福笑いの神様
神様なんてもんは何処にもいらっしゃらないなんて仰いますが。仏がいるのだから神様もいるでしょう。勉学の神様や商売繁盛の神様がいるのですから
人をすこし幸せにする神様もいるでしょう。
花の恋
ようこそおいで下さいました。あぁ、そちらにスリッパ御用意しております。どうぞ。
ささっ、此方へお座り下さいな。
少々、お待ち下さいね。今お茶を淹れますので。
あぁ、申し訳ない、少し濃い色になってしまいました。え?別に良い?それはそれは助かります。
今日はどう言ったご用件で??....あぁあの話ですか。
では少し、口を湿らせてからお話させて頂きます。
えー、福笑いの神様なんてご存知でしょうか。
まぁ、知らなくても別に悪いことではないのですが、
恵比寿の神?それは商売繁盛ですよ。
その神様の祀られている神社は大層ちっぽけでありまして。決して豪華なものでは御座いませんでした。ええ、本当に。まぁ人の出入りも少なく少なく、神主も巫女も皆あまり居なかったそうで。
其処には稀にですが、恋路を叶えようとしに来たり、祈願をしに来る人もいたそうな。稀にですが。
あるところに二人の若者がおられました。
一人光朗と申しまして、下宿先の娘の真子に恋い焦がれておりました。彼女はまるで百合の様な女でして、凛とした所にも花があるといいますか。
そしてもう一人。同じ大学の先輩である雄二。
彼もまた真子に恋しておりました。なんでも雄二、光朗の下宿先へ泊まりに行った時に真子をみて一目惚れなんかしたそうな。
しかし雄二、あまり良い性格ではありませんでした。良い女を見つけては喰って喰って、大学でも良い噂、なんてあまりなかったそうな。しかし彼が喰える理由は他でもない、顔立ちが宜しいのです。
甘いマスク、まさに彼にぴったりな言葉でした。
それに対し光朗。雄二よりも10センチ程背は低く、顔立ちもまぁ、あまりよろしく御座いません。目はぱっちりとしている方なのですが、分厚い眼鏡をかけておりまして、これを外されると目が糸の様に細くなってしまいます。
そんな二人がなぜ知り合いなのでしょう?まぁ大学のサークルで知り合った程度でしょう。光朗の下宿先の娘が可憐と言う噂でも聞いて雄二が寄って来たというところでしょうか。
真子は大変可憐な乙女を演じきっておりました。
雄二よりも歳下で光朗とは同い年。この世にはろくな男はいないと彼女は中学三年生の頃から思っていたのでしょう。
ある日光朗。福笑いの神様がいる神社の噂を聞きつけまして、もしそれが本当なのなら俺にも福が巡って来るかも知れんと、大学終わり彼はすぐその神社へ足を運びました。
「えぇ〜ぇ、神様神様、どうか僕に福が廻って来んですかねぇ、僕は下宿先の娘の真子さんに恋い焦がれてしまいました。勿論、一目惚れってやつです。
あの方は可憐だ。実に華やか、色気も抜群に良いです。また頭のキレる方でして、特に本が好きなんだそうです。だから僕も頑張って本を読んでいるんですが、どうもこれが身に付かないのです。彼女とは同じ大学とはいえ、学部が違います。まぁ彼女は学歴が上の学部なのですが。
それにしても聞いて下さい神様、僕の先輩の雄二君は酷いんです、人の恋路を邪魔した挙句、『俺は彼女に一目惚れをした。』なんて真子さん恋をしたそうです。また喰って寝るだけですがねきっと。あぁ、神様どうか僕に福が、廻って来ます様に。」
と神様に愚痴を聞いてもらった光朗。福が来るか否かの前に、神様に愚痴を言う奴がありますか。彼は賢いが馬鹿なのでしょう、彼女の前でも焦って喋れないでいるのでしょうね。
さてそんなことをしている光朗を影で見ていたものがおりました。雄二です。彼は親指を噛んで犬の様に唸って
「モテねぇ僻みだよなほんと、あんなことして、何が福が回って来るだ、馬鹿らしい。福は回って来るものじゃなくて掴み取るものだ」
彼もまた少し頭が悪い様で、まぁ彼にとって男は顔がジャガイモみたいに見えるのでしょう。しかし女を見つけてはミツバチが蜜を吸う様によって行きます。
真子は大層、本が好きでした。何が好きなんて聞かれると、愚問、勿論本が好き。と少し変な返し方をしてくる女性でした。さらっとした黒髪は頭の上の方で束ねられていて、それが背中の上あたりまであります。髪は女の命なんて言います、彼女はきっとその言葉を信じて今迄生きて来たのでしょう。
そんな彼女、少しばかりではありますが光朗に気がございました。時に女性はイケメンよりもウブが好き。な方がいらっしゃいますが、まぁまぁ年齢も年齢で、きっとグッとくるものがあるのでしょう。百合もその一人でした。
光朗を見ていると、まるで、小説に出てくる主人公の様な常に何かに疑問を持ち、心の中で意見を述べている様な顔をしてらっしゃいます。本人はそんなことこれっぽっちもありませんが。
ある日雄二は真子にデートを申し込みました。しかし、真子は断りました。なんせあの雄二の誘い、悪い噂しか聞かない男についていく女性なんて、よっぽど世間知らずのお嬢様ぐらいです。そんなこと言わずにさぁ、とそんな会話が、かれこれ一週間
二週間続きました、堪忍袋の尾が切れたのか雄二は早足で真子のいる下宿先へと向かい真子に
「おいこら、俺の誘いをどれだけ断ったら気がすむんだこのグズ。俺に楯突く女なんてお前が初めてだ。いい加減にしないか」
なんて上からもの言うわけです。これには真子も怒って
「貴方が女性の口説き方を間違っていらっしゃるから乗らないだけじゃない。あのねぇ、第一、こんなにも屑な男に寄り添って歩くなんて真っ平御免よこの下衆。」
と対抗する様に言いました。これに雄二はカチンときて真子の胸ぐらを掴んでしまいました。
それを影でずぅっと見ていた者がおりました。光朗です、彼には知性も名誉もありませんがなけなしのプライドというモノがございました。彼はダダダと
二人の元へやって来て雄二の腕を掴み
「彼女から手を離せ。君、女性になんてことするんだ。こんなことを今までして来たのか??君はきっと世界一女性の扱いに慣れてないよ、杜撰だ。介護施設でお祖母様方の相手をしている方がよっぽど人気になるよ。その甘いマスクとやらも有効活用できるしね。さっきまでの君はまるで知性のない猿と同じだ。甘いマスクの猿だね。」
そう言われた雄二はなんだか惨めになって、下宿をでて行きました。
光朗は彼女の方を向いて
「あぁ、なんだが御免なさい。襟元がシワになっていますね。クリーニング代は払います。僕があんな奴連れて来なければ良かったですね。申し訳ない」
と光朗は頭を下げ謝りました。真子は唖然して様子でした。しかし直ぐ焦った様に
「あ、頭を上げて。あぁ、ありがとう。助かりました。クリーニング代なんてそんな、こんなのアイロンをかければすむことですから。」
と真子は微笑み返事を返しました。これには光朗ドキドキと胸が騒ぐ騒ぐ。光朗はすこし困った顔をして
「しかし、真子さん。お詫びはさせて下さい。今度其処の喫茶店へ行きませんか。茶菓子が美味しいのです。どうでしょう?」
「えぇよければ是非。」
....光朗は福が回って来たのですねきっと。福笑いの神様はどうにもこうにも世話焼きということです。あの後雄二も女遊びはやめたとか、なんせ甘いマスクの猿なんて阿呆らしい、ダサいあだ名を光朗から付けられたのですし、それを一目惚れの女性に聞かれたのですからなんて恥ずかしいのでしょう。次に女遊びなんてすれば、それこそ、そのあだ名が出回ること間違いありません。
あぁ、神様神様、僕に福が廻って来ます様に。
.....こんな時間ですね。申し訳ない続きはまた次の朝と致しましょう。睡眠はお肌の敵と申します。
二階へ上がれば風呂も布団もご用意しております。
どうぞ、お泊り下さいな。また明日にでもお話は聞かせますから。はい。お休みなさい。
福笑いの神様