元うどん屋の男
専門家も理解不能!? 5cm浮く人現る!
ニュースの画面を見ると中年の男性が映っていた。
-どうして浮いているのですか?
わかりません。
-いつから浮いていますか?
昨日の朝からです。
-浮いていて困ること、便利なことなどありますか?
便利なのは水の上も歩けることです。
困ったのは、うどんを踏めなくなりました。
-それは困りますか?
困りますね。うどん屋ですから。
失業です。
魚
灼熱の金属製の赤い魚が来ると
港はたちまち煮えたぎり
死んだ魚が次々浮かぶ
魚たちの
無言の阿鼻叫喚の中
平然と
5㎝浮かんでやってきたのは
元うどん屋の、あの男!
立ち上る湯気を物ともせず
(そんなものは、うどん屋稼業15年で慣れた)
茹った鯛をつかみとり食べた
無敵の人
知に働けば角が立つ
情に棹させば流される
意地を通せば窮屈だ
とかく人の世は住みにくい
ならば浮け!
と言ったのは
元うどん屋の、あの男。
彼は今
ハワイのキラウェア火山の溶岩の上を
立ち上る蒸気をものともせず
(そんなものはうどん屋稼業15年で慣れた)
5cm浮いて
颯爽と歩いてゆく
代償
元うどん屋の男はいら立っていた
アイデンティティの喪失という形でしか
自分を表現出来ないことに
どこへでも行ける自由と引き換えに
手に入れたのは
欠落によって表される自己でしかなかった
段違い
5cm浮いた男は
孤独な旅を続け
自分と同じく浮いている女を見つけた
しかし彼女の高さは3cmであった
些細な違いだが
近づくほどに際立った
男は
女が自分と同じく浮いているがゆえに
女は
男が自分より2cm高く浮いているがゆえに
互いを愛したのだった
そして愛せなかったのだった
元うどん屋の男