馬連一発物語

来てくださった方へ 心から感謝の気持ちでいっぱいです

第一話 南部鉄器

 平成25年11月25日、馴染みの居酒屋『鳥紋』に続く商店街は早くもクリスマス模様一色となっていた。木枯らしに吹かれた落ち葉の群れが、閉店間際の店先でくるくると舞った。私は真っ直ぐ鳥紋に向かう。齢を重ね程よく曲がった腰と背のおかげで、向かい風に身体をあずけると小舟のようにすいすいと進んだ。
 のれんをくぐると「いらっしゃい」の大将の声とともに、シゲさんこっちですよーとヒロが手招きをした。ヒロは孫と言って通用するほど年の離れた競馬の友である。店のお手伝いをしているキクちゃんがコートを脱がせてくれながら「商店街はもうクリスマスでしょ。うちも12月になったらジングルベルをかけなくちゃね」と言うと、ヒロが「キクちゃんまさかシングルベルじゃないよね」とからかった。

茂吉「とりあえず熱燗じゃ。もう師走になるのぅ、風がめっきりシベリアじゃ」
ヒロ「何わけのわからないこと言ってるんですか。はい熱燗来てますよ、乾杯」
茂吉「しかしデニムアンドルビーとはな…ジェンティルと牝馬ワンツーなど…」
ヒロ「もう終わったジャパンカップの事はいいじゃないですか。それより、今週のジャパンカップダートですよ」
茂吉「ダートはホッコータルマエに勝たせてやりたいのぉ。樽前船といや酒を運んだ船じゃ。わしにもたっぷり酒を運んで来てくれんかの」

 しばらくして大将が鉄瓶を置いた。日本酒のふくよかな香りが鼻をかすめる。そこにキクちゃんが顔を出して「先週、下関に旅行したお土産のヒレです。本場のフグのヒレ、超高かったんですから味わって飲んでくださいね」と笑った。私もヒロも酒を水のように飲む。すると大将が鉄瓶を指差して「これは本場盛岡の南部鉄器です。超高かったんですよ」と本当かわからない冗談を言った。どこから見てもありきたりな、使い込んだ鉄瓶にしか見えない。ヒレを沈めた盃に、鉄瓶から熱い酒を注いで蓋をした。

ヒロ「ジャパンカップダートはですね、チャンピオンですよ」
 得意げに、ヒロはそう断言した。ジャパンカップダートは2000年の創設以来わずか14回の歴史を区切りにし、来年から名称を変えるのだという。その名がチャンピオンズカップなのだと。
茂吉「それは来年の話で、今年は最後のジャパンカップダートをするわけじゃろ?」
ヒロ「そうですよ。でも、なぜ一年も前の今、JRAが発表したと思います?」
茂吉「そりゃあ今年…チャンピオンが…」
ヒロ「来るんですよ!」

 チャンピオン…チャンピオン…エイシンチャンプがおったら来るんじゃろうか。エイシンチャンプの朝日杯馬連一発というオチかいの。しかしチャンピオンと言うほどのタマじゃなかったし、チャンピオンと言えば谷村新司Aliceのライラライ…

ヒロ「シゲさん起きて、ハイ迎え酒。ライラライって、答わかりました?」
茂吉「まいったな」
ヒロ「ちがいますよ、まいったじゃなく、マイルチャンピオンシップ」
茂吉「……チャンピオン…だからマイルチャンピオンシップか! つまり、今年のジャパンカップダートは、つい2週前の…」

2013年 マイルチャンピオンシップ
1着3枠5番 トーセンラー
2着2枠4番 ダイワマッジョーレ
3着7枠13番 ダノンシャーク

ヒロ「この馬連4-5が来るという予告。滅多とないGIの名称変更です、大勝負といきましょう」
茂吉「読めたぞー! ♫つかみかけた~熱い腕を~振りほどいて~キクちゃんは出て行く~」
ヒロ「キクちゃんに振られてるじゃないですか(笑)」
茂吉「♫つかみかけた~南部鉄器を~振りほどいて~ヒレ酒を飲む~ゴクッ」
 勝利を確信した二人はいつも以上にはしゃいで泥酔し、閉店を待たず鳥紋を追い出された。

 そして師走は朔日、記念すべき最後のジャパンカップダートを見ようと二人は阪神競馬場の指定席に鎮座した。私は気分良くAliceのチャンピオンを何度も口ずさみ、その度にヒロは白けた視線を向けた。
ヒロ「つかみかけた、っていう歌詞は縁起が悪くないですか?的中馬券をつかみ損ねたみたいで」
茂吉「的中馬券はここにある、ほれ。」馬連4-5の一点馬券を見せ、大事に胸のポケットへしまいながら「つかみかけたのは南部鉄器の鉄瓶で、つかんだのはヒレ酒じゃ。今日はヒレ酒ざんまいと行こうじゃないか」
ヒロ「ナンブ…鉄器?」
茂吉「もう忘れたか。鳥紋でガラクタみたいな鉄瓶が出てきたじゃろ」
ヒロ「そうじゃなくて、ナンブ鉄器の産地は?」
茂吉「岩手は盛岡。3.11の震災の年、盛岡がやられて東京で南部杯をやったじゃないか。あの南部じゃよ」
ヒロ「これだ!南部杯の正式名称は、マイルチャンピオンシップ南部杯です」
 そう言うなりヒロはスマホで南部杯の結果を調べ始めた。

2013年 マイルチャンピオンシップ南部杯
1着6枠8番 エスポワールシチー
2着8枠12番 ホッコータルマエ
3着7枠10番 セイクリムズン

ヒロ「馬連8-12。急いで買いましょう。あと10分で締切です」
 来年からチャンピオンズカップに名称変更するという予告は、今年のジャパンカップダートで、ダートGIのマイルチャンピオンシップ南部杯の目を使うという推理なのだ。
 ヒロが戻るや否や最後となるジャパンカップダートの火蓋が切って落とされた。6番ホッコータルマエは二番手に控え、古豪エスポワールシチーが逃げを打った。8番ワンダーアキュートは中団に、12番ベルシャザールはさらにその後方にいた。ほぼその体勢のまま4コーナーへ進み、抜け出した6番ホッコータルマエを12番ベルシャザールが差し切り、その外を8番ワンダーアキュートが追い込みゴールになだれ込んだ。

結果
2013年 ジャパンカップダート
1着6枠12番 ベルシャザール
2着4枠8番 ワンダーアキュート
3着3枠6番 ホッコータルマエ
(馬連¥4,850-)


 大将、今日はぼく達も大勝ですよ。鳥紋ののれんをくぐるなり、ヒロは客がいないのを確認して大声で言った。大将とキクちゃんが笑顔で応える。私はヒレ酒を注文しながら、
茂吉「大将の南部鉄器のおかげで今日は勝たせてもらった。大将も好きなだけ飲んで食べてくれ、キクちゃんもな」
キク「私は役に立たなかったのに、いいの?」
ヒロ「キクちゃんもいいこと言ってくれたよ。12月になれば?」
キク「…ジングルベル」
ヒロ「今日GIを勝った馬はね、ベル・シャザールっていうんだ」
 カウンターの端に置かれたポインセチアの横で、キクちゃんは嬉しそうに笑った。

外編一 キクちゃんとの会話

キク「ヒロさん、父にチャンピオンのことを話したら、それはサイン読みという邪道の競馬だって(笑)」

それは心外だなぁ~と思った。

そうして競馬とは何かというテーマで話が始まった。


キクちゃんのお父さんを否定するつもりはないよ。

一般的に、競馬の予想は、血統や、走破タイム、距離やコースの適正、当日の状態をパドックで確認し、騎手の腕や調教師の実績なんかで推理するんだ。

その予想法は競馬、競馬、競馬づくめ。

キク「博打って感じ。彼にはして欲しくないな(笑) たしなむぐらいならいいけど」

そうだね。でも、馬連一発を推理するベースには、世の中で起こることに関心を持っていないといけないということがあるんだ。歴史を学ぶように、過去を振り返り、この日本が平和で豊かに繁栄するにはどうすべきか考えたり。

キク「ちょっと大げさな話になってきてない?(笑)」

そんなことはないよ。そういうことが頭の片隅に少しはないと馬券は取れない。例えばね

3.11の震災の時、競馬で起きたことを振り返ると…

3月26日、ドバイワールドカップというGIで、日本の馬が1,2着になった。ならせてもらった。
これはドバイだけでなく世界の競馬会から日本を応援するメッセージがこめられている。

キク「外国も競馬は真剣勝負じゃないってこと?」

もちろんさ。勝つべき馬を勝たせるように騎手が走らせる。

2011年3月26日 ドバイワールドカップ
1着6番 ヴィクトワールピサ 日本
2着9番 トランセンド 日本
3着2番 モンテロッソ

キク「外国が震災なんかにくじけるなって競馬を通じて励ましてくれてるなんて知らなかった」

そう、普通に競馬をやっている人も気づくことはないよ。演出競馬と考えてるから、応援してくれてるってわかる。
真剣勝負じゃない競馬を、演出競馬と言ってるんだけど、演出競馬だから、そこにメッセージを託すことができる。

3.11で福島と中山競馬場が修理のために開催できなかった。
翌年、修理が終わって福島開催が始まり、その開催中に福島記念GIIIが行われた、その結果はこれ

2012年 福島記念
1着3枠6番 ダイワファルコン
2着5枠9番 アドマイヤタイシ
3着8枠16番 ダコール

キク「馬連が6-9でドバイワールドCと同じだね」

つまり、世界の競馬会からの激励を福島に届けたわけ。これを決めたのはJRAです。彼らは決してただの賭博の元締めではない。日本を愛する天才的頭脳を持った人たちが采配しているのだと思う。

2011年の春は中山競馬場も修理のため使えなかったので、4月24日の皐月賞は東京2000mで行われたんだ。
東京2000mって秋の天皇賞と同じなんだよ。

2011年4月24日 皐月賞(東京2000m)
1着6枠12番 オルフェーヴル
2着2枠4番 サダムパテック
3着1枠2番 ダノンバラード

キク「じゃあ秋の天皇賞は、この皐月賞の12-4?」

いや、その秋の天皇賞では12番が1着になっただけ。

キク「だめじゃん。ハズレだよ?」

たしかにそうなる。でもね、なぜ1着しか来なかったのかしっかり考える。これが競馬を推理するということなんだ。
翌年もまだ震災を忘れていない人には、あの皐月賞の馬連4-12が秋の天皇賞で来るとわかるんだ。前年馬連として使わなかったからね。

2012年 天皇賞秋
1着6枠12番 エイシンフラッシュ
2着2枠4番 フェノーメノ
3着3枠6番 ルーラーシップ

1年半越しで、皐月賞の馬連が天皇賞秋に使われた。「1年半しか経ってない、覚えてるよな?」ってJRAは、ぼくたちに問いかけているんだよ。

キク「震災を忘れさせないためにJRAはこういうことをしてるんだ」

そう。あらゆることを題材にしてサインに使う。しかもそれは難しい謎かけのこともある。
だから演出競馬で的中させるには、世の中の事をたくさん知っている方が有利なんだ。
そして考え、機転をきかせて意図を見抜くわけ。

キク「深いですね。競馬のイメージが変わりました」

でしょ? JRAは競馬という手段で、国民にもっと考え、様々な事に関心を持ってください。そう言ってるんだよ。

2015年正月、陛下が「満州事変以降を振り返りましょう」そう仰った。

演出競馬、つまりJRAもそう。もっと政治的なことやこの国に感心を持ち、考えなさいと言ってるんだよ。
第七話でそういうことも語られています。

金杯というレースがお正月に東西であるんだけど、何年も前、京都金杯が2000mから1600m(マイル)に、つまり京都で行われるマイルチャンピオンシップと同じ条件に変更された。それでその年の京都金杯はこうなった。

1999年 マイルチャンピオンシップ
1着3枠6番 エアジハード
2着5枠9番 キングヘイロー
3着7枠15番 ブラックホーク

2000年 京都金杯
1着3枠6番 キョウエイマーチ
2着5枠9番 アドマイヤカイザー
3着7枠13番 ロードアヘッド

キク「すごーい」

まあ、これで日本を思うなんてことはないけれど、こういうことをJRAは繰り返しているから、過去にこういうことがあったので、こうなるんじゃないかと推理できる。その思考法は、日本史を振り返り、これからこうなるんじゃないかと推測するのに似ている。馬券予想を通して、世の中の事を考えるのが正しい競馬との向き合い方というわけ。

キク「競馬の推理を楽しみながら世の中の事をしっかり考えなさいと言ってるんだ」

ヒロ「そうだね。自ずと政治や社会問題にも興味をもつよ。そして、なぜだ、これからどうなるのか、どう対処すればいいのか、そういうふうに考えることが競馬のおかげでできるようになるというわけです」

キク「じゃあ父のやってる競馬の方が邪道なのかな(笑)」

ヒロ「邪道と断定することはできないけど、400年以上も続く競馬という文化には、もっと深遠な意味や意図があると考えるべきかもしれないね。その方がはるかに面白い推理になるし」

第二話 大きな弱み

「馬券裁判というのがあってね、競馬で1億4000万円も儲けた会社員が脱税で起訴されたのだけれど、申告していなかったから5億7000万円の追徴課税を払えって。会社員はそんなの払えないと裁判になってるんだよ。その判決がダービーの週に出るんだ」
「えー、そんなに払えないですよ。1億儲けたから5億払えなんて無茶ですよね」
「法律上は儲けたからじゃないんだ。馬券で払戻しを受けたら、一時所得金ということでほぼ全額申告して課税されることになるんだよ。誰もそんなことはしていないから、競馬好きにとっては触れられたくない最大の弱点を国税局は突いてきたんだ」
『鳥紋』で酔いつぶれていた私の耳に、ヒロとキクちゃんの会話がかすかに届いていた。酔い覚ましの冷たい水を喉に流し込んでヒロの顔をみると、一滴も飲んでいないような颯爽とした目と視線が合った。
茂吉「その馬券裁判だがな。ヒロはミラクルおじさんのこと覚えておるかな」
ヒロ「ヒシミラクルの単勝で2億稼いだミラクルおじさんでしょ」
茂吉「ミラクルおじさんは納税したのか誰も話題にせんが、この馬券裁判のキモは、ミラクルおじさんを思い出せなんじゃよ」

 ミラクルおじさんとは、10年前の2003年6月1日のダービーを皮切りに、安田記念、6月29日の宝塚記念、このたった3つのGIで単勝転がしを成功させ、1ヶ月で50万円の元手を2億円にしたと噂になった伝説の人である。私はヒロに一枚のメモを渡した。

 2003年、ミラクルおじさん
・ダービー 13番ネオユニヴァースの単勝 2.6倍
  50万→130万 (馬連 3-13 )
・安田記念 3番アグネスデジタルの単勝 9.4倍
 130万→1222万 (馬連 3-16)
・宝塚記念 10番ヒシミラクルの単勝 16.3倍
 1222万→1億9918万 (馬連 9-10)

 宝塚記念でヒシミラクルの単勝に1200万円以上の大金を投じた人物がいる。急激な前売りオッズの変化から、当時はやや嘲笑にも似た話題となった。しかしヒシミラクルが勝ったことで、2億円を手にしたと一躍ヒーロー扱いになり、払戻しに現れたのが中年男性だったという噂から、彼はミラクルおじさんと呼ばれるようになった。あくまで伏兵の一頭でしかなかったヒシミラクルの単勝に、あのような大金を賭けるのは蛮行とも言える。その資金は、はるかに少ない元手を単勝転がしで膨らませたものではないだろうか。そういった推測からダービーで50万円、それを安田記念に投じて1200万円にしたのではないかという説が、ネット上で最も可能性が高いと支持された。
 私は今回の馬券裁判が話題になってから、ずっとミラクルおじさんのことが気になっていた。払戻金から投資額を控除しても1億9000万円以上の一時所得である。今回の馬券裁判で訴えられた人以上の利益を手にしたミラクルおじさんを、JRAが意識していないはずはない。彼が快進撃のスタートを切ったとされるダービー週に合わせて馬券裁判の判決が出されるという日程も意図的である。残る問題は、どのレースでミラクルおじさんの馬券を再現するのか、単勝なのか馬連で再現するのかということである。13番、3番、10番と続く単勝の目と、初っ端のダービーの馬連が3-13であることを考慮すれば、最初の二つの単勝の目を合わせた馬連3-13が先ず使われ、締めに宝塚記念の馬連9-10が使われるのではないか。馬連一発に賭ける私の予想はそこで止まったまま、半年の歳月が過ぎていた。ヒシミラクルは2番ゼッケンで菊花賞を制している。

ヒロ「明日のオークスはどうでもいいや。ダービーで単勝13番と馬連 3-13を狙いますか」
茂吉「それよりもまず、オークスで先使いを警戒しなきゃいかんよ。というのは、東京3Rのこれ、こいつじゃ」
ヒロ「1枠2番 ヒシキャッツアイ…馬主の阿部雅英って」
茂吉「彼はヒシミラクルの阿部雅一郎さんの息子じゃ」
ヒロ「他にヒシの馬は?」
茂吉「いやいない。それだけじゃ。ただ一頭しかいないヒシが、ヒシミラクルの菊花賞の勝利ゼッケン2番を背負う。父に代わって息子の馬がな」
ヒロ「ということは、ミラクルおじさんのサインはオークスから始まると」
茂吉「そういうこと。単勝13番は狙える。肝心の馬連3-13を匂わすものがないかのぉ」
ヒロ「……あれ? オークスにネオユニヴァースの仔が2頭出ています。8番と18番。ミラクルおじさんがダービーで単勝を取ったネオユニヴァースなら何か教えているはず」
茂吉「そうか。8-18を5つズラせば、ずばり2003年ダービーの目3-13じゃないか!」
ヒロ「オークスの馬連3-13は、配当つきそうですね」

結果
2013年 優駿牝馬(オークス)
1着2枠3番 メイショウマンボ
2着7枠13番 エバーブロッサム
3着3枠5番 デニムアンドルビー
(馬連¥13,880-)

  *  *  *  *

 オークスで万馬券を取って喜び合った後、祝勝会は後日にしましょうとヒロは家路に向かった。それ以降、何の音沙汰もなくダービーが過ぎ、安田記念を二日後に控える金曜日、私は一人さびしく鳥紋ののれんをくぐった。大将が富山の銘酒『立山』をグラスになみなみと注いでくれた。立山の雪解け水のごとき清らかさに舌鼓を打ちつつ、懐からくしゃくしゃになったメモを取り出して眺めた。

 2003年、ミラクルおじさん
・ダービー 13番ネオユニヴァースの単勝 2.6倍
  50万→130万 (馬連3-13 )
・安田記念 3番アグネスデジタルの単勝 9.4倍
 130万→1222万 (馬連3-16)
・宝塚記念 10番ヒシミラクルの単勝 16.3倍
 1222万→1億9918万 (馬連9-10)


 店の引き戸が開くと同時に大将とキクちゃんのいらっしゃいませという声が弾んだ。キクちゃんの笑顔が私に向いているのに気づいて振り返ると、気まずそうなヒロの姿があった。
茂吉「久しぶりじゃな、元気にしとったかい」
ヒロ「ええ…」
茂吉「とりあえずオークスに乾杯じゃ。どうした、元気がないのぉ」
ヒロ「実は香織が、パパはお馬さんやめて、と言うんですよ。毎週日曜競馬に行く。週末は競馬新聞とにらめっこか、そうでなけりゃ飲みに行ってる。いつ遊びに連れて行ってくれるのかと、娘が検察官、妻は裁判官、ぼくは被告で家庭裁判ですよ」
茂吉「香織ちゃんに、競馬好きなお父さんの一番痛い所を突かれたというわけか。しかし家族あっての競馬じゃよ。今日は、飲むお許しが出たんじゃな」
ヒロ「ええ、やっと(笑)でも明後日の日曜と交換条件です。安田記念はパスするしか…」
茂吉「安田記念はわしが買って来てやる。どうじゃ、ミラクルおじさんの使い残しの、これ、馬連一発9-10は出そうかの」

ミラクルおじさん最後の勝負
・宝塚記念 10番ヒシミラクルの単勝 16.3倍
 1222万→1億9918万 (馬連 9-10)

ヒロ「3番と13番はオークスで使用済みですから、残るはこれしかない。日曜日の安田記念10番は1番人気になりそうなロードカナロア。9番は人気薄のナカヤマナイトですか…」
茂吉「10番に人気馬を入れておるし、黙って9-10を買えと言うことかのぉ」
ヒロ「土曜の新聞ですが、買える予兆がないか1Rから見てみます」
 私はヒシミラクルに掛けて『剣菱』を注文した。樽酒の杉の香りが鼻を心地よくなでて消える。数十年前、新築の建売りに引っ越した頃へ、私の想いは漂った。新しい木の香りと家族の笑顔が満ちていた。仕事と競馬に明け暮れた私が、少しずつ家族の笑顔を消したのである。いかに細く長くと心掛けても、競馬好きの主人が家族の理解を得るのは難しい。ヒロならそこをうまくやるだろうとは思うが…

キク「はい、家庭に大きな弱みのあるお二人さんへ、特製大きな鳥の弱み焼きです」
茂吉「ははは、鳥にも大きな弱身があったのかい」
ヒロ「ビッグウィーク…2番ビッグウィーク…」
茂吉「ビッグウィークを大きな弱みと訳すのは違うぞ。…いや、待てよ。今回ばかりはそうとも言えんかな」
ヒロ「明日の鳴尾記念の2番菊花賞馬ビッグウィーク。これはヒシミラクルの菊花賞2番勝ちを意識したもの。この前と同じです。ミラクルおじさんのストーリー完結は鳴尾記念、ここで2003年の宝塚の馬連9-10ですよ」
茂吉「そうか。ミラクルおじさんが快進撃を始めたのは6月1日のダービーからで、10年後の今年、馬券裁判から連想したミラクルおじさんのサインストーリー完結も6月1日というわけか」

結果 (6月1日土曜阪神メイン)
2013年 鳴尾記念
1着5枠10番 トウケイヘイロー
2着5枠9番 エクスペディション
3着4枠7番 ダノンバラード
(馬連¥17,070-)

ヒロ「あぶないあぶない。馬群で9番の馬がもがいていたから、一瞬ないと思いましたよ。でもダノンバラードの手綱が緩かったから助かった」
茂吉「バラードに感謝じゃな。今日も鳥紋に寄ってくか?」
ヒロ「悪いですが、祝勝会はまた後日、お許しをもらったら(笑)実は今日、香織の5歳の誕生日なので、ケーキと花束を買って帰って、祝ってやらなくちゃ。そして明日はディズニー行こうよって」
茂吉「それはいい。ヒロのBig Weakのおかげで、家族にはBig Weekendになるのぉ」

第三話 さよならキクちゃん

 2014年の春のクラシックも大詰めを迎えつつあった5月の半ば、オークスの予想を肴に『鳥紋』で飲もうと電話をかけてきたヒロは、オークス前々日の金曜の夜を指定した。ついでに土曜の平安Sも予想して勝ち、家庭の平安を盤石にしますと笑った。
 私はこの年の牝馬クラシックにあまり興味を持てなかったから、もう一週遅く、ダービー前の金曜なら良かったのにと、喉まで出かかった言葉を飲みこんで電話を切った。

 思えば桜花賞の日、10Rが確定した後、志摩直人の詩がターフビジョンに映し出された。
 …今年さくらは葉ざくらの/緑の風の先陣に/一番のりのいななきは/琴の音高く…
 この演出のおかげなのか、11R桜花賞は琴のハープスターが勝ち、緑の6枠が2着に来た。それ以上の意味を汲み取れない私が耄碌したのかもしれないが、つまらないと思った。
 その一方、牡馬のクラシックには目処があった。前の年に2020年の五輪開催地が東京になると決まったが、その最終投票で争った都市、マドリードとイスタンブールと東京のカードには番号が付けられていた。2番「Tokyo!」画面越しの歓声を聞きながら、次の東京優駿・日本ダービーを勝つのは2番だと確信した。そのダービーの前哨戦・皐月賞でも、2番にイスラボニータが入って勝った。美しい島という意味をもつその馬名は日本を暗示している。が、いくら先使いで出ようとも、ダービーで2番は必ず来る、いやそれ以上の重みを持たせるに違いないと感じていた。

 オークス週の金曜日、まだ開店したばかりの鳥紋ののれんをくぐった私に、キクちゃんは丁寧にお辞儀をして言った。
キク「長いようで短かったですが、今週で私、ここでのバイトを辞めることになりました。そろそろ就職活動の準備を始めなくてはいけないので。今までどうもありがとうございました」
茂吉「そうなのか。残念じゃが仕方ないのぉ。キクちゃんならいい就職先が決まる。頑張るんじゃよ」

 孫娘のような存在のキクちゃんがいなくなるのは淋しい。彼女が厳しい就職活動でつらい思いをすることもあるかと想えば、気持ちは自ずと沈み加減になる。そこにヒロが上機嫌でのれんをくぐり入って来た。丸めた競馬新聞でテーブルをポンポンと叩きながら、
ヒロ「菊花賞馬のビッグウィーク、木曜に登録を抹消しましたよ。高配の使者だから、きっと何かやってくれる。菊花賞を6番で勝ち、2着は10番、6-10 の一発出さないかなぁ」
茂吉「ここの可憐な菊も、引退する。偶然じゃが、花道を飾ってやらねばの」
ヒロ「え?…まさかキクちゃん辞めるの?」
キク「就職活動をそろそろ始めないといけないので。ヒロさんにもお世話になりました。ありがとうございました」
ヒロ「菊花賞馬の引退はどうでもいいけど、キクちゃんがいなくなるのはショックだよ。やけっぱちでビッグウィークの6-10 一発にでも賭けようかな。当たったらキクちゃんへのプレゼントにして、外れたらディナーでも招待しようかな、なんてね」
茂吉「ヒロの気持ちも分からんではないが、登録抹消直後に、自己の戦歴一発を出した馬のケースが過去に無いなら、捨て金になるのぉ」

 そう言うと、ヒロはしばらく頭を抱えていたが、ありましたと言って記憶をたどり始めた。
女王陛下即位60周年を記念して、ゴールデンジュビリーのエリザベス女王杯をやった時…
たしか木曜日にギュスターヴクライが登録を抹消した。その戦歴を調べてみたら、なんと第60回の阪神大賞典を勝っている。60周年記念の女王杯に第60回の重賞でこれだ!、と思い女王杯を楽しみにしていたら、先使いで土曜の京王杯2歳Sに出されました。取れなかったけれど、抹消して即、その週に一発を出したケースです。

2012年3月18日 第60回 阪神大賞典
1着1枠1番 ギュスターヴクライ
2着8枠12番 オルフェーヴル
3着5枠6番 ナムラクレセント

(女王杯前日土曜メイン)
2012年11月10日 京王杯2歳S
1着6枠12番 エーシントップ
2着1枠1番 ラブリーデイ
3着8枠15番 カオスモス
(馬連¥4,900-)

茂吉「そういうこともあったな。ビッグウィークも同じように、今週一発を出すという根拠があるかいの」
ヒロ「それは1Rから隈なく探してみないことには…」
 ビッグウィーク、ビッグウィークと念仏のように唱えるヒロを見て笑いながら、キクちゃんは富山の銘酒『勝駒』を注いでくれた。
キク「ヒロさん、ビッグウィークって、去年ミラクルおじさんの話で、特別功労賞をあげてもいいお馬さんじゃなかった?」
ヒロ「キクちゃんのおかげで思い出したぞ」
茂吉「ミラクルおじさんのサインが炸裂したレースは、去年のオークスと鳴尾記念じゃ」
ヒロ「そのストーリーに陰から関わったビッグウィークが、引退を機にオークスや鳴尾記念で再び仕事をしてもおかしくないですね」
茂吉「ビッグウィークは、オークス週にタイミングを合わせて引退しおったな。オークスのある今週、仕事をするという宣言じゃ」
ヒロ「黒子に徹したビッグウィークにお似合いなのは、オークスじゃなくて裏のメイン。そこでビッグウィークの最高戦歴・菊花賞の6-10を出すのではないでしょうか」
茂吉「土曜のメインは3場とも、馬連6-10は万馬券になりそうじゃ。これでキクちゃんにいいはなむけができそうじゃの」

結果 (オークス前日土曜京都メイン)
2014年 平安S
1着5枠10番 クリノスターオー
2着3枠6番 ソロル
3着8枠16番 ワイルドフラッパー
(馬連¥50,430-)

ヒロ「こんばんは大将、キクちゃん」
茂吉「大将、今日は石川の酒『菊姫』を持ってきた。これでキクちゃんの門出を祝おう。キクちゃんへの餞別も、買ってきたよ、ほら。」

・大日岳特別   馬連 6-10 1,000円
・メイステークス 馬連 6-10 1,000円
・平安ステークス 馬連 6-10 1,000円

ヒロ「ぼくも同じ馬券、はいプレゼント」
キク「6枚で六千円もありますけど…こんなに頂いて、ありがとうございます」
ヒロ「は?」
茂吉「キクちゃん、全部が当たっとるわけじゃないからの」
キク「あ、そうなんですか…」
茂吉「そうやって裏を見ても、当たりですとは書いておらんよ」
ヒロ「ぼくが連れて行ってあげるよ。競馬場も、払戻しも行ったことないでしょう」
キク「だいじょうぶです。明日は彼氏とドライブする約束なのだけれど、行き先も決めてないし、競馬場に寄ってお金に替えて来てもらいます。そのお金で、ふふ、お気に入りのベルギーのチョコレートを買えるだけ買おうっと」

最終話 初恋

 話は平成18年、ヒロがまだ大学を出て3年ほどしかたって経っていない時のことである。
 医療機器メーカーJ&T社の社外取締役である重松善次は、ヒロの誠実で真っ直ぐな人柄を気に入った。何よりお互いが無類の競馬好きという共通点で意気投合し、重松が会員制クラブの『O'Keeffe』にヒロを伴ったのは、ゴールデンウィークが明けて1週間ほど経ったころだった。店内は胡蝶蘭や数多くの花束で満ちあふれていた。

 案内されたテーブル席で、何もかもが華やかな、体験したことのない雰囲気に圧倒されていると、一人の女性がヒロに向かって歩いて来た。初めてお目にかかります、優香と申します。そう自己紹介をして、ヒロの隣に腰掛けた。
優香「お名刺の交換をさせていただいてもよろしいでしょうか」
ヒロ「はい。吉田裕樹といいます。ひろきなので、ヒロって呼ばれています」
優香「わたしは優しい香りと書いて、ゆうかと読みます。源氏名ではなく本名なのですよ」
 その時、ヒロのスラックスの後ろポケットから、競馬新聞が落ちた。慌ててポケットに突っ込む。重松善次は隣に座った女性とゴルフの話に興じていた。
優香「ヒロさんお気遣いなく。競馬のお話をしましょうよ」
 ヒロは気恥ずかしさを紛らわせようと水割りを一気に飲み、テーブルに競馬新聞を置いた。一面はヴィクトリアマイルの出馬表だった。
優香「ヴィクトリアマイルって、どんなレースなのでしょうか」
ヒロ「今年新たに創設された、牝馬のマイルGIです。って聞いてもよくわからないでしょうが」
優香「いえ、前のお店では競馬好きのお客様が結構いらして、たいていの事には詳しくなりました。でもヴィクトリアマイルというのは初耳です。いつのレースなのかしら」
ヒロ「明後日の日曜日です」
優香「あら、ここO'Keeffeが今月開店して、日曜日はヴィクトリアマイルが第一回の幕を開くなんて縁を感じます。買ってみようかしら」そう言って優香は新聞を手に取った。
 その時優香をはっきりと見た。美しく、優雅で、洗練された女性が目の前にいた。

優香「ヒロさんのお勧めは何でしょうか」
ヒロ「1番のダンスインザムードなんて、綺麗な名前ですよね」
優香「わたしは武豊さんが好きだから、馬単1-18にします。もし良ければお金をお預けしますので、買ってきてくださらないかしら」
ヒロ「もちろんいいですよ」
優香「ヒロさんは何で勝負なさるの?」
ヒロ「ぼくは土曜の京王杯スプリングカップで勝負します。オレハマッテルゼの単勝で」
 根拠はなかった。ただ、オレハマッテルゼに勝負をかけようと即断した。
 結果的に、ヴィクトリアマイルは馬単1-18で決まり、ヒロの単勝も的中した。翌週ヒロは一人でO'Keeffeを訪れ、優香に的中馬券を渡してから、払戻しと同額のお金を入れた封筒とその馬券を交換した。たわいない会話をし、1時間ばかり飲んだだけでひと月の小遣い以上のお金が消えた。


 夏がやって来て過ぎ、秋は駆け足で去った。コートが手離せない寒風の吹きつける師走の半ば、取引先への挨拶回りを終えた頃、重松善次から電話が入った。有馬記念の前日の土曜日、O'Keeffeで飲ませてやるからヒロの予想を聞かせてくれという。二つ返事でお願いしますと答えた。優香にまた会えると思うと、そのことばかり気になって仕事もろくに手につかなかった。
 ふと思い立ち、有馬記念の1週間前にヒロは一人でO'Keeffeの扉を開けた。

 席について半時間ばかり経った時、いつの間に来ていたのか、重松が斜め向いのテーブルから席を外して隣にやって来た。
重松「なんだ、今日もヒロくんの予想が聞けるとは僥倖だな」
ヒロ「明日はぜひ買ってみたいレースがあります。阪神カップです」
重松「ほう、その根拠は?」
 優香がさりげなくヒロの横にいた女性と代わった。
ヒロ「今年創設された重賞は2つあります。ひとつはヴィクトリアマイル、もうひとつが阪神カップです」
重松「じゃあ君がいつも言うように、ヴィクトリアマイルの馬連が阪神カップに使われると言うことだね」
ヒロ「はい。第1回ヴィクトリアマイルの前日、GI馬オレハマッテルゼが京王杯を勝ちました。この馬が第1回阪神カップに出てくるのです。これはヴィクトリアマイルの馬連1-18を阪神カップに持ち込むためだと思います」
 競馬は過去のレースの馬連一発を再現しているに過ぎない。どのレースの馬連を再現するのか。その手掛かりのひとつに、再現するレースの行われた「週」に出走していた馬が参戦してくるということがある。特にGI馬など目立った存在が鍵となる。ヒロの推論の根拠はそういうことだった。

重松「第1回の創設重賞の週に決まって顔を出すGI馬とは、確かにあやしいな」
ヒロ「もうひとつ気になるレースがあります。GIマイルチャンピオンシップに出走した一頭の外国馬が、珍しいことにそのまま帰国せず、GII阪神カップにも出走してきました。これは阪神カップにマイルチャンピオンシップの目を使う可能性もあるということです。つまり…」

2006年 ヴィクトリアマイル
1着1枠1番 ダンスインザムード
2着8枠18番 エアメサイア
3着7枠13番 ディアデラノビア

2006年 マイルチャンピオンシップ
1着5枠10番 ダイワメジャー
2着4枠7番 ダンスインザムード
3着8枠16番シンボリグラン

ヒロ「このどちらかの馬連で阪神カップは決まると思います」
優香「私もそれを買わせていただいてよろしいでしょうか」
重松「よし、私が買ってヒロくんとの、優香さんへのクリスマスプレゼントとしよう」
ヒロ「あと、ぼくは個人的に18番オレハマッテルゼの単勝にも賭けます」

結果
2006年 第1回阪神カップ
1着5枠10番 フサイチリシャール
2着4枠7番 プリサイスマシーン
3着7枠13番 マイネルスケルツィ
14着8枠18番 オレハマッテルゼ
取消1枠1番 ステキシンスケクン
(馬連¥5,390-)

  *  *  *  *

 その翌週の12月23日土曜日、O'Keeffeの店内は客であふれていた。席に案内される途中、商社マンらしき男達の中で優香が親しげに接待している姿をヒロは見てしまった。
重松「さあ、ヒロくんが渾身の力を注いでたどり着いた予想を聞かせてもらおう」
ヒロ「今年はこれしかないと思っています」そう言って一枚のメモを広げた。「正直に言うと、馬連4-5で決まるのか、ディープの背負った1番が絡むのか分かりません。1-4-5の全部を使ってもいいとまで思います」

2006年 凱旋門賞
1着5番 レイルリンク
2着4番 プライド
3着1番 ディープインパクト

重松「なんだ、凱旋門賞じゃないか。ディープは3着、いや正式には失格になったレースだぞ」そう言って新聞を広げた。「4-5なら…安そうだな。根拠はあるのかな?」

2006年12月24日 有馬記念 14頭
1枠1番 ポップロック ⑥番人気
2枠2番 デルタブルース ⑨
3枠3番 ドリームパスポート ②
3枠4番 ディープインパクト ①
4枠5番 ダイワメジャー ③
4枠6番 スイープトウショウ ⑤
 :    :    :
8枠14番 トーセンシャナオー


ヒロ「ついにディープインパクトの引退戦です。彼の戦歴で最高のものが使われると思いました。でも国内では多くのGIを勝っていて、そこに優劣はありません。ならば海外の快挙であり、3着後失格になって強い印象を残した凱旋門賞しかないと思います。いわばリベンジです」
重松「根拠というより願望に近くないかな」
 ふと顔を上げると、優香がお待たせして申し訳ありませんでしたと頭を下げ、席についた。
重松「優香さんへ、私とヒロから約束のクリスマスプレゼント馬券です」
優香「ありがとうございます。……オレハマッテルゼの馬券は無いのですね」
 ヒロは胸のポケットから18番オレハマッテルゼの単勝馬券を取り出して見せた。「これはハズレてしまいました。でも、このGI馬が第1回阪神カップに出てきた意味は軽くない」
優香「第1回ってそんなに大事なのかしら?」
ヒロ「人でも第一印象はとても大事ですよね」
優香「ヒロさんと初めてお会いした時のヴィクトリアマイルも第1回でした。1番と18番で決まりました。ごめんなさいね、いいやつ、と覚えていますから(笑)」
重松「そのいい奴、がヒロだったら嬉しいな(笑)」
ヒロ「優香さんが重要な事に気づかせてくれました。オレハマッテルゼは、その18番を意識して入っていたことになります。外れたからこそ予告です。有馬記念は18番、つまり14頭立ての折り返しで4番が勝ちます」
重松「ディープインパクトか」
ヒロ「そしてヴィクトリアマイルの馬連1-18、つまり14頭立ての折り返しで馬連1-4が正解です。オレハマッテルゼが、ヴィクトリアマイルの馬連を阪神カップに持ち込むと見せかけてそうしなかったのは、有馬記念に使うためです」
重松「じゃあ凱旋門賞の方は2着と3着の目を使うということかね」
ヒロ「もし凱旋門賞も正解なら、1着の目の5番を3着にするかもしれません」
重松「ようし決まった。有馬記念は三連単4-1-5で行こう」


結果
2006年 有馬記念 14頭
1着3枠4番 ディープインパクト
2着1枠1番 ポップロック
3着4枠5番 ダイワメジャー
(三連単¥9,680-)

 ヒロは初めて馬主席で競馬を観戦した。重松が、つてを頼って半ば強引に頼みこんだらしかったが、それ以上に驚いたのは、優香を誘って来たことだった。眼下には有馬記念を制覇したディープインパクトが悠然と引き返して行く姿があり、ヒロの隣にはターフを見つめ、静かに立ちつくす優香がいた。胸の思いの1/100でもいいから聞いてほしい。聞こえないふりをしてターフを見つめていてくれてもいい。ヒロはあふれる想いを言葉にしたい衝動に駆られた。しかし有馬記念を当てたからという理由やタイミングで、優香に想いを伝えるのは違うと考え直した。そんな軽い気持ちではないし、胸の内の想いの全てを本気で言葉に変えるには、この競馬場の雰囲気は猥雑に過ぎる。中途半端に口にして、馬券を当てることを偉いと思っていると勘違いされたくもなかった。

重松「完勝だな。おめでとう、そしてありがとう」
ヒロ「こちらこそ、夢のような設定を用意して下さり、ありがとうございます」
優香「重松さん、ヒロさん、今日はとても楽しい時間を過ごせました。感謝しています。それにサラブレッドの美しさと力強さに魅了されました」
ヒロ「優香さん、今度は下の階で観戦し、コース間際でサラブレッドを見てみませんか」
 ほんの一瞬、場内が静寂に包まれた気がした。
優香「はい。その代わりと言っては失礼かもしれませんが、ひとつお願いがあります。ヒロさんが胸のポケットに大事に持っているハズレ馬券を、私にください」

外編二 キクちゃんとの会話②

キク「ヒロさんの言う馬連一発は面白そうなんだけど、予想してみようと思ってもどう考えたらいいかわからなくて…」

キクちゃんがそう思うのは仕方がないかもしれない。基本は馬連を出すレースを見つけるだけの簡単な理屈だけれど、初めて聞いた人はたいてい難しいと声をそろえる。たくさん前例を知っていれば理解の助けになるはず、ということでミニレクチャーをすることになった。

いっぺんには無理だから、何かテーマを選んでもらおうかな?

キク「テーマねぇ… 外国のレースが買えるようになるって言うから外国でもいい?」

OK。じゃあこの前も話したドバイワールドカップ、日本の馬が1,2着に来たやつね。あれを話そう。

2011年 ドバイワールドC 14頭
1着6番 ヴィクトワールピサ 日本馬
2着9番 トランセンド 日本馬
3着2番 モンテロッソ (循環16番)

キク「これ、もう聞きましたけど。福島記念に出たんでしょ」

一粒で何度も美味しいのが競馬です。ドバイワールドカップというのはAW(オールウェザー)という人工的な素材のコースなんだ。だから芝を得意とする馬もダートを得意とする馬も勝負ができるコースというわけ。ヴィクトワールピサは芝馬、トランセンドはダート馬なんだけど、ダート馬が海外GIで2着になったなんて前例がないんじゃないかな。これが鍵。キクちゃん、日本のGIはもう覚えたよね。このレースはどこで出ると思う?

キク「ダート馬が鍵だからダートのGIかな」

正解です。ドバイワールド以降でまず行われるGIはジャパンカップダートだよね。

2011年 ジャパンカップダート
1着16番 トランセンド
2着9番 ワンダーアキュート
3着6番 エスポワールシチー

キク「あれ?馬連が違う。はずれじゃん」

そうだね。でもよく見てごらん。鍵はドバイ2着の9番のトランセンドだよね。ドバイの2番は14頭立てだから16番(循環16番)と考えることができる。ジャパンカップダートで、ドバイの3着までの目、6,9,16,(2) の内のひとつにズバリ入ったトランセンドは、このサインの主役と言ってもいいのだから走りますよと言っているに等しい。

キク「そっか。ドバイで出た目のゲートに入ったんだから、馬券になるわけか」

そう。そして残りの2つの目、6,9も3着までしっかり使って3着内一発にしているのだけど、ドバイでトランセンドが背負った数字の方も鍵で、9番をしっかり2着にしているね。これは馬連一発を出していないという意味ではフェイントかな。でも海外で快挙を成したトランセンドが出てくるんだから馬券にはなると考えるのが自然だし、背負っていた9番という数字の重要性にも気を配れば難しい馬券ではないと思う。物語の最終話でディープインパクトの凱旋門賞を使う場面が出てきたけれど、あれと同じ事を繰り返しているんだよ。一般的に海外のレースを使うときは3着内一発が多いことも知っといて。外国の馬券が買えるようになるから、今後どう変わるかわからないけれど。

キク「少し難しいです」

はは、最初はそうかもね。慣れたらなんでもないよ。はい次。
2012年、オルフェーヴルが初めて凱旋門賞に挑戦した時のこと。2着だったんだ。

2012年10月7日 凱旋門賞
1着10番 ソレミア
2着6番 オルフェーヴル
3着14番 マスターストローク

ちょっとここで馬連一発には関係ないけど、日本時間の10月7日、まだ凱旋門賞がスタートしていない時間に毎日王冠がありました。16頭立てで3歳馬が二頭出ていた。

キク「3歳馬が何か関係あるんですか」

そう。凱旋門賞というのは斤量の軽い3歳馬が圧倒的に強いとされている。それで毎日王冠は二頭しかいない3歳馬のワンツーだった。割と配当がついた記憶があるなぁ。
で、凱旋門賞も終わり馬連6-10を狙おうと、京都大賞典を見たら

2012年10月8日 京都大賞典
1着14番 メイショウカンパク 池添謙一
2着9番 オウケンブルースリ
3着6番 ギュスターヴクライ
取消10番 ビートブラック

キク「6-10じゃない。またハズレじゃん」

よく見て。10番は取り消しなんだ。買おうにも買えない。ここで馬連一発は出しませんというJRAの意思です。でも凱旋門賞の6番オルフェーヴル、オルフェーヴルと言えば池添謙一だよね。ということは、京都大賞典の6番と池添謙一の14番という組みは当たり馬券ではないかと推測できる。でもワイドにしかならなかった。ここで馬連一発を出さないという取消のメッセージは、別の所で出すという意思表示でもあるから、ここは手を出さないのが賢明かもしれない。

キク「ワイドなんか嫌だ。安そうだし」

ワイドでも結構つくことはあるよ。それでも嫌なら、主役の騎手、池添謙一の14番単勝を買ってもいい。こういうのが人気薄の時、ぼくは嬉しいけどね。

キク「まともな馬連一発を教えてください。フェイントみたいなのは、もういい」

じゃあ、きれいなのを。京都大賞典の後、当日の夕方に地方競馬のGI南部杯がありました。

2012年10月8日 マイルチャンピオンシップ南部杯
1着10番 エスポワールシチー
2着6番 ダイショウジェット
3着1番 アドマイヤロイヤル

ここで凱旋門賞の馬連6-10 一発きれいでしょう。

キク「地方競馬まで通用するの!?」

もちろん。形式的には分かれているけど、JRAも地方も同じだよ? 実際JRAのHPには地方競馬が買えるPAT投票があるからね。以前はなかったけど買える手段はあったんだ。

次は外国人騎手がいい仕事をしてくれる例を挙げてみるよ。

2013年3月2日、D.バルジュー騎手が来日騎乗を開始した。この騎手は重賞を複数勝っていたんだ。馬連一発にどれを使うか迷うところなのだけど、フェアリーSだけ2回勝ってる。

キク「あ、あやしい。フェアリーSが答でしょ。でも2点買わなくちゃね」

それが一点で勝負できたんだよ。2つのフェアリーSを見比べていた時、一方の1着馬の厩舎・坂口正則が土曜8番で1着、日曜も中山にただ一頭だけ8番に出していたんだ。それで2003年のフェアリーSが正解だとわかった。

2003年 フェアリーS
1着8番 マルターズビート 坂口正則
2着4番 ホシノピアス
3着11番 アドマイヤマジック

これを東西の表裏メインで勝負したところ、思わぬ配当に与った。

2013年 弥生賞 12頭
1着8番 カミノタサハラ
2着4番 ミヤジタイガ
3着3番 コディーノ
(¥52,300-)

キク「これなら私でも取れるー ベルギーのチョコ何個も買える」

そうだよね。いつかベルギーの騎手が来るかもしれない。その時はキクちゃん、アクセル全開だね。

キク「わたしチョコレート馬名を狙っちゃう」

そうそう、その調子。馬連一発で数字ばかりにとらわれていないで、馬名にも気を配ることは大事だね。チョコ馬名で重賞を取った馬はいないか、バレンタインSの勝ち馬は出ていないか、とね。

では次、外国人騎手が来日しなくても、JRAのお知らせでアピールして使われたケースもあるよ。
2015年7月10日(金)、JRAのお知らせで「世界のトップ100ジョッキー中間報告」というのがあった。見てみると1位はV.エスピノーザ騎手。日本での重賞勝利はない。調べてみるとこの騎手はジャパンカップでサラファンに騎乗し着外に終わっている。

キク「使えないヤツ、ってやつですね」

そうでもないよ。その前年のジャパンカップでサラファンは2着になっている。別の騎手だけどね。エスピノーザ騎手にはサラファンしかない。ならば彼の名を使ってサラファンを教えたいのだろうと考えられる。つまりこれ

2002年 ジャパンC
1着1番 ファルブラヴ
2着8番 サラファン
3着7番 シンボリクリスエス

日曜重賞など待たず、7月11日(土)の3場メインから馬連1-8を買って行く。

2015年 五稜郭S
1着8番 フレイムコード
2着1番 ロードエフォール
3着4番 レッドルーファス
(¥45,590-)

キク「土日メイン全部買ったら6点にもなるよ?」

ほとんどの場合、馬連一発で買えば損になるような配当をJRAは用意していないから、だいじょうぶ。特に今回のような機転を利かせないとたどり着けない場合は高配当が約束されているようなもんなんだ。だから土曜からでも躊躇なく買って行けるんだよ。


最後におまけで有馬記念に関連するものを。

キク「もうすぐ有馬記念ですね。当てたいなぁ」

2011年有馬記念の後、ブエナビスタは引退式をしたんだ。負けたのにね。
翌年12月初っ端のこと。JRAのHPにあるフラッシュに、有馬記念のブエナビスタの引退式の写真が載りました。もうすぐ有馬記念、陽の落ちた中山競馬場に光が当てられたブエナビスタがいて綺麗なフラッシュだったな〜

キク「わかった! 有馬記念はブエナビスタが鍵だよね」

と思わせるための仕掛けなんだよ(笑)

キク「ヒロさん、性格わるい」

もちろん有馬記念までブエナビスタの戦歴一発が使われなかったらキクちゃんが正しいということになるかもね。でも、そういうことはまずないよ。
有馬記念を勝ったこともないブエナビスタを載せることにまず違和感を感じましょう。彼女、有馬記念の2着歴はあるんです。

2010年 有馬記念
1着1番 ヴィクトワールピサ
2着7番 ブエナビスタ
3着6番 トゥザグローリー

JRAの意図が読めたと思ったら、躊躇せずその週から買いを入れた方がいい。平場のレースにも注意が必要だけれど、とりあえず土日メイン6レース、外れる度に張り額を増やして賭けるというのが基本的な買い方かな。ブエナビスタは牝馬だから、牝馬戦の阪神JFには強目に張るということが、経験を積むとできるようになります。

2012年 阪神JF
1着1番 ローブティサージュ
2着7番 クロフネサプライズ
3着10番 レッドセシリア
(¥35,990-)

どうでしょう、馬連一発というパズル、楽しいでしょ?

キク「楽しい。わたし競馬にはまってしまいそう」

ヒロ「世の中のこともちゃんと考えながら楽しんでね」

キク「勝つための秘訣ってありますか?」

ヒロ「できるだけ買わないことだよ。賭けるレースの数と勝率は反比例するもんなんだ」

キク「読み切ったと感じる時だけ買えばいいのね。わかりました」

ヒロ「キクちゃん有馬記念買うの?」

キク「もちろんです」

ヒロ「もう読み切ったのかな〜?自信あるの〜」

キク「有馬ス!」

第四話 花が咲く

 平成27年の正月、金杯当日にジャスタウェイが引退式をすると聞いて、私とヒロは京都に乗り込む計画を立てた。一度競馬場に行ってみたいと言うキクちゃんを誘い、3日に京都観光をして翌日は淀の競馬を堪能しようとなった。旅行会社への就職も真剣に考えたという旅行好きのキクちゃんに計画を任せたせいで、大事な競馬の前日が、銀閣寺から哲学の道を下ってバスを乗り継ぎ、清水寺まで参拝するという強行軍になった。宿はまだかと泣きつく私を尻目に、次は産寧坂で一番の八ッ橋屋さんです、などとガイド気取りであった。私は競走馬で言うなら跛行で出走断念となる寸前である。ヒロは家族への罪滅ぼしと言いながらキクちゃんの勧める土産を袋いっぱい買っていた。

 翌日は京阪電鉄で淀に向かった。京都市中はもちろん寒かったが淀競馬場までも京都盆地の一部なのであろうか、風は冷たく足元から冷気が背筋を駆け昇る。淀の厳しい自然を克服するためとはいえ、朝から般若水の世話になるわけにもいくまいと甘酒を飲んで我慢した。甘い香りと温もりに癒されて周囲を見渡すと、三ヶ日の雰囲気を漂わせる家々の玄関はどこも、正月飾りが家庭の幸福を象徴するかのように輝いて見えた。

キク「はい。熱いコーヒーを入れてきたのでみんなで飲みましょう」
ヒロ「キクちゃん、気が利くね」
キク「私は気が利くから、キクちゃんなのです」
ヒロ「本名は?」
キク「木賀喜久子です」
 二人はよく笑った。いつもヒロと二人の競馬で無駄なことは一切喋らないが、こうしてキクちゃんがいるだけで、華が咲いたようだった。
キク「速い馬はどれですか?」
ヒロ「ウインフルブルームだよ。あの4番の馬」
 京都競馬場90周年のキャッチコピーが「古都に華咲く…」なのだから、フルブルーム(=満開)で勝負して間違いないと踏んでいるのだ。
キク「どういう意味の馬名なのかなぁ」
茂吉「それはじゃな、京都じゅうの花を満開にするとい」
キク「決めたー 4番買いまーす」
 私もヒロも2着馬が分からず馬連を買うのをあきらめ、ウインフルブルームの単勝だけを買った。

結果
2015年 京都金杯 
1着2枠4番 ウインフルブルーム
2着1枠1番 エキストラエンド
3着1枠2番 マイネルメリエンダ
(単勝¥710-)

 中山金杯も枠連1-2だった。前年秋期の菊花賞、天皇賞、ジャパンカップが全て枠連1-2だったことが影響しているのだろうか。そう考えながら、ふと京都金杯の目はマンハッタンカフェが勝った有馬記念と同じだったことに気付いた。

2001年 有馬記念
1着4枠4番 マンハッタンカフェ
2着1枠1番 アメリカンボス
3着2枠2番 トゥザヴィクトリー

 2001年9月11日、ニューユークはマンハッタンのWTCビルにハイジャックされた旅客機が突っ込むなど、一連の同時多発テロが起こった。その後の菊花賞と有馬記念をマンハッタンカフェが勝ち、馬連はどちらも万馬券となっていた。
「1年の計は元旦にあり」JRAのメッセージがこの金杯の結果に込められているとしたら、まさか、NYで起きたようなテロが再び起こると暗示している…のかもしれない…。ヒロに話したらただの偶然と馬鹿にされると思いつつ、帰りの新幹線でそのことを打ち明けてみた。
茂吉「どう思う?」
ヒロ「馬名に込められた暗号ですか。アメリカンボスは米大統領、トゥザヴィクトリーは勝利に向けて、ってこれ、ブッシュ大統領が戦争を始めることの暗示だったかもしれません。イラクとアフガンに侵攻しましたから合ってますね。でも京都金杯の目がこの有馬記念と同じだからという理由で、今年もこんなテロが起きるなんて考え過ぎでしょう(笑)」
茂吉「京都金杯の方の馬名の意味は、満開と延長戦と軽食。キクちゃんの笑顔満開だし、『鳥紋』で延長戦して軽く飲んで帰れということか」
ヒロ「酒は軽くじゃ、丹内、ってなるんです(笑)」
茂吉「遅くなりそうじゃし、祝勝会は後日にしよう」
 キクちゃんは新幹線の窓際の席で、馬のぬいぐるみを抱え子供のように眠っていた。

*   *   *   *

 2015年2月28日、久しぶりにヒロから競馬予想で酒を飲もうと電話があった。なにやら重要な情報があると言う。鳥紋に着くなり話し始めた。
ヒロ「昨日、後藤浩輝が亡くなりましたね。明るい好青年だったのに」
茂吉「もうあの笑顔が見れんのか。本当に惜しいのお。成仏を願うばかりじゃ」
ヒロ「そうそう明日の阪急杯、7番オリービンが C.ルメールから太宰に乗り替わりです。なんでもルメールは調整ルームでツイッターをやっていたみたいで1か月の騎乗停止だとか」
茂吉「そうか。そういえば正月に引退式をやったジャスタウェイの引退ゼッケンも7番だったとキクちゃんが言っておったな。7番で何かやるとしたら7-9じゃろうか…」
ヒロ「ジャスタウェイはドバイDFでの馬連2-11も安田記念の10-12も持ってますが」
茂吉「難しく考えんでいいよ。7番ゼッケンを見せたということは、彼の天皇賞秋の馬連7-9が出るということ。去年こういうことがあったじゃろう」

2013年 香港スプリント
1着1番 ロードカナロア
2着7番 ソールパワー
3着9番 フレデリックエンゲルス

(阪急杯裏 小倉メイン)
2014年 周防灘特別
1着1枠1番 ジャベリン
2着4枠7番 ユキノラムセス
3着4枠8番 アドマイヤクーガー
(馬連¥63,970-)

ヒロ「この時どういう結びつきで周防灘特別に出たんでした?」
茂吉「ロードカナロアは1番ゼッケンで引退式をして香港の1-7を使うと暗に宣言しておったから、勝ち鞍のある阪急杯で出すと考えた。しかしヒロがフェイントも警戒しようと、その裏のメインも馬連1-7を買ったんじゃないか」
ヒロ「じゃあ今回も7番の騎手乗り替わりで動きのあった阪急杯ですし、7-9ですか」
茂吉「乗り替わりで7番を強調しとるから日曜の3場メインのどこかかもしれんな。いまいち押しが足らん気もするが…」
ヒロ「そんなことはありません。ジャスタウェイはアーリントンカップも中山記念も勝っています。今週の重賞の2つも勝っているなんて、ジャスタウェイにとって今週は特別な週です」
茂吉「そうか。2つも勝ち鞍のある週が見過ごされるはずはない。日曜は3場メインで7-9勝負じゃな」

結果
2015年3月1日(日曜小倉メイン)
1着6枠9番 タマモトッププレイ
2着5枠7番 コウエイワンマン
3着1枠1番 フレイムコード
(馬連¥6,750-)

茂吉「ヒロがいつも言うとおり、1年前に初めてやったことは繰り返すもんじゃのう。去年も今年も引退式は阪急杯の裏で結実か」
ヒロ「来年も引退式があれば少し変化させてくるでしょう。でも基本的には同じことをしますよ」
茂吉「来年もキクちゃんを誘ってまた京都金杯に行こうか」
ヒロ「少し変化させて、京都記念で花を咲かせるというのもいいですね」
 キクちゃんに似合うのは春の天皇賞、いや菊花賞もあるなどと考えながら、私は再び京都への旅行を夢見た。今年と同じ楽しみを来年も繰り返すことができるのは幸せに違いない。

第五話 神聖な場所

 6月1日はダービーだが香織ちゃんの誕生日でもあるから、その前日にヒロが来ることはないだろうと思いつつ、私は一人で『鳥紋』ののれんをくぐった。大将がいらっしゃいと言って指を向けた方を見ると、ヒロと香織ちゃんの後ろ姿があった。親娘が並んでカウンターに座っている。私はその愛おしさに抱き締めたくなる気持ちを抑えて、ゆっくりと椅子に腰掛けた。

茂吉「明日は香織ちゃんの誕生日だね。おめでとう」
香織「ありがとう」
茂吉「いいのか、今日ここへ来て」私はヒロに向かって小声で問いかけた。
ヒロ「はい、しっかりお許し出ていますよ」
香織「でていますぅ」
茂吉「それはよかった。いくつになったのかな~」
香織「7さいです。しょうがっこうに、いってます。せんせいのなまえは、もりたせんせーです。わたしのなまえは、よしだかおりです」
茂吉「香織ちゃんはかしこいねぇ。早いもんじゃな。今年は2015年でヒロの結婚が2007年だから…そうか」

 私は離婚したせいで娘とは疎遠であったから、さして娘との思い出はなかった。しかし娘は女の子を産むと私に連絡をくれた。それからしばらくして娘までが離婚し、それ以降たびたび私は孫娘に会いに行った。まだ小学校に入る前ぐらいの頃だと思うが、離婚して父を知らぬその子は、老いた私を父の代わりと思ってか、よく甘え、一刻もそばを離れなかった。まもなく反抗期になってピタリと合うことがなくなったが、高校を卒業し水商売へ入ったと聞いてからは密かに店を調べたりした。その孫も、今や立派なお母さんである。

ヒロ「どうしたのですか」
茂吉「いや、昔のことを思い出しとってな」
ヒロ「昔のダービーですか。何かおもしろいサインが炸裂した時のことを聞いてみたいな」
茂吉「そうだな。古くては何もわかるまい。ダービー1,2,3着馬が揃い踏みした2004年の天皇賞・春がいい。それは…

2003年 日本ダービー
1着7枠13番 ネオユニヴァース 
2着2枠3番 ゼンノロブロイ  
3着8枠18番 ザッツザプレンティ

この三頭が揃い踏みした春の天皇賞で、

2004年 天皇賞・春 18頭
1着3枠6番 イングランディーレ
2着8枠16番 ゼンノロブロイ
3着4枠8番 シルクフェイマス
(馬連¥36,680-)

この馬連になった。どうなっとるかわかるかい」
ヒロ「ダービーの馬連3番13番を、天皇賞春の外18番ゲートから数えると6-16ですね」
 私は店にあった広告の裏に升目を書いて説明した。
茂吉「いわば逆番が来たんじゃ。ゼンノロブロイはズバリ外から3番目(16番)におった。ザッツザプレンティもズバリ外から18番目(1番)にいて、ネオユニヴァースだけが11番と中途半端な所におった。しかしよく見ると1番と11番のちょうど中間が6番じゃったことに気付いて、これは逆番を使う馬連6-16 とわかったんじゃ。3着8番は11番の逆番にもなっておる」

 小一時間ほど経ったとき、香織ちゃんが「あ、お母さん」と笑顔を入口の方に向けた。「すいません、ご迷惑をおかけしていませんか」という言葉に、みなが楽しくやってますよと答えた。大将はサービスですと言って酎ハイをテーブルに置き、うれしそうな顔で何やら話しかけていた。香織ちゃんはお母さんを取られまいと必死で話しに割って入ろうとしていた。

ヒロ「日本ダービー、どうでしょうか。勝って香織のケーキを豪華にしてやらなくちゃ」
茂吉「このレースの鍵はこれじゃろうと踏んどる」そう言って一枚のメモを広げた。

2005年 京王杯2歳ステークス 10頭
1着4枠4番 デンシャミチ(循環14番)
2着1枠1番 イースター(循環11番)
3着7枠8番 コイウタ

茂吉「先週、モンゴル大統領賞というのが今年限りということで行われたんじゃ。これだが」
 そう言って持ってきていた先週の競馬新聞を広げた。その会話が聞こえていたのか、香織ちゃんのお母さんが「今年限りは第1回と同じですから、大切ですね」と笑った。
ヒロ「大切だろうね。モンゴルと言えば相撲が強い。で、なぜ京王杯2歳なのですか」
茂吉「一気の寄り切りをデンシャミチと言うんじゃよ。先週はこの馬連が出ずじまいじゃったから、ダービーで使ってくると見ておる」
ヒロ「困りましたね。ダービーは18頭、京王杯2歳は10頭。京王杯の馬連がダービーに使われるとしても、循環の目も考えなきゃいけない。馬連1-4もあれば1-14も4-11も11-14まで4点も買うのはきついなぁ」
茂吉「馬連そのままの一発を繰り返したら、その馬連の縛りから逃れることができない。それを避けるためには循環の目や折り返しの目が必要じゃからな、仕方ない」
 その時、香織ちゃんが新聞の一か所を指で追いながら「ぱわあすぽつと」と読んだ。
ヒロ「パワースポットって土俵のことじゃないでしょうか。土俵は神のいる所。柏手も打ちますし、米や酒も埋めてある神聖な場所」
茂吉「パワースポットは1番か。よし1-4、1-14の2点に絞れたぞ」

結果
2015年 日本ダービー
1着7枠14番 ドゥラメンテ
2着1枠1番 サトノラーゼン
3着6枠11番 サトノクラウン
(馬連¥1,980-)

 競馬場の帰りに絵本を数冊買ってラッピングしてもらい、私はヒロの家を訪れた。玄関まで香織ちゃんが出てきた。
茂吉「香織ちゃん、7歳のお誕生日おめでとう。これはひーおじいちゃんからのプレゼントじゃ」
香織「ありがとー。シゲじいおさけくさいー」
茂吉「ははは。これはね、パワースポットに埋まっておった御神酒なんじゃよ。神様のお酒。香織ちゃんも大きくなったら飲んでごらん」
 香織ちゃんは「いやー」と言いながら家の奥へ走って行った。肩まである細くつややかな髪が、まるでおいでおいでをするようにたなびいた。その優しい手招きの残像を消そうと、私は静かにドアを閉めた。

第六話 花束

 本日6月16日JRA六本木事務所において『K騎手の交通事故事案』に対する1回目の裁定委員会が開催されました。今後は行政手続法に基づきK騎手に弁明の機会を付与し、第2回裁定委員会において最終的な処分が決定されます。
「だってさ。この事故2月に起きたものなんだよ。4か月も経って何を今さらって思わない?」
「私も企画書を提出してずーっと待ってるんですけど、まったく音沙汰もないから何かあるのかなと考えたら不安になります」
「この報知にも何かあるのかな」

 私は『鳥紋』ののれんをくぐり、引き戸をがらがらと音を立てて開いた。茂吉さんだ、という声の後、大将の威勢のいい声が響いた「いらっしゃい」
茂吉「お、久しぶりじゃなヒロ。横にいるのはキクちゃんじゃないか」
キク「こんばんはシゲさん」
茂吉「仕事は順調にいっとるかね」
キク「おかげさまで。でも大変。こうして一杯飲まないとストレスがたまります」
茂吉「可哀想にのぉ。ついでに馬券も買ってストレスなど吹き飛ばしてしまいなさい」
ヒロ「シゲさん、この報知どう思いますか? 2月の事故のことを今さらやっているのですよ」
 そう言ってヒロはK騎手の裁定に関するお知らせを見せた。
茂吉「ヒロは昨年のピンクブーケ事件を覚えとるかな」
ヒロ「飼料に禁止薬物が混入していてピンクブーケから薬物が検出された」
茂吉「そのJRAの最終判断の報知は3月20日頃に出されたんじゃ。今さらと思うわの。何か思い出さんか」
ヒロ「ディープインパクトが凱旋門賞で3着になった後、禁止薬物を摂取していて失格になった」
茂吉「そうじゃ。これじゃな」

2006年 凱旋門賞 8頭
1着5番 レイルリンク
2着4番 プライド (循環12番)
3着1番 ディープインパクト

茂吉「3月21日の若葉Sは、ディープに乗っておった武豊が1番ゲートにおった。ここで凱旋門一発4-5と思ったら、ワイドに逃げられたんじゃ。簡単すぎると思うてワイドも押さえておったがの。裏のメインのフラワーカップは凱旋門賞のワイドを馬連にしつつ12番も使っておったなあ。ピンクブーケが話の発端であるから、こっちの方が本丸であったかもしれん」

2015年 若葉S
1着4枠4番 レッドソロモン
2着3枠3番 ワンダーアツレッタ
3着5枠5番 アダムスブリッジ
(ワイド¥1,300-)

2015年 フラワーカップ
1着1枠1番 アルビアーノ
2着3枠5番 アースライズ
3着6枠12番 ディアマイダーリン
(馬連¥12,520-)

ヒロ「ということは、K騎手の交通事故に何かがある。交通事故を起こした騎手って誰かいたかな」
茂吉「K騎手は違うことで咎められたことがある」
ヒロ「あっ、調整ルームでスマホか何かいじってた事件ありましたね」
キク「え!スマホ触っただけでダメなんて、厳しい会社ですね」
茂吉「不正をさせないためなんじゃ。ヒロ、今年同じことをした騎手がいるじゃろ」
ヒロ「C.ルメール!そのせいで阪急杯は、ルメールの乗る予定だったオリービンが太宰騎手へ乗り替わりになりました。明日の米子ステークスにオリービンが出てくるので狙ってみます」

結果
2015年 米子ステークス
1着1枠1番 スマートレイアー
2着3枠3番 オリービン
3着8枠10番 メイショウヤタロウ

*  *  *  *

 そして宝塚記念の前日、私たちは再び鳥紋で検討会をすることになった。ヒロとキクちゃんは、ほろ酔い気分で世間話をしていた。私は大将に、広島は呉の銘酒『宝剣』を注文して席に着いた。
キク「サカキバラ事件の犯人が手記を書いて売るなんて許せない」
ヒロ「遺族の気持ちを考えればできないはずだけどね」
茂吉「キクちゃんはぷんぷんしとってもかわいいのぉ」
キク「シゲさん、こないだのオリービン2着に負けました。ヒロさんのせいですよ。お酒がおいしくなくなるから、夢のある楽しいお話を聞かせてください」
ヒロ「夢と言えば、JRAが夢の第11レースっていう映像を流していますね」
茂吉「そうじゃな。あれを読み解かねば宝塚記念の勝ちはないも等しい」
ヒロ「今日の土曜のメインレースで、あの阪急杯での乗り替わりに関わる二人、ルメールと太宰を見ていたのですが…」
茂吉「ほう。どうじゃった」
 ポケットから土曜の競馬新聞を出して、ヒロはグリーンステークスを指して言った。
ヒロ「15頭立てで1番と6番にいましたが馬券には絡んでいません。先週オリービンも来なかったし、まだ何もサインとして結果に結びついていないと思うので、宝塚は馬連1-6でしょうか」
茂吉「そうかもしれんの。…武豊が穴をあけたんじゃな…ここ6番にローズキングダムの弟がでていたのか。薔薇一族じゃな」
キク「またバラ?」
ヒロ「待てよ、夢の第11レースの16番ブエナビスタはローズキングダムとジャパンカップで1,2着に来たことがある」

2010年 ジャパンC
1着3枠6番 ローズキングダム
2着8枠16番 ブエナビスタ
3着1枠2番 ヴィクトワールピサ

茂吉「ブエナビスタが夢の第11レースの16番ゲートに入っておるのは、このジャパンカップを教えるためかもしれんな」
ヒロ「ということは、ローズキングダムの弟が6番に入っていた理由もこのジャパンカップを意識している」
茂吉「これが答かもしれんぞ。そのグリーンステークスのルメールと太宰は何番にいた?」
ヒロ「15頭立ての1番と6番……そうか、15頭立ての1番を16番目と見たら、6番16番です」
茂吉「決まりだな。万馬券になるぞ。明日が楽しみじゃ」
ヒロ「まだあります。6-16ならK騎手の裁定を行うというJRAの報知は、6月16日発表でした」
キク「まだあるかも。ローズキングダム?をサインに使うのはサカキバラが話題になってるからでしょ?」

結果
2015年 宝塚記念
1着8枠16番 ラブリーデイ
2着3枠6番 デニムアンドルビー
3着1枠1番 ショウナンパンドラ
(馬連¥12,900-)

 3人でウインズに繰り出し宝塚記念を当てた。完勝だった。ウインズを出るとキクちゃんは花屋を探し、大きな花束を買って抱いていたが、駅へ戻る途中、橋の上から川に向かって突然その花束を思いきり投げた。
ヒロ「どうしたの、キクちゃん」
キク「すべての傷を負った人たちに、捧げます。私にも、少しだけ」

第七話 Seal

 戦後70年を迎える2015年の夏は集団的自衛権を認める安保法の決議で沸いた。学生の主導する反対デモが国会前を占拠し、60年安保以来、政治に国民的規模の関心が寄せられた熱い夏だった。その夏も過ぎ、山々は錦に彩られ、平穏な日常がすっかり戻った11月の最初の日曜日、ヒロとキクちゃんが私の狭いアパートへ遊びに来てくれた。

ヒロ「うわ優駿だらけの本棚。パソコンってまさかデータを打ち込んでるのですか」
キク「昭和を感じるなー、って変わった冷蔵庫だと思って開けたら日本酒ばっかじゃん」
ヒロ「テレビだけがすごく大きい。何インチあるのですかこれ」
茂吉「まあまあ、二人とも座って。お茶でも入れるから」
 酒しか飲まない私がお茶と言ったのがおかしかったのか、二人はくすくすと笑い続けていた。三人分のお茶をテーブルに置くと、また笑った。
茂吉「二人とも家にくるのは初めてじゃな」
ヒロ「アンドレア・アッゼニ騎手も初めての来日ですよ。今週から騎乗開始ですね」
キク「あ、シゲさんの家におじゃまさせてもらうのに、お土産忘れた」
茂吉「アッゼニ騎手がお土産持ってきてくれるから、キクちゃんは手ぶらでいいんじゃよ」
ヒロ「それはそうと、今日のスポーツ紙の朝刊で知ったのですが…ここです、いよいよ来年から日本でも外国のレースの馬券が買えるって書いてます」
キク「ふーん。いくつかレースが書いてあるね。凱旋門賞は知ってるけど、あとは…」
茂吉「ヒロはこのニュースをどう思う?」
ヒロ「今週のメインは、日本馬が勝った外国のレースが答」
茂吉「じゃろうな」
ヒロ「今日のメインのみやこステークスを勝ったトランセンドが、後にドバイワールドカップを2着しました。1着も日本のヴィクトワールピサだったし、これでしょうか」
茂吉「みんなそう考えるじゃろう。正解だと思うが、フェイントに気をつけにゃいかん」
キク「フェイントって?」
ヒロ「みやこステークスじゃなくて、裏のアルゼンチン共和国杯に出したり、みやこステークスと同じ条件の京都1800mダート戦、つまり今日なら…京都8レースに出したりすることがあるんだ」
キク「アッゼニ騎手のお土産はないのかな」
ヒロ「そうだった。……あったぞ。アッゼニ騎手は3月26日生まれだ。ドバイワールドカップの行われた日付と一緒です。それにイタリア人。これはドバイワールドを勝ったミルコ・デムーロ騎手と同じ」

2011年3月26日 ドバイワールドカップ
1着6番 ヴィクトワールピサ
2着9番 トランセンド
3着2番 モンテロッソ
(勝利騎手:ミルコ・デムーロ)

茂吉「よし、ひとまず8レースで馬連6-9を押さえておこう。来なかったらメインで勝負じゃな」

結果
2015年11月8日京都8レース
1着8枠9番 ウエスタンレベッカ
2着6枠6番 ヒデノインペリアル
3着2枠2番 ヨヨギマック
(馬連¥1,200-)

ヒロ「なんだ、安い所で来ちゃったよ。しかも3着内一発だ」
茂吉「仕方あるまい。簡単じゃからな。今日はこれで手仕舞いにして、当たった金で酒と肴を買いに行こう」
 そう言うと同時に立ち上がった私の背に向けて、酒は冷蔵庫にあるじゃないですか!と、二人の笑い声が重なってぶつかった。あそこにあるのはちびっ子の飲み物ではないんじゃよ。私は意地悪を言って買い物に誘った。三人でまた夕暮れの道を歩いてみたかったのである。

*  *  *  *

 翌週の日曜日もヒロとキクちゃんがやって来た。テレビはフランスで起きたテロを報じていた。13日の金曜日を狙ったテロによって死者は120人以上に及び7名のテロリストが自爆または射殺された。いかに凄惨な状況であったかを思うと心が塞ぎ、エリザベス女王杯を検討しようと気持ちを切り替えることがなかなかできなかった。
 キクちゃんが顔を上げて部屋を見渡しつぶやいた。
キク「壁に掛かっている、あのカレンダーのお馬さん。騎手はかわいい服を着ていますね」
 JRAの機関誌『優駿』の付録カレンダー11月に写っていた馬を見てキクちゃんは言った。かわいい服という表現に、空気が少しやわらいだ。
ヒロ「ああ、あれはキャロットファームという馬主さんの勝負服だよ。にんじん牧場か…」
キク「にんじん牧場ってお馬さんにとっては天国みたい。私にとってはチョコレートのお部屋かなぁ」
茂吉「ひとつ気になることがあるんじゃ。先週と今週の東京メインは8枠に染分帽がある」
キク「染分帽って?」
ヒロ「同じ枠に2頭以上同じ馬主さんの馬がいるとき、枠の外の方にいる馬の騎手は2色に染め分けられた帽子をかぶるんだ」
茂吉「8枠の染分帽と、今月のカレンダーのキャロットファームと言えば?」
ヒロ「ハープスターですかね」

2014年 桜花賞
1着8枠18番 ハープスター(染分帽)
2着6枠12番 レッドリヴェール
3着5枠10番 ヌーヴォレコルト

茂吉「今日のエリザベス女王杯はズバリこの馬連12-18で決まるんでないかな」
 その時キクちゃんが素っ頓狂な声を上げた。
キク「女王杯の1番と4番の馬の頭文字はパ・リになってる!」

1枠1番 パワースポット
2枠4番 リラヴァティ

ヒロ「テロの起きたパリだ。偶然かな。テロが起きたのは13日の夜、枠順が決まったのは13日午前」
茂吉「いや、偶然じゃあるまい」
キク「JRAはパリでテロが起こると知ってたってこと?」
ヒロ「まさかまさか、ないない」
茂吉「競馬にテロのことが反映されたのは、NYでテロがあった年の有馬記念じゃが…」

2001年 有馬記念
1着4枠4番 マンハッタンカフェ
2着1枠1番 アメリカンボス
3着2枠2番 トゥザヴィクトリー
(勝利騎手:蛯名正義)

ヒロ「それも1-4だ。わざと1番4番にパリを置いた!?」
茂吉「先週のみやこステークスで2-4-1が出た。予告であったか」
ヒロ「あれはスピルバーグが登録を抹消して、自己戦歴の天皇賞秋の目をワイドで出したはず…」
茂吉「ワイドで終わろうはずはないと、わしは言ったよ。スピルバーグが秋の天皇賞馬ならば、ジャスタウェイもそうじゃ」
ヒロ「京都金杯で引退式をした…京都金杯が4-1-2で、マンハッタンカフェの有馬記念だとシゲさんは言ってましたね」
茂吉「正月、そして先週にも予告があり、計画は実行された。なにも昨日フランス人の C.ルメールに急遽勝たせてやったわけじゃあるまい。全部予定通りなのであろう」
ヒロ「NYのテロとパリのテロか…」
茂吉「マンハッタンカフェの有馬記念は馬連1-4だが、枠連1-4でもある。女王杯は12-18で決まりじゃから、裏のメインでこれを狙おう。女王杯の方は12番マリアライト蛯名正義が勝つぞ」
キク「どうしてですか」
茂吉「テロがテーマの有馬記念を勝ったのは蛯名『正義』じゃ。テロと正義は切っても切れないからのう。しかも今回のテロは13日の金曜日を狙ったキリスト教に対する挑戦的な側面がある。ならばマリアが勝ってもいい。と言うより、今日のために用意された馬と騎手の組み合わせであるから、勝たねばおかしい」
キク「私は嫌。そんなのありえないよ」
ヒロ「ぼくもさすがにそれは買いたくないですね」
茂吉「じゃあわしが買って、当たるところを見せてあげよう。JRAは知っていることを隠したりはせんのじゃよ」

結果
2015年 エリザベス女王杯
1着6枠12番 マリアライト 蛯名正義
2着8枠18番 ヌーヴォレコルト
3着4枠8番 タッチングスピーチ
(馬単¥4,730- 単勝¥1,520-)

同日東京メイン オーロカップ
1着2枠4番 ロサギガンティア
2着1枠1番 アルバタックス
3着6枠11番 アイライン
(馬連¥3,370-)

同日福島メイン 福島記念
1着1枠1番 ヤマカツエース
2着4枠8番 ミトラ
3着7枠13番 ファントムライト
(枠連¥560-)

 3場ともメインレースはテロを題材とした2001年の有馬記念を映す結果となった。10分おきのレースで結果が出るたびに、ヒロとキクちゃんの口数は少なくなっていった。
キク「私、競馬やめようかな」
ヒロ「……」
茂吉「庶民とは何も知らされない囚われの羊、ということかの。老体を持て余したわしは、酒を飲んで正体をなくし逃げておる。しかしヒロよ、おまえさんはあきらめるなよ」
ヒロ「……そうですね。逃げても、得るものは何もない」
茂吉「ならば、最終レースで狙うのは何じゃ」
ヒロ「テロを反映したマンハッタンカフェのもうひとつのレース、菊花賞の2-10です」

2001年 菊花賞
1着2枠2番 マンハッタンカフェ
2着6枠10番 マイネルデスポット
3着5枠8番 エアエミネム

 ヒロの持論である。メインレースでこの馬、このレースが明らかに使われたという場合、最終レースでその答合わせをすることがある。それを的中させて初めてJRA頭脳集団との会話が成立し、彼らに対する敬意の表明になるのだと。マンハッタンカフェの有馬記念がメインレースで使われたなら、最終レースはその菊花賞しかない。テロを反映したのはこの二つしかないのだから。

結果
同日東京最終12R
1着1枠2番 ダイワバロニス
2着5枠10番 ソルティコメント
3着8枠15番 ニットウビクトリー
(馬連¥1,950-)

ヒロ「これでもう偶然とは言えなくなってしまいましたね」
 配当がみな安過ぎる。その不気味さにヒロは気づいているだろう。それが何を意味するのかということも。

キク「パンドラの箱が開いてしまったみたい」
 窓の外には静かな路地があり、向かいの庭には傾いた陽に照らされて真っ赤に色づいた紅葉が見えた。
ヒロ「最後に残るのは希望だ」
 微かな風に仕舞い忘れた風鈴が、チリンとひとつ音を立てた。紅葉の葉がぱらぱらと地面に落ち、風に追われて路地を逃げて行った。そして再び静寂が戻り、木々の葉は陽の光を浴びてきらきらと輝いた。

完 2015年12月吉日

外編三 新しい歩みへ

 2016年10月2日、海外GIレースの馬券、国内発売開始−−−馬連一発を追い続けてきた私たちにとって待望の日がついにやって来た。海外のGI戦に日本の馬が参戦する時、「日本の競馬の馬連」その一発が、遠く手の届かない海の向こうで使われることを何度も目にしてきた。もちろんその逆も然りであるから、ディープインパクトの引退戦となる有馬記念で、彼が3着となった凱旋門賞の目を3つとも使って決めたように、海外のGI戦の結果を反映する国内の馬券を買って溜飲を下げることができなかったわけではない。しかし今後は、日本のGI戦を獲り、取って返す刀で凱旋門賞も頂くというような、競馬ファンにとって夢の時代が幕を開けたことになる。
 凱旋門賞の出馬表を見たところで、並み居る強豪の中、誰が最も強く、どのようなストーリーを歩んで来たのかなど分かるはずもなかった。手掛かりは金子真人氏のダービー馬マカヒキ、あのディープインパクトの仔で挑む一戦になったということだけである。私は一ヶ月近く前からヒロに連絡をとり、この記念すべき歴史の幕開けを「日仏両GI制覇」で迎えようと誓い合って、検討会を『鳥紋』でしようと落ち合う約束をしていた。ところが土曜当日になりヒロからキャンセルの連絡が入った。

ヒロ「すいません」
茂吉「お前さんは、わしの人生の歴史的な記念日に、そんな仕事で水を差すのか」
 私は珍しくゴネた。はいそうですかと簡単にあきらめられない無念がそうさせるのである。いや、耄碌したせいかもしれない。
ヒロ「じゃあ、日曜はどうですか…」
 耄碌すると同時に幼児返りすると言うのは本当である。とたんに私は上機嫌になり、それならキクちゃんにも声をかけて私の家で一緒に競馬を楽しもうと提案した。
 キクちゃんに電話を入れると「日曜の夜ですよ⁈ 嫌です」と、あっさり断られた。


 凱旋門賞の国内発売では14番マカヒキが 1番人気になっていた。ご当地フランスの競馬会にとっては、日本での馬券発売を許可するだけでテラ銭が転がり込むという濡れ手に粟の機会であるから、今後ともご贔屓にという意味で日本人にも取りやすい馬券、つまりマカヒキが絡む決着をサービスする可能性は大いにある。しかし祭り上げられた1番人気には違いない。3冠馬でさえ 2着に甘んじる結果しかもらえなかった凱旋門賞の扉が、一介のダービー馬に対してそうそう簡単に開くとは考えにくい。しかもマカヒキはあのディープインパクトの仔だ。ダービー馬であり金子真人氏の持ち馬である所まで同じ。いわば、今回のマカヒキはディープインパクトの写しだと言える。3冠馬ではないが、凱旋門賞に挑むまでGIの2着が一度きりあるだけで、他は全勝している共通点もあった。ならばディープが3着に敗れ、後に失格処分にまでなった、そのような残念な結末こそが再現されるべきかもしれない。マカヒキ、つまり仮想ディープインパクトが日本人にとってよもやの敗退を喫するなら2005年の有馬記念を再現する公算が高い。

2005年 有馬記念
1着5枠10番 ハーツクライ C.ルメール  橋口弘次郎厩舎 (4番人気)
2着3枠6番 ディープインパクト
3着7枠14番 リンカーン  音無秀孝厩舎

 凱旋門賞でマカヒキが14番ゼッケンを背負うあたりに、3着敗退の絵図も浮かぶ。さらに4番人気に推されている10番ファウンドは近走のGI戦で2着続きであり、ハーツクライもこの有馬記念を勝つまではGI2着惜敗の実力馬という経歴だったことから、ファウンドはハーツクライの写しに見える。凱旋門賞の1番ゼッケンを背負った看板馬はニューベイであり、この馬のA.ファーブル厩舎と馬主アブデュラ殿下とは、ディープインパクトが出走した凱旋門賞の1着馬そのままであることからも、必ずやディープインパクトの戦歴が意識されるはずだ。ディープ3着の凱旋門賞5-4-1を今年の凱旋門賞に再び使うという形はまずない。馬連一発は基本的に他のレースの目を使う。マカヒキが負けるなら、ディープに土が付いたこの有馬記念しか残っていない。しかしこの一戦の3着内一発6-10-14では決まらないとも思えた。オルフェーヴルが挑んだ最初の凱旋門賞で、10-6-14をそのまま使っているからだ。全部は使わない。1着だけなのか、馬連一発まであるのだろうかと逡巡しつつふとスプリンターズSの10番に目がいった。その厩舎は橋口弘次郎元調教師の息子である橋口慎介。やはりハーツクライで合っている。1着10番の再現を行う凱旋門賞なのだろう。

 一方、スプリンターズSの枠組みは7枠強しと見える。凱旋門賞に日本の代表馬として送り込まれるマカヒキはダービー馬である。それを強調するかのように、14番にマカヒキの姉ウリウリを入れ、13番にマカヒキと同じダービー週のメイン欅Sを勝ったレッドファルクスを置いている。ウリウリも昨年のダービー週に勝った馬だ。マカヒキが凱旋門賞で来ないなら、まずこの7枠が走ると考えておくべきであり、これが歩いて回って来ればマカヒキ絡みの凱旋門賞を考えればいい。ここまでダービー週を意識させるのだから、馬連一発はダービー週のレースから出るだろう。ただ、13番や14番が絡む馬連がそこにないため、スプリンターズSには「枠連一発」という出方しかないように見えた。ダービー週の7枠絡みなら安土城Sの枠連4-7か、目黒記念の枠連3-7である。目黒記念で馬券に絡んだ蛯名正義騎手や藤原英昭厩舎の補佐がスプリンターズSの3枠と7枠にあるため、本線は枠連 3-7の方だろう。


 午後2時を回ってヒロがやって来た。たいして予想できていないなどと頼りない事を言うヒロに、私は一通りの見解を述べた。
ヒロ「確かに、凱旋門賞は2005年の有馬記念かもしれませんね。ただし1着10番だけ」
茂吉「じゃろうな。10-6馬連を、また同じ凱旋門賞に使うはずはないのぉ」
ヒロ「単勝でいいじゃないですか。8倍付くなら買わない手はないですよ」
茂吉「そうではあるが… 馬連一発を追って来たわしの集大成の日に、単勝勝負というのもなぁ…」
ヒロ「それよりスプリンターズSです。7枠は強いかもしれませんが、ダービー週に馬連がない」
 明らかにスプリンターズSに対する考察が甘い。このレースは見送り、その結果をもって8時間後の凱旋門賞に勝負をかけるのが得策だとヒロは言った。じっくり考えて追い詰めるだけの時間的猶予があると。
茂吉「初の海外GI発売なんじゃ。その日に日本でもGIがある。両方勝たねば意味はない」

 競馬の枠組みにおいて対称位置に何がいるかということは大事である。スプリンターズSで、1番とその対称位置になる外から数えて1番目の16番、この1, 16双方は前走セントウルSの連対ペアである。同様に2番と15番はディープインパクト産駒だ。ディープを意識している今週に無視できる要素とは思えない。この外から2番目のミッキーアイル音無厩舎に対し、裏のメイン2番ブラックスピネルも音無厩舎だった。音無厩舎といえば2005年の有馬記念 3着馬リンカーンの厩舎であり、これも偶然だと片付けるわけにはいかない。スプリンターズSに出走する3頭のGI馬の内2頭、1番と15番は、お互いの対称位置に無駄ではないものを配置されている。順当に考えればどちらか一方は馬券になる。ならないなら、それぞれの対称位置16番か2番の一方を考えねばならない。いずれにしても1枠か8枠が絡む。ヒロはそう指摘した上で、私の考えている枠連3-7や4-7が決して安心できる馬券ではないと言った。

 TVの画面は阪神メインレース・ポートアイランドSの出走馬がゲートに向かう姿を映し出していた。10番ワキノブレイブが出走取消となり13頭の争いとなる。ゲートを出た。1番人気の音無厩舎ブラックスピネルは後方からの競馬。マイル戦にしては淡々とした流れで進む。直線を向いてブラックスピネルが追い出し、3番手まで迫ったが結局は馬群に沈んだ。

結果
2016年10月2日 ポートアイランドS
1着7枠11番 ウインプリメーラ
2着5枠7番 マイネルアウラート
3着3枠4番 テイエムイナズマ
取消 10番 ワキノブレイブ

ヒロ「馬連7-11はダービー週にありましたね」
茂吉「見ろ、この薫風Sじゃ。わしは買うぞ。ダービー週で間違いない」

2016年ダービー週
土曜11R欅S   馬連4-10
土曜11R朱雀S  馬連6-7
日曜10Rダービー 馬連3-8
日曜10R安土城S 馬連8-15
日曜11R薫風S  馬連7-11
日曜12R目黒記念 馬連6-15

 ダービーがメインレースにも関わらず 10R施行なためこの週は特殊である。本来のメインレースが行われる 11Rに加え、12RにまでGII目黒記念が組まれているので考慮しなければならない対象が多い。しかし、7枠強しと考えていた私には、安土城Sの枠連4-7と目黒記念の枠連3-7しかない。ヒロは違った。ポートアイランドSで2番音無厩舎のブラックスピネルが歩いたことで、外から2番目の15番音無厩舎ミッキーアイルが濃くなったと考えている。
ヒロ「安土城Sの1着15番はミッキーラブソングです。15番ミッキーアイルが怖くなりましたね」
茂吉「もう時間がない。わしは初志貫徹する」


 スプリンターズSのゲートが開いた。逃げの手もあると思われていた1番人気ビッグアーサーは3番手に控え、15番ミッキーアイルが無理なくハナに立ったまま6FのGI戦とは思えないほどゆったりと流れる。前が残る展開だ。7枠は…決め脚のある13番レッドファルクスが中段につけていた。14番ウリウリは最後尾追走でもうないだろう。相手の3枠…5番シュウジが2番手の内につけている。できれば逃げてくれても良いぐらいだったが、この馬がなだれ込んでくれることを願った。しかし、直線に入りミッキーアイルが後続を突き放しにかかった。外からオレンジ色の帽子レッドファルクスが突っ込んで来たところでゴールだった。

結果
2016年10月2日 スプリンターズS
1着7枠13番 レッドファルクス
2着8枠15番 ミッキーアイル

茂吉「わしの日仏両GI制覇の夢は、初っ端で潰えてしまったわい」
ヒロ「ミッキーアイルが勝つという寸前でレッドファルクスが優勝。この理由がわからないと」
茂吉「ダービー週の欅Sの勝ち馬ではあるが」
ヒロ「シゲさんの見方が正しければ、欅Sの馬連4-10が凱旋門賞の答かもしれません」
茂吉「その4-10を教えるためのレッドファルクス1着かもしれんな」
ヒロ「ただ、これだけなら当て物の域は出ないですね。来るかもしれませんけど」
茂吉「正解なら複数の観点からそれを説明できるはずだからな。4-10で決まったレースは…」
ヒロ「ゴールドシップの宝塚記念がそうですが、ゴルシは関係ないですしね」
 悲願である凱旋門賞に関しては前もって調べ尽くした。枠順決定後にその結論として2005年の有馬記念と2016年のダービー週に絞られた。それ以外の観点から、あと8時間で何かを見出すのはもはや無理なことに思える。
茂吉「キクちゃんにでも聞いてみるか (笑) あの娘はたまにいい事言うからの」
ヒロ「GIは欠かさず参加してるみたいですよ。前日になるとメールしてきますからね (笑)」
茂吉「凱旋門賞とて日本の競馬の一発で決まると知っておるんじゃろうか」
ヒロ「知ってますよ。以前、外国のレースも買えるようになるからってミニレクチャーを…してあげて……」
茂吉「どうした?」
ヒロ「オルフェーヴル2着の凱旋門賞10-6が出た後のことを…」
   京都大賞典で10番に取消が出て…
   結局、盛岡の南部杯で6-10一発が出ましたが…
   京都は10番に取消が出たから6-10は買えないけれど…
   池添と6番のワイドでもいいんだと… まさか!!
ヒロ「もう一度ポートアイランドSの結果を見せてください。……やはり!4-10です」

2012年10月7日 凱旋門賞
1着10番 ソレミア
2着6番 オルフェーヴル 池添謙一

 この翌日

2012年10月8日 京都大賞典
1着14番 メイショウカンパク 池添謙一
2着9番 オウケンブルースリ
3着6番 ギュスターヴクライ (凱旋門賞 2着馬番)
取消10番 ビートブラック (凱旋門賞 1着馬番)

 10番に取消が出たから6-10は買えない。しかし池添 1着とオルフェーヴルが背負っていた6番が3着になっているように、機転を利かせてワイドで買えば当たるのだと。
ヒロ「この時と逆のことをJRAは今日やってくれました。凱旋門賞が時間的に後だから逆になるだけです」

2016年10月2日 ポートアイランドS
1着7枠11番 ウインプリメーラ
2着5枠7番 マイネルアウラート
3着3枠4番 テイエムイナズマ
取消10番 ワキノブレイブ

ヒロ「さっきのポートアイランドS、なぜ10番が出走取消になったか。偶然じゃない」
茂吉「2012年の京都大賞典と同じことをやってるわけか」
ヒロ「そうです。今日ここでも、凱旋門賞の1着馬番を取り消し、3着に連対する馬番をもって来ているはずです」
茂吉「10番4番か。この4-10こそ、ダービー週 欅Sの馬連一発に重なる」
ヒロ「スプリンターズSをレッドファルクスに勝たせた理由になります」
茂吉「一本の糸で繋がっておるな」
 2005年の有馬記念が10-6-14。これが2012年の凱旋門賞にそっくりそのまま10-6-14で使われて繋げられた。3冠馬が2着に敗れるという共通点をもってのことだ。この時、この結果を反映するはずの京都大賞典で10番に取り消し馬を出した。その結果は、凱旋門賞の1着10番の出走取消と2着ゼッケン6番を3着に残すという微妙な、しかし見る者には見える繋げ方だった。そして今日、この時のことを思い出せと言わんばかりに阪神メインレースで10番が出走取消である。取消馬と3着馬に凱旋門賞の1,2着ゼッケンを織り込んだ四年前の織物を、今ほどきつつあるのだ。凱旋門賞は、ポートアイランドSの取消10番と3着になった 4番で決まる。
 仮想ディープインパクトであるマカヒキは凱旋門賞を勝てないのではないか。たったひとつの仮定を立てるだけで、ディープが敗れた2005年有馬記念の結末に至る。しかしその結果は2012年の凱旋門賞に使ってしまっているため、もう馬連一発を出す二番煎じにはしない。1着10番ハーツクライに似た2着ばかりの10番ファウンドだけを教える。
 スプリンターズSの10番は橋口厩舎でありハーツクライをしっかり暗示している。勝ったレッドファルクスは、マカヒキと同じダービー週の欅Sを勝っている。その馬連も4-10。
 異なる観点から同じ結論に至った今は、マカヒキが負けるという仮定も仮定ではなくなった。

茂吉「よし、寿司を頼もう」
ヒロ「前祝いですか? だいじょうぶかなぁ」
茂吉「昨日、同着戦があってな、10Rで再戦して880円ついた。その祝いということにしようか」
 凱旋門賞の23時発走までは長かった。しかしそのおかげで、久しぶりにヒロとゆっくり話すことができた。酒を飲みつつ、話題は春のGI戦から香織ちゃんに、ヒロの仕事から秋のGI展望に飛び、キクちゃんに電話をし終わった頃にはもう完全に出来あがっていた。そしてようやく、初の国内発売となる凱旋門賞の火蓋が切って落とされた。逃げている馬が何かも分かりづらく、ただポストポンドをマークするようにマカヒキが追っている姿を見ていた。直線に入ってマカヒキは下がって行く。先頭に踊り出たのはファウンドらしい。ハイランドリールの名前も実況は叫んでいた。
茂吉「来たな?」
ヒロ「ええ、来ましたよ」
茂吉「帽子の色が枠ではなく勝負服というのは、分かりづらくていかん」

結果
2016年10月2日 凱旋門賞
1着10番 ファウンド
2着4番 ハイランドリール
3着8番 オーダーオブセントジョージ
(馬連¥13,800-)

ヒロ「シゲさんは初物に強いですね」
茂吉「いや、初の日仏両GI発売を獲り切ってこそだったんじゃがな」
ヒロ「そんなに初にこだわりますかね?」
茂吉「それはヒロが優香さんに訊かれて答えた質問だろう?」
 ディープインパクトが前年の雪辱を果たした有馬記念の日に想いは飛んだ。
ヒロ「人でも第一印象はとても大事、でしたね」
茂吉「そう、それが運命を決める。今の幸福な家庭は、あの時から始まったものじゃよ」
 あの日、二人の未来が決まったのだった。いつか今日のマカヒキの雪辱を果たす日本馬が現れる。そしてその日、きっと誰かの幸せな未来も動き出すはずだ。

馬連一発物語

最後まで読んでくださった方へ 
感謝の気持ちを言葉にして、あとがきでしっかり伝えたいと思っていましたが、この粗末な物語を最後まで読んでいただいた方に掛ける言葉が思いつきません。ただただ、ありがとうございました。
(下の作者「茂吉」をクリックすると、続編2もお読みいただけます。よろしくお願いします。)

馬連一発物語

競馬は過去のレースの再現を繰り返しているに過ぎない。競馬の真実の物語。

  • 小説
  • 中編
  • ミステリー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-01-12

Copyrighted
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  1. 第一話 南部鉄器
  2. 外編一 キクちゃんとの会話
  3. 第二話 大きな弱み
  4. 第三話 さよならキクちゃん
  5. 最終話 初恋
  6. 外編二 キクちゃんとの会話②
  7. 第四話 花が咲く
  8. 第五話 神聖な場所
  9. 第六話 花束
  10. 第七話 Seal
  11. 外編三 新しい歩みへ