おお、掃除ありやと!

掃除したい!
そんな時に必要なのは音楽と、偉大な妄想力。

今日までのわたし

例えば、天気がよかったとして。
空は快晴で、雲一つ淀み一つない、青々と爛々と太陽の燃える。そんな、絵本のような素敵な日があったとして。
なにか心に、変化だとか、感情だとか、清々しい気分のようなものを感じる者は、世界におおよそ1割りだという。
それが普通と言えば普通だし、なにもないと言えばなにもない。
そんな日に、なにをしたらいいかと考える。
久々の休日。天気は良好。好きな音楽と、お気に入りのコーヒー。
そうだ、こんな日はーー掃除をしよう。

ゆるぶらっと

『“おはよう”って言えば、気分爽快……なんてことは多分なくて、あぁそれは気のせいかも』

なんて、歌詞が耳に入る。何とはなしに流していた音楽の、ほんのひとフレーズ。けれど、耳に残るフレーズ。おはようって言えば気分爽快。なんてことはなくて、多分気のせい。結構共感する。
大掃除を企画したのは、本当に理由はなかった。ただ思い付いただけ。例えばそう、遠足前夜に眠れないあの感覚。少し違うかも。出勤日の朝の感覚。こちらの方がしっくり来た。
とどのつまり、なにかをしないといけないのになにも思い付かず、悶々としたからとりあえず、掃除。というわけだ。
具体的にどこを綺麗にしようとか、なにも考えていなかったが、ふと見ると、実家から持ってきた思い出達が今も段ボールに、引っ越してきた日と同じ形で収まっている。なにもかもスッキリさせるには、思い出の整理が必要なのでは?そう思い、想い想いに、重い段ボールを引き寄せ漁り始める。

曲は、別の曲に変わっていた。全曲ランダムで、なにがかかるかはわからない。

らせんの階段

『つまずいては立ち上がり、よろめきながら生きている。そうさほとんどの奴が、ただ、落ちていくだけ』

アップテンポの曲の中に、こんな歌詞が転がってきた。今の自分を、揶揄しているように聞こえる。人生なんてそんなに悪いもんじゃない、はず。
段ボールを開け放つと、苦い思い出達が嬉しそうにこちらを除いていた。
まずは、中学校の卒業アルバムだった。髪を意味もなく伸ばし、自転車のハンドルを急角度に改造したあの頃ーー。
「ーー皆さん、卒業、おめでとうございます」
声が聞こえる。教室で、隣の席のやつが胸につけていた花の形が崩れているのをバカにしているときだ。
「ーー今日で、旅立っていく君たちに、私からプレゼントがあります」
担任の声だったのか。顔は、そうそう、こんな顔だった。担任は顔が濃くて、アダ名が西郷隆盛だった。西郷隆盛なのに、キメ細かく、繊細で、美しい字を書くコツを、授業では教えてくれた。この授業風景写真を見る限りは、そうだ。
「ーーこの言葉を大切に、今後の人生を謳歌してください」
気がつくと、手元には色褪せた半紙があった。アルバムの間からこぼれてきたのか。アルバムに挟まれていたため、シワひとつない。
そこには、キメ細かく、繊細で、美しい字で『希望』と画かれている。
その時は他のことに夢中すぎて、まったくもらった言葉の意味を考えようともしなかった。
ーー段ボールは開けたまま立ち上がり、よろめきながら台所に向かうとごみ袋を取り出した。卒業アルバムが、ごみ袋に飲まれ落ちていく。思い出してみると、中学3年間は散々だった。気分がいい。
捨てる。

もう一度、チャンスを

『いつでも、探しているよ。どっかに君の姿を。向かいのホーム、路地裏の窓。そんなとこにいるはずもないのに』

そんな曲が流れる頃、段ボールから顔を出したのは、素敵な色をした革製の長財布だった。ああ、これはよく覚えている。大学の時に使ってたものだったーー。
「ーー誕生日おめでとう。いつも地味な小銭入ればっかりだったから、これからはこれ、使って!」
彼女から誕生日に学食に呼び出され、渡されたのは、長財布だった。内側に柄の入った、派手なやつ。母から入学祝にもらった地味な小銭入れから、よく使うポイントカードや少ないお札を取り出して、財布に詰める。財布自体は気分良さそうに膨らんでいるが、自分的には、家族を馬鹿にされたようで、気分はイマイチだ。
「ーーいつか一緒に、暮らそうね」
などといい、次の秋には隣から姿を消した。不意に消えた鼓動……ね。
口約束という言葉が、心底苦手になった瞬間でもある。未だにバイバイされた理由は不明だ。フラれたその日に関して言えば、理由を考える暇もなかったな。
それからは意味なく町を歩き回っては、元、彼女の姿を探した。寒い中、雪の中、花がつき始めるなか。今でも、油断すると探してしまう。どっかに、あの後ろ姿を……。
ごみ袋を寄せてきて、財布を放り込む。その下から出てきた、ネックレスやら鞄やらもまとめて捨てる。
……もう一度だけでも、いや、ない

純情を絵に描いたような夜に

『たまにはこうして肩を並べて飲んで、ほんの少しだけ立ち止まってみたいよ』

ああ、この歌!この歌は知っている!大好きな歌だ。曲名はわからないけれど。
曲を手酌がわりに、段ボールを貪るように探った。
口ずさみながら掻き分けていくと、写真が出てきた。友達と撮った、高校の、修学旅行の写真だ。同じ時間を過ごした4人の、笑顔だけが切り取られている。中学校は散々だったが、高校生活は燦々だった。
「ーー友達ってえのは、こういう奴らのことなんだろうな」
「ーー確かにね。多分あと、80年は遊んでそうな気がするよ」
「あと80年って、短いよって」
「ーーいや長いって!」
そんな話をしながら、よく、校門まで歩いた。いや、ほんと、80年なんて短いと思うよ。
喧嘩もした。同じ映画を観て、感動したり。歌ったり笑ったり、罵りあって、バカにしあって、貶しあって、小突きあって、殴りあって……。
あれ?あまり、いい思い出が見付からない。
しかも最近は、ほとんど連絡を取っていない。うちに帰ったらひたすら眠るだけだから。SNSでも連絡を取っていない。てんで、まったく。
参ったね、こりゃあどうも。
最後に4人で遊んだのは、いつだったか。大学になってからだった気がするけれど、それでも、3年は経っている。うん、80年、長いって。長過ぎるって。
温泉か、飲みにでも行こうって、よく話していた。色々と落ち着いたら、皆で行こうなって。けれど、そんなことも忘れていたし、全然暇にならない。まあ、今は暇なわけだけれど。
携帯をポケットから取り出して、SNSではなく、メールで4人に一斉送信の設定をする。
「今度の休みに飲みにいかないか、と……」
送信。
すぐ受信。
訳のわからない、英語の文章が届いた。相手のメアドが正しくないときに来るやつ。2人に、送れてない。
ああ、80年なんて、あっという間だったんだなあ。
修学旅行の写真を段ボールから救いだし、ごみ袋に移す。
「友達ってえのは、こういう奴らのことなのかねぇ?」
独り言までこぼれてしまう。
窓に映ってる素顔は、とても、誉められたもんじゃなかった。
とりあえず、高校の時の写真やら小物ごと、捨てます。

目蓋の裏

『あなたの前になにが見える?色とりどりの魅力溢れる世界?大事なものは目蓋の裏。こうして閉じれば、見えてくる』

大量の本が、底に沈んでいた。あらかた、ごみ袋に移植し終わったあとのことだ。重いと思ったら、こんなに本が詰まっているとは。
曲がスローペースなのをいいことに、一冊を手に取り、最初のページをペラペラとめくってみる。
懐かしい……。この作家さんの本は、本当に大好きだった。コメディだったりミステリーだったり、そういう、ジャンルを思いつかせない、不思議な作風なを描く人だ。読めば読むほど、目の前に主人公の見る世界観が広がっていくような……。
ーーふと、現実に還り目を開くとと、私の前には、風と雲が見えた。暮れかけの空が見えた。とても美しい。
ベランダの柵を越え、僅かなスキマに足を置く。一歩踏み出すのが堪らなく恐ろしいのに、その奥の景色に引き込まれそうになる。東京タワーのスカイウォーク用の窓の上にいるような、そんな錯覚を覚えた。
……私はここよ、ここにいるの。厚い雲がすぐそこまできてるわ。
そう、一人じゃないのだから、ただこの一歩を踏み出すだけなのだから。
目を閉じる。
大事なものは目蓋裏にある。いつでも夢見た、素敵な世界がある。
……黙ってはだめ、黙ってはダメよ。夢の続きはその目で見ればいい。
夢はそう、この目で。
ふっと、体が軽くなる。足が地面を離れる。雲が私を抱こうとして手を伸ばしているのが、閉じた目蓋越しに見えた。家族も友達も置き去りにして、今すぐに……。そこでふと、私の夢は終わって、なにも見えなくなった。そうして、幸せに落ちていく。
ーー現実に戻ると、一冊読み終わっていた。読み耽る。そんな感じだ。動機がしている。どうしてこんなに焦っているの?詞が問い掛けている気がする。
この本の主人公には、読むたび、共感する。本当に自分が飛んでしまったように感じて、最後に息を飲む。この人の作品には、そういうところがある。
捨てられない物も、あってもいいかな。

明日からのわたし

日が暮れていた。
部屋は薄暗くなり、オレンジの光が空の段ボールと肥えたごみ袋を照らしている。
音楽も止まっている。電池が切れたらしい。
部屋の電気をつけ、音楽プレイヤーに充電器に取りつけた。
再発見した面白い本達は小さな小さな本棚へと帰り、携帯には友人1人からさっきの返信が来ている。見るのは、全てが終わった後にしよう。財布やら、アルバムやらが詰まったごみ袋を、サンタクロースよろしく肩に担ぎ上げると、なぜか袋から、半紙がこぼれでる。担任がくれたやつ。綺麗な文字の小綺麗な言葉だ。
……『希望』は捨てないことにした。
つまずきながら2段飛ばしで階段を駆け降り、ごみ捨場の前に立つ。さらば、と心で唱えつつ、袋を投げ出した。
文字通り、軽くなった気がした。
おはよって言うよりは、気分爽快。
階段を2段飛ばしで登りながら、また、口ずさむ。

「あしたのわたしにあいたい。うまくいかない今日なんか、跳び越えてしまうの。あしたのわたしにあいたい。なにげなく大人びた横顔見てみたい」

おお、掃除ありやと!

この作品を最後までお読み頂き、ありがとうございます。
なんてことはない、掃除をするだけのお話です。
過去をまっさらな状態にするとき、掃除って重要だと思います。
おお、掃除ありやと!

おお、掃除ありやと!

掃除は嫌いでも、整理することは必要です。 今の自分を理解するために、昨今稀に見る奇妙な大掃除。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-14

Public Domain
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  1. 今日までのわたし
  2. ゆるぶらっと
  3. らせんの階段
  4. もう一度、チャンスを
  5. 純情を絵に描いたような夜に
  6. 目蓋の裏
  7. 明日からのわたし