キスつき、或る美怒浮好

春生志乃

彼女はいつも死にたがっていた。
彼女が死にたい理由は、解らない。

彼女を知るたびに、彼女の想いは見えはじめてきた。
僕はその日、一つだけ彼女に聴いた。
「何故、死にたいの」
窓の淵に座って夜空の星を眺める彼女は綺麗だった。
そして彼女はこちらを見ずに言ったのだ。
「私の周りに人が増える度に、死にたくなるのよ」
貴方には解らないでしょう、なんて星を滑稽に笑った。
それは僕を笑ったのかもしれない。

彼女を知る度に見え始める事は多かった。
手首の傷や、薬を飲んだ痕跡。
彼女は本当に「死にたがり」だ。
僕はその日、一つだけ彼女に聴いた。
「何故、死にたいの」
彼女は暗がりの公園のベンチの上に座り、僕の方を見ずに目の前の木を眺めてから言った。
「普通だとつまらないからよ」
彼女にとっての普通とは、なんなのだろうか。
それを僕は理解できなかった。

彼女を知って、何週間も時は流れた。
彼女は見るからに衰えていた。
僕はその日彼女に初めて物言いをしたのだ。
「死にたいなんて言うのをやめて。自分を傷つけるのをやめて。沢山食べて、普通に生きる事にして」
彼女は車通りも人通りもない線路の真ん中で、僕の方を見ずに立ち止まって言ったのだ。
「私は死にたいと言う言葉も禁じられて、自分自信を傷つけるのも禁じられて、食べることを命じられて、普通に生きることを命じられなければならないの」
僕と彼女が、初めて対等に会話をした時だった。

僕と彼女が出会って一ヶ月ほど経った。
暫く彼女とは会っていなかった。
けれど、気掛かりではあった。
僕は彼女の事が好きなのだ。
僕は電話で彼女を初めて呼び出した。
初めて会った、廃屋に、呼び出した。
彼女はすんなりと応じた。

僕は一時間も前に廃屋で待っていると、時間ぴったりに、彼女はやってきた。
無地の白いワンピースから、細い足と腕が見えていた。
そして彼女は無言で、また同じ窓の淵に座った。
彼女は初めて会った時よりも、美しくはなかった。
僕は彼女に一つだけ聴いた。
「何故、死ぬと言うのに死なないの」
彼女はまた星を見ていたが、僕の方を見た。
今まで見たことのなかった、彼女の瞳を見た。
燻んだ黒だった。
やはり、美しくはなかった。
そして彼女は、僕の瞳を見て言った。
「どうしてだろうね」
彼女は窓の淵から、降りて、僕の前に来た。
僕と彼女の身長差は、どれ位なのだろうか。
そんな無駄な事を考えているうちに、気が付いたら彼女と僕の唇はくっついていた。
彼女の唇は、死人の様に冷えて、カサついていた。
体制を戻した彼女は、僕に向けて一言言った。
しかし彼女はキスなんてしておいて、無表情だった。
「キスつき、或る美怒浮好」
「それはなんだ」
僕はすぐに聴いた。
「キスをしたらね、代償が必要なのよ。キスをしたらその人を好きになって、その人を今迄より美しく想ったり、嫉妬したり、浮かれたり、もっと好きになったり、人を狂わせてしまうの」
「そんなの、人によるだろう。けれど、その代償って一体なんなんだ」
「キスツス・アルビドゥス、わかるよ」
彼女は、それだけ言って手を振って僕の前から去っていった。
その後ろ姿は、何故か最初に来た時よりもとても美しかった。

僕は家に帰り、彼女の言った言葉を調べた。
それは、花言葉だった。
キスツス・アルビドゥス、明日私は死ぬだろう。
それが彼女の代償だったのだ。

キスつき、或る美怒浮好

キスつき、或る美怒浮好

死にたがりの彼女と僕の話

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
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