「緑茶でいいか?」
「ありがとう。もらうよ。親父は?」席に着きながら俺は言った。
「そのうち来るだろう。まだ七時じゃない。」急須に湯を注ぎながら祖父は言った。
「そう…。」
 祖父が入れた茶を飲みながら、姉の失踪事件を思い返した。

 姉が夜になっても帰ってこなかったのは八日前、正確には十月三日。
 失踪する前、部活に入っていない姉は、俺が柔道部を終えて帰ってくると、リビングで古い本を読みながら「お、大樹おかえり!」と言っていた。
 失ってわかったことだが、家に帰るといつも姉がそう言ってくれるのが好きだった。
 事件の日、部活を終え、徐々に日が短くなっていることを感じさせる時間に家に着いた俺は玄関の防犯装置が作動したままなことを不信に思いながらも、スペアキーで開錠した。『姉もなんか用事ができたんだろう。』とくらいに考えていた。
 しかし、姉は夜九時を過ぎても帰ってこなかった。心配になり連絡を取ろうとしたが、まったく音沙汰がない。隣に住む祖父の家に行き相談したところ、警察に連絡をするということになった。
 祖父がよく言っていた「わしが子供のときくらいから、日本の治安は一気に悪くなったんだ。今じゃあ女性は暗いところを歩くだけでなにかしらの犯罪に巻き込まれるんだ。大樹、姉ちゃんはおまえが守ってやれよ。」という言葉を思い出し、背筋が寒くなったあと、姉のことが猛烈に心配になった。
 警察に事情を話しているときに親父が帰ってきた。何事かと目を丸くし、「静香はどこだ?」とすぐに気が付いたようだった。祖父が親父に説明をすると、親父は壁に拳を叩きつけ小さく何か呟いていた。何を言っていたかはそのとき聞き取ることはできなかった。
 警察官は「とりあえず様子を見ますので、またなにかありましたらご連絡いたします。」という頼りない言葉を置いて去って行った。俺は、こんなに薄情なものなのか?と憤慨しそうになったが、それを察した祖父に制された。
 親父は警察官が帰ってすぐにどこかに電話をかけ始めた。電話を切ったあと、「大樹、しばらくおじいさんのところで厄介になりなさい。すいません。大樹のことよろしくお願いします。」と言い、祖父にお辞儀をして、親父は出かけて行ってしまった。
 残された俺は、祖父に「俺たちはどうすればいいのかな?」と尋ねた。祖父は、腕組みをして少し考えたあと、俺に言った。「静香のことが心配だが、年頃の女の子だからな。大事ないと思うぞ。警察に任せてみよう。」
 そうして、俺は祖父の家に入り、来客が泊まるようの部屋をあてがわれた。
「自分の部屋のように使って構わないからな。」
 机とベッドとソファが置いてあるだけの部屋だったが、内装は漆塗りの木製家具で揃えられており、上品さを感じる部屋だった。庭に面しており、縁側からを通じて外に出ることもできるみたいだ。庭には日本庭園を思わせる池と岩、木が植えてあった。俺にわかった木は、桜だか梅だかと、松くらいだった。
「あっちの家から情報端末持ってきたいんだけど、ネットに繋げられるかな?」と俺は祖父に尋ねた。
「ああ、準備ができたら後で私が設定しておこう。そこの机にでも置いておきなさい。」
「あ、う、うん。お願いするよ。」俺は、見られたくないフォルダを開かれるのを恐れながら承諾した。
「安心しろ!余計なものは見ないから!」と祖父は俺の機微を感じ取って、優しく念押ししてくれた。
 僕は祖父の優しさについ笑顔になった。祖父が「それじゃあ、ゆっくりしなさい。晩御飯ができるころにはリビングに来るんだぞ。」と言い、パタリと扉を閉めた。俺は、さっきのまでの笑顔が嘘のようにソファに腰かけ、姉のことを考えずにはいられなかった。
 次の日、親父は朝になっても帰ってこなかった。デバイスには”もう二日ほど帰れない”と連絡が来ていた。
 俺は、いつものように学校へ出かけた。ただ、いつもと違うのは朝ごはんを食べるとき、家を出るとき、姉がいないのだった。いつもより自然と早く家を出ることになった。より一層、喪失感を味わい、やるせない気持ちで俺はトボトボと駅に向かった。
 その日、俺は学校で友人になんでそんなに元気がないのかと尋ねられた。人に話すと楽になると聞いたことがあったので、ついつい話をしてしまった。それがそもそも間違いだった。
 その次の日には、学校では俺の姉の行方不明の話で騒めきだっていたようだった。『秘め事を話すとき、一人に話すと三十人に聞かれていると思え』昔の人は、実に的を射ること言ったものだ。
 姉の事件は学校では都合のいい話題となっていた。こそこそと話、俺が近くにくるとチラチラと同情の目を向けてくる。それ自体は大した問題ではなかった。親しい友人は、なにかわかったら連絡してくれるとまで言ってくれた。 事が起きたのは、十月六日の朝、俺が教室に行くと隣のクラスの李が四、五人取り巻きを連れて俺の机の周りに集まっていた。
「おい、是藤!おまえの姉ちゃん、いなくなったんだってな!」
 まるで、なにか嬉しいことがあったかのような言いぐさだった。俺は、ああ。とおざなりに答えた。こいつの噂はよく聞いていたからだ。
 他のクラスのメアリーの親父さんが、暴行事件を起こしたことがあったときだ。李はわざわざ三つも離れたメアリーのクラスまで来て、彼女に「オーストラリア人は元々囚人が移民したらしいしなあ!蛮族の血が流れてると大変だなあ!!」と言い、大泣きさせていたらしい。
 そのほかにも、李は人種差別的発言を繰り返していて、取り巻き以外と話しているのを見たことがないほどに嫌われていた。
 彼の親の顔が見てみたい。どういう教育をしたら、そんなに憎悪と知識を彼に詰め込めるのだろうか。
 李の父親はこの学校に多く献金をしているらしく、彼が大っぴらに問題になることはなかった。

 その李が俺の机に手を付けて言った。
「そのうち、ジャップ女の死体が出てくるだろうなあ。ジャップ女は具合がいいらしいから、綺麗な死体じゃあないだろうがな!ま、珍しいことじゃあないだろ!!」
 取り巻きと高笑いした李の顔を見た後、俺の記憶はおぼろげになっている。
 気が付いたら、李が泡を吹いて顔面蒼白になっていた。李の取り巻きが必死に俺を引き離そうとしていた。
「もう死んじまうから!離せ!大樹!」
 友人の陳が取り巻きを押しのけて手を抑えるまで力は抜けなかった。
 李は完全に失神していた。教師たちが救急車を呼んでいたようで、その日学校は騒然となった。
「いつかこうなる気はしていた。是藤、原因は察しがつく。今までのこいつの発言は、俺も我慢ならなかった。教頭から手を出すなと言われていたんだ。すまない。腹を据えかねてる保護者も多い。多分、学校側も大っぴらにはしないだろう。李の親もなぜこうなったのかと詮索されると言い逃れできないだろうからな。事情があるにしても暴力は暴力だから、おまえも謹慎は免れないだろう。処分が決まったら連絡をするから、それまで家で待機していなさい。」と担任教師から言われ、俺は家に帰ることとなったのだった。

 祖父が警察から連絡のを受けたのは、俺が李を投げ崩し首に裸絞めしているときだった。
「三日の夜、公園で若い女性が攫われているという通報がありまして、現場に残った靴がお孫さんが履いていたものによく似ているので、ご確認のためご足労願えますか?」
 親父に連絡しても音沙汰がなかったので、祖父は警察へ赴き、そこで説明を受けた。
 靴は、姉が履いていたものと同じものだった。現場には血痕があり、血液型は姉と一致した。警察官は、写真と証拠品を祖父に見せながら淡々と説明していった。通報があったのは十月三日の二十時頃。若い男性の声からだったらしい。”らしい”というのは、警察官は通報者を特定するに至っていないと言う。
 何とも言えない雰囲気で祖父が家に帰ってくるのを俺は迎えた。平日のまだ日が高いうちに、我が家に俺がいることに祖父は少し驚いていた。
「大樹、学校はどうしたんだ?」
 俺は、正直に学校で起こったことを話した。
「そんなことがあったのか。」祖父はそう言い俺の頭をポンポンと叩いたあと続けた。
「李くんを許せとは言わないが、暴力はよくない。これからは、振るう場所と時を考えなさい。」その言葉は、矛盾していた。初めて祖父を怖いと思ってしまった。そう思ったのは、言葉の発し方以上に今まで感じたことのない祖父の雰囲気にあった。
 その雰囲気に耐えかねて俺は祖父に聞いた。
「じいさんは、どこに出かけてたの?」
 祖父は俺に警察から受けた説明をしてくれた。そのあと、祖父は言った。
「大事ないことを祈って堪えておったが、残念ながら違ったようだ。もう我慢ならん。圭一くんにさっきの話をしたあと、私もしばらく家を空けることになる。大樹、学校からの連絡があったら私に報告しなさい。そのあと、今後のことを話し合おう。」圭一とは親父のことだ。
「わかった。じいさんは、どうすんの?」
「昔のツテを使って、犯人を見つけ出す。法律に則って裁くこともいいが、静香が無事でない場合は正直わからん。」今まで感じたことのない祖父の雰囲気の正体は殺気だったようだ。隣にいると意識がふわりと持ち上げられ、立っている感覚が不明瞭になるほどだった。
「そこまで、俺に話していいの?」
「かまわんだろ。大樹ももう十七だろ。武士の時代じゃあ十五で成人扱いだったって学校で習わなかったか?」
「ああ。うん・・・。」正直よくわからなかったので、俺はおざなりの返事しかできなかった。
 夜になって、親父が三日ぶりに帰ってきた。
「騎士(ナイト)さん、警察からの連絡って、静香が見つかったんですか?」騎士(ナイト)とは祖父の名前だ。
 祖父は、首を横に振り、俺にした説明を親父にもした。
 親父は、しばらく考えたあと、情報端末を持って帰ってきた鞄から取り出した。
「これ見てください。」そう言って、情報端末を操作し、空中へ画像を展開させた。
「この画像、駅前の監視カメラなんですけど、そこに静香が映ってます。時間は四日の昼間です。」
 拡大しすぎてほぼモザイクと化した、服装と髪型から辛うじて女性とわかる人物が黒いジャンパーらしきものを着ている男性に手を引かれている画像が映っていた。
 なぜこれを姉だと親父が断言するのかは、さっぱりわからなかった。
 俺と祖父が怪訝な顔をしていると、親父が情報端末を指でなぞった。すると、画像がみるみるうちに鮮明になった。
 たしかにその女性の横顔は姉によく似ていた。手を引いている男は、黒いスエットにチノパン、迷彩の帽子を深く被っていたので顔はよくわからなかったが、なぜか俺と同じ年くらいの印象を受けた。
「圭一くんこの画像はどうやって手に入れたんだ?」祖父がボソリと呟くように親父に聞いた。
「大きい声では言えないです。少なくとも息子のまではちょっと・・・」と親父は俺の方をチラリとみて言葉を濁した。
「そうか。私も私で静香を探すことにしたんだ。新しい情報が入ったらお互いに連絡を取り合おう。」
「はい。わかりました。大樹、おまえはどうする?」
 俺は学校での出来事を親父に簡単に説明した。
「はぁ。そんな(やから)、アホほどいるからいちいち相手にしてたら…」と親父は途中まで言ったあと、こう付け足した。
「正直、俺はおまえがうらやましいぞ。」と俺の肩に手を置いた。
 
 次の日の朝、俺が起きると二人ともいなくなっていた。
 リビングには、”学校から連絡があったら、俺かおじいさんに必ず連絡しなさい。お金は置いておくので食事は好きに取るように 父”という書置きと2万円が置いてあった。
 昼、学校から連絡があった。午後から学校に来てもいいということだった。俺の暴力行為はどういうことか不問となったらしい。だが、俺はしばらく休学する旨を担任に伝えた。
「お姉さんのことか?」担任はそれとなく聞いてきたが、俺ははっきり答えず、ちょっと時間がほしい。とだけ伝えておいた。
 祖父に短く、自宅謹慎が解けたことと暴力行為が不問となったこと、姉が見つかるまで学校を休むつもりでいるということを記した文章をデバイスから送信しておいた。祖父からは、学校へは行ってほしいという旨が記された文章が帰ってきたが、勉学に集中できないということを説明した。そのあと、出席日数がどうだとか、留年がどうこうという文章が返ってきたので、五年前から高校も単位制となったことを説明し、しぶしぶ祖父は納得したようだった。そのあとしばらく、リビングでぼーっとしていた。
 確証はなくても、姉がまだ生きているということを知って緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。

((ジャップ女は具合がいいらしいから、綺麗な死体じゃあないだろうがな!))
((嫌!))
((男の高笑いが聞こえる))
((女性の後をナイフを持った男が笑いながら追いかけている))
((男が女性に追いついた))
((痛い!離して!!))
((振り向いた女性は姉だった))
((男がナイフを振り上げる))
((助けて!!大樹!お父さん!!))

 俺は、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。外が真っ暗だった。
 とてつもなく嫌な夢を見た。決して暑くないはずなのに、服は汗でびっしょりだった。
 シャワーを浴びた後、 俺は、不安を取り除くように自分の部屋にある情報端末に座り、片っ端から情報を紙面にアウトプットして壁に貼り始めた。日が昇るころには、壁一面が紙で覆いつくされた。
 調べながら気づいたことは、付箋に殴り書いて貼り付けていった。
 ニュースやらで他人事のように聞いていたが、調べてみると思っていたより多くの誘拐事件があった。不安を払拭するために調べていたのに、より一層不安が膨らむばかりだった。
 気分を変えるため風呂にでも入ろうとリビングに出ると祖父が味噌汁を啜っていた。
「じいちゃん、おはよう。いつ帰ってきてたの?」
「おはよう、大樹。ああ、今朝早くだ。ひどい顔してるぞ。顔でも洗ってきなさい。」
「うん、そう思ってたところ。」
 一昨日とは違って、祖父はやけに落ち着いていたのをよく覚えている。
 風呂から上がると、祖父はスーツに着替え、鞄になにやら書類のようなものを詰めていた。
「じいちゃん、出かけるの?」
「ああ、すまんが、家は任せたぞ。出かけるときはちゃんと防犯装置を作動させるんだぞ。」
「わかった。」
 祖父はリビングから出る間際に、振り返って俺に言った。
「あの画像の少年が誰だかわかった。どうやら同じ学校の子らしい。これから、その子の親御さんに挨拶をしに行くんだ。心配するな。じいさんに任せなさい。」
 ぱたりとドアを閉めて、祖父は出かけて行った。
「挨拶ってなんだよ・・・。」
 祖父の言い回しがひっかかったが、どうやら着実に姉の軌跡をたどっているようだ。あの落ち着きは姉を見つける算段でもついているかのようだった。
 その日、俺はソファに横になって泥のように眠った。祖父の言葉もあってか、変な夢を見ることはなかった。
 目が覚めると、日が傾きかけていた。
「生活習慣ガタガタだな。」
 親父が情報端末をいじりながら、リビングの食卓に座ったまま話しかけてきた。
「帰ってきてたの?」
「ああ、さっきな。」
「姉さんは、見つかった?」
「まだだ。だが、いくつかわかったことがある。」
 俺は親父の隣に座って話を聞いた。

「静香はどうやら一昨日の画像に映ってた男と何かから逃げてるらしい。どうやって調べてるかは聞くなよ?察しはつくだろうから勝手に想像してろ。それでだ、どうやら四日の午後五時にリニアで西へ行ったらしい。ああ。マイナンバーってやつが昔に導入されてから、公共機関での移動は丸わかりだ。同じマイナンバーの履歴が見つかったのは、五日の午前八時に静岡県のローカル線だ。目的があって移動してるみたいだ。そこから静岡県に絞って探ってると、だ。昨日、静岡からリニアでこっちに戻ってきてるみたいなんだ。何かあったのか、目的を終えたのかわからないが、どうやらその少年はここに帰ってきてる。騎士さんから教えてもらったんだが、その少年、同じ学校のトーマス・ディー・クルーズという静香と同じクラスの子らしい。え?大樹は会ったことがあるのか?ああ。ああ。まあ、その少年が昨日帰ってきてたらしい。騎士さんが、今日トーマスくんの家に行ってきたんだが、親御さんが言うにはまだ家には帰ってきてないそうだ。騎士さん?ああ、まだトーマスくんの家で話を聞いてるよ。長くないかって?まあ、込み入った話でもしてるんだろう。それでだ。今、トーマスくんの履歴を見てるんだが、腑に落ちないんだ。彼は、静岡に付いてからすべて三人分の買い物ばかりしているんだ。そして、帰るときのリニアの席は一人分だけ。」

 そこまで言って、親父は黙ったまま、情報端末を熱心にタップしていた手を止めた。
「そうか。なるほど。」
 すこし考えたあと、親父は席を立った。
「すまん、大樹。ちょっと出てくる。騎士さんにも謝っといてくれ。直接、話をする約束をしてたんだが、ちょっと行かなきゃいけないところができた。」
「ああ。わかった。」
 親父はまた出かけて行ってしまった。

 一人になった俺は、まさかトーマス先輩が?とぽつりと独り言を呟いた。

 彼と初めて会ったのは、大雨が降っていた日だった。全国大会に出場する野球部が図々しくも柔道場を使わせろとかで部活が中止になり、仲のいい部活連中と駅前のファストフード店で食事をしているときだ。他愛無い話で談笑していると、背の高い仏頂面の俺らと同じ制服を着た白人の男が一人でこっちへやってきた。俺らを一通り見て言った。「おまえら、確か柔道部の一年の奴らだな。」俺が「だったら、なんだよ。」と答えるとその男はヌルリと俺の鼻先まで近づいて俺の首にそっと手を置いた。あまりにも自然な動きで誰も反応できなかった。「声、デカいから抑えろ。」と俺の鼻先でぼそりと呟くように言い、すっと離れて俺たちをまた一通り見て踵を返した。俺達は理解するまで少し時間がかかった。俺は物心つく頃から柔道をしてきたが、こんなに簡単に間合いを詰められるなんてことは今までなかった。「おい!待て!」と声をかけようとしたとき、その男の向こう側に姉がいた。姉は男に「また、知らない人叱ったの?」と話しかけていた。そのあと、姉は俺に気づき、男になにやら説明を始めた。すると、姉はさっきの男を引きずるように俺たちの方へ来た。「大樹、トーマスくんに怒られるようなことしちゃだめでしょ。どうせ必要以上に大きい声で騒いでたんでしょ。この人、あまりにうるさい人が店内にいると誰彼構わず注意しに行っちゃうんだよ。」となぜか少しうれしそうに姉は俺たちに説明をする。その横で、トーマス先輩は何を考えてるのかわからない顔をして俺を見ていた。「トーマスくん紹介するよ。弟の大樹。それと大樹の柔道部の友達たち。そんで、大樹、こっちがクラスメイトのトーマスくん。ちょーーっと、怖いかもだけど、話すとそんなことないからね!」と姉は嬉々として話をしてた。トーマス先輩はそんな姉をチラリとみて、口元を少し緩めた。「じゃ、私たちは用事があるから、騒ぎすぎちゃだめだよ!」姉はそう言って、またトーマス先輩を引きずるように店を出て行った。

 俺は、同じクラスの篤に連絡を取ることにした。篤もひとつ上の姉がおり、俺の姉やトーマス先輩と同じクラスだったはずだ。
 トーマス先輩が学校を休んでいたかという旨を送信した。
 篤からの返事はすぐに返ってきた。確かにトーマス先輩は五日から昨日の七日まで学校に来ていなかった。さらに、昨日クラス会議が開かれてトーマス先輩が意図的に槍玉に挙げられていたらしい。
 篤からなぜトーマス先輩が標的にされてのか聞いたが、姉がそのことについては話してくれないというのだ。今、トーマス先輩がどこにいるかわかるかと質問を変えた。だが、それもよくわからないというのだ。篤に礼を言い、デバイスを操作して通信を終了させた。
 次の瞬間、着信が入った。デバイスには祖父の名前が浮き上がっている。
「じいちゃん、どうしたの?」

短編 会議

毎週 火曜日に800字~ 更新していきます。前の文章もちょこちょこ改変・推敲されます。

短編 会議

終礼が終わり帰り支度をしているときだった。教師が「学級会議をするから、少しみんな席についてくれ。」というのだ。口々に文句を垂れる級友たちに意を介さず教師は続けた。「これはとても大事なことなんだ。よく聞いてくれ。」語気を強める教師に対して、席につきはしたものの口を閉じる気配のない級友たちに辟易しつつ、僕は荷物を鞄に入れる手を止めた。教師は全員が着席したのを確認するように教室を見まわし、黒板に書き始めた。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • ミステリー
  • コメディ
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-01-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 学級会議(1)
  2. 姉の失踪