靴下
うだつの上がらない日々の一部を書きだしました
一月十日午後六時三十分、今日も奴からメッセージが届く。
"三連勝中"
添付ファイルには、スマホカードゲームのオンライン対戦の画面のスクリーンショット。
"やるじゃん"
と毎回同じ言葉で返す。ここのところ三か月はこのやりとりを続けている。
家の前の道で何人かの小学生が遊ぶ声が聞こえる。外で遊んでいるだけで褒められた時のことを思い出し、あのころはすんなり眠りにつけたなと思う。何も考えず目をつぶるといつの間にか眠っていた。過去を何度も反芻したり、今の自分が置かれている状況を考えることもしなかったし、できなかった。
午後七時、玄関の扉が開く音がしたのと同時に奴からのメッセージが届く。
"×××つよいわ"
いつも同じ文面だ。メッセージを確認してからスマホの電源を切って、ベッドの上に叩きつける。玄関から足音が近づいてくる。階段をテンポよく上った足音は部屋の扉の前で止まる。
・・・扉が開く。
青色の薄汚れたズボンが視界に現れ、低い声で言う。
「 学校から来てるぞ。」
立ち上がり床を見ながらゆっくりと近づき、はがきを受け取る。
"×××大学" "『親展』"
見なくても何が書かれているかがわかった。
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心を躍らす、とまではいかないがやはり楽しみではあった。
四月のよく晴れた日、坂に沿って植えられた桜並木を歩きながら、これから始まる新生活を頭に思い描いていた。環境が変わることで新しい出会い・・・人でも物でも何かあるだろうという期待があった。同時にいままでのようにまたうまくいかなかったらどうしようという不安もあった。しかし、周りを見渡しても暗い顔をしているものは誰一人いないように見えた。歩くたびに近づく灰色の建物の周りには黄色や赤色の花束が左右対称に飾られていた。建物の扉の前まで進むと看板があった。
"ここで靴を履き替えてください。"
履き替える靴は持っていなかった。仕方なく靴を脱ぎ靴下のまま奥に進む。この靴下は子供のころからずっと履いているせいでとごろどころ生地が薄くなってきている。足のサイズは子供のころよりもやや大きくなったが履けなくなるほどではなかった。変えるタイミングがわからず、ずっと履き続けてきた。四月とはいえ大理石の床を薄い靴下のみで歩くと足の裏が冷える。突きあたりまで行って左に進むと体育館のような場所に出た。橙や黄の照明が高い位置から室内を照らしている。体育館には端の方にすでに人が座っていた。座っている人たちはスマホをいじっている人もいれば、隣のひとと談笑している人もいた。その様子を立ち止まって見ていると後ろから次々と新しい人が体育館に入ってきた。二十人くらい集まったなったところで奥の扉から三十代くらいの若い男がやってきた。皆がその男に注目した。男は言った。
「よし、まずは出席とるぞ。この辺に集まれ。」
体育館にいる人間は男の前に集まり、男は点呼をとった。
点呼を取り終えると男は準備運動をするように言った。丁度、準備運動も終わりかけたとき男は私が靴を履いていないことに気付き言った。
「お前、靴は?」
私は下を向き、口ごもりながら言った。
「・・・忘れました。」
男は私のあまりにも幼い反応に半分あきれながら言った。
「どこを見てる。目を見て話せ。」
そういわれても目を見ることはできなかった。話す内容よりも人がいるところで叱られているという恥の自意識で頭はいっぱいだった。
「靴がないやつは帰れ。」
男がそう言ったとき、私は一瞬だけ顔を上げてあたりを見渡した。隣にいた長い髪を後ろで束ねた女が少し笑ったような、気がした。笑われたと思うと汗が止まらなくなっていた。汗が足元に垂れ、古く汚れた靴下の上に落ちた。
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はがきを半分に折り、ズボンのポケットにしまう。
薄汚れた青色のズボンが不安で声を強張らせながら言った。
「なんだった? 」
うつむきながら絞り出すように答えた。
「後で見てみる。」
うつむいたまま沈黙して足音が遠ざかるのを待った。音が聞こえなくなるほど遠ざかったことを確認し、立ち上がる。三メートル先のゴミ箱に向かって、かかとまでずれた古い靴下を履きなおし、歩き出す。
一月の床は、足の裏が凍り付くほどに冷たかった。
靴下