イーの時代
「わたしたちもいつかケンカするかな?」
「長いこといっしょに暮らしとれば意見の違いもあるやろけど、子供ができたら絶対に子供の前ではケンカをしない、そういう家庭にせんとな」
「わたし、子供が<なにか買って>て言えば、必ず<お父さんに相談しなさい>って言うようにするから」
「やっぱり<お父さん>がええかな、パパっちゅうかんじでもないし」
半年後、私はお父さんに変身した。
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「イー」
そばで遊んでいた息子があっちへ行こうとうながす。
私は動く気がない。
公園の隅っこまで駆けていった息子は私がついてこないのに気づく。
「イー」
まだ動かない。
「イーッ」
それでも動かない。
「イーッ!」
「・・・・・」
「イーッ~、イッ!!」
『わかった、今いくよ』
「イーッ~、イッイーッ~!!!」
『い・ま・い・く・よ!』
とうとう大声を出してしまった。ベンチから腰を上げた私には二人の主婦が顔をこちらに向けるのが左目の片隅に映った。彼女らは少し前にやってきて、やはり子供を遊ばせながら雑談していた。バレてしまった。当時、私は息子に≪イー≫と呼ばれていたのだ。それを悟られないようにと動けなかったのである。
「Y-o-u、ごはんできたよ」、階下から細君が呼ぶ。
と同時に
「イー」、息子の声が駆け上がってくる。
田舎に帰ったときも同じだ。おふくろが言った、
「おまえ、イーなんかゆわれとんのんか、なさけないのー」
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「オヤジ、散髪行きたいんだけど金ちょうだい」
「オヤジ、この数学の問題できるか、たぶんむりだろうなオヤジには」
10数年後、イーはオヤジに進化していた。
「オ・ヤ・ジイ、Kidsにカシャカシャ振ると芯のでてくるシャープペンシルがあるんだッ、おかあさんは<ダッメッ>ていうけど~、買っていいかなぁ」、これは娘。
「おっちゃん、わたし明日午後診だから子供の夕飯たのむね」、と細君。
世も末である。
夢を実現するには強い反発力が必要である。私は現実というブラックホールの引力に呑み込まれてしまった。も~う出られない。
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ここに登場する『私』なる人物ならびにその家庭は全て架空のものであり実在のものとは一切関係ありません。
イーの時代