河原町駅待ち合わせの詩の区間

河原町駅待ち合わせの詩の区間

   







   






   

   







        
毒があっても構わない。たとえ毒があっても赤裸々なぐらいの詩を僕は愛する。そういった詩が必ず失われるものだと分かってても。僕は寂しさを詩に転化してるだけだ。本当に傷ついてしまってる人に嘘っぽい詩の優しさが身を寄せるだろうか。僕はここで声を拾っていきたいだけだ。寂しさに耳を傾けたような詩を。良い人間に化けて毎日格言めいた人生を書く詩の書き手などになりたくない、汚く生きる証が欲しい。汚く生きる証で構わない。生きてる証を汚いまま欲しい。汚く生きてる人生をあえて欲しい。美しい世界などいらない。分かり合える関係などいらない。分かり合えなくても綺麗でなくても本当のことが当たり前に見えるならそれでいい。
   
   







   






   

   







  
「寂しくて寝られなかった」



「わたしも。いつものことだけど」



「むかしのこといっぱい思い出して・・・・・・」



「それで寝られなかった?」



「うん、寝られなかった」



「京都に住んでたころのこと?」



「そうだったかな、そうだったかも・・・・・・」



「学生のときだよね」



「うん」



「わたしが京都のお店で働いてたころだね、たぶん」



「そう言ってたね」



「そのころ、なつかしい?」



「なつかしいね」



「京都でもしかしたら会ってたかもね」



「すれちがったことあるかもね」



「もし京都で会ってたとしたら

 どうだったろうね」



「待ち合わせて、遊びにいったかもね」



「どこで待ち合わせただろうね」



「君は、どこで待ち合わせたい?」



「じゃあ、河原町駅待ち合わせで、ね」



「河原町駅って地下鉄烏丸線だったっけ?」



「ちがうよ、阪急の駅だよ」



「じゃあ、高島屋と大丸のとこだ」



「四条河原町だよ」



「思い出した」



「よく地下道走って仕事行ったよ」



「僕はあそこでよく人と待ち合わせた

 じゃあ高島屋、よく行ってた?」



「高島屋で買い物したことない。

 いつも夜に仕事行ってたとき

 高島屋は閉店の時間近くだもの」



「じゃあ二人で高島屋で買い物しよう。

 夜になったら木屋町で一杯。

 酔ったら木屋町三条の長浜ラーメン」



「どれも懐かしい響き。

 噂の長浜ラーメン。

 よくお客さんからおすすめされてた」



「麺がやたら細くて高菜が乗っていて

 スープが独特だった。

 冬でも屋台で食べた。

 中国人の留学生ばかりが

 なぜかいつもバイトしてて」



「食べてみたかったなぁ。

 そうそう、留学生ばかりだって聞いた」



「あの街は学校を離れてもよく通ってたのだけど

 ずいぶん前に行くの、やめちゃった。

 だって学生が親の金で遊んでる街だと

 思うようになったもの。

 それからは行かなくなった。

 でも自分だって、むかしはそうだったのにね」



「ははは。わかるような気がする。

 あの街ってやたら大学がたくさんあったしね。

 みんなが夜に出かけていく。

 そんな街のイメージ。

 金と、女と、お酒と、女」



「僕も夜になったら出かけてた。

 決まってそんな夜に女の子とは無縁だったけど。

 一度どっかのラウンジだったかなあ、

 ホステスが精神障害の話題ばっかりしてさ、

 気分ぐちゃぐちゃで悪酔いしてね、

 今出川の親友のアパートに運ばれて帰った。

 そんな思い出もあった」



「夜の街の女の人も、いろいろいるから。

 私はいつも遊びに来てもらう側だった、

 夜の街に出ることってあまりなかった。

 でも何度かだけパブにひとりで飲みに行った。

 外国のひとに話しかけられて困っちゃって。

 英語と日本語半分ずつの会話をしたんだった」



「外国人多かったね。

 僕は恋人と別れた帰りに哀しい思いでいつだったか、

 ひとりで烏丸五条を歩いてた。

 信号待ってる時に外国人のカップルがいてね、

 こっちを見ながら僕の目前でキスした、

 いらいらして赤信号を駆け出そうと思った」



「うわー。それは。

 傷心の時には見たくない場面だな」



「ディープでしたよ、ディープ。

 それがまたお似合いのカップルだった。

 だからよけいにへこんじゃった」



「それはへこむなぁ。

 私なら酒買って帰って呑んだくれた後

 音楽聴いて泣くコースになりそう」



「でも自分だって恋人いたときに似たようなこと、

 一回ぐらいはしてたと気がする。

 一回だけそういうことがあったのをいま思い出した」



「どんなことか、訊いてみようかな」



「冬の日だった。友達が遊びに来てた。

 三人で映画見た。夜になって酒飲んで寝た。

 朝になったら彼女がからんできてさ。

 友達が隣で寝てるのに・・・・・・」



「・・・・・・なんだか、意外な感じだな」



「ひどいことしたなあと人生で初めていま反省した」



「まあ、わたしも別のことだけどいろいろおぼえはある」



「若いときってあれでだよね、

 人に言えないようなことをするものだよね。

 だんだん今いろいろ思い出してきたところ

 あの街で自分に起こったこと」



「いろいろあるね。

 私なんて言えないことばっかりしてたよ」



「たぶん魅力的なひとだったんだろうな」



「なんで?」



「なんとなくそう思う」



「そんなこと、全然なかった」



「そう?」



「うん」



「いま見てると、そうは思えない」



「いや、そんなことないって」



「うそばっかり」



「いやいやいやいや、ほんとだって」



「そんな言わなくても・・・・・・」



「ほんとにそうだった。

 平凡に平凡を足すような女だった。

 いや、ちがうな。

 ある意味で、平凡でもなかった」



「どういうこと?」



「平凡にすらなれない人生だったってこと」



「・・・・・・その表現、よくわかる気がするよ」



「わかるの?」



「うん、平凡だったら当たり前だったかもしれない・・・・・・」



「当たり前?」



「当たり前じゃないから自分のものじゃない気がする。僕は」



「そうかもしれないね。違う人を生きてるように

 感じるね。見たことのある違う人」

 

「平凡にすらなれないといえば僕もそうだった」



「そうだった?」



「うん、非凡でもないのにね。

 普通には生きられなかった」


 
「普通ってなんなんだろうね」



「わからない。でも少なくとも、それは、

 僕ではなかった。

 僕の人生ではなかった」



「わたしもそうだったかもしれない」



「そうなの?」



「普通 からはいつのまにか

 離れてしまった人生だったな」



「・・・・・・ふつうってなんだろうね」



「ふつうって、こうだったんじゃないか、

 って、思うときはあるの」



「たとえば?」



「たとえば・・・・・・いやでもやっぱり

 わかんないや。

 でも、わたしの人生じゃなかった」



「・・・・・・なんか飲みたいね」



「飲みたくなるね・・・・・・」



「なんかそっちは飲むものある?」



「昨日、日本酒切らしちゃった」



「僕は一人じゃ飲む気になれないよ」



「いつかさあ・・・・・・」



「いつか?」



「いや、いつかね、こんな話を・・・・・・」



「うん」



「詩にならないかって・・・・・・」



「詩に?」



「うん」



「だれが詩にするの?」



「だれかが」



「僕たちのことが詩になるのかな」



「なると思う。

 いつかだれかが、って思う。

 こんな人生を拾ってくれるって」



「だれかがしてくれたらさあ・・・・・・」



「うん」



「それを肴に酒が飲めるね」



「はは」



「ははは」 



「ははは」



「・・・・・・詩になるって

 どういうことなんだろうね」



「それはたぶん、特別になるってこと」



「特別?」



「うん、特別。

 普通には生きられなかった。

 でも普通ではなかったけど、

 それが特別」



「特別に生きたって、こと?」



「私たちに普通はなかった。

 でも、特別はあった」



「だれにとって特別なのかな」



「決まってるよ、私たちにとって」



「特別になったらどうなるんだろう」



「明日死んでも悔いはないわ」



「そうかい?」



「うん、特別に生きたんだから

 生きるだけのことはしたんだから」



「詩が必要な人生だったのかな・・・・・・」



「わからないけどね」



「僕もわからない」



「ねようか」



「ねようね」



「明日の朝、詩になってたらいいな」



「五十年後の朝でもいいわ」



「待てるの?」



「死ぬまで待ってる」



「詩になるまで?」



「うん、待つ」



「僕も待とうかな」



「寂しくなくなった?」



「だいじょうぶみたいだ」



「じゃあ、おやすみっていっても、

 だいじょうぶ?」



「だいじょうぶそう」



「わかった。

 じゃあね、おやすみ言うね」



「うん、ありがとう」



「おやすみ。

 寒いから風邪引かないで」



「ありがとう。そっちもね。

 おやすみ」



「・・・・・・おやすみ」



「おやすみ・・・・・・」



「・・・・・・詩になろうね」



「・・・・・・詩になろうよ」



「だれかが書いてくれたらね」



「だれかがね」



「うん、どんな拙いことばでもいい」



「拙くていい人生だよね」



「こうやって決めたから」



「なにを?」



「詩になるまでね、待つってこと

 あなたも、わたしも

 それまでは生きてられる

 だって特別になれる

 だれかを待つ

 だれかはわからない

 そのだれかは

 あなたやわたしのこと、

 よくしらない。

 でもすくなくとも、

 わたしがどうなりたいか、

 それはしってくれる

 そんな気がする

 だから、わたしは・・・・・・」

   







   






   

   







  
わたしを、詩に書いてほしい   わたしの人生を  普通ではなかったけど  平凡にすらなれない人生だったけど





だれかが 僕の人生と 君の人生を 特別なものに できるかな





わたしは  だれかに  拾って もらいたい




だれかが    僕や   君を   いつか  拾う  




うん    待ってる    河原町駅待ち合わせで、ね





いつか




うん   いつか




待ってる?




五十年後でも    待ってる




・・・・・じゃあ・・・・・・じゃあさあ・・・・・・こうしよう・・・・・・じゃあ僕や君の詩がつくってもらえたら・・・・・・君や、僕なんかの詩で高島屋で買い物しよう、夜になったら木屋町で一杯、 酔ったら木屋町三条の長浜ラーメン、それから・・・・・・。

   







   






   

   







  
綺麗でなくても本当のことが当たり前に見えるならそれでいい。
   







   






   

   







  

河原町駅待ち合わせの詩の区間

昨日思い立って、一晩かけて書いてしまった。

作者ツイッター https://twitter.com/2_vich

河原町駅待ち合わせの詩の区間

  • 自由詩
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted