痕

最初のお話。

「結構、色付いたな。」

のんきにそんな事を一人で言いつつ、腕についた痣を眺める。
少し力を入れて指でさすると、鈍く痛みがある。痛みや不快感よりも、その痕を見ると逆に落ち着く自分がいる。

「印だな。」

口角を上げて笑いながらそう言う貴方を見てそうだね。なんて答える。身体と心にはまだ熱を帯び、触れるたびに噛まれた事を思い出す。

キスマークなんて可愛いものではなく、噛み痕だ。初めて私を噛んだのは、何度目かわからないセックスの最中だった。一度キスではなく噛もうとするようなそぶりを見せてやめた貴方に、私は自分から噛んでいいよと伝えた。今となっては、なぜそんな事を言ったのかもわからない。別に、痛いのが好きなわけでもなく、残念ながらマゾヒストでもない。痛いものは嫌だし、従順な自分を演じる事も出来なかった。ただ、我慢をして欲しく無かったのだ。恋人でも友達でもない私たちにとって、自分は特別な存在になれるわけでもないしなるつもりは私にもない。できるだけその中でも私は貴方の多くを知りたかったし、自分にそれを教えて欲しかった。

「なるべく加減する。」

そうは言っても、痛いものは痛かった。噛まれたと同時に少し力を緩め、引こうとする貴方の頭を抱え、切れる吐息と声を絞り出していい、とだけ伝えた。痛みは強いものの、それとは別のものがあるのも事実だった。自分の体内にある熱くなる貴方自身が遠慮しながら進んでくるのとは別に、痛みに加減は無かったようにも感じた。ただ、尖った貴方の歯が食い込むたびに私自身はきつく貴方を締め付け、締め付けるとまた強く歯に力を入れ、眉間に皺を寄せる貴方の顔を痛みと快楽で薄らぐ思考回路で眺めていた。

噛まれたその日はしばらく痕に熱がこもり、心身ともに落ち着かない。翌日から痣として色づき主張を始める。長袖の季節でよかった、なんて思いながらもついつい袖を捲り上げて痕を見てしまう自分がいる。二週間ほどしっかりと残って消えた痕を眺めて私はまた噛んで、と強請る。首、鎖骨、指、肩、二の腕、腕、脇腹。上半身ばかりに痕は付くけど、自分が確認出来ない位置にあると残念だからここでいい。

上に乗って貴方を眺めながらあまり動けない私を下から煽る。余裕のありそうな笑みを浮かべながら、たまに歪む眉を見ると撫でたくなる。左手で頰に触れて、キスをするために親指で唇に触れると、痛みが走る。大きく口を開いて私の親指のほとんどを口に含むと、指の腹を舌先で這わせながら、根元にはまた痛みが走り、顔を歪ませる。

「その顔、見たい。」

その発言を聞いた時の自分の思考回路はどこに行ったのだろうか。偏屈した愛情表現も、身体に残る痛みや痕も、今はなくてはならないものなのだ。はっきりと痛いとすら言うこともできない私は貴方の名前を呼ぶことと、その行為に悦んでいることしか伝えられない。

なんとも言えない感情だった。恋愛感情としての好きでもなく、愛おしさと言うにも違う。セックスをしていない時のお互いは恋人と呼ぶには不相応で、違和感もある。ただ、漠然としてある手放したくない、自分からは手放せない。そんな感じ、と伝えてもまた軽く口角を上げるだけの貴方。近くにいると触れたくなる。触れると、その欲求は止められない。私に触れる掌の心地よさと思考回路を止める甘いキスがすごく好き。合間に放つ優しくも私を煽る言葉も、顔が強く歪むほどの貴方の動き方も好き。でも、貴方とするセックスが全てでもない。

普段自分が行かないような場所に連れて行ってくれることも、苛立ちながらも手放そうとしないところも、性格が合うとはお世辞にも言えなくても、隣にいる空気感と私を撫でるその掌が好き。

だからこそ、会えない時に自分の身体に残る痕が、すごく大事になる。痣を押しても噛まれた痛みを思い出せるわけではないけど、熱さや尖った貴方の歯の痛みを思い出せる。普通の嗜好じゃなくていいのだ。その痛みに悦びと、繋がりを感じられる今は。

  • 小説
  • 掌編
  • 青年向け
更新日
登録日
2017-01-11

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